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地面に転がった古代模様の石板から、次々と花竜が転移されて来る。
「飛んでくるぞ! 撃ち落とせ!」
エルフ達は弓を構え、崖下から舞い上がってくる花竜の群れを狙い撃つ。しかし、大群で自由に飛行する花竜に矢は届かず、崖下に虚しく落ちて行った。
「前線を抜けられました! サイロス様、次の作戦を!」
「う、うろたえるな、住民達もエルフの戦士なのだ。そう簡単にやられはしない……」
作戦は失敗だ、最初の一手でサイロスの策は尽き、戦う気力はもう無い。強気な言葉を発し続けていたのは、死の恐怖を紛らわせる為であった。
「絶望するにはまだ早い! 今すぐ転移の石板を破壊するのだ!」
石板を使って転移するには、対となる石板に触れる必要がある。図体の大きい竜族が順番に転移してくるとなれば、それなりに時間を要する。
「みんな! サイロス様が石板を破壊してくれるみたいだぞ!」
「うおおー! さすが、不死身のサイロス様だ!」
「い、いや待てぇ!! ワシが行くとは行っておらん! 作戦変更だ……ワシは一旦、広場の方まで戻る」
そう無責任に言い放ち、ポンっとユフィルの肩に手を置いて頷いた。
「ユフィル、お前の部隊で石板を破壊して来るんだ……」
「そ、そんな! 俺達だけで花竜と戦えと仰るのですか!? 全滅してしまいます!」
自身が率いる軍隊だと言う事も忘れ、部下に責任を押し付けたエルフの族長、サイロス。
隠蔽の魔法で隠れながら生きて来た彼には、戦争の経験など無い。貫禄のある口調とは裏腹に、リスクは背負わない臆病者であった。
「ワ、ワシは武器を取りに広場へ戻る……後は頼んだぞ! そ、そうだ、無事に戻ったら褒美をやろう! 最高の女も用意しておくぞ!」
ユフィルに無茶苦茶な作戦を押し付け、そそくさと、1人で森の中へと消えて行った。
そんな中、石板を守る花竜2頭を残し、他の18頭が一斉に崖を這い上がっていた。
「武器を取りに行くだと? まさかサイロス様は1人で逃げる気なんじゃ……」
「モタモタしている暇はない! 花竜に攻め込まれてしまう!」
迫り来る花竜を目前に、ユフィルはなかなか決断出来ずにいた。
このままでは仲間を死なせてしまう……
迷う彼の背中を、警備兵の部下達が押した。
「ユフィルさん、もうサイロス様はあてになりません! 我々が死地に赴きましょう」
「警備兵の誇りを見せてやりましょう!」
「……分かった、作戦決行だ! 俺の部隊だけで石板を破壊するぞ!」
覚悟を決めたユフィルは、自身の部隊、10名を引き連れ、崖をよじ登る花竜の群れを見下ろしながら、力強く叫んだ。
「行くぞ!! 後に続け!」
雄叫びを上げながら、崖下に向かって垂直に走り、よじ登っていた花竜を避けて、部隊を拡散させる。
「俺は正面! 残りの部隊は左右へ分かれろ! 矢を放って石板を破壊するんだ!」
「「はい!」」
エルフの矢は石板を貫く破壊力を持っている。例え相討ちになろうとも、石板だけは砕く。
崖を蹴って飛び、地面に着地したユフィル。その眼前で、待ち構えていた花竜が植物系魔法を発動させた。
「ぎゃぁぁ! 助けてユフィルさん!!」
木々の枝が槍の様に伸び、ズドドドド!っと無残にも兵士達を地面に串刺しにして行く。
「くそぉぉ!! 」
串刺しの仲間を諦め、立ち塞がる花竜の後ろに転がっていた石板を、旋回しながら弓で狙い撃つ。
ユフィルの弓から高速の矢が放たれるも、花竜は尻尾を振って防ぎ、いとも容易く、矢をバキィ!っと砕いた。
部隊の全滅、そんな予感が頭を過ぎったのも束の間、地をかけるユフィルの胸元を、巨大な槍がズドン!っと貫いた。
「がぁぁ! いつの間に!!」
血反吐を吐いて倒れ、死を覚悟したユフィルを嘲笑う様に、一際変わった姿の花竜がヌルリと、石板から転移して来た。
他の花竜に比べ、更に知能を特化させた巨大な頭、それに対して、細長いスマートな体からは無数の花が生えていた。
「な、何なんだお前は……!?」
倒れたユフィルを気にも止めず、人間の様な言葉をブツブツと不気味に呟きながら、長い指先で魔法陣を宙に描いて行く。
もう声がでない……あれはまさか、隠蔽の魔法か……?
