3.邂逅と色づき始める想い
山の木々は、赤や黄色と彩り豊かに美しく色づいていた。
隠し里に着くと、人影が見えた。
俺はそっと近づいて、声を掛けた。
「この辺の方ですか? 私は、紅葉が綺麗だったんで、紅葉狩りで来たんですけど、……この辺り一面焼けたみたいですね?」
最初、警戒していた様子の女性は、俺の態度に警戒を解き、話し出した。
「そうですね。……美しい里だったんですけど……」
そう言って、彼女は遠い目をした。
「そうですか……。どういうところだったんですか?」
「ここに住んでいた人達は、本当にみんな優しくて……、死のうと思って山に入った私を、縁もゆかりも全く無いのに救ってくれました。感謝してもしきれません。本当に、人も自然も何もかもが美しいところでした。まるで桃源郷のような……」
「母さん!」
そう呼び声が聞こえた方向に目を向けると、高校生くらいの少女が慌てた様子で駆けて来た。
「あんた誰?」
少女は、母と呼んだ女性を庇い、警戒した様子で聞いてきた。
「そんなに警戒しないで下さい。紅葉が綺麗だったので、紅葉狩りに来たんですよ」
そう言ったが、警戒は解けなかった。
「嘘をつくな! お前には、異能者の色が見える。鬼狩りにでも来たのか?」
「鬼狩り? 違いますが、もしかしてあなたも異能者なんですか?」
少女の方から、「うっ、しまった」という、小さい呟きが聞こえてきた。
その横から、母親らしい女性がリュックサックを指して、「あの、良かったら一緒にお昼を食べませんか? 少ないですけど、お弁当を作ってきたんです」と言った。
「母さん!」
「まあまあ。お腹が空いているとイライラするでしょう? 折角、紅葉も綺麗なんだから、景色を眺めてご飯を食べながら話しましょう?」
「はぁー、分かったよ」
少女が呆れた様子で承諾した。
俺達は敷物の上に座り、お弁当をいただいた。
「ありがとうございます。美味しいです」
「そう? 良かった!」
「それで、あんた誰? 何者なの?」
「鈴! 何て聞き方をするの。すみません。私は、百華と言います。この子は、娘の鈴葉です」
「私は、……佐藤誠といいます。確かに変わった力はあるみたいなんですが、使い方がよく分からないので、怖くて隠すようにしているんですよ」
俺は、一応偽名を名乗った。
「本当か?」
少女、鈴葉さんは、まだ訝しげな目で俺を見ていた。
「ええ。さっき鬼狩り? と言っておられましたけど、それはなんですか?」
「この里に住んでいた人間を鬼と呼び、狩ろうとする馬鹿な奴らがいる。未だに、この辺を彷徨いていないか警戒していた。……私達からしたら、そいつらの方が余っ程鬼だと思うがな」
「そうですね。私もそう思いますよ」
俺が同意すると、鈴葉さんは大分警戒を解いた。
「あんたは、何処から来たんだ?」
「T市の方からです」
「ふーん」
その後も、おしゃべり好きな二人に質問攻めにされ、嘘に嘘を重ねた。
「佐藤さん。良かったら夕飯も家で食べて行きませんか?」
「良いんですか?」
もう少し里のことを聞きたかった俺は、質問攻めに辟易しながらも了承した。
話しながら山を下り、バスに乗って少し離れた町に着いた。
案内された家は、小ぢんまりとした平屋だった。
「ここです。どうぞ」
「お邪魔します」
「ここは元々、私の亡くなった祖母が一人で住んでいたんです」
百華さんが俺を家の中へ案内しながら話した。
「里が焼かれ、山から降りた私達は、私の実家を頼りました。ずっと音信不通だった娘が子供を連れて帰って来て、皆驚いていました。実家には、弟夫婦と子供たちが同居していて、居候するわけにはいかなくて……。でも、母がここを住めるようにしてくれて、時々様子を見にも来てくれています」
「そうですか……。あの、こんなことをお聞きするのは憚られるのですが、ご主人は?」
「父さんは、三年前に亡くなったよ。風邪を拗らして呆気無く」
「そうでしたか……」
「そうだ! 夕飯の買い物に行かないと。悪いんですけど、鈴と留守番をお願いしてもいいですか?」
そう言って、百華さんは、家を出て行った。
「母さんは、父さんのことを思い出すと未だに泣くんだ。たぶんあんたに気を遣って、外に行ったんだよ」
「それは悪いことをしました……」
「別にいいけど……」
「鈴葉さんに聞きたかったのですが、あなたの能力は、どんなものなんですか?」
「えーっと、そうだなぁ。私の能力は、能力者や術、その残滓が色として見えるというようなものだ。それ以外の力はない。だから、色が見えたら近づかないようにしていた」
「そうですか……。あの里には、他にも異能者はいたんですか?」
「死んだ父親と私だけだ」
「お父さんから、受け継いだということですか?」
「そうだ。父の方が力は強かった。代を重ねる毎に弱くなっていったらしい……。何代か前までは、結界を張ったり、幻惑の術も使えたりしたとか……」
「そんなことまで……」
