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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲーム転生、悪役令嬢カーラのお話

バル恋と季節イベント 春

作者: ペトラ

今回は隣国ガンガーラの王弟がメインです

時期はカーラ学園入学前

BL臭あり

苦手な方は避けてください



補足


トリプラ・ニーラー・ラフサエーク・カーリチャイ(40前半)

 ガンガーラ国王

 合法ショタ


ヴィーナ

 ガンガーラ王の精霊

 水属性

 巨大ナマズの姿


ニルギリ・ピーラ・ザバルダスト・カーリチャイ(30前半)

 ガンガーラ王の異母弟


カーラ・テトラディル

 本編主人公

 ガンガーラの王弟には「黒」と呼ばせている


クラウド

 カーラの従者

 



「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称「バル恋」は乙女ゲームである。つまり攻略対象との恋愛を楽しむゲームであり、その恋愛を発展させるにあたって、季節イベントというものは非常に重要な通過点となりうる。

何が言いたいのかというと、このバル恋には「お花見」が存在するということである。




白亜の宮殿。

月明かりのみの夜でも圧倒的な存在感を主張する白い宮殿は、もちろん昼であってもその存在感を損なうことはない。むしろ日光を反射して輝き、直視できずに目を細めるほどだ。


じりじりと肌を焼く日差しを避けながら、その白亜の宮殿、ガンガーラの王城を大股で歩く。恨めしいほどに燦燦さんさんと燃える太陽は空の高い位置にあり、こちらを見下ろしている。それでも石で組まれ、開放的な造りとなっている宮殿の1階部分は、影をひんやりとした風が流れていて気持ちがいい。

だがその心地よさに浸る余裕もなく、ガンガーラ国の王弟、ニルギリ・ピーラ・ザバルダスト・カーリチャイは先を急ぐ。


はらりと落ちてきた前髪を無造作にかき上げ、そろそろ散髪が必要だろうかと逡巡しゅんじゅんする。自分としては短く、水にぬらしてもすぐに乾いてしまうような長さが好きだ。しかしあまり短くしすぎると、最愛の人が残念そうにする。「お前の髪は蜂蜜のようで甘そうだな」と言って、口に含まれたことは記憶に新しい。


隣国モノクロードの侯爵令嬢、カーラ・テトラディルに・・・いや、「黒」に癒されてから、兄王トリプラ・ニーラー・ラフサエーク・カーリチャイは毎晩のように誰かと寝所を共にするようになった。さながら、今まで制限されていた何かを取り戻そうとするかのように。あの神々しいまでに美しい容姿をもち、かつ至上の人である王に誘われて断われる者などいない。

兄王には王族故か、欲しいものを我慢しない傲慢さがあり、気に入った者を必ず手に入れようとするところがある。また、嫌った者に容赦はしない、怖ろしい面もある。

そうして自分は兄王のものとなり、王父・・・先代国王や、たくさんいた兄弟たちは表舞台から姿を消した。もちろん・・・この世から姿を消した者もいる。


現在、兄王の手が付き側室に納まっているのは5人。いづれも兄王の御眼鏡にかなった魅力的な方々らしい。らしいと言うのは、後宮にいる彼女たちを目にすることが、王である兄以外の男には禁忌であるからだ。


目出度めでたいことに、ここ5年の間にどの側室がたも懐妊され、うち3人はすでに出産を終えている。同時期に懐妊されたために、行き場をなくした兄王に自分が呼ばれたりもしたが・・・それは今始まった事ではない。

兄王は気に入れば重用するが、そこに至るまでが長い。だから兄王が即位してから20年もの間、御子がいなかったにもかかわらず側室の数が5人に抑えられているのだ。


さらに厄介なことに兄王は夢想家でもあるらしい。「運命の人」とやらのために、王妃の座を空位のままにしている。

さすが兄王が見初めた側室がたというべきか。本来王妃の仕事である事柄は争いもなく、分担して執り行われている。よって今のところ空位で在ることに問題はない。

いや、問題はなかった。


「兄上」

「おお。来たか、ニルギリ。どうしたものか。黒のためだけに花見の席を設けたというのに、呼んでも来ない」


花が咲き乱れる庭園の、こちらも色とりどりの花が浮かぶ、透き通った水を湛える池のほとり。宮殿の一部に設えられた露台のとばりの向こうから、困惑した様子の声がした。近付けばその人物が、気だるげにクッションへ寝そべっているのを薄く見てとれる。

