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王宮鍛冶場にお邪魔して調理道具を借り、準備を整える。
サイモンさんは、神秘的な雰囲気を纏った青髪の騎士で、落ち着いた口調のせいか、とても鍛冶職人には見えなかった。
調理用のエプロンを着た僕達の腰には、皮のカバーに入った刃渡り20cmの解体包丁がぶら下がり、背負ったリュックの中には、鉄のフライパン、手に入れた食材を入れる保管箱がある。
レヴィアのカバンの中には、鉄の鍋とお玉を詰め込んだ。
「森のエルフ達に、君達が騎士や冒険者だと気付かれてはいけないよ。特にレヴィア……考え無しに高度な上級魔法を使わない事、気を付けなさい」
「ドミニクにも言って欲しいものですが……解りました」
「サイモンさん、ありがとうございました! クエストが終わったら、ちゃんとオリーブの実を届けに来ます。行くよレヴィア」
調理道具は借りるつもりだったけど、サイモンさんは僕が王宮の称号を得た記念にと、一式プレゼントしてくれた。
その代わり、オリーブの実を持って帰る事を約束し、鍛冶場を後にした。
クエスト情報に寄ると、エルフの住む森はエリシアスの草原地帯から、船で王都へ向かう途中に見える森林地帯の中にある。
草原地帯までは転移魔法でワープし、そこから川の途中まで、手漕ぎの小さな舟に乗せて貰った。
目的の川辺まではそう遠くない、数十分も経たない内に目的の森に着き、舟から降ろして貰った。
川辺から沼地を歩いて進むと、巨大な森林地帯が目の前に広がっていた。
「至る所に、感知系の魔法が仕掛けられてるよ、ここから先はエルフ族の領域かな」
「魔法を使うな、と言っても……魔獣に襲われたらどうするのですか?」
「とりあえず、走って逃げよう。じゃあ行こうか!」
コンパスを頼りに森を進む、目的地となるエルフの国は、自然に囲まれて隔離された文化があり、他国との交流はあまり無い。
普通の冒険者が森に来たとしても、隠蔽の魔法により道に迷い、永遠に森を彷徨い歩く羽目になるからだ。
エルフ族は人間の文化に興味があるらしく、王都の料理人がたまたま森に迷い込み、エルフの国に案内されのが、交流の始まりなんだとか。
なので、彼らの監視下で強力な魔法や、武器を使う事になれば、危険人物と認識され、エルフの森に辿り着く事が出来なくなる。試験の為とは言え、厄介なクエストだ。
森に入ってから数十分、岩の隙間から流れ落ちる湧き水が小川へと流れる、自然の休暇場を見つけた。
丁度良いな、休憩にするか。
鍋に水をすくって溜めて、浄化の魔法で飲み水に変える。
「ふぅ、生き返るねー」
「疲れました……日頃、飛行魔法に頼りすぎていたのを実感しました」
小川と湧き水の音で涼みながら、レヴィアと雑談を始め、のんびりと過ごしていると。突然、獣の鳴き声に混じり、大きな悲鳴が森に響いた。
「誰かぁ、助けてぇ!! ひいい!」
僕達の頭上で、何かが木の上を移動する様に音と影が揺れている。
「女性の声がした! 誰か魔獣に追われてるのかな?」
「どうしますか? もし、助けに出れば、料理人では無いとバレますよ」
大樹の天辺がガサガサと強く揺れ、バキバキっと枝の折れる音と共に、ドシーン!っと何かが降って来た。
「ひぃぁぁ!! 旅のお方ぁ! 助けて下さい!」
緑の長髪から、長い尖った耳が飛び出したエルフの女性が、地面に横たわったままで、すがるように僕の足にしがみついて来た。
最悪だ……レヴィアとジト目を合わせて合図する。何に追われてるか知らないけど、このままだと確実にバレる。
焦る僕らを急かす様に、グァオオ! と獣の鳴き声も徐々に迫って来た。
「いや、あの、残念ながら僕達は料理人なので……」
「お力になれず、申し訳ございません」
「み、見捨てないでぇ!!」
エルフの女性を残し、深々と頭を下げて先に進む。
入れ替わりで、バザバサと翼を羽ばたかせながら、頭部に大きな花の生えた緑色のドラゴンが、エルフの女性を追いかけて現れた。
「ドミニク……」
レヴィアが足を止め、真剣な表情で僕のエプロンの袖を引っ張って来た。
……あれは花竜だな、助けるしか無いか。
「強化魔法・『オリハルコン・マテリアル』」
僕達の荷物の中にある調理道具が、補助魔法の光に包まれて行く。
この魔法は、材質を強化し、オリハルコン級の強度に近付ける便利な魔法だ。
さっきの休憩時に、もしもの時の作戦をレヴィアと話し合っていた。
いっその事、料理人らしく、調理道具で戦えばバレないんじゃ無いか? と言う結論に至り、今、決行に至った。
魔力を察知した花竜が、標的を僕に変え、勢い良く空中から滑空して来た。
「防いでレヴィア!」
「任せて下さい!」
レヴィアが鞄から取り出したのは、オリハルコン級の鍋だ。それを盾にして、突進して来た花竜の鉤爪をガキン!っとはじき返す。
「意外といけますね!」
怯んだ所を、後ろから僕が飛び出し、オリハルコン級に強化されたフライパンで、頭部をガーン!!とぶん殴った。
花竜はグァォェェ!! と、悲鳴を上げながら吹き飛び、大樹を5、6本なぎ倒して、ズブブッと地面に埋まった。
エルフの女性が、あわわわと、震えながら大声で叫んだ。
「花竜が吹き飛んだー!? 信じられないよ! その武器は、魔剣か何かなの??」
「え? いや、普通にフライパンですけど」
「フライパンで花竜を倒したの!??」
白々しく返すも、さすがに一撃で倒しちゃったから、冒険者だとバレたかも知れない。腰を抜かしていたお姉さんが立ち上がり、パンパンと土を払っていた。
「いやぁ、でも、助かったよー。最近、エルフの国はドラゴンだらけでさぁ、まぁ、エルフは優秀な種族だから? 結果、大丈夫って言うかー」
エルフってノリが軽いんだな、ペラペラと喋るお姉さんに、交渉を持ちかけて見る。
「僕達はオリーブの実を分けて貰いにきたんですけど。良かったら、お姉さんの国に案内して貰えませんか?」
「オリーブの実? 良いよ、見た所、料理人みたいだし、お礼にエルフの国まで案内するよ」




