4.切り札と切り捨てられた想い
数日後、二人がいなくなったことが族長たちに伝わり、事情を説明させられた。
自分たちが寝ている間に、二人はいなくなったみたいで、朝起きてこないことに気づいて起こしに行ったら、姿がなくなっていた。机の上に、「心配しないで下さい。今までありがとう」とだけ書かれた、置き手紙が残されていた。と、父が説明したが誰も信じてはいないようだった。
その後、二人が戻って来たら知らせるように命令された。
一族の連中はずっと探しまわっていたようだった。
二人が出国したことがわかると、俺達が逆らわないように父を人質として連れて行き、俺と母には見張りがつけられた。
父は、こうゆう事態を見越していたのか、「俺にもしものことがあったら、俺のことは忘れろ。母さんやお前たち三人のことだけ考えて、行動してくれ」と、そう言っていた。
だが、見捨てるつもりはない。
「これを使うか……」
俺は自分の手を眺めながら、監視者に知られずに穏便に出掛ける方法を思案した――。
次の日、母はいつも通り見張りのことは気にせずに出勤した。
俺は、変装し監視者一人一人に自分から近づき、記憶を操作していった。ついでに、記憶を覗かせてもらい、向こうの状況も探った。
父さんは、無事みたいだな。
末永さんに、状況を知らせないと。
俺は、彼に連絡を取り、彼の自宅の方へと向かった。
彼に迎え入れられ、近況を報告した。
「……そうか、暫く連絡がなかったのはそういう理由だったのか……。私は、てっきり『鬼退治』を諦めたのかと思っていたよ」
俺は肩を竦めた。
「ご心配をお掛けしました。ですが、ここまで一族の罪を知っておいて、見過ごすことは出来ません。何があってもやり遂げます。ですから、お願いします。力を貸して下さい」
俺は誠心誠意、頭を下げた。
「今日は、気持ち悪いくらいに素直だな。……いいだろう。君のことは気に入ったよ。武力に訴えずに公に裁かせようとする姿勢も、私のことを評価してくれているところも、そして何より、この私を、駒として使おうとするところも気に入った。前にもらった調査資料も、証拠として十分使えるものだった。あとは、味方を増やすだけだ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
俺はもう一度、頭を下げた。
そうして、また連絡すると約束し、末永さんのお宅を去った。
その足で、鈴葉さんのところを目指した。
玄関チャイムを押すと、彼女が戸を開けてくれた。
「久しぶり」
「本当に久しぶりだよ! どうしていたんだ? 忙しかったのか?」
「まぁ、そんなところだよ……。百華さんは?」
「仕事に行っているよ。私は、今日は休みだったんだ。タイミングが良くてよかったよ。取り敢えず入ってくれ」
「お邪魔します」
居間に案内され、お茶を出された。
彼女は「ちょっと待っていてくれ」と言って、居間から出て行った。
戻って来た彼女は、本を差し出した。
「長いこと貸してくれて、ありがとう」
「いや。どうだった?」
「そうだな……。御伽草子ってなんだかなぁ……。物語だからご都合主義なのは仕方ないのかもしれないけれど、なんかどの話もモヤモヤするっていうか……。上手く言えないけど、読んでいてイライラした」
「ふっ。そっか。それでも、全部読んだんだ?」
「まあ一応な。後は、酒呑童子の話はまるで里で語られていた昔話の主人公が逆転したような話だった」
「そうなのか?」
「うん。父さんが言っていたんだ。『鬼と呼ばれ、極悪非道な行いをしたと蔑まれた可哀想な人喰い達は、命からがら餓鬼の郷へと逃げ延びた』って。私達、里の術者は元々人喰い達の敵側の一族だったんだ。だけど、あまりに残虐な一族のやりように、次第に反感を持つようになっていった。そして、人喰い達を追うように命令された時に従うふりをして、彼らと一緒に逃げたそうだ」
「『人喰い』って、人を食べるってことか?」
「そうだ。彼らは、本当はとっても優しいんだ。ただ、人間の肉、人肉を食べないと生きていけないというだけで、私達と何も変わらないんだ」
「それじゃあ、君は『鬼』と呼ばれている者達の血は引いていないのか?」
「そうみたい。……それにしても昔の人は、何を思ってこんな残酷な話を残したんだろう?」
「さぁ、戒めのためか、政治目的か、他に理由があったのか、結局のところは当人たちにしか分からないよ。……でも、君は主人公ではなくて鬼達の目線で読んでいたんだね」
「えっ!?」
「だって、主人公側から見たら悪者が退治されてスッキリする話だろう? でも君は、残虐だと言って苦しそうな表情をした。別に責めているわけじゃないよ? 鬼側の話を聞いて育ったらそうなるだろうし……」
むしろ、今の俺と同じだ。
そう心の中で付け足し、顔を綻ばせた。
彼女も釣られて笑顔になった。