本来ならばこの向こうを見ることなど許されないが、ニルギリは微塵も躊躇ちゅうちょすることなく帳を手で避けて中へと入った。


「ニルギリも呼んでみてはくれまいか?」


中へ入った事を咎める事なく、美しい人はゆっくりと体を起こした。

いつもならば威厳を感じさせる整った眉は力なく下がり、長いまつげが影を落とす青緑色の瞳が悲しげに揺れている。横になっていたためか、緩くくつろげられた衣装から、首筋と、それに続く胸元へかけての肌がちらちらと覗く様がなまめかしい。

その扇情的な風体に、ニルギリは思わずコクリと唾を飲んだ。


「・・・兄上。黒にも生活がある。夜は比較的すぐに応じるが、昼日中は間を置くことが多い。もうしばらく待ってみてはどうだ?」


兄王には教えていないが、自分は黒の正体が隣国の侯爵令嬢であり、その万能とも思える力を隠して生活していることを知ってる。そして目立つことを良しとしない彼女が、注目されやすい王族との接触を最低限にしようと「緊急時のみ」とした呼び出し条件を、兄王が勝手に「私が緊急であると思えばいい」と判断し、自分に隠れてたびたび々・・・1、2か月に1度の頻度で呼び出していることも知っている。

ついでに根が善良で、相手が何者であれ、他者にそれなりの敬意を払おうとする黒が、毎回応じては苦言を呈して帰っていくのも知っている。


なぜ兄王の動向と、黒の反応を知っているのかというと、兄の精霊ヴィーナが愚痴を言いに来たからだ。

なんでも「深淵しんえん」が怖ろしいらしい。よくわからないが、黒を呼ぶたびにそれが睨んでくると文句を言っていた。危害を加えてくるわけではないそうなので、話し合いで解決しろと助言した。不満げだったが。


別に兄王の精霊に愚痴られることは苦痛ではない。愚痴であろうと兄王の事を知ることは、とても喜ばしいことだから。

しかし予告もなく洗面所や、浴室へ現れるのはやめて欲しい。あの人間の男より大きななまずが、小さな洗面や、浴槽の水からぬっと出てくるたびに、悲鳴を上げそうになるのだ。


「それはわかっているのだが・・・前回の事もあるのでな。もしやと思うと、気がいてしまう」


がっくりと肩を落とす兄王の横に、ニルギリは腰かける。胡坐あぐらをかいて座った膝の上に、兄王が頭を乗せ、甘えるようにニルギリの頬へ手を伸ばしてきた。


前回は、ちゃんと緊急時だった。まだ3歳の幼い王子に、かつての兄王のような症状が見られたのだ。

治癒術師へも診せたが、ただの食あたりではないかと言われた。兄王のように毎日ではないが、食あたりで吐き、さらに顔を真っ赤にして息苦しそうにするものなのか。

それを兄王へ報告したら、嬉々として黒を呼ぼうと提案された。自分もそう考えていたので、眠っている王子を兄王の部屋まで運び、黒を呼び出した。


結果はやはり、兄王と同じ「あれるぎぃ」であった。「あなふぃらきしぃ」を起こす前に呼んでくれてよかったと、黒が言っていた。その時の、事も無げに王子を癒し、ほほ笑む黒を見て、兄王は何やら天啓のようなものを感じたらしい。

兄王は黒の前に立つと、その手を取って「王妃になってはくれまいか」と懇願した。それを聞いた黒は暫くの沈黙の後に、やんわりと兄王の手を押し返してから、分かりやすい作り笑顔を浮かべてこう答えた。


「陛下、聞かなかったことに致しますわ。では、ごきげんよう」


そう言って、消えた。逃げたのだと思う。


黒は自分の母と同じ、地位や権力よりも自由を愛する人間のにおいがする。後宮で大人しく囲われているような女ではない。

母も束縛を嫌い、自分を妊娠中に後宮から逃げた。その後、兄王に見つけてもらうまでいろいろあったが、あの人に言わせると後宮よりましであったらしい。

王太子であった兄王が王となった時、母は再び逃げた。それから行方は知らない。探すこともしなかった。

見つけたところで、母が戻らないとわかっていたからだ。


「どうした?ニルギリ。私といる時に別の者を想うなど、赦さぬぞ」


言葉の辛辣さとは裏腹に甘く笑った兄王が、ぐっと襟足の髪を掴んで顔を寄せてきた。口付けろという意味だ。

兄王の誘いに乗り、乞われるままに唇を重ねて・・・視線を感じた。


「っ!!」


目線だけそちらへ向ければ、帳の向こうの人影が目に入る。その纏う色からして黒に違いない。

そちらに気が付いた兄王も、慌てて体を起こす。


逃げられる前にという焦燥のまま、急いで帳に近付いてはらい上げると、そこにいたのはやはり黒で、狼狽えた様子で立っていた。黒は目が合った瞬間にその表情を消す。そして分かりやすい作り笑顔を浮かべて静かに告げた。


