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「不覚……! 拡声の魔法とは……」
片膝を地面についたウルゴさんは、長剣を地面に刺して体を支え、倒れまいと歯を食いしばっていた。
ふぅ、殺傷能力の低い氷の魔法でも何とかなったな。
接近戦に持ち込まれた時、相手の動きに合わせて自然に体が反応していた。これも、僕の接近戦闘の適性がSランクだったお陰かな?
膝をついたまま動かないウルゴさんに、ゆっくりと近付いて行くと、鬼の形相で睨みつけて来た。
「ぬぉぉ! とどめを刺せ小僧!!」
降参は無しか……少し気がひけるけど、ここでやらない訳にはいかないよな。
「……いきます!」
おもいっきり足に力を込めて、鎧の胸部をガン!!っと蹴った。
「ぬおぉ!!」
鎧がひしゃげる音がし、ウルゴさんは勢い良く後方へ吹き飛んだ。そのままコロセウムの石壁をドゴーン!と突き破って、崩れた瓦礫に埋もれてしまった。
「しっかりして下さい! ウルゴ団長!」
急いでレヴィアが駆け寄り、ウルゴさんを瓦礫の山から引っ張り出して、容態を確認する。
「命に別状はありませんが、意識を失っています……ドミニク、どうやら貴方の勝ちの様です」
「この勝負、ドミニク様の勝ちだ!!」
ルミネスが大きく拳を掲げて叫び、レヴィアも負けを認めた、これで決着だ。まさか武闘大会2位の騎士団長に勝てるなんてな、運が良かったな。
呆気にとられていた観客達から、パチパチと小さな拍手が鳴り始め、決闘を讃える声も混じり、次第に大きくなって行く。
「ギルドの小僧ー! 良くやった!」
「あれが冒険者だ! 騎士どもが黙り込んでるぞ、ははっ」
僕の素性を知ってる冒険者も、何人か観戦に来てたみたいだ。肩身が狭いと思っていたら、完全に敵地って訳じゃ無かったな。
回復の魔法で怪我を直し、意識を取り戻したウルゴさんが、レヴィアに支えられながら歩いて来た。
「ウルゴさん、大丈夫ですか?」
「ぬぅ……お主、手を抜いておったな? それに、これだけの魔法を放っておいて、良く平然としていられるのう」
「いえ、自分でも良く分からなくて……この魔法って凄いんですか?」
コロセウムの硬い土の上には、大きな氷柱の槍が数百本近く刺さり、割れた氷の残骸が光りを反射していた。
刺さった氷柱の槍に触れながら、レヴィアが呆れた様子で口を開いた。
「凄い所じゃないですよ、人間にこんな魔法が使えるとは思えませんが……貴方、自覚が無いのですか?」
「うーん、それが、良く分からないんだよね……」
とは言え、これだけ盛大に古代魔法やらアイススピアーをぶっ放したのに、ウルゴさんには掠りもしなかった。時と場合によっては、僕が負けていた可能性もある。
※
こうして決闘は無事に終わった。
……かに思えたけど。
レヴィアの策略により、ウルゴさんに実力を認められた僕は、半ば強引にグリフォン聖騎士団に入団する事となった。
入団とは言っても、騎士団に名を置くだけ、エドワード王子が持ちかけて来た様な、クレームのクエストは受けないと、それで一応は納得した。
それからが大変だった、アイリスを転移魔法でエリシアスに送り返し、魔法商店で祭壇を建築中のトムさん達にも事情を話した。
再び、王都に転移して、ファルコンさんの所へフィアを迎えに行き、王宮調合室をルミネスと一緒に守る様に任せて2人と別れた。
休む間も無く、その日の夜に入団記念パーティが王城で開催される事になった。
「これより、ドミニクの王宮調合師、就任と、入団記念パーティを開始するぞ!」
エドワード王子の声が響く王城のテラスにて、僕はマデリンさんに借りた正装の黒のタキシード、レヴィアは白のドレスに身を包み、冷やかされながら、2人でぎこちなくダンスを踊る羽目になった。
聖騎士団とは言っても、冒険者達とそう変わり無い
。庭で好き勝手に暴れ、魔獣の肉を片手に飲めや歌えやの大騒ぎだ。
酔った騎士の人達に酒を飲めと絡まれ、レヴィアと決闘の話でいじられ、散々庭を駆け回った。ファルコンさんは、隅っこで野菜をバリボリ食べていた。
もう忘れかけてたけど、レシピ盗難事件のウェルソン教授の話を、騎士団の人から聞いた。極刑は免れ、数十年の長い監獄暮らしが決まったそうだ。みんな、そりゃそうだ、程度の反応だったけど。
やっとの事落ち着いてから、ウルゴさんとレヴィアの3人でテーブルを囲む。
「久々に騒いだのう! しかし、レヴィアが惚れるだけの男ではあるな」
「ホホ、ホレタ訳ではありません!! で、ですよね! ドミニク!」
「ははっ、僕に聞かれても」
ウルゴ団長にからかわれ、顔を真っ赤にして全力で否定するレヴィア。
彼女は16歳、騎士団の中では最年少なので、気軽に話せる友人が居ないみたいだ。それと、特殊な魔法が使える僕に興味を持ってくれただけだろう。
「その……ドミニク! 魔導書をいくつか持って来たのですが、教えてくれませんか? こことここなんですが」
「どれどれ?」
レヴィアの持って来た、ハードカバーの絵本の様な魔導書は、去年に発売された『現代魔法から予測する古代魔法理論』と言う、まぁ分かりやすいタイトルの魔導書だった。
僕も古代魔法について詳しく調べた事はある。しかし、何故、特定の人にしか使えないのか、その理由は魔力の質、以外に解らなかった。
案の定、この本の内容はそれっぽい事が、核心に触れず書かれていた。
「これは間違ってるね……そもそも、古代魔法は純粋に魔力の質が関係してくるから。使えない人は使えないよ」
「そうなのですか? では、私は転移魔法が使えないのですね……」
突然、何の話だ!?と、ウルゴさんが、慌てて会話に割り込んで来た。
「ドミニク、お主、転移魔法が使えるのか!?」
「使えますよ、行った事のある場所に限られますが」
「ぬぅぅ、ちょっと来てくれ、見て欲しいものがあるんだ」
※
何やら真剣なウルゴ団長に連れられ、王城内の、大きな本棚の並んだ、騎士団の本部へと案内された。レヴィアが並べられた資料の中から、何かを熱心に探している。
「いきなりすまんのう、これが探索の任務中に遭難し、行方不明者となってしまった団員達のリストだ」
「どういう事ですか? 仲間とはぐれたんですか?」
「うむ、不運にも強力な魔獣に襲われてしまってな……ギルドに依頼を出してはいるが見つからず、探しに行こうにも、グリフォンを飛ばすには遠いのだ。エリシアスには騎士団の拠点が無いからのう」
遭難者リストか、雪山、火山に、森林地帯、無限の霧樹海まであるな。
「なるほど、これっていつ頃の話なんですか? 探索チームはもう出てないんですか?」
「1週間以上前になります……魔獣から身を隠す為、隠蔽の魔法を使っているらしく、検索の魔法に引っかからないのです……」
「1週間も前!? 解りました……今すぐ助けに行きましょう」
ガタッと椅子から立ち上がり、僕が即答すると、キョトンとした顔で2人が顔を見合わせた。
「良いのか!? お主、クエストは受けてくれないのでは無かったのか!?」
「いえ、それとこれとは話が別ですよ。レヴィア、今すぐ出発して全員連れて帰るよ」
「ドミニク……はい、準備して来ます!」




