6.残された罪とジョーカーの行方
——あれから妹は、無事に可愛い姪っ子を出産し、母となった。
初孫の誕生に両親は涙を流し、俺と弟も思わずハイタッチしてしまうくらい歓喜した。
数日後、両親と弟と俺は、妹達に名残を惜しみながら帰国した。
父と俺は、探偵事務所を畳み、末永さんの紹介で新しい仕事に就いた。
慣れない仕事に四苦八苦しながらも、お互いに奮闘していると、あっという間に月日が流れていく。
仕事にも慣れてきた頃、改めてお礼を言いに末永さんを訪ねた。
「すっかりご無沙汰してしまい、すみません。末永さんには、色々とお世話になりました。本当に有難うございます」
俺はそう言って、頭を下げた。
「私は依頼を受けて、仕事をしただけだ。後はついでにしただけだから、気にすることはない」
「有難うございます。それで、その後裁判はどうなりました?」
「うーん、言おうかどうしようか迷っていたのだが、やっぱり当事者である君には話すべきだよね?」
「何かあったんですか?」
「私も、昨日聞いて戸惑っているのだよ。……実はね……――」
裁判の後、死刑を求刑されていた族長は、自死したそうだ。
無期懲役を求刑された他の者達の中にも後を追うように亡くなった者がいるらしい。
何とも後味の悪い結末だ。
鬼退治で司法の裁きを望んだとはいえ、彼らの自決を願っていた訳ではない。
正義感が強く、真面目で何でも背負い込んでしまう質の妹には、とても言えない結果になってしまったことに、酷く罪悪感を感じる。
彼らを追い込んだ、俺も罪人なのではないか?
そして、俺の行った記憶を奪い操作するという行為は、罪である筈だ。
その人の、過去を奪い、未来を捻じ曲げることが許されていい筈がない。
だが、この非科学的な行為を実証することも憚られ、自首することもできない。
とはいえ、これはただの言い訳だ。
それでも俺は、この罪を一人で背負い、これ以上罪を犯さないように、贖罪の方法を探しながらこれからも生きていく。
父も母も俺には何も聞かなかった。鬼退治のことも、それ以外のことも。
そして、結婚や家を継ぐことも強要することはなかった。
何も話してはいないが、俺の気持ちを分かってくれているのかもしれない。
ただそっと見守ってくれていた。
——そうこうしているうちに、五年が経った。
大学を卒業し就職していた弟が、大学時代から付き合っていた彼女と結婚することになった。
弟の結婚式に出席するために妹夫婦が子供達を連れて帰国し、俺は三ヶ月ぶりの再会を喜んだ。
「兄さん!」
「桐吏さん!」
「とうちゃん、だっこ!」
俺は、五歳になった姪っ子を抱き上げた。
「わたしね、おおきくなったら、とうちゃんとけっこんするの!」
「そうか」
思わず、俺の頬が緩んだ。
「困ったわね。こういう時はどうしたら良いのかしら? 本当のことを教えた方がいいの? それとも、自分で理解するまでそのままにしておけばいいの? ねえ、どちらが正しいの?」
「二人目が生まれても朱伽は相変わらずのようだな」
「そうなんですよ。そんなにガチガチに考えなくても大丈夫だと思うんですけど……」
「そうだぞ。何でもキチキチに凝り固まるとお前だけでなくて周りも窮屈で苦しくなるんだからな。もっと力を抜け」
「わかっているつもりだったんだけど、駄目ね。これは性分よ。たぶん一生このままだと思う」
「おいおい、めずらしく諦めが早いな」
「兄さん、年をとると色々と分かってくることもあるのよ」
「何を当たり前のことのように言っているんだ。もう少し足掻けよな。まったく」
俺は、妹の腕の中ですやすやと眠る甥っ子を眺め、この子達の幸せを守るのだと新たな覚悟を決め、緩んでいた頬を引き締めた。
――その数日後、俺は一年ぶりに隠れ里に向かった。
里は、新たな木々や草花、落ち葉に覆われ、鮮やかに色づいていた。
「ここの紅葉は、本当に美しい」
「そうだろう?」
独り言に返事があり、驚いて声のした方を振り返って見た。
「なぜ……?」
そこには、ずっと心の奥底に押し込んで蓋をしていた少女の面影を残した、美しい女性が立っていた。
「『なぜ』だって? それは私が聞きたいよ! どうして、私の記憶を奪ったんだよ! どうして、何も教えてくれなかったんだよ! どうして、会いに来てくれなかったんだよ! どうして、なんで? うっうっ……」