「呼ぶのは終わってからにしてくださいませ」


微かに震えた声に動揺が見てとれる。しかし動揺しているのはこちらも同じだ。

同性愛に寛容なこの国と違い、黒が住む隣国では忍ぶべき性癖だからだ。いくら帳の向こうとはいえ昼日中の明るい時間の、しかも帳の向こうも明るい状態では、中の人間が何をしているかなど明白である。


「待て待て!黒!待ってくれ!!」


きびすを返そうとした黒の手を思わずつかむと、それまで気配を消していた黒の従者に殺気を向けられた。


「ぃっ」


それは一瞬切られたかと錯覚するほどに鋭いものだった。しかし従者は剣に手をかけるどころか、帯剣すらしていない。

頬を冷や汗が伝うのを感じながら、ゆっくりと黒の手を離す。すると殺気は消したが、警戒したままこちらを見つめてきた。伊達に黒の従者を務めているわけではないようだ。かなりの手練れであると感じる。


「・・・本日は何用でございましょうか?」


黒もまた警戒した様子で、こちらを見上げてきた。

今すぐ逃げる気がない事に安堵しつつ、当初の目的を告げる。


「兄上・・・ガンガーラ王が花見の席に黒の同席を所望した」

「・・・」


開きかけた黒の口が、何かを飲み下すように閉じた。黒はため息を噛み殺すときにこの動作をする。再三「緊急時のみ」と言っているにもかかわらず、緊急ではないことに、呆れているようだ。

