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「何だあの船は? 妙な改造が施されてるな」
「なんでも、王宮調合師の少年が初航海に出るんだとか、最年少の貿易記録を4歳も塗り替えたらしいぞ」
王都の船員達が、僕の飛行船を見ながらコソコソと噂話をしていた。
今日の初航海を祈願し、集まってくれた騎士団、それに王宮の人達、乗船場は数百人を超える見物客で賑わっていた。
「はは、どーもー」
止めどなく飛んで来る声援に、船の甲板から手を振って応えていると、突然、おお〜!っと、謎の歓声が響いた。
どうしたんだろ? 人混みの隙間から、船員が布で覆った像らしき物を台車に乗せて運んで来た。
「エルフ族から黄金の像が届いたぞ!」
え! 聞いてないぞ……嫌な予感がするな。
バッ! っと布が外されると、妙に凛々しい顔をした僕の黄金像が現れた。太陽光を反射してキラッと輝いている。
何だあのド派手な像は……くっそ、ユフィルさん達の仕業だな!
「……もう出発するよレヴィア! これ以上は構ってられない」
「はい、操縦をお手伝いします!」
レヴィアの手を引き、逃げる様に後部の操縦室に乗り込む。ルミネスは帆柱に座って、日光浴をしながら上機嫌に海を眺めていた。
操縦室の椅子に座り、正面の台に埋め込んだクリスタルに手を添える。
船の操作をするにあたり、基本的な事は全てクリスタル1つで行える様にしておいた。まずは飛行魔法を発動、ホバリングしてみよう。
クリスタルの操作石に魔力を込めると、上昇気流の魔法が発動する。
「どう? 上手く浮いてるかな?」
「成功です! 揺れも無く、安定していますよ」
船底が水を垂らしながら、ゆっくりと海面から離れて行くのが解る
帆に取り付けた音波の魔法が、センサーの代わりになっているので、目視しなくても船体と障害物の距離が正確に伝わってくる。
「おい、船が宙に浮いてないか!?」
「目の錯覚だろ? 水の透明度が高すぎると船が浮いて見えるんだ」
船が浮いてから、なんだか外の様子が騒がしくなって来たな。
出発の合図をしようと窓から顔を出すと、丁度、真正面に、エドワード王子とウルゴ団長の姿が見えた。
「ドミニクゥ! レヴィアー! 気を付けて行って来るのだぞぉ!」
「おい、ウルゴ。俺の気のせいか? 船が浮いて見えるんだが……」
良し、さっさと出発しよう。船の後方、左右から飛び出した鉄筒に、緩やかな風を送り込むと、円形の火炎がブオン!っと吹き出した。
「行ってきまーす! 加速装置、点火!」
操縦室の窓から手を出し、王子達に向けて合図をすると同時に、ボンッ!!!っと火炎が吹き荒れ、海面の水を巻き上げた。
そのまま、ズドーン!っと、勢い良く飛行船が海上から飛び出すと、呆然と立ち尽くしていた観客に、ザバーッ!っと水しぶきが降り注いだ。
「「……やっぱり飛んだー!!?」」
「なぜ船が飛ぶんだ!? 誰か説明しろ!」
え? そりゃ飛ぶだろ……飛行船だし。
※
高度、凡そ50m。時速500kmの自動操縦モードにて、飛行船は順調に海上を飛行していた。
結局、僕達だけで出航する許可は下りず、組合のインテリドワーフおじさん事、マイルドさんに、ガイドとして初航海に付き添ってもらう事になった。
「おおぃ! 何で船が飛ぶだぁ!? オラを降ろすだぁ!」
「落ち着いて下さい! これは飛行船ですから」
操縦室に入って来た。ドワーフおじさん事、マイルドさんが僕の制服を掴んで説明しろ! 引き返せ! とうるさい。
目的地は忍の国、直線距離にして凡そ1200km、風力を利用した帆船の時速は50km程度なので、普通に海を渡ろうとすれば丸一日かかる。
しかし、この飛行船は安定飛行時で時速500km。2時間もあれば忍の国まで辿り着けるし、加速ブーストを使えばマッハ飛行も可能なので、もう少し早く着けるかな。
「にゃぁ、ドミニク様ぁ。わ、私のお部屋はどうなったのですか?」
「私とドミニクは同室なんですよね? 楽しみです!」
期待した顔のレヴィアと、ルミネスが尻尾を振りながらやって来たので、船倉に作ったメイド室へと案内する。
「じゃーん、何も無いけどね、この部屋を自由に使って良いよ」
二段ベッドに棚があるだけの、殺風景な部屋にメイド2人を案内した。女の子が住むには少し地味かな? まぁ勝手に装飾されるだろうし、そこまで手を加える必要は無いよね。
「本当ですか!? わーい、アジトにします!」
「あれ? 私とルミネスが同室ですか、ゴホンッ、まぁ良いでしょう」
何だか悔しそうに咳払いするレヴィア、ルミネスは相変わらずウキウキで部屋を探索していた。
案内も終わり、再び操縦室に戻ろうとして、ズンっと、船が小さく揺れる異変が起きた。
「きゃっ! 船が揺れています……」
「にゃぁ!」
「非常停止かな……? 一旦、甲板に戻るよ」
衝撃に反応して自動操縦が止まったな、この揺れは砲撃か?
