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2.呪縛からの解放と覚醒め


 大学を卒業し、暫く経った頃、大学二年生になっていた妹と一緒に「鬼退治」任務にあたるよう父に指示された。


 初めての鬼退治で、やっと族長の力になれると、この時の俺はそう思って歓喜していた。



 何時間も掛かって、かつて「姥捨山(うばすてやま)」と呼ばれていた山に辿り着いた。

 その山にはつい最近まで結界が張られていて、私達一族のように鬼に敵対する者は里に近づくことが出来なかったらしい。

 だが、一族の異能者、と言っても術を感知出来るだけの能力者だが、その者が結界の気配が消えたと、報告してきたのだ。

 それで、俺達が確認しに行くことになった。


 だが、隠し里についた時には里は焼け、全てが灰と化していた。

「クソっ! 遅かったか!」

 俺は思わず、悪態をついてしまった。


 誰かが戻って来るかもしれないと、里を交代で監視することになった。



 ――そんなある日、里の者らしい青年が現れた。


「漸く現れたな。生け捕りにして他の奴の居場所を吐かせるか」

 俺は血気に逸って言った。


 すると妹が、「待って、様子がおかしい。まるで里が焼けたのを知らなかったみたいじゃない?」と言い出した。

 

「そう言われたら、呆然としているように見えるな」

 俺は妹の言葉で、一気に頭が冷えた。

 安堵した様子の妹が話し出した。

「……私、前に町で彼に助けてもらったことがあるの」

「はっ!?」

「彼は、医学生でとても鬼には見えなかった」

「それは……。でも、騙されているかもしれないだろう?」

「でも、本当だとしたら、ずっと大学にいて夏休みでここを訪れたのだとしたら、何も知らないかもしれない。今、接触するよりも、暫く行動を監視するだけにした方が良いんじゃないかな?」

「まあ、その可能性もあるか。監視してれば、他の奴らと接触するかもしれないし、もし無関係だったら後々面倒だしな。とりあえず、白だと分かるまでは監視だけにするか」


 青年は、里中を見て回った。


 随分経って、悩んだ様子の青年は山を降りて行った。

「奴は俺が追う。お前は顔が知られているからな。お前はここに残って里を監視していろ」

 妹のことは心配だったが、仕事を優先させることにした。



 ——翌朝、報告のために妹の所へ戻った。


 妹は、昨日、合流するように連絡しておいた弟と一緒に話をしているところだった。

 俺は、割り込むように話しかけた。

「奴は、(シロ)かもしれない」

「!?」

「今朝早く、交番に行ってこの里のことを話していた。里の奴だったらそんなことはしないだろう?」


 里の者だったら、存在が知れ渡るようなリスクは冒さないだろう。


 あからさまにホッとした様子の妹を見て、思わず弟と同時に噴き出した。

「ふっ」

「ぷっ、くくっ」


「まあ、里の関係者であることは間違いなさそうだから、いずれ奴に接触してくる鬼がいるかもしれない。暫くは監視を続けることにする」

 そう指示した。


 それから、青年は警察官と一緒に行動していたが、結局、何もわからなかったようだ。


 八月も終わりに差し掛かった頃、青年は里から去って行った。



 青年が妹に話していた、医大生というのも、瀬山愁(せやましゅう)という名前も偽りではなく真実だった。

 調べれば調べるほど、青年も周囲の方々も、鬼だとは思えない立派な行いをしていたり、生活態度が品行方正だったりと疑わしいくらいに善良だとわかってくる。


 こうして調査対象者を監視しているうちに、俺の中で言いしれないモヤモヤとしたものが澱となり溜まっていく。

 

 俺は、鬼を探しているんじゃなかったのか?

 待てよ、そもそも鬼とは何だ?

 なぜ退治する必要がある?

 彼らは一体何をした?

 はたして一族に鬼を退治する権利があるのか?

 一族はなぜ鬼を追う?

 

 溜まっていく澱に気付く度、俺は自分を縛り付ける一族という鎖を忌ま忌ましく思うようになっていった。



 この日も学校が終わった妹が、監視に合流した。

 俺は妹に、ずっと思っていたことを話した。

「おかしいなぁ、弁護士と接触する以外は普通の学生と変わらないよな?」

「そうだね。その弁護士もおかしな所は無かったんでしょう?」

「ああ。敏腕弁護士として有名だった。出生、経歴におかしな所は何もない。むしろ代々続く良家の三男坊だった」

「そう」


 疲れた様子の妹が、「ねえ、兄さん。私達のしていることって、凄く馬鹿みたいだと思わない?」と言い出した。

「おい」と言って、俺は諫めた。

 だが、妹は続けて言った。

「だって、今は大昔と違って悪いことをしたら警察が捕まえてくれるでしょう?むしろ、私達の方が捕まってもおかしくないことをしているじゃない。ご先祖様だって、鬼を倒した英雄って言われているけど、悪く言ったら人殺しじゃない。向こうからしたら、私達の方が鬼よ」