「そうだ! 晩ご飯食べてくか? 今日の当番は母さんじゃなくて私だけど……」
「いいの?」
「おう!」
彼女の優しさに、彼女の笑顔に、灯火が宿ったように心が温かくなる。
俺と同じように異能の力を持ち、母親を支えて懸命に生きているこの少女に、俺はいつの間にか惹かれていたようだ。
その後も何度か訪ねるうちに、段々と重ねていった嘘が罪悪感とともに重くのしかかるようになっていった。
そうして、月日が経ち、いつものように監視者の記憶を操作して、末永さんを尋ねると、妹から、正確には瀬山忠久さんから連絡があったと教えてくれた。近々、帰国して「鬼退治」を手伝ってくれるとのことだった。しかも、経済界の重鎮であるアレン氏とご子息の協力を取り付けたらしい。
待ちわびていた吉報に、俺達は歓喜した。
珍しく彼から飲みに誘われ、一緒に祝杯をあげた。
酔いが回ってきた様子の彼が聞いてきた。
「君は、前に自分の大切な人達のためならばなんでもすると言っていたが、大切な人というのは、ご家族のことか? それとも、他にそういう人がいるのか?」
俺の頭に、少女の顔が浮かんだが、ニヤニヤしている末永さんの顔を見て、「もちろん家族のことですよ」と、澄まして言った。
「素直じゃないねぇー。まあ、分かっているとは思うが、老婆心ながら一つだけ。その人が大切なら、鬼退治が終わるまでは関わらない方がいいかもしれないね」
彼のお節介に俺は何も言えなかった。
そうだ。俺は、あの忌々しい一族の血を引いた、嘘つきで卑怯な男だ。彼女には、相応しくない。聞きたかった里の話も済んだ今、もう会うのは止めた方がいい……。
家に帰り、喉が渇いた俺は、台所へと向かった。
「桐吏。どうしたの? 難しい顔をして。皆のことが心配?」
水を飲み、そのまま物思いに耽っていた俺は、母が覗いていたことに気づかなかった。
「母さん……」
「考えても仕方がないわ。私達だけでも、いつも通りにしていましょう? お父さんもそれを望んでいるわ」
「そうだね」
母には、妹達のことはまだ話さないほうが良いだろう。糠喜びになれば、平静を装って無理をしている母親が壊れてしまうかもしれない。
例え鬼退治が失敗したとしても、母と妹、それに弟だけは守らなければ、家族のためにその身を犠牲にしている父に顔向けが出来ない。
そんな決意を新たに胸に秘め、次の日も末永さんの所へと向かった。
「いやー、昨日はすまなかったね。余計なことまで言ってしまって。やっぱり、お酒は控えるようにしよう」
会うなり、彼が謝ってきた。
「末永さんが謝るなんて珍しいですね。明日は、槍が降りますかね?」
「あのねぇ、いくら天の邪鬼で負けず嫌いな私でも、自分に否があると思えば謝るよ? ただ、素面の時に否があったことはないけどね」
「そうですか」
「まあ、余計ついでに、昨日はああ言ったけど、どうするかは君の自由だからね。その人を巻き込みたくなければ遠ざけることで守ればいいし、理解して協力してくれるなら、助けてもらえばいい。君次第だ」
「はぁー、好き勝手言いますね。でも大丈夫ですよ。そんな人はいませんから」
「はぁー、本当に君は素直じゃないね―」
「末永さんには、言われたくないですよ」
末永さんにはああ言ったが、ずっと鈴葉さんのことが頭から離れない。
もう会わないと決めたのに、なんて未練がましいんだ。情けない。こんなんじゃ、朱伽のことを笑えないな。
……最後に一目だけ彼女の元気な顔を見て、ケリをつけよう。
次の日、働いている彼女の様子を離れたところからそっと伺い、心の中で別れを告げた。
だが、俺に気付いた彼女が追いかけてきた。
「佐藤さん! 待って! はぁはぁ……」
「どうして声も掛けずに行こうとするんだ? ずっと待っていたのに……」
「ごめん」
俺は、思わず謝った。
「急いでいるのか?」
「まあ……」
「またすぐに会える?」
「それは……」
「佐藤さん。さっきからなんだか歯切れが悪いよ。私は、もっとあんたに会いたいし、もっとあんたのことが知りたい。……駄目か?」
桃色に頬を染め、切なげに潤んだ瞳で俺を見る彼女に思わず怯んだ。
「それは……」
「私、私はあんたのことが好きだ……」
彼女の言葉に衝撃を受けた。
同じ気持だと知って舞い上がるほどに嬉しい。だが、もうひとりの自分が囁く。大切だからこそ、彼女を「鬼退治」に巻き込みたくはないと。それに、彼女が好きになったのは、嘘で塗り固められた「佐藤誠」という虚構の俺なんだ。「誠」の名に相応しくない俺が、彼女に自分の気持ちを伝えるということをして良いはずがない。この想いは、俺が一人で抱えていかなければいけないものだ……贖罪と共に……。
俺は彼女を抱きしめた。
「佐藤さん……」
「……すまない……」
そして、彼女に術を使った……―—。
お読み下さり、有難うございます。