黒はちらりと帳の方を見て、それから従者を見上げ、再びこちらへ視線を戻した。


「私の従者も同席してよいのでしたら、参加いたします」


はっきり断ることが苦手らしい黒は、こうして相手が飲みづらい条件を付けてくることが多い。

自分は一度奴隷の身分に落とされたことがあるので、従者が同席することくらい何とも思わない。しかし生粋の王族である兄王が、どう反応するのかがわからなかった。


「少し待て。・・・逃げるなよ?」


黒が小さく頷いたのを確認してから、帳を手で避けて中へと入る。

兄王は寛げていた胸元の衣服を整え、きっちりと姿勢よく座り直して待っていた。青緑色の瞳が期待に煌めいている。


「黒の従者を同席させれば、一緒に花見をしてくれるそうだ」

「・・・ほう」


兄王の目が細まり、片方の眉が微かに上がる。これは兄王が好戦的な気分になった時の癖だ。

黒を何が何でも手に入れようとしているのか、その従者を排除しようと企んでいるのか。どちらにしても厄介な結果になりそうなので、諦めて欲しい。


「いいだろう。連れてこい」


その言葉に従って、帳の中へと二人を招き入れた。

おずおずと入ってくる黒と、すました顔の従者。二人は入ってすぐ、兄王へ向かって両手を胸の前で合わせてひざまずき、深々と頭を下げた。


「よい。おもてを上げよ」


頭を上げた黒が、跪いたまま、いつもの分かりやすい作り笑顔を浮かべて言った。


「お招きありがとうございます。陛下」


迷惑に思っていても、礼儀は守る主義らしい。続いて黒はこちらへも最敬礼を行った。


「やめろ。必要ない」


顔を上げた黒は、やはり分かりやすい作り笑顔を浮かべて口を開く。


「半月ぶりでございます。王弟殿下」


嫌味を言ってきた。

言外に兄王を諫めろと言っているのがわかる。だがそれができるならば、とっくにやっている。思わず顔をしかめると、黒が再びため息を噛み殺す動作をした。


「黒。こちらへ」


満面の笑みで自らの隣を指し示す、兄王。一瞬、眉根を寄せかけて、再び分かりやすい作り笑顔を張り付けた黒は、ゆっくり首を横に振った。


「そんな恐れ多い事などできません。私はこちらで十分でございます」


そう言って、花見用の軽食をはさんで略式の王座と対角に位置する、兄王から最も遠い場所へ座る。その隣へ、黒の従者がちゃっかり腰かけた。


「・・・ニルギリ」


笑みを浮かべつつ、片眉を微かに上げた兄王が手招きをする。こわい。

しかし逆らうことなどできないので、おとなしく兄王の横へ腰かけた。


「今日は黒の為に花見の席を設けた。存分に楽しめ」

「ありがとうございます」


軽く頭を下げて嬉しそうに笑う、黒。花見に誘われた事自体は嫌ではないようだ。


兄王が庭園へと目を向けたのに習い、黒も色とりどりの花が浮かぶ池へ視線を向ける。ゆるりと風が吹いて、帳の中に花の香りを運んできた。

遠くに鳥の囀りのみが聞こえる、静かな時が流れ、落ち着いた気分になる。それは黒も同じだったようで、彼女は淡く笑んだ。


美しい。


兄王の美しい尊顔を見慣れている自分でも、そう思うほどに黒の顔は整っている。そしてその女性らしい曲線を強調したかのような肢体も完璧そのもので。まさに名のある彫刻家が彫った女神像のようだ。

しかし自分が惹かれるのはその美しさだけではない。


いつもは警戒心が強く、表情を動かさないようにしているような、黒。

だが感情が大きく動いた時にだけ、隠しきれなかった本来の彼女が垣間見える。


「花もいいが、軽い食事も用意した。好きに食べよ」

「ありがとうございます」


兄王の言葉を受けて、黒が料理へ目を向けた。

今もそうだ。

何から口にしようか迷っているのだろう。あちらこちらへ視線を移すたびに、癖のない黒髪がさらさらと彼女の肩を滑り落ちていく。

ややきつく感じる大きな紫紺の瞳が、見慣れないであろう料理を前に輝き、磁器のように白くなめらかな頬が期待にほんのり桃色に染まっていた。そして迷っている時の癖なのか、ぽってりして紅い魅惑的な唇を、時々ぺろりと舐める様がなまめかしい。


隣でこくりと兄王が喉を鳴らした音がした。なにも兄弟だからといって、同じ女の、同じ動作にそそられることもないのに。

黒の正体が15歳の少女であると知っている自分でさえも衝動にかられるのだから、それを知らない兄王はどれほどの衝動を抱えているのだろうか。

・・・いや。兄王ならば年齢差など気にも留めないだろう。絶対にそうだ。

隣に座る従者と同じ20歳前後に見える黒は、隣国へ送った間者によると実年齢が15歳であるらしい。どうやって年齢を偽っているのかはわからないが、本体より年がいっているように見えるだけで容貌に大差はないと聞いた。


「・・・黒。これを食べてみよ。うまいぞ」

「ライチですね!」


いつもの仮面が完全にはがれている黒は、満面の笑みで兄王が指した果実を見た。それを察した黒の従者が立ち上がり、兄王の近くにあった果実を3個小皿にとりわけて、黒の元へと運ぶ。早速、優美な指で実を摘まもうとした黒を制し、従者が丁寧に皮を剥いた。


