神話級6
「巨人族のオーガですね……インプやオークなどの『魔族』で、私の『服従』の魔眼が通用しない厄介な連中です」
ルミネスが表情を歪め、嫌悪感を露わにしている。
「追影先生は忍の国の出身だからね。魔法陣を描かずに魔法が使える人間は魔族の血が濃い証拠だ。宝玉がそれを読み取って魔族を召喚したんだね」
オーガが現れてから沈黙を続けていた追影先生が、やっと動きを見せる。
目を凝らし、生徒たちの行動をじっくりと観察している。
「誰が適任者でござるか……っ!? あれは!」
先生の視線の先から、《ブン! ブン!》っと力強い素振りの音が鳴った。
「斬! 斬! 騎士はどこでも鍛錬を欠かさない! あと3000回!」
みんな避難してるっていうのに、マイペースに剣を降っていたのはレオルだ。
「レオル殿。助っ人をお願いするでござるよ!」
「え! お、俺が先生の助っ人をですか!」
他の生徒は少し怖がってるみたいだ。レオルの奴は緊張とかしなさそうだし、トップバッターには適任だな。それにあの素振りのペースじゃ、3000回振り終わる頃には授業が終わってそうだ。
驚いて口のあいたままのレオルを追影先生が引きつれ、舞台の中央にいるオーガに向かって歩いていく。
残された生徒は2階の観客席から見学だ。
僕たちも闘技場の入口から階段を上り、観客席に着く。
「やれー! レオルー!」
「お前の騎士道を見せてやれー!」
みんな盛り上がりを見せレオルを応援する。
遠くに見えるレオルの背中からは、若干の緊張が伝わってくる。
「せ、先生! 騎士としての俺の役割を教えてください!」
「うむ。オーガ族は自らに『混乱』と呼ばれる魔法を掛け、『痛覚』をなくしているでござる」
「そんな魔法があるんですか! 衝撃的だぜ」
レオルは知らなかったみたいだけど、『混乱』の魔法は『隠蔽』の魔法と同じで、精神に働きかけて状態異常を引き起こす魔法だ。
オーガが使っている『混乱』の魔法は、自身の『痛覚』を麻痺させるものだ。代償として思考が曖昧になるデメリットがある。
「まずは『後衛』である我が、『混乱』の魔法の効果を無効化するでござる」
そう言って追影先生は懐から『角笛』を取りだし、オーガに向けて吹く。
《プォーー!》
笛の音と共に発生した魔力波が、オーガの体を通り抜けていく。
「今のは『妨害』の魔力波だね。オーガの体を覆っていた『混乱』の魔法の効果が乱れてる」
「にゃー。あの角笛は忍者の杖なんでしょうか」
《オオオォォ!》
オーガは、今ので先生たちを敵と認識したらしい。一声叫ぶと、2人に向かって走りだした。
「足下注意でござる! 現代魔法・『影縫い』」
忍装束の胸元から黒いクナイを取りだし、突進してくるオーガの足下に向かって放り投げた。
スタタ! っと、オーガの影にクナイが刺さると、オーガの体が急にピタッと停止した。
ん? 『捕縛』の魔法の一種かな? 忍術ぽかったけどね。
「動きは封じさせてもらった! レオル殿! 今でござる!」
「はい! |斬ー!」
身動きの取れないオーガの腹部目掛け、レオルが容赦なく剣を薙ぎ払う。
スパッ! と抵抗なくオーガの体が真横に一刀両断され、半身となったオーガの体が石畳へと沈み込んだ。
《ヒ、キォォモノオオォォ!!》
しぶとくも、オーガは上半身だけで耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げた。
やっと喋ったな。混乱の魔法が乱れて知能が戻ったらしい。
舞台がオーガの血で汚れてしまい、ちょっとグロテスクな状態になっていたため、追影先生が隠蔽の魔法でボヤけさせた。
「よし! 見事な剣技でござった!」
「ふっ、当然ですよ!」
にしても綺麗に真っ二つになったな。
見守っていた生徒も、普段の陽気なレオルからはあの剣技を想像できなかったようだ。
オーガを一刀両断したことを褒め讃える声が聞こえてくる。
「中々の腕前でしたね。しかし、ドミニク様の足下にも及びませんが!」
「レオルは確か、剣の凄いスキルを持ってるとか何とか言ってたからなぁ」
歓声に手を振りながらレオルが舞台を後にした。
ん……? お坊っちゃま君がレオルと入れ替わりで勝手に舞台に上がってるぞ。しれっとした顔でオーガへと近づいていく。
「ちっ! オーガなんて全然たいした魔獣じゃないぜー! 舎弟ども、早く写真を撮れ!」
「は、はいっす!」
《カシャ、カシャー!》
ギーシュが切断されたオーガの上半身に足を乗せ、舎弟たちに写真を撮らせている。
あたかも自分が倒したかのように写真を撮影して偽造する気だな。本当にしょうもない奴だなぁ……。
「ギーシュ殿! やめるでござる! フラッシュでオーガが起きてしまうでござる!」
「へへーん、パパに自慢するんだー! 大丈夫だって忍者先生。こいつはもう死んでるぜー」
無視して撮影を続けるギーシュ。その足に踏んづけられていたオーガの上半身が、最後の力を振り絞って落ちていた棍棒を握りしめた。
「こ、こいつ、生きてるぅ!?」
《オ……オオォォ!!》
命懸けで振られた棍棒が、ギーシュのぽっちゃりボディにドス!! っとめりこんだ。
「うげぇぇ!!」
うへ、痛そう……死体蹴りなんかやってるからだぞ。自業自得だ。
「ギーシュ殿!? 大丈夫でござるか!」
「「ギ、ギーシュさぁん!?」」
舎弟と追影先生が、倒れたギーシュのもとへ慌てて駆けよっていく。
ちょっとオーガに殴られたくらいでどうしたんだ……あれ? 顔が真っ青になっちゃってるぞ。
先生がギーシュの脈を確認し、首を左右に振った。
舎弟が溢れる涙を拭いなら、胸元にしがみついている。
「にゃー、駄目そうですね」
「えぇ?? 今のオーガの棍棒にやられたの? どんだけ脆いんだよあいつ……」
「い、いえ……オーガの筋力はそこそこありますので、当たりどころが悪ければ命に関わりますよ。ドミニク様のポーションを飲ませてみてはいかがですか?」
オーガに筋力があるのは間違いないけど、相手は瀕死状態だったのに情けないなぁ。
よっぽど当たりどころが悪かったんだな。
何にせよ、授業中に問題が起きると追影先生の責任問題になってしまう。不本意だけど手を貸そう。