「あのさ、今日はありがとな。父さんが亡くなって、里も焼けて、母さん、ずっと元気がなかったんだ。でも、あんたと話てるうちに少しだけ元気になった気がする」
「『少しだけ』ですか……」
「ああ、その。良かったらこれからも、会いに来てくれよ。そしたら、もっと元気になると思うからさ」
そう言った、彼女の頬が桃色に染まっていた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですね。また、会いに来ますよ。鈴ちゃん、君にも」
「なっ!?」
彼女の顔は、茹でダコみたいに真っ赤になった。
彼女をからかっていると、百華さんが帰って来た。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「直ぐに用意しますから、もう少し待っていて下さいね」
「手伝うよ」
「私もお手伝いしますよ」
「駄目よ。お客様は座っていて。鈴も、お客様を一人にしたら駄目でしょう? お相手していて」
「うっ。分かった」
彼女は、しょんぼりと小さくなった。
さすがにからかい過ぎたかと反省した俺は、気不味さを払拭するために、持っていた本を鈴葉さんに渡した。
「何これ?」
「御伽草子だよ。最近読み返していたんだ。貸してあげるから、良かったら読んでみて。返すのは今度会った時でいいよ」
「分かった。読んでみる」
そう言って、彼女は本を読み出した。
本に没頭している姿を微笑ましく思って眺めていると、百華さんが、準備ができたと呼びに来た。
夕飯をご馳走になり、「また来ます」と言って、二人と別れた。
その後も、仕事の傍ら、俺の目的のために末永さんや彼女達に会いに行った。
この日も、百華さんが夕飯の用意をしてくれ、その間、俺と鈴葉さんは居間でお茶を飲んでいた。
「悪い。この前借りた本なんだけど、あの後仕事が忙しくなって全然読めなかったんだ」
「そうか。返すのはいつでも良いから、無理せず読んで」
「サンキュ!」
「ところで、仕事って何をしているの?」
「レストランで接客だよ」
「えっ! その言葉遣いで大丈夫?」
「あのな、私だってお客様相手だとちゃんと敬語で話しているから! 敬語を使わないのは、母さんとあんたくらいだ!」
「へー、そうなんだ。じゃあ、俺は特別だって思ってもいいの?」
「なっ!?」
「赤くなって、可愛い」
「佐藤さん!」
頬袋いっぱいに木の実を詰め込んだリスみたいな彼女の愛らしい様子に、頬をつつきたい衝動に駆られる。
「鈴ったら、大きな声を出してどうしたの?」
百華さんが戸を開けて入って来た。
「母さん。佐藤さんが、イジメる」
「まあまあ、随分仲良くなったのねぇ」
「違っ!」
「ははは……」
「笑うな!」
必死になる彼女とのんびりした様子の百華さんのちぐはぐなやり取りがなんだか可笑しかった。
こんな風にいつまでも笑っていられたら、幸せだろうな……。
——だが、こんな平和で穏やかな日々は長くは続かなかった。
正月になり、一族の新年会に成人した妹も招待され、参加することになった。
父とも相談し、俺は出来るだけ妹の側から離れないように守役として居座った。
案の定、見目が良く、他人の前で大人しい妹は目をつけられてしまったようだ。
「朱伽ちゃんもそろそろ結婚を考えても良いんじゃないか? 利公なんてどうだ? 一族の中で一番の出世頭だ」
酔っ払った族長の弟に絡まれた妹は顔を顰めていた。
「有難うございます。ですが、妹にはまだ早いですよ。まずは、私でしょう? どなたか良い方はおられませんか?」
何とかその場は切り抜けられたが、後日、大変なことになった。
妹は、一族の後継者と言われている利公に迫られ、無理矢理結婚させられそうになった。
ずっと拒んでいたが、父を人質に取られ、ついに妹は婚約を承諾した。
俺は憔悴しきっていた父を支えて連れ帰った。
「朱伽、すまない。私に力がないばかりに……。お前が犠牲になることはない。私のことは、見捨ててくれて良かったんだ」
「父さん。そんなことを言わないで。私は大丈夫だから」
父が自室に戻り、妹と二人になると、妹はついに弱音を吐いた。
「兄さん、私、あいつと結婚するぐらいなら、死んでしまいたい」
「朱伽……」
俺は、少し思案した後に言った。
「朱伽、なんとか時間を稼いでやる。その間に、国外に逃げるんだ。国内は、至る所に奴の息がかかった者がいて危険だ。そうだな、知らない人ばかりでは不安だろうから、充琉と行け。それから、決してどこにも連絡するな。もちろん俺にも。万が一何かあった時は、このメモの人物にだけ連絡しろ。きっと力になってくれる」
「兄さん、そんなことして大丈夫なの? 父さんや、母さんだって……」
「大丈夫だ。俺達のことは心配するな。俺には切り札がある。……こんなことになるまで助けてやれなくてすまなかった」
「ううん。ありがとう。……ねえ、兄さん、いつかまた会えるよね?」
「ああ。きっと……」
そうして、秘密裏に急いで出国の手続きをし、妹と弟を見送った――。
お読み下さり、有難うございます。