「どうぞ」

「ありがとう」


再び実を摘まもうとした黒を制し、従者が相変わらずすました顔で言った。


「御手が汚れます。このままどうぞ」


笑みを浮かべたまま固まった黒が、こちらをちらりと見る。こうやって食べるものなのかと尋ねたいのだろう。

いやいや。黒のいる隣国ではどうだか知らないが、この国では相手との仲の良さを知らしめようとする時くらいしかしない。主に夜の相手という意味で。

黒の従者・・・あれはセバス族だ。高位貴族に仕えても遜色ない程度に教養があり、稀に王族に仕えることもある彼らが、知らないはずはない。どういうつもりなのだろうか。

従者の顔をしげしげと観察したが、特に何の感情も浮かんでいないように見える。ただ単に黒の手を汚したくないだけかもしれない。


とりあえず否定しようと口を開きかけて、兄王に尻をつねられた。黙っていろという事だ。

柔らかく笑んでいるように見えて、片眉がやや上がっている兄王を真似て、自分も笑んで見せる。うまく笑えた気はしないが。


「・・・ありがとう」


兄王も自分も咎めないのを見て、黒は従者の言葉に従う事にしたようだ。従者が捧げ持つ果実に歯を立てた。


「んんっ」


種から実を削ぐようにして噛むと、じわりと果汁がしみ出す。口の端へ垂れた果汁を、黒が朱い舌で舐めとって幸せそうに笑った。


「美味しいです」


主のその言葉に、従者はほんの少しだけ口元をほころばせて、2個目、3個目と皮を剥いていく。

先ほどと同じように2個目を食べ終え、3個目。目測を誤ったのか、黒が果実と一緒に従者の指を口に含んだ。


「ふ・・・ぅ」


動揺した従者が小さく息を吐き、慌てて手を引く。果実を口からこぼしそうになった黒が前のめりになり、口に入りきっていなかった実を咥えた。


「んーっ」


黒の口角から滴った果汁が顎を伝い、細い首を伝い、更にその下へと伝っていく。鎖骨まで来たあたりで我に返った従者が黒の口から種を回収し、果実を飲み下した黒が、どこからともなく取り出したハンカチで果汁を拭った。


「・・・ちっ」

「兄上・・・」


気持ちはわかるが、舌打ちはこわいからやめて欲しい。

と、それまで食事に集中する黒の目を盗んで、その従者に鋭い視線を向けていた兄王が、にいっと笑った。何かを企んでいるようだ。


「黒、もっとどうだ?」


ライチが乗った大皿を手に、兄王が黒を誘った。

黒の従者は眉間にしわを寄せたまま動かない。・・・いや。あれは動けないのだろうな。立ち上がれば、あれがそれなのが黒にばれてしまうだろうからだ。

若いな、と昔の自分をぼんやり思い返す。


「は・・・はい」


間者からの報告によると、黒は美味しいものに目がないらしい。

今も従者が動かないのを見て、警戒しながらこちらへ近づいてくる。兄王はそれを見て笑みを深めると、ライチを剥き始めた。普段しないからか下手くそだ。


「ほら」

「え・・・っと。いただきます?」


すでに果汁が滴っている果実を口元へ差し出され、黒がいいのかというようにこちらへ視線を向けてきた。兄王から無言の圧力を感じつつ、笑って見せる。今のはたぶん、口がゆがんだな。


「んむぅ」


黒が口を開けた瞬間に実を指ごと突っ込む、兄王。焦りすぎだ。


「・・・ふふ」


黒は口から滴った果汁を舐めとろうと、反射的に舌を動かしたのだろう。朱い舌で指を舐められて、兄王が満足そうに笑った。そしていぶかしむ黒の口内から指を引き抜く。


「・・・申し訳ございません。陛下」


手で口元を隠しながら種を吐き出し、果実を飲み込んだ黒が、口回りを拭き取ってから言った。兄王は果汁が伝った腕と、ついでに指も舐めながら、黒へライチが乗った大皿を差し出す。


