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騎士団長のウルゴは、相棒のグリフォンにレヴィアを乗せ、ドミニク達のいる調合室へと向かっていた。
白と灰色混じりの翼を羽ばたかせて、鎧を纏ったグリフォンが空高く飛行する。
調合室のある林の近くまで差し掛かると、大きな池が見えて来た。ウルゴは手綱を引き、ゆっくりと旋回しながら高度を落としていく。
滑空しながら見下ろす先に、水の竜巻が発生しているのが見えた。
「むむぅ、様子が変だな……」
獣人の眼を持つウルゴは視界が広い、目を凝らし、竜巻の発生源を探る。
「ふうむ、あれはリヴァイアサンか? メイド服を着た少女が魔獣と戦っておるな」
「本当ですか!? それは恐らく、ルミネスと言う名の少女です。彼女はドミニクの使い魔ですよ」
使い魔まで猫耳メイドなのか……と、その徹底ぶりに、思わずゴホゴホとむせるウルゴ。
岸に着陸する為、グリフォンを滑空させながら更に高度を下げると、死角からザッバーン!と、水しぶきが上がった。
「ぬおお! しまった! 躱せロドリゲス!」
飛び出して来た触手が、グリフォンの翼と両足首に絡みつき、一気に池へと引きずり下ろす。
水没寸前に召喚を解除し、グリフォンを魔法石の中に戻しながら、ウルゴは水面を蹴る様に走り、レヴィアは飛行魔法で浅瀬まで退避した。
「やられたのぅ……レヴィア、魔法で焼きつくせ!」
「はい!」
池へと振り返り、急いで攻撃の魔法陣を描くレヴィア。それより早く、触手が水中から飛び出し、細い両足に絡みついた。
「きゃっ! ぬるぬるです!」
抵抗するレヴィアを強引に引きずり込み、逆さまにブランッと吊り上げた。
「いたたっ! 離してください!」
宙ぶらりんにされたまま隣を見ると、同じ様に逆さまに吊されたルミネスが、他人事の様にレヴィアを見ていた。
「……レヴィアか? こんな所で何をやっているのだ?」
「ルミネス! 無事だったんですね、早くドミニクを呼んできて下さい!」
ルミネスは、ふぅーと、困り顔を見せ、腕を組んだまま口を開いた。
「違うのだ、これは恐らく、ドミニク様の使い魔だ……」
「そうなんですか? 何故こんな触手の魔獣を??」
「多分、防犯用だろうな。私達を敵と認識してしまったようだ……」
宙ぶらりんにされたまま眼を瞑り、熱心にリヴァイアサンを考察する2人を横目に、ウルゴは燃えていた。
王都に暮らす騎士団にとっては、大型魔獣との戦闘は日常茶飯事、負ける気など更々なかった。
「うぬぅ、伝説のリヴァイアサンだ! 焼き魚にしてくれるわ!」
長剣を浅瀬に刺して立て、左手で魔法陣を描く。獣人は魔法にも優れている。研ぎ澄まされた濃い青色の魔法陣が、大きく宙に描かれた。
「吹き飛べ!
中級魔法・『エクスプロージョン』」
水面から顔を出したリヴァイアサン目掛け、ウルゴの右手からボーン! と火炎が飛び出した。
「やめろ!」
鋭い警告の声と共に、何かが高速で飛来し、リヴァイアサンに直撃寸前だった火炎の魔法を、ズバーン!と一瞬で消し飛ばした。
「危ないなー、この子、僕の使い魔なんですけど」
危険を察知して駆け付けたドミニクが、水面に浮いたまま鋭い目でそう言い放った。ウルゴも全く動じず、睨み返す。
「ふむぅ、やるな……お主がドミニクか?」
※
「魚くん、2人を放してもらえるかな?」
ギョギョイ! と鳴き、ルミネスとレヴィアをポイポイっと投げ捨て、触手ごと池の中へと潜って行った。
メイド服姿のレヴィアが浅瀬から立ち上がり、僕を見て慌てて叫んだ。
「ドミニク! その人は違うのです!」
それを、人狼っぽいおじさんが横から遮る。
「良いのだレヴィア、少し黙っていろ」
ルミネスは大丈夫そうだけど、触手の体液でぬるぬるになっていた。失敗だ、魚くんにルミネス達の事を話してなかったな……
人狼らしき人が、翠に光る不気味な獣の目で、僕を睨みつけていた。
「久々に人狼の眼が疼くわ。ワシは魔力の強さがオーラとなり、この眼に見える。お主は中々の猛者と見た!」
そう言って、黒い狼っぽい大きなおじさんが、僕の体をジロジロと翠の目で見てくる。
オーラが見える? なるほど、この人は多分、霊媒師か何かだな。王族の専属でお祓いを行なっているのだろう。
「ぬぅ、このオーラはレインボーか……不思議な男だ。まぁ良い、今からお主の入団試験を始める」
胡散臭い霊媒師かと思ってたら、意外に鋭かった……ん? 何だ急に?
「……入団試験?」
レヴィアの方へ目をやると、うんうんと頷きながらグッと親指を立てていた。おーい、聞いてないぞ?
※
「レヴィアをたぶらかした男を許すな!」
「やれー! 団長! ×$%せー!」
コロセウムの二階席から、聖なる騎士とは思えないとんでもない野次が飛び交う。ここは大きな塀に覆われた決闘場のど真ん中だ。
毎年、王都で開催される、武闘大会の会場としても使われている場所らしい。
ファルコンさんにフィアを預けたまま、リヴァイアサンを助けに飛び出したまでは良かったけど、何故か霊媒師、いや、騎士団長のウルゴさんと決闘をする事になった。
騎士団の連中から王城の使用人までもが、面白がって見学に集まり、二階席にはエドワード王子の姿もあった。
なんでも、これが騎士団の入団試験の恒例らしい。団長に実力を認められれば入団となる。
公平にする為、審判は2名。ウルゴさん側からレヴィア、僕の方からはルミネスが選ばれた。
「ドミニク様に決闘を挑むとは、愚かな……あの獣人は自殺願望でもあるのか?」
「まさか、ドミニクでは騎士団長にはかないませんよ、5分持てば健闘したと言えるでしょうね」
「はっ、面白い冗談だな、言っていろっ!」
アイリスも騒ぎを聞きつけ、本が大量に詰まったパンパンの鞄を肩に掛け、2階席から手を振っていた。
「ドミニクくーん! 騎士団に入るのー? 決闘なんて大丈夫ー?」
「まぁ、色々あってね……」
ルールは、命を奪うのは無しで、それ以外は何でもありのシンプルな決闘の様だ。拡声の魔法により、レヴィアが場を取り仕切る。
「ではこれより、王宮調合師のドミニクと、グリフォン聖騎士団、隊長ウルゴの決闘を開始します!」