1.異能の力と潜む鬼
古より「鬼」と呼ばれる者達を捕らえ、退治するのが俺達一族の使命だった。
俺の生まれた家は、古くは「鬼退治」をしたらしい武将である「英雄」様の孫姫様をご先祖様に持つ、傍流の家系だ。
代々、「英雄」一族本家の家来として働いてきた。
父は表向きは探偵として、一族のために働いている。
三つ下の妹と、五つ下の弟がいるが、行く行くは長男の俺が父の後を継ぐことになるだろう。
大学生になった俺は、休日と学校が終わった後、探偵業務に慣れるため、父を手伝うことになった。
最初の一年は、雑用や基本知識の習得に費やされた。
二年目も暫くは、雑用の他に表向きの仕事である浮気調査などの見張りの手伝いをするくらいだったが、学業との両立は中々大変だった。
そうこうしているうちに、慌ただしく年が明けた。
一族には、年に数回の集まりがある。
大抵は、その家々の家長が代表して出席する。
正月の新年会に二十歳になり成人した俺は、父と一緒に出席した。
会場に入ると、上座に座っていた族長に話し掛けられた。
「おお! 桐吏か? 立派になったな!」
「ご無沙汰しております」
「今は、大学に通いながら父親の手伝いをしているそうだな?」
「はい」
「そろそろ、『鬼退治』の方も手伝ってもらいたいのだが……」
口を開こうとした俺を庇い、父が牽制するように言った。
「長様、探偵の基礎すらまだ学び終わっていない愚息には荷が重く、……申し訳ないのですが、大学卒業までには仕込みますので、もう暫くお待ち下さい」
「まあ、そういうのなら、大学卒業を楽しみにしているよ」
族長はそう言って、含み笑いをした。
「父さん。良かったのか?」
自分たちの席に向かいながら、心配になった俺は、小声で父に尋ねた。
「ああ。大丈夫だ。お前たちにまであんな忌ま忌ましい行為の片棒を担がせはしない。取り敢えずは、時間稼ぎで精一杯だが、何とか方法を探そう」
——えっ!? 一体、父さんは何を言っているんだ? 俺達は、一族に、族長に従わなければならないのでは、ないのか?
「くっ」
俺は頭を抱えて、蹲った。
「桐吏! どうした? 大丈夫か?」
——ああ、頭が割れるように痛い。
俺の意識はそのまま沈んでいった。
——桐吏。お前は一族の子として、本家にそして長様に、この『桐吏』という名前のように真っ直ぐに従順に家来として仕えるのだ。決して逆らってはいけない。それがこの家の繁栄のためだ。絶対に忘れるな……——
「はぁ、はぁ……」
夢……。
あれは、現実にあったことか?
祖父が亡くなったのは、俺が二歳の時だ。
あんなにはっきりと憶えている筈がない。
だが、夢に出てきた人物は写真で見た祖父と同じ顔だった。
父に聞けば、答えてくれるだろうか?
——トントン。
戸を開けて、妹が入って来た。
「兄さん? 大丈夫?」
「朱伽。ああ、大丈夫だ」
「無理しないで。いつも元気な兄さんが倒れるなんて、余っ程のことよ。今日はゆっくり休んで。私は学校に行かなきゃいけないから、母さんに目が覚めたって伝えておくね」
そう言って、出て行った。
その直後に、母が来た。
「桐吏。具合はどう? おかゆ作ったんだけど、食べられそう?」
「母さん。ありがとう。いただくよ」
俺は上半身を起こし、お盆の上のおかゆを冷ましながら口に運んだ。
その様子を不安げな表情で見ていた母が、質問してきた。
「ねえ、桐吏。もしかして、昨日倒れたのは、能力の所為?」
「わからない……。ただ、今はもう何ともない」
「そう……。無理はしないでね」
「わかった。……母さん、父さんは仕事に行った?」
「ええ。朝一で行く所があったみたいよ」
「そう」
「どうかした?」
「……変な夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。亡くなったお祖父様が出てきて、『一族に、長様に絶対に逆らうな』っていうようなことを言ったんだ」
「どうしてお祖父様だと思ったの? だって、亡くなった時、あなた、まだ二歳だったのよ? 憶えているわけ……」
「もしかして……お祖父様も俺と同じ能力を持っていた?」
「えっ!? まさか……。でも、もしかして……私も操作されているの?」
「母さん!」
パニックになった母は、気を失ってしまった。
俺は自分が寝ていたベッドに母を寝かせ、食器を持って台所に行った。