「お前、言い過ぎだ」

 俺はさすがに止めようとした。


「兄さんは知らないからそんなことが言えるのよ!」

「どういう意味だ? 何を知らないって?」

 妹の只ならぬ様子に、俺は真意を聞くため真剣な顔で尋ねた。


「それは……」

 言い淀んだ妹に、俺はもう一度聞く。

「教えてくれ。お前は何を知っているんだ?」


「……五年前、私、見てしまったの。族長が……」 


 その言葉で忘れかけていた、五年前の光景を思い出した。

 それがトリガーとなり、祖父の術が完全に解けた。


「……そうか、見てしまったのか……」

「……知って、いたの?」

 妹が、愕然とした。

「ああ。……俺達が見つけて連れて行った『鬼』を族長が……弄び、虐げ、処刑と称して殺していることは知っていた。それが今の『鬼退治』の正体だと、そんなことは理解っている。そうだな、俺は自分達を正当化するために『鬼』を捜していたのかもしれない。そんな俺達の内に『鬼』が棲んでいるのに目を瞑って。あとはこの身に流れる血によるただの妄執……いや、マインドコントロールのせいか」

 

 妹に、この異能の力や術のことは話せない。


「そうね。ずっと昔話によってマインドコントロールされていたのよね、私たちは……」

 そう妹が言った。



 ――七年前に亡くなった、祖母のことを思い出す。

 

 おそらく祖母も、俺達に昔話を聞かせるようにと、祖父に術をかけられていたのだろう。

 俺が生まれてすぐに、一族に、族長に逆らわず従うようにと、「桐吏(とうり)」という名とともに、脳に刻み付けられ、二歳の時にまた祖父がこの世から去る際の置き土産としてこの忌まわしい呪いをかけたのと同じように。

 そうして、祖母が昔話を聞かせることで俺にかけられた術を補強し、その後生まれた妹達をマインドコントロールするために。

 

 俺にかかっていた術が完全に解けたのは、俺の能力が祖父の術の力を超えたからに違いない。

 妹の言葉は、ただのトリガーに過ぎないだろう。



「復讐は復讐を生む。こんなことをしていたらいつかきっと罰が当たる。それに復讐のためだけに生きて、そのために死んでいく人生って、とても虚しくて悲しいと思わない?」

「そう……だな。だが、イタチごっこを終わらせるには、族長と一族の内に棲む鬼達は葬り去らなければならない。……奴らは老獪で底が知れない。若輩の俺達では退治するのは難しいだろう」

「そうかもしれない……」

 妹の身体が小刻みに震えた。

「とりあえず、今話していたことがバレるのは不味い。バレたら俺達は消されるかもしれない。今まで通り従順な駒として動き、頃合いを見計らって離反するしかない」

「兄さん、ごめん。そんなに危ないとは思わなかったの」

 妹が、泣きそうな顔をした。

 俺は、妹の頭を優しく撫でながら言った。

「いや、お前の考えは正しいよ。お前は、狂ってしまった俺達一族に残された良心だ。年月と共に狂っていったのか、もしくは初めから狂っていたのか……」


 妹は、父と同じで術がかからない体質なのだろう。マインドコントロールもただ祖母を慕って、その言葉を鵜呑みにしていただけで、自分で奇怪しいと考えられるようになってからすぐに解けたに違いない。


 

 それから俺は、対象者の監視をしながら、一族の者に気付かれないように一族内部の調査も始めた。


 調べていくうちに、一族の闇が暴かれていった。

 

 始まりは、武士の仕事として罪人を捕らえ処刑していただけのようだ。

 それが、何時の時代からか政敵や逆らった下人を捕らえ、「鬼退治」と称して、制裁を加えるようになっていったようだった。

 隠し里も、もともとは落ち延びた政敵が住んでいると聞き、何百年もの間ずっと探っていたらしい。

 時には、里から逸れ出てきた者を「成敗」と称して殺生していたことが記されていた。


 俺はこんなクズみたいな奴らの血を引いているのか……。


 さらに、最近の内部を探っていると、族長だけでなく、分家の殆どが誘拐、人身売買、殺人、臓器売買、薬物取引などの犯罪に手を染めており、その中には、父も含まれていた。


 父さん……。


 

 俺は、一族内部の調査資料を手に、瀬山愁(せやましゅう)が接触していた弁護士のもとを訪れた。


「はじめまして、末永(すえなが)さん。私は、あなた方が探っている者達の一族に連なるものです」

「なんの用だ? 私まで退治しに来たのか?」

「そんなに警戒しないで下さい。あなたと争うつもりはありません。むしろ、協力をお願いしに来ました」

「協力?」

「はい。私は、一族から離れたいと思っています」

「はっ。そんなの私が協力しなくても、勝手に離れたらいいだろう?」

「まあ、そうですが、自分だけ逃げるのも申し訳なく思いまして……。一族の犠牲者が大勢いましたので、あなたのお力をお借りすれば、一族の『鬼退治』も出来るでしょう。如何ですか?」

「それは、仲間を売るということか?」

「仲間? あいつらが? あんな奴らと血が繋がっているかと思うと、虫唾がはしりますよ」

 俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……瀬山愁(せやましゅう)。あなたは随分と彼を大事にしているようですね。彼は素直で正義感の強い性格のようだ。彼が私達一族のことを知ったらどうしますかね?」

「随分と卑怯な真似をする」

「生憎、私は『正義の味方』ではありませんから。自分の大切な人達のためならばなんだってしますよ。まあ、その大切な人達が悲しむので、出来るだけ暴力的なことは避けたいのですが……。あなたが協力してくれれば、悲しむ人が減るでしょう」

「……少し考えさせてくれないか?」

「分かりました。また来ます。これは一族の調査資料です。置いていきますので、目を通して下さい。他にもご希望の情報をお持ちしますので、前向きにご検討願います。それでは」



 末永(すえなが)さんに協力を仰いだ後、一族の目を誤魔化すために、俺は再び隠し里へと向かった。






お読み下さり、有難うございます。

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