5.希望の光と鬼退治
いつものように末永さんを訪ねたある日、「明日、君のご兄弟に会うことになった。場所は、Tロイヤルホテルだ。一緒に来るか?」と尋ねられた。
「いえ、ご一緒するのはやめておきます」
一緒に行けば、妹や弟が感極まって、話どころではなくなるかもしれない。
俺が会う前に末永さんに説明してもらった方が良いだろうとの判断だった。
彼もそう言うのが分かっていたのか、「そうか」と、一言だけ言った。
彼が妹達とあった次の日の夜、俺はそっと妹の部屋に忍び込んだ。
「朱伽」
「兄さん! 見張られているんじゃ……大丈夫なの?」
「ああ。心配いらない」
「本当に?」
「はぁー、久しぶりに会ったら随分疑り深くなったな?」
「別に疑っている訳じゃないけど、父さんだけじゃなくて、兄さんや母さんにも何かされたらって……」
「朱伽……。俺は大丈夫だ」
「でも……」
引かない妹に、俺は嘆息した。
「……今から話すことは、ぜったいに誰にも言うなよ。約束できるか?」
「うん。ぜったいに誰にも言わない」
「信じるぞ」
俺はじっと私の目を見つめて言った。
「……俺は、実は異能者なんだ」
「えっ!?」
「シッ! 静かにしろ! このことは、父さんと母さんしか知らない。他に知られたら、使い潰されるのが分かっているからな。ずっと隠すように言われていたんだ」
「じぁ、前に言っていた『切り札』っていうのは、このことだったの?」
「そうだ。俺の能力は、相手の記憶を操作することが出来る危険なものだ。使い方を間違えれば、人格を崩壊させ、死に至らしめることも出来てしまう。この能力を使えば、族長たちにも対抗できるが、それをすれば、俺は人間ではなくなってしまう気がして嫌だったんだ。だが、そんなことも言っていられなくなった。今は監視者たちの記憶を精神が崩壊しない程度に少しだけいじって探りをいれている。俺は、出来る限り、私怨ではなく、公で裁かれるべきだと思っている。それで、末永さんの力を借りた」
「そうだったんだ……。ありがとう、兄さん」
「お礼を言われることじゃない。兎に角、このことは誰にも言うな。充琉にもだ」
「うん。分かった。……ねぇ、兄さん。末永さんには、ここを動くなって言われたけど、何か私に出来ることはないかな? 皆に任せて、じっとしているなんて私には出来ないよ」
「まあ、お前ならそう言うと思っていたよ。一つ頼まれてくれるか?」
「うん! なんでも言って!」
「それじゃあ……――」
二人でコソコソ話していると、急に声を掛けられた。
「君が二人のお兄さんか?」
「瀬山さん!」
妹が驚いて、彼の名前を呼んだ。
驚いた。全く気配を感じなかった……。
彼が、瀬山忠久か……。
「はい。桐吏と言います。二人がお世話になり、有難うございます」
「君に会ったら、聞きたいとずっと思っていたのだが、どうして二人をあの国に逃がしたんだ?」
「そうですね、恩人のあなたには正直に話ますが、一族があの国を嫌悪して避けているのは分かっていたので、あえて選びました」
「それだけではないのだろう?」
「……はい。瀬山愁のことを調査していて、あなたのことも調べさせていただきました。あなたは、仕事で何度かあの国を訪れている。もし生きているのに、瀬山愁に接触して来ないのだとしたら、日本にいないからではないかと考えました。それならば、どこにいるのか? もしかしたら、あの国ではないか? と。もし、二人があなたに会って話すことが出来れば、協力してもらえるかもしれない。そう、希望的観測はありましたが、本当に期待通り、いや、それ以上に協力してもらえるとは思いませんでした」
「ふっ、君は敵には回したくないね」
俺は、肩を竦めた。
「本当は、一族のことは忘れて二人が向こうで幸せに暮らせるなら、それでも良いと思っていたんです」
「兄さん……」
次の日、妹は俺の頼み通りの行動をしてくれた。
妹が客人を連れて実家に着くと、俺と母で出迎えた。
「朱伽!」
「母さん!」
「お帰りなさい。無事でよかった……」
そう言った母の目から涙がこぼれた。
涙を拭いながら、母が言った。
「さあ、中に入って! お客様もどうぞ」
「危険を顧みずに来ていただいて、本当に感謝しています」
俺は、妹が連れて来てくれた客人、アレン氏のご子息であるルーカスさんに頭を下げた。
「頭を上げて下さい。朱伽さんは、私にとっても掛け替えのない人です。だから、気にしないで下さい」
「そうなんですか! まあまあ!」
「母さん!」
「まだ、僕の一方通行なんですけどね」
それから妹達の向こうでの生活などの話を聞いていたら、外が騒がしくなった。
「来たか」
俺は、警戒を強めた。
――ドンドンドンドン。
玄関の戸を勢い良く叩く音が応接室まで聞こえてきた。
「いるのは分かっている! 戸を開けろ!」
「利公を連れて来たのか。手間が省けそうだ」
そう言って、俺はうすら笑いを浮かべた。
俺達は、玄関へ移動した。
「どういった御用ですか?」
母が扉の方に向かって声を掛けた。
「朱伽さんが帰って来たそうじゃないですか? 婚約者である私に、どうして教えてくれなかったんですか? 今すぐにここを開ければ、許してあげますよ」