俺は、記憶を操作することが出来る能力を持った異能者だ。
このことは、俺の他には両親しか知らない。
小学校に入学する前に父から聞いた話だが、俺が三歳の時にこの力に気付いたそうだ。
当時、生まれたばかりの妹ばかりにかかりっきりになっていた母に構ってもらいたくて、おそらく「妹なんかいなくなればいい」とでも思ったのだろう。俺が母に触れた後、母は抱いている妹に「あら、可愛い子ね! どこの子かしら?」と言ったそうだ。
その様子を近くで見ていた父が、すぐに母から妹を受け取り「桐吏を抱っこしてあげてくれ」と声を掛けた。
母は、笑顔で僕を抱っこして、「あなた、その子はどなたから預かったの?」と、父に聞いたという。
父は、「後で話すよ。桐吏のことを頼む」と言って、妹を連れて祖母の所へ行ったそうだ。
妹は暫く祖母に預けられ、両親と俺の三人は知らない土地に行った。
父は俺の能力を誰にも知られないように封じ込めるため、またそれが失敗しても一族に知られないようにするために、人気の少ない海辺で暮らすことにしたそうだ。
幸い、封じ込めに成功し、その後に母が妹のことを思い出した。
そうして俺達三人は、無事に家に帰ることが出来たということだった。
その後、父は妹を祖母に預けて別の場所にいた理由を母に話した。
「お前は、桐吏の能力で朱伽のことを忘れていたんだ。そんな状態では、皆危険だった。それで、母に朱伽を預け、育児疲れの静養のためという名分で家を出た。母には、桐吏の能力のことは話していない。……一族には、稀に桐吏のような能力者が生まれる。能力者は、無能者以上に一族に使い潰されてしまう。だから、絶対に誰にも話してはいけない。封印も一族の文献を調べて行った我流だから、どれだけ効果があるか分からない……」と。
封印は、五年後には解けてしまった。
だが、この頃には俺はコントロールの仕方が分かっていたから、決して能力を使うことはなかった―—。
コップに水を汲んで、母の様子を見に自室へ戻った。
母はまだ眠っていた。
昨日から色々とあって、疲れていたのかもしれない。
俺は母の代わりに昼ご飯を作ることにした。
そうして、大体が出来上がった頃に、父がやって来た。
「桐吏。大丈夫なのか?」
「父さん。もう大丈夫だよ」
「そうか……。母さんはどうした?」
「疲れていたみたいで、今は俺の部屋で休んでいるよ」
「うん? 大丈夫なのか?」
「心配なら、見てきてよ」
「ああ」
そう言って、台所から出ていった。
ダイニングテーブルに料理を並び終えた頃、父が戻って来た。
「母さん、どうだった?」
「ぐっすり眠っていたよ」
「そう。父さん仕事の方は?」
「今日は、これで終わりだ。事務所を締めてきた」
「いいの?」
「たまにも、少しぐらい休んだっていいだろう?」
そう聞いて、俺は肩を竦めた。
「桐吏。昨日倒れたのは、力の所為か?」
「父さん。もしかして、お祖父様も異能者だった?」
「ああ。そうだ。お前と一緒の能力を持っていた」
「やっぱり。……昨日倒れたのは、たぶん、お祖父様の術の所為だ」
「何?」
父は眉を寄せ、厳しい声音で聞き返した。
そんな父の様子に一瞬怯んだが、俺は思っていたことを言った。
「お祖父様は、俺に術をかけたんじゃない?」
「……そういえば、お前が生まれて名前をつけてもらった時に、親父がお前の頭に触れながら『桐吏』と名前を呼んでいた。その時、お前が大声で泣き出したから、もしかしてと思ってはいたんだが……」
「昨日倒れた後に見た夢の様子だと……おそらく、亡くなる少し前にもかけられていると思う」
「親父は、なぜそんなことを……」
「『本家にそして長様に、従順に家来として仕えるのだ。決して逆らってはいけない。それがこの家の繁栄のためだ。絶対に忘れるな』と。そう、夢の中で言っていた」
「何という……。俺に術が効かないからって、何も分からない小さなお前に何度も……」
そう言って、父は唇を噛み締めた。
「守ってやれなくて、すまない。今からでも解除できないか、調べてみよう」
「父さん。この術には、逆らわない方がいい。逆らえば、人格が崩壊するかもしれない……」
「そんな! ……結局、術が効かないというだけの無能な俺には、お前たちを守ることは出来ないのか……」
「父さん……」
それでも父は、俺が大学を卒業するまで、「鬼退治」に関わらせることはなかった。
お読み下さり、有難うございます。