薄れる意識の中で、転移の石板が透明化し、ユフィルの視界からゆっくりと消えて行った。
※
王城に戻ってからすぐに、エドワード王子に出撃の許可を貰った。
ウルゴ団長、レヴィア、そして数名の騎士団員を引き連れ、再びエルフの村の入口へと転移する。
「体が透明に……? 光の屈折を利用した魔法ですか? なんとも興味深いのです」
「うぬぅ……奇妙な魔法よのう、たが、助けに来た我々が、何故隠れなければならぬのだ」
「念のためですよ、少しここで待ってて下さい。話をつけてきます」
1人で広場への坂を下ると、入口寄りの商店の店先で、ララノアさんが僕の帰りを待っていた。
「ララノアさん、騎士団を連れて来ましたよ」
「きゃっ! びっくりしたー、ドミニク君? 声がするのに姿が見えないよー」
「隠蔽の魔法です、エルフのみんなに騎士団の事を話してくれましたか?」
微妙な顔をし、ハハ……と苦笑いで返して来た。このまま何事も無く上手く行けば良いけど。
相手は知能型の花竜だ。何を仕掛けて来るか解ったものじゃない。一応、光学迷彩の魔法を使い、僕を含む騎士団数十名は、透明化したまま広場の前で待ち構える事にした。
広場の中央には、エルフの男性達が100名程、弓を持って辺りを警戒していた。女性と子供は商店の中に避難し、祈る様にその様子を見守っている。
僕も広場を調査していると、観音扉付きの小さな木製の祭壇を見つけた。
あった……あの祭壇の中に、感知と隠蔽の石板を繋ぐ、魔力供給用の石板があるのか。
「来たぞ……うぬぅ、花竜が20頭、こちらへ飛行して来るぞ」
最初に襲撃に気付いたのは、人狼の目を持つウルゴ団長だった。広場にいたエルフ達も、徐々に花竜を捉え始め、その大群に絶望の表情を見せた。
「なんて数だ! 団長、我々だけで凌ぎ切れるでしょうか!?」
「ウルゴ団長、撤退の指示を!」
何かがおかしい、初手の大規模魔法の取り零しか? いや、であれば20頭も生き延びている可能性は低い。
「ぬぅ、ワシに頼るな! 今回、指示を出すのはドミニクだ、さてどう動く?」
ニヤリと笑ったウルゴ団長、その隣でレヴィアは杖を振って気合を入れ直し、ババッと、魔導ローブのボタンを留めた。
「前線を突破された様ですね……ドミニク、迎え撃ちましょう!」
「仕方ないね、ウルゴ団長と他の騎士団員は、広場の護衛をお願いします。光学迷彩の魔法を解くよ!」
戦う意思を見せているのは数名の団員だけだ、エルフの人達はどう見ても戦えそうに無いし、このままだと怪我人が出る。最悪の事態に備えて、何か手を打っておくか。
「待って! レヴィアの仕事はこれだよ」
「え! 何ですかこれは?」
この間、ゴーレムの石板から作った、黒曜石風の転移の石板を、収納魔法から取り出してレヴィアに待たせた。
本当は、王宮調合室と部室を繋ぐ予定だったんだけどなぁ。
「僕は崖に向かうから、もしも何かあったら。広場にある供給用の石板とその転移の石板を入れ替えて、僕に知らせて欲しいんだ」
「石板をですか?? いえ、聞くまでも無いですね……私はドミニクを信じています!」
さてと、僕は崖の様子を見に行くか。ユフィルさん達は無事だろうか……