「朱伽……」
ルーカスさんが大丈夫だと励ますように、妹の手を優しく握っていた。
「兄さん」
妹が頷いて、俺に開錠の合図をした。
開錠し、扉を開けた瞬間に奴が飛び込んできた。
「やあ、朱伽! 久し振りだね! どれだけ君を探したか……。族長が君に会いたがっていてね、今すぐに本家まで来てもらおうか。そうそう、君のお父さんもさぞかし喜ぶことだろう! さあ!」
妹が奴に腕を掴まれて、強引に引っ張られた。
「痛っ!」
「朱伽!」
「その汚い手を離せ!」
ルーカスさんが奴に殴りかかった。
突然のことに驚いた奴は妹を突き飛ばし、拳を躱して、反対にルーカスさんの顔を殴った。
「ルーカスさん!」
妹がルーカスさんに駆け寄った。
その間に、俺は警察に通報し、ボディーガードの人達が奴と一族の者達を拘束した。
「離せ! 俺が誰だか分かっているのか? お前たち、ただでは済まさないからな!」
「負け犬がよく吠える。今、警察がこちらに向かっている。お前が暴力を振るった相手が誰だか分かるか? さすがの族長もお前を見捨てるだろうよ」
俺はそう言って、奴に軽蔑の眼差しを向けた。
警察官が来て、奴らは連行された。
残った俺達も事情聴取を受けた。
いつものように一般人が相手の傷害事件ならば、奴らも直ぐに釈放されたかもしれないが、今回は相手が悪かった。
駆けつけたアレンさんがこれでもかと捜査員を脅していた。
焦った捜査員は、上司に連絡を取っているようだった。
「ご子息を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
俺はアレンさんに頭を下げた。
「気にすることはない。ルークも分かっていて協力したんだ。幸いたいしたことはなかったのだから、もう忘れなさい」
「ありがとうございます。お陰で、楽にことが運べます」
「そうだな。経済界の大物であるアレン氏のご子息を怪我させたとなれば、族長たちに味方していた警察の関係者たちは、自分の身可愛さに離れていくだろうな。外交問題になったらただでは済まないから、上からも圧力がかかるだろうし……。ただ、トカゲの尻尾切りにならないか心配だが……」
アレンさんと一緒に来ていた瀬山さんは、そう言って考えこんだ。
「大丈夫です。こちらにアレンさんの後ろ盾があることを示せましたから。それだけで、十分動きやすくなります。あとは、末永さんのお力をお借りすれば上手くいく筈です」
「やれやれ、君には本当に驚かされるよ」
そう言って、瀬山さんは呆れた顔をした。
――その後、俺と末永さんは素早く動いた。
俺達は警察の全面協力を得ることに成功し、その他の族長に加担する有力者たちも黙らせた。
そして、族長の家に一族の重鎮たちが集まる会合の日を狙って、周囲を取り囲み、一斉検挙に踏み出した。
集まっていた者たちは、全員捕らえられたようだ。
俺はその様子を少し離れた場所から、ただ静観していた。
連行されていく者達の中に父を見つけ、その姿が見えなくなるまでじっと見守った。
「父さん……」
――数日後、実家に戻っていた妹をルーカスさんが訪ねてきた。
客間に一人でいた妹の様子が気になり、声を掛けた。
「彼は帰ったのか?」
「兄さん」
「どうした? 元気が無いみたいだけど、彼に何かされたのか?」
「違うの。そうじゃなくて……。帰っちゃうんだって、アレンさんと一緒に……」
「そうか……。寂しくなるな」
「……うん」
その後、妹とルーカスさんの間で何があったのか、俺は知らない。
ただ、結婚することになったと報告を受けた。
嬉しそうに幸せそうに笑う妹を目の当たりにして、反対する気は全くおきなかった。
一週間後、身内だけで慎ましく二人の結婚式を挙げ、その後すぐ、妹、ルーカスさん、アレンさん、それと瀬山さんも一緒に、慌ただしく出国していった。
――それから約一年後……。
俺達は、妹のもとを訪ねた。
「!」
「朱伽!」
「父さん! 母さん! 兄さんに充琉も! どうして?」
「朱伽。皆のお陰で、やっとあの忌まわしい一族から開放されたよ。それに、末永さんのお陰で、随分と罪も軽くなって、執行猶予が付いたんだ」
「そう……」
「ありがとう、朱伽」
「母さん……」
「ところで朱伽、もうすぐ俺の甥っ子か姪っ子が生まれるらしいな? 体の方は大丈夫なのか?」
「兄さん、私は大丈夫よ。兄さんこそ大丈夫なの? ずっと無理していたんじゃない?」
「あの、まあ、なんだ、とりあえず移動するか?」
妹の言葉に俺は少し慌ててしまった。
まさか、朱伽は鈴葉さんとのことを知っているのか? いやいや、そんな筈はない。
玄関から移動する間、俺はこっそり深呼吸をして、動悸を鎮めた。
応接室に入ると、妹達が出国した後の一族のことを瀬山さんと弟と一緒に詳しく話した。
その間、妹もルーカスさんもそして父と母も口を挟むことなく、ただ静かに聞いていた。
族長は死刑、その他の者たちは無期懲役が求刑されたが、全員が上訴したため、まだ裁判は終わっていない――。
お読み下さり、有難うございます。
ちなみに、「ルーク」は、「ルーカス」の愛称です。