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エルフの村、上空の夜空にて、人型の花竜との一騎討ちが始まった。
フシュウ……と威嚇の声が漏れ、大きな翠のトカゲの目が僕を捉えている。
「森で戦おうよ、木が無いと荊の魔法が使えないでしょ?」
人型の花竜が、僕の挑発に怒りの咆哮を上げると、前方に3つの魔法陣が飛び出して来た。竜族の咆哮には、音として構成魔力数が記憶されており、声を出す事で特定の魔法が発動出来る。
花竜もまた、大気竜の上昇気流の魔法と同じ様に、咆哮を上げるだけで『荊』の魔法を自在に操れるみたいだ。
森から木を引っ張って来るのか? と警戒し、下を向いた瞬間、花竜の体から生えている花の根が、鞭の様に伸びて襲いかかって来た。体を曲げて反射的に躱し、考える間も無く反撃の魔法で返す。
「初級魔法・『ライトニング』」
飛び出した稲妻の魔法が、花竜の前方でグニャっと曲がり、不自然に逸らされる。
「ずるい魔法だね……」
あの杖は『屈折』の魔法が込められた呪いの魔導具だ。
呪いの魔法の中でも、特別な力に分類される屈折の魔法は、魔法の原理に一切干渉せず『ただ曲げるだけ』と言うふざけた効果を持っている。
しかし、防御魔法として応用するには、その範囲は狭い。一歩間違えれば、無防備で魔法を受ける事になる。
あれは、花竜の動体視力のみが成せる技だな。
上空から一気に滑空し、旋回しながらライトニングスピアーを放つ。
花竜も高速で飛行しながらそれを躱し、避けきれない稲妻の槍は、屈折の魔法でグニャっと曲げて返した。
落下した稲妻が森を吹き飛ばし、焼け野原を作り出して行く。
「初級魔法・『解除』」
咆哮と共に放たれた荊の魔法陣を、解除魔法で崩し、反撃の魔法は花竜に曲げられる。勝負は均衡を保ったまま、魔法のぶっ放し合いとなっていた。
「ドミニク様ぁ……」
ルミネスが胸に手を当て、心配そうな顔で僕を見上げていた。
「これ以上、使い魔に格好悪い所は見せられないね……」
僕もただ、闇雲に魔法をぶっ放してた訳じゃない。この戦いの中で花竜の屈折の魔法のパターンを観察していた。
やはり妙だ……何故、全ての魔法を屈折させず、わざわざ飛行して躱すんだ? まるで、屈折の魔法の使用回数を、最小限に抑えているかの様だ。
あの花竜に何かあるとすれば、異様に大きな頭部と痩せ細った体だ。知能に特化させる為とは言え、体を退化させる必要は無い。それに、さっきよりも体が細くなっている気がする……
「何か不自然だね……君ってもしかして、その杖の呪いに掛かってるんじゃないの?」
フシュウ……と威嚇の声を鳴らし、花竜は図星を突かれた様子で、動きを止めた。
やっぱりね……呪いの魔導具は、制御出来ない者が使うと後遺症が体に現れる。
雪山で出会った盗賊、黒剣のグレアさんの友人、シープさんが常に眠気に襲われていた様に、あの花竜の体も呪いの杖によって体が蝕まれている。
であれば、長期戦に持ち込めば、必ずボロが出る。
「じゃあ続きを始めようか、まだまだ僕の魔力は残ってるよ」
そこからは、休む間も無く、1000連詠唱のライトニングスピアーをひたすら全方位から放り投げ続けた。森に落下した稲妻は空間転移魔法で方向転換させ、数千、数万の稲妻が花竜を囲み、屈折の魔法により、曲げられる。
呪いによって花竜の体はみるみる痩せ細り、先の見えない勝負は呆気なく終わりを告げた。
骨の様になった緑の指先から、小さな木の杖が力無く離された。
終わりだな……
「さよなら花竜。
初級魔法・『ライトニング』」
フシュウ……と何か悟った様子で、空中で微動だにしなくなった花竜を、稲妻の魔法で焼き尽くした。
そのまま静かに森の中へと落下し、花竜は消えて行った。
《パパ様》
不意に幼い声が聞こえ、大きな青色の毛並みを持つ巨大な何かが、ズドン! っと僕の脇腹の辺りに体当たりして来た。