彼女は慟哭し、その場にしゃがみ込んだ。
「ごめん。本当にごめん」
俺は彼女に近付いて行ったが、側まで行くとオロオロして、ただ挙動不審になっていた。
「ひっくひっく、あや、謝って、ないで、説明してよ!」
彼女は、涙を拭って俺を睨みつけるように見てきた。
「ごめん。鈴葉さんを巻き込みたくなかったんだ……」
俺は、六年前にあったこと、自分達一族のこと、異能の力のことを話せるだけ話した。
「あんたは、本当に自分勝手で嘘つきでどうしようもないない馬鹿だよ。それでも私は、あんたのことが好きなんだ。術が解けてしまうくらいに……」
「君こそ馬鹿だよ。こんなどうしようもない男のことなんて、忘れた方が良かったんだ。なのに、どうして術が解けたんだ? 君に負担が掛からないように、完璧にかけたはずだったのに……」
「それは、私が忘れたくなかったから……。術をかけられた後、自分に術の残滓の色が見えた。それで、何か術をかけられたと気付いた。でも、何の術をかけられたのか分からず、ずっとモヤモヤしていたんだ。何か大切なことを忘れているって。でも、それが何なのか思い出せない。ずっと思い出そうとしていた……。それでも、思い出すのに三年かかってしまった」
「本当にすまない」
「もういいって」
「この場所にはどうして?」
「思い出してから、あんたの住んでいる所も、職場も電話番号さえ知らないことに気付いた。名前や年齢だけじゃ見つけられない。結局、名前も偽名だったわけだけど……。兎に角、待っていることしか出来ないのが嫌だった。それで、初めて会ったこの場所で、もしかしたら会えるんじゃないかって……。僅かな希望に縋って、時間があるときに父さんの墓参りがてらここを訪れる様になった」
「そうか。そう言えばここは、君の故郷だったな」
「ああ」
この紅葉した美しい里を見渡し、俺は言った。
「俺には、君と一緒にいる資格なんてないよ」
「ふざけんな! 馬鹿野郎! 資格なんて関係ない! 私が、あんたと一緒にいたいんだ! あんたじゃなきゃ駄目なんだ! あんたが罪を犯したというのなら、一緒に背負う。だから、離れて行くなよ。一緒にいてくれ! お願いだから……」
彼女はどうして、こんなにも俺を想ってくれるのだろう? どうして、こんなにも必死になってくれるのだろう? どうして、俺の欲しい言葉をくれるのだろう? どうして……。
「ふっ、ははは……」
「なっ! 笑うなんて! 酷いじゃないか!」
「ごめん。違うんだ。自分の道化ぶりがあまりに可笑しくて……ははは……」
彼女が訝しげな表情をした。
「俺は、本当に馬鹿で間抜けだ。何も分かっちゃいなかった……。そんなどうしようもない男で良いのか?」
「ふっ。どうやら私は、そんなどうしようもない男が忘れられない、どうしようもないお人好しだったみたいだ」
「ありがとう。こんな俺のことを思い出してくれて。俺を好きになってくれて……」
「……ねぇ」
「何?」
「教えてよ。本当の名前」
「ああ。そういえば言ってなかったな……。桐吏だよ。渡辺桐吏」
「とうり? 変わった名前だな」
「そうかな?」
祖父が術と共に俺に与えた名前。
一族に縛り付ける呪いのような名前。
だが、この名前には、俺をそして家族を守るためにと必死に思案してつけた、家族を思う祖父の愛情が詰まっている。
俺はこの名を罪と共に背負って生きていく。ただの愚かで滑稽な一人の男として。この愛情深く素晴らしい奇特な女性と共に……――。
最後までお読み下さり、有難うございます。
この物語は、フィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
作中に「御伽草子」のことが出てきます。
大人になって読むと、子供の頃には考えなかったことを考えるようになります。
一時期、「本当は怖い〜」が流行っていた気がしますが、そのように色々な見方ができ、神話だとか仏教だとか歴史だとか政治だとかそんな側面や裏側、関連性を知ろうとおかしな読み方をするようになっていました。
純粋に、勧善懲悪や不思議を楽しんでいた子供の頃が懐かしいです。
まあ、邪推するのも楽しいので、改めて読むのも良いものだと思いました。
蛇足までお付き合い下さり、有難うございます。 感謝