※
急いで甲板に出ると、腰を抜かしたマイルドさんが這いずりながら船の淵に手を掛け、遠くを見ながら悲鳴をあげていた。
「やばいだぁ……他国の船が魔獣に襲われてる! 航路はどうなってるだぁ!」
慌てて僕達も駆け寄ると、海上に停滞していた数隻の船がドカーン!と大砲を放ち、魔獣の触手に対抗しながら、今にも海に引きずり込まれそうになっていた。
なるほど、あの砲弾が船を掠ったのか……
「あれは、魔の海域だね」
貿易の専門書で学んだ、海上の危険領域『魔の海域』
その主となる原因はリヴァイアサンだ。
移動式の縄張りを持ち、領域を侵した輸送船を触手により海に引きずり込む。リヴァイアさんは鳥の様に光り物を好む事もあり、魔法石や鉱石を積んだ船が頻繁に襲われるんだとか。
「も、もうあの船は助からねえだぁ、お終めぇだぁ……」
甲板に膝をつき、諦めた様子で祈りを捧げるマイルドさん、それとは裏腹に冷静な声でルミネスが尋ねて来た。
「ドミニク様、どうなさるおつもりですか? 戦うにしても船が邪魔ですね」
「勿論、全員助けるよ」
放っておけば、数分もしない内にあの船は沈む、ウダウダと迷ってる暇は無い。
「な、何するつもりだぁ! 余計な事すると、こっちにまでリヴァイアサンが向かって来るだぁ、貿易業の本で学ばなかったのかぁ!」
「関係ありませんよ、少し黙ってて貰えませんか? 2人とも船を頼んだよ!」
船からバッと飛び降り、滑空しながら左手で音波の魔法を、右手で古代模様の魔法陣を描いていく。
「あの魔法は……! 転移魔法は使わないのでは無かったのですか?」
「そうも言ってられんのだろう。ドミニク様の初級魔法では、加減した所で船ごと消し飛んでしまうのだ」
まずはソナーの魔法を放ち、船の位置とリヴァイアサンの気配を探る。
……本の通りだな。あのリヴァイアサンの群は、一定の範囲を囲む様に遊泳している。あの外周の先が安全領域、つまり、奴らの縄張り外だ。
滑空してくる僕に気付いた船員達が、必死な声で助けを求めた。
「助けてくれぇ!」
「おお……少年! 誰か助けを呼んで来てくれぇ!」
船員は7人か、うちの船より少し小さいけど、見た感じ遭難してた訳じゃ無さそうだ。東側に2隻、南東に3隻、全部で5隻の貨物パーティだな。
「今助けます、待ってて下さい!
古代魔法・『空間転移』」
船底に転移の狭間を作り出し、海水ごと強引に船を引きずり込む。
ブイーンっと、一瞬にして縄張り外へと5隻の船が転移された。
「て、転移魔法だと!?」
「信じられん……あの少年の魔法なのか……」
まだまだっと! 飛行魔法で体制を整え、沈没寸前の船に乗っている船員達を、まだ航海可能な船へと転移させる。
「一体何が起きているんだ……」
強引に転移させられた船員達は、夢でも見ているかの様に口を開けたまま惚けていた。全員無事そうだな。
全ての船員を安全領域に運び終え、後はリヴァイアサンを討伐するだけとなった。
タイミング良く、迫撃砲の準備を終えたルミネスから通信魔法の連絡が来た。行動が早くて助かるね。
「ルミネスー! 撃って良いよ!」
「かしこまりました!」
船体から飛び出したレールガン式の迫撃砲から、スパンッ!っと爽快な音と共に、鉄鉱の欠片と魔法石がマッハで上空へと打ち上げられた。
空中で稲妻の魔法が発動し、雷音と共に数百の鉄クズの雨がズバーン!っと海面に突き刺さり、海水を跳ね上げて津波を巻き起こす。
「おおっと! 思ってたより凄い威力だなぁ」
魔の海域を泳いでいたリヴァイアサンの影が、一瞬にして消え去り、魔獣らしき何かの残骸が船に降り注いだ。