「フィアか!? どうしてここに?」
《遊びましょう》
フィアのやつ、昨日生み出したばかりなのに、もう小型化の魔法を覚えたのか……? ルミネスに隠れて引っ付いて来てたみたいだ。
「ドミニク様ぁ! お怪我はありませんかぁ!」
「大丈夫だよ。まぁ何とかなったね……ルミネス! 鼻水!」
「にゃぁ! すいません」
僕の無事を喜び、泣きべそをかいたルミネスも両手を広げて飛び込んで来た。
丁度、同じタイミングでブワッと空気が振動し、探索と通信の光が飛んで来た。
レヴィアからの通信魔法だな。
《ドミニク、聞こえますか! レヴィアです!》
咄嗟に広場の方を振り返ると、まだ花竜の群れが上空を飛び回っていた。
「やあ、レヴィア。もう群れのボスは倒したよ、そっちはどう? 怪我人は?」
《こちらはもう限界です……エルフの軍隊も最初は元気だったのですが、もうぐったりして駄目な様ですね》
人参レタスブーストの効果切れのせいかな? まぁ、流石に竜族との長期戦は堪えるだろうし、さっさとみんなを助け出さないとな。
《本当に石板を入れ替えても良いのですか?》
「うん、隠蔽の魔法が解けて、外にいる花竜の群れも攻め込んで来るけどね。後は僕が何とかするよ」
レヴィアとの通信を切り、村の外を見渡していると、囲っていた隠蔽の魔法が解け、グオオ! と大きな鳴き声と共に、花竜の群れが一斉に侵入して来た。
「隠蔽の魔法を解いたのですか……一体、どうするおつもりなのですか?」
「大丈夫だよ、全てを終わらせる取って置きの魔法があるんだ」
さてと、仕上げだ。現在、エルフの村と森の周辺を囲っている石板は5つ。
その石板に魔力を供給していた核となる石板を、転移の石板に差し変える事で、隠蔽に変わる新たな空間魔法を発動する。
研ぎ澄まされた魔力は、鮮やかな色が混じり合って変化し、神秘的な虹色の魔法陣を作り出して行く。
今の僕に打てる最善の手、有りっ丈の魔力を込めた、最高の魔法を放つ!!
「神聖転移魔法・『ランドムーブ』」
※
石板を移し変えた事により、隠蔽の魔法が消え、花竜との戦いは更に激しさを増していた。
戦場を駆けていた人狼のウルゴが、広場の隅の祭壇に細工していたレヴィアに気付き、不思議そうに声をかけた。
「うぬぅ、その通信魔法はドミニクか!? 奴は何と言っておった?」
「はい! 何とかすると、そう言っていました」
「この状況を何とかするだと? グハハっ、本当に滅茶苦茶な奴だな」
戦いは互角、力では圧倒的に劣るエルフ軍であったが、牽制と回避能力に優れる種族であり、騎士団に守られながら、何とか時を凌いでいた。
そんな戦いも、ついに終わりの時を迎えた。
「何だ? 体が光ってるぞ!? 神聖なる加護が満ちて行く」
「商店街が消えて行く……村に何が起きてるんだ……?」
エルフ達の体を、神聖な虹色の光が包んで行く。レヴィアも、光に包まれた自身の掌を見つめ、すぐにその魔力の持ち主に気付いた。
「この優しい虹色の光は、ドミニクの魔法です……」
建物、花、木々、道端に落ちていた紙切れまで、次々と街が吸い込まれる様に消えて行く。ドミニクの放った神聖転移魔法の魔力により、核を含む6つの石板は破壊され、代わりに1つの魔力空間を作り出した。
神聖魔法は神々にのみ使う事の許される、人間の踏み込めない神聖なる魔法だ。土地移しの魔法もその1つであったが、ドミニクは石板を使う事で、それすらも軽々と再現してしまった。
「うぬぅ、広域転移魔法とはのう……予想の遥か斜め上を行きおったわ」
「ふふっ、ドミニクは本当に凄いのです」
まだ戦いの中にいたエルフの軍隊、騎士団、その全てが森一帯ごと、花竜の群れを残し、とある場所へと転移された。
邪悪な魔獣の侵入を決して許さない、エリシアスの結界内。
無限の霧樹海、ギルド偵察部隊キャンプ地の隣へと、エルフの村は丸ごと転移された。