「いい。黒も私に食べさせてくれれば、あいこだ」

「・・・わかりました」


今ので納得したらしい黒が、ライチの皮を丁寧に剥いた。それから細い指で実を摘まみ、兄王に差し出す。

兄王は黒の手首を掴むと位置を修正し、そのまま実にかじりついた。


「・・・ぅ」


じわりと漏れた果汁が黒の手首を伝う。自分の手も濡れた事で気付いた兄王が、何気なくそれを、黒のそれも一緒に舐めとった。


「ひぃっ」


黒の口から小さな悲鳴が漏れ、手を引いたが、手首を兄王に捕まれているため逃げることはかなわない。2口目、3口目と同じ事を繰り返され、黒は耳まで赤く染めて懇願した。


「へ、陛下!もうお許しください!」

「もう一口だ」


最後、兄王は実を種ごと、黒の指も口に含んだ。


「うぅ」


黒の眉間に皺がよる。ちゅっと音を立てながら実を黒の指から奪い取り、もごもご口を動かした後、兄王は種を吐き捨てた。


「えっと・・・?」


食べ終えたというのに、未だ捕まれたままの手首と兄王を、黒が交互に見る。

兄王がにいっと笑ったのを見て、不味いと思った。

止める間もなく兄王が黒を引き寄せ、胸の中へ収めようとする。視界の端で黒の従者が立ち上がったと思ったら、次の瞬間には兄王がうつ伏せに組みしかれていた。


黒に。


「???」


何が起こったかわからないというような顔の兄王と、その背に膝を乗せてのし掛かり、しまったというような表情の黒。

どうやら黒には護身術の心得があるらしい。それもかなり高度な。あまりの早さに自分も何がどうなってこうなったのか、わからなかった。


「申し訳ございません!!」


黒が慌て兄王を開放し、平伏する。兄王はゆっくりと身を起こし、やや茫然としたまま言った。


「黒。やはり正妃になれ」

「なりません。」


黒は頭を下げたまま強い口調で言う。焦ってはいてもそこに隙はないようだ。

即答されてむっとした表情になった兄王が、黒を睥睨する。


「正妃になれば今の不敬を不問に処してやるぞ?もしくは・・・そうだな。その従者を置いていけ」


その言葉に、黒がゆるゆると顔を上げる。不安に陰っていると思われたその顔には、予想に反していつもの分かりやすい作り笑顔が張り付いていた。


「では許していただかなくても結構です」

「・・・なに?」


黒は眉をひそめる兄王に今一度、頭を下げてから許可もなく立ち上がる。そして壁際まで後ろ向きにさがっていった。その後ろには、いつの間にか従者が付き従っている。

これは・・・黒のこの顔は、見たことがない。いつもどおりわざとらしく笑っているというのに、寒気を感じる。たぶん・・・いや、これは確実に・・・怒っている!


「もう、二度と、参りま」

「わぁぁぁぁぁ!!!待て!!待て待て!!待ってくれ!!!」


言葉を途中で遮り、自分の大声に黒が驚いている間に距離を詰めて、その足元へ跪いた。

端くれでも王族である自分が跪いたので、さらに驚愕したのだろう。黒からわざとらしい笑みが消えた代わりに、目を見開いて口を開けた顔で固まっている。


「あの・・・王弟殿下に腹を立てたわけでは・・・」

「いや。兄王を止めなかったのだから同罪だ。申し訳ない」


深く、頭を下げようとすると、黒が目の前に膝をついて自分の肩を押し止めた。


「おやめください。謝罪を求めてはいません」

「ではどうしたら・・・」


黒はちらりと兄王を見、自分へと視線を戻して、開きかけた口を何かを飲み下すようにして閉じた。ため息を噛み殺したようだ。


「今後は王弟殿下の呼び出しにしか応じません。いいですね?」

「・・・わかった」


背後から感じる圧力で、兄王が不満げなのは見なくてもわかるが、自業自得だ。黒の従者を人質にとろうなどと・・・事を急ぐから悪い。

黒は立ち上がり、再び壁際まで下がる。そして略式の礼をした。


「では、ごきげんよう。花見は楽しかったですわ」


最後に緩く笑んで、黒は従者と共に消えた。

後に残されたのは、跪いたままの自分と、不機嫌全開の兄王。


「ニルギリ」

「・・・しばらく緊急時にしか呼ばないぞ」


低い声で名を呼ばれたが、怖ろしいのでそちらを見ずに宣言しておく。

するとひとつ、ため息をついてから兄王が寄ってくる気配がした。そして自分の背後で立ち止まると、後ろから脇の下へ手を差し入れて抱擁してくる。背中に兄王の頬が触れた感触がした。


「黒はお前の母に似ているな。相手が何者であっても優しく接し、魅了する癖に、決して一人のものにはならない。まるで、そこに見えるのに手の届かない、月のようだ」

「・・・なぜ、太陽ではないんだ?」

「毎日昇る太陽と違い、月は毎晩、空にあるわけではない。・・・黒はいつでも会えるわけではないからな」

「なるほど」


母は優しく、美しく、そして気高い人だった。さらに豪快で、華奢に見える割に強かった。しかし・・・きっともう生きてはいまい。


「結局、父も、最期まで手に入れられなかった」


兄王の落胆したような声を聞き、慰めようと後ろから回っている手を撫でる。すると急に力がこもった。


「だが私は父とは違う。諦めない。いつか、あちらから正妃にしてくれと言わせてみせる」


話の流れ的に諦めると言うと思ったのに、兄王は無謀とも思える決意を新たにしてしまった。あの取り付く島もない黒を、どう落とそうというのだろうか。


「ニルギリ。とりあえず黒を呼べそうな事案を探してこい」

「・・・わかった」


もしまた兄王が黒を怒らせたとしても、根が善良な彼女の事だ。なんだかんだ言って、本当に緊急時であれば助けてくれるだろう。

怒らせないにこしたことはないが。

ため息をつこうとして、兄王が背にしがみついたままであることを思い出す。理由を聞かれるのは面倒だ。吐きかけた息を飲み込んで、これではまるで黒のようだと、思わず笑った。




花より団子(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 恩を仇で返す王族(ノ∀`)アチャー 王族ってそんなもんかと、諦めてる自分がいます(笑) いつも楽しく読ませて頂いてます! しかし、この王様調子乗ってますね(#^ω^) オキニスに緊急判断して…
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