#第5話 未知の世界
#第5話 「未知の世界」
・・・俺はゆっくりと、確実に接近してくる
ケルベロスと称すべき犬から遠ざかるように、
一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
だが、ヤツとの距離は10mほどしかなく、
いつ飛び掛かってきてもおかしくない状況だ。
「伏せろ!!」
俺は背後の木々の中から聞こえたその命令に咄嗟に従い、
片膝を折りその場にしゃがみ込みながら
両手で頭を覆った。
と、次の瞬間、
発砲音と共に数発の弾丸が俺の頭上を通り過ぎ、
ケルベロスが苦しそうに呻き声を漏らした。
俺は咄嗟に起き上がり、目の前の獣を見据える。
が、驚くべき事に、ケルベロスは
さっきよりも激しい憎悪の視線をこちらに向けている。
・・・銃弾が皮膚にめり込んだ形跡は見られるが、
致命傷は避けられたという事だろう。
ケルベロスが俺に向けて跳躍し、もう無理だと諦めた直後、
俺のサイドを俊敏な人影が通り過ぎた。
謎の影が片腕を振るうと同時にケルベロスは弾き飛ばされるが、
それでもすぐに体勢を立て直して迫り来る。
俺はその戦闘を謎の人物の背後5mほどから観戦しているが、
彼は水色と白を基調としたアーマーを装着している事に気付いた。
背後から見ているだけでは何のデザインなのか分かりにくいが、
シルエットは全体的に丸いイメージのアーマーだ。
・・・アーマー装着者は銃を発砲し続け、
弱ったケルベロスの首を掴んで木々の奥へと放り投げた。
どうやら、死亡を確認できたらしい。
「・・・感謝する。」
俺は戦闘を終えてこちらに歩いてくるアーマー装着者へと一声かけた。
・・・フロントから見たその姿は、
何となく、丸っこい水虫のイメージを受ける。
右手にはアサルトライフル程度のサイズの白い銃を握っており、
腰に大量のマガジンをぶら下げている。
「探したぞ・・・お前・・・」
「は?」
彼の言葉に、俺は思わず疑問の声を漏らしてしまった。
すると、男が装着していたアーマーが溶ける様に消滅し、
内部から目付きのキツい細身の青年が現れたのだった。
仕組みは分からないが、そんな事はどうでも良かった。
「・・・俺の名前は萩間 拓だ。
人違いじゃないのか?」
すると、目の前の男は口元を僅かに歪め、
今までよりも少しトーンの高い声を漏らした。
「何の演技か分からないけど、
俺は瀬尾 敦基だ。
お前こそ記憶喪失じゃないのか?」
瀬尾と名乗った男の言葉で、
俺は咄嗟に記憶を辿る。
・・・知らない。
そんな男は、俺の記憶の範囲では出会った事がない。
「教えてくれ。
お前が3日前に突然、パーマネント・ガーディアンスを
抜け出した理由を教えてほしいんだ。」
「・・・悪いが、俺には何の事か分からない。」
ここで俺はふと思いついた。
「ところで、今は西暦何年の何月だ?」
瀬尾は深刻そうな表情を見せたが、
すぐに口を開いた。
「萩間・・・まぁ、仕方がないか。
2030年の4月10日。
お前がパーマネント・ガーディアンスを失踪したのは3日前の7日夜だ。」
・・・俺が何でも屋を経営していたのは2035年。
瀬尾の言う事が正しいとすれば、
俺は本当に過去の世界に来たというのか?
ただ、それには疑問が残る。
さっきの3本首の犬は何だろうか?
瀬尾が装着していたアーマーも不可解だ。
「そのパーマネントなんとかっていうのは何だ?」
「おいおい・・・そこから忘れたのかよ?」
瀬尾は俺の質問には答えようとせず、
人差し指を木々の茂る方へと向けた。
「なおさら急いで戻るべきだな。
・・・彩月も心配してるぞ。」
俺はその人物についても記憶になかった。
「とりあえず、総司令部に行って弁明するんだな。
じゃないとお前も壁の外に追い出されるぞ。」
・・・瀬尾の話はほとんど通じなかった。
聞き慣れない用語はママゴトか何かの設定なのか、それとも、
この周囲の常識なのか?
と、頭の中に思考を走らせる俺の目に、
思わず息をのむ光景が飛び込んだ。
一瞬の出来事だった。
瀬尾が振り返って笑顔を見せた次の瞬間、
彼の頭が血飛沫と共に弾け飛んだ。
俺は思わずその場にかがみ、周囲を確認する。
すると、俺たちの進行方向に
爪の生えた手を2本持つ黒い蛇が舌を出してこちらを見ている事に気が付いた。
蛇、とは言っても、
そのサイズは特大で、長さは軽く5mを越えている。
それに伴って胴の太さもまるでワニのように太く、、
明らかに俺が知り得る生物ではない。
よくよく見ると、蛇の尻尾には生々しい鮮血がこびりついており、
ヤツは瀬尾の頭部を一撃で弾き飛ばした犯人に違いない。
「・・・くっ」
少なくとも、蛇の移動は俺よりも速い。
瀬尾が油断していた事もあるが、
尻尾の攻撃速度も相当なものだろう。
「こうなれば・・・」
イチかバチかで背後へと走り去る選択しかない。
そう思った途端、蛇は俺とは正反対の方向を向いて、
シャーっという独特な威嚇音を漏らし始めた。
と、思いきや、瞬時に蛇の全身が真っ赤な炎に覆われ、
苦しそうにのたうち回っている。
やがて数秒で蛇は動かなくなり、
全身が丸焦げの状態で絶命した。
すると、それを見計らっていたように、
木々の奥から人影が近付いてきた。
・・・配色はオレンジ色を基調とし、
赤の湾曲したラインが全身に散りばめられている。
全体的に尖った細身のイメージのシルエットで、
鳥のような頭部の形状から察するに、”不死鳥”を連想させる。
右手には3本に分かれた発射口のような武器が備えられているが、
口が大きいために、発射するのは銃弾ではなさそうだ。
「瀬尾の安易な変身解除も問題ではあるが、
萩間・・・お前の勝手な行動の責任もある。」
不死鳥のアーマー装着者は、
瀬尾の亡骸を確認すると、
そう呟いて俺に手招きをしてきた。
「戻ってからちゃんと説明してもらおう。」
・・・未だに、俺には状況が理解できなかった。
見た事もない生物、アーマー。
俺にとっては全てが未知の要素。
ただし、1つだけ明らかな事がある。
・・・俺は元いた世界とは
まったく違う状況に置かれた場所に来た。
それは疑いようのない事実だった。
#第5話 「未知の世界」 完結
お読みいただき、ありがとうございました。
5話以降は前作”ブレイキング・ローズ”の時間軸になります。
ブレイキング・ローズの5年後の物語に、
タイムリープをしてきた萩間が迷い込んでしまった、
という感じですね。
前作のキャラクターも登場しますが、
今作からの読者様を置き去りにしないように説明を丁寧に書いていくので
ぜひお楽しみに!