#第4話 許されざる業
#第4話 「許されざる業」
・・・時刻は既に21時30分を過ぎていた。
この俺、萩間 拓は
謎の僧侶男に導かれるままヘリコプターへと搭乗し、
バーバレスというテロ組織の基地内部へと案内された。
ヘリは直接、地下の基地内部へと着陸する形となったため、
正確な所在は不明だ。
ただ、景観から深い森の中にあるという事は確かだった。
ヘリを降り、僧侶男の後を小走りで追い掛ける。
基地内部はところどころに警備員が配備されているが、
規模の割には人員が足りないような気もする。
「・・・この基地の人員配置はどうなっている?」
僧侶男へと尋ねてみる。
「詳細は教えられないが、
この緊急事態に大規模な人員移動命令が出され、
他国へと移動している構成員が多数いる事は言っておこう。」
僧侶男はとある扉の前で立ち止まると、
脇に設置されているセンサーのような部分に
IDカードらしきものをスキャンし、
素早くパスワードを入力した。
すると扉が左右に開き、その先に足を踏み入れた。
俺たちが進む先には同じような扉が3枚ほど備えられていた。
・・・凄まじいセイキュリティレベルだな。
最終的に辿り着いた部屋には
何やら特殊な配線が10畳ほどの部屋中に行き渡っている
いかにも研究室といったような設備が整っていた。
研究員は5人ほど回転式の椅子に座っており、
俺たちの入室と共に全員がこちらを向いた。
部屋の中で俺の目を最も引き付けたのは、
まるで宇宙飛行士が睡眠時に使う様な器具である。
「・・・それで、一体、
俺に何をやらせる気なんだ?」
「結論から言おうか。
お前を”タイムリープマシン”で過去へと飛ばす。」
「何・・・!?」
俺は思わず僧侶男の顔を見据えるが、
布で隠れた表情は読み取れない。
しかし冗談を言っている訳ではないと、
直感的に察した。
「我々バーバレスは当初、タイムマシンの開発を極秘に進めていた。
しかし、結局それを実現する事はできなかった。
だが”タイムリープマシン”の開発には成功したのだ。」
タイムマシンとタイムリープマシンの違いは、
俺の考えるところでは身体ごと過去へと送るのか、
記憶だけを過去へと送るのか、
というところだが、重要なのはそこじゃない。
「・・・どうやってそれを実現した?
アンタらがその技術を持っている証拠を見せてもらおう。」
「・・・。」
俺の問い掛けが室内に響くが、
研究員はおろか、目の前の僧侶男からも返答がなかった。
「・・・もしや、タイムリープマシンを使用した
検証結果は得られていないのか?」
「さすがは萩間だ。察しが早い。」
僧侶男は短い笑いを漏らした。
「その通りだ。
“完成”というのは名ばかりの
成功例がない代物なのだ。
しかし・・・」
僧侶男は近くのデスクに置いてあったタブレット端末を手に取り、
俺に差し出してきた。
黙って受け取り、画面を確認する。
ほぼ文章だが、その中に僅かに図が記載されている。
何かの論文か、そのような類のものに思える。
「我々の理論は完璧に近いと言えるだろう。」
僧侶男の言葉を聞き流しながら、
俺は素早くタブレット画面の文字を読み進める。
「我々は人間の脳の記憶整理能力、”夢”を利用し、
そこに外部からの特殊な電気信号を作用させる事で
その人格、また記憶を過去の時刻に錯覚させる技術を開発した。」
僧侶男の言葉を頭に入れながら、
テロ組織の恐るべき技術力が滲み出る文書を読み続ける。
「しかし、数回における実験は失敗に終わり、
被験者は皆、実験機器の高電圧により死亡した。
脳が過去の時刻を完全に錯覚したところで、
その記憶が過去に飛ぶ事はなかったのだ・・・。」
目と耳が未知の情報を同時に取り入れ、
俺の意識は激しい焦りを感じている。
「その考え得る原因は2つある。
1つは、脳が過去の時刻を錯覚し、
その時刻へと意識を飛ばすためには、
何らかの”特異体質”が必要だという事。
そしてもう1つは、
意識を無理やりにでも誘導する手段が必要だという事。」
僧侶男の言葉が終わると同時に、
俺はタブレットの文書を読み終えた。
『過去への記憶移行を可能にする”タイマニウム”を
体内で生成できる現在確認されている唯一の人間、
萩間 拓を実験台とする。』
文書はそれで終わっていた・・・。
「・・・なぜそんな事がアンタらに分かっているんだ?
俺自身も知らないような事を・・・。」
「バーバレスはあらゆる情報網を行使し、
様々な情報を所持する。
全日本国民の身体情報などは日々更新され、
最新のものがバーバレスのシステムへと記録されている。
その中で、お前がCTスキャンを受けた際、
お前のDNAの塩基配列が一般人とは異なっている箇所が見つかったのだ。
いわゆる、細胞の突然変異というものだな。」
俺は不意にめまいを覚え、近くの壁へともたれかかった。
「それによって我々の理論に最も近い、
未知の物質を、お前は体内で生成する事ができる。
我々が”タイマニウム”と呼んでいるものだ。」
僧侶男はそう言うと、右手を俺に向けて差し出した。
「萩間 拓、
我々に協力して世界を救う手伝いを願えないか?」
・・・俺は思わず右手を前に出そうとして、動作を止めた。
「・・・俺は・・・アンタらの手駒になるだけだろ?」
「手駒、か。」
僧侶男は5秒ほど沈黙を作った。
「そういう解釈をしてもらっても構わないが、
お前は時間を越えられる可能性を持っているのだ。
それがいかに有益な事なのか、理解できないか?」
・・・そうか。
・・・そういう事か。
テロ組織に協力をしたとしても、
俺が過去に戻りさえすれば、
“欲望ウイルス”の拡散を未然に防ぐだけではなく、
もしかすれば、このテロ組織さえ
俺の思い通りに動かせるかもしれない・・・。
未来を知っている、というのはそういう事だ。
「我々なら人類が禁じられた業を与えられる。
お前にとっても、悪い話ではないと思うが。」
・・・いいだろう。
これは間違いなく・・・”チャンス”だ。
「フフフフ・・・その通りだ。
悪い話じゃない。」
俺は差し出されている僧侶男の右手を、力強く握った。
「・・・感謝するぞ。
言い忘れたが、我々の理論が間違っているとすれば、
この計画は水の泡だ。
お前はタイムリープマシンを起動させた際に
高確率で死ぬ事になるだろう。
それでも」
「それでも構わない。
どうせ俺も”欲望ウイルス”とやらに感染しているのだからな。」
僧侶男の言葉を遮り、俺は決心を伝える。
「ならば急ぐとしよう。
萩間 拓、お前にはそこの専用器具で睡眠に入ってもらう。
そして電気信号で過去の世界を思い描く”夢”へと誘導する。
次の段階として、私のフォーサーとしての能力で
お前の意識を更に誘導し、錯覚をより強固なものにする。」
「そこで目を覚ました俺は・・・過去の世界にいると?」
「理論が間違っていなければ、の話であるがな。
どこかのシーケンスで失敗した場合は命を落とす。」
「何度も言われなくても分かっている。」
俺は誘導されるまま専用器具へと横たわり、
床に対して斜めに寄り掛かる姿勢で睡眠体勢に入った。
頭部に大量の吸盤を付けられて。
・・・室内からは僧侶男以外の人間が出ていき、
僧侶男もデスクでタブレットをいじっており、
こちらの様子を窺っている気配はない。
お陰でゆっくりと寝られそうだ。
目を閉じ、過去の記憶を思い出す。
すると、真っ先に脳裏に浮かんだのは、
とある女性の笑顔であった。
「郡川 晴乃・・・。」
そう呟いた俺は、気が付けば全身の力が抜け、
ゆったりと夢の世界の入り口に導かれていた。
感覚が・・・無くなっていく。
寝る前の心地良い、あの感覚。
混乱の疲れもあったせいか、余計に気持ちがいい。
何だろうか・・・。
夢の中なのか、現実なのかハッキリしない。
そんな感覚を覚え、意識が朦朧とした中、
一瞬の、尋常ではなく激しい刺激を感じた。
・・・そして、その次の瞬間、
俺は気付けば草原の上に寝ているのが分かった。
意識がハッキリとはしないが、俺はやおら立ち上がり、
周囲を見渡してみる。
と、そこで俺はとある事に気が付いた。
身に付けていた衣服が何一つ変わっていないのだ。
・・・失敗して基地周辺の森に捨てられたのか?
状況を確かめようにも、手ぶらで手段がない。
スマホがあるだけでだいぶ違うのだが、
それすらない。
とりあえず周囲を見渡すが、何も目印になりそうなものもない。
「チッ・・・。」
思えば、確証もないような変な機械を信じた俺も馬鹿だった。
タイムリープなんて実在する訳がない。
・・・そう思った直後だった。
俺は何者かの気配を感じて、
背後の草むらの一点を見据えた。
すると、草がガサゴソと広範囲に渡って揺れ始め、
その姿を現した。
・・・それは犬と形容するのには無理があるような、
3本の頭を持った4本脚で地に立つ獣であったのだ。
獲物を逃さないといった様子で
呼吸を荒らげながら、こちらをまっすぐに睨み付けている。
そして犬とは思えない、尖った長い牙が
口からはみ出している。
俺はその獣の目を見据えながら、
ゆっくりと背後に下がって距離を取ろうと試みるが、
獣も同じ歩幅で距離を詰めてくる。
「くそっ・・・!」
何がどうなっているのかは分からないが、
俺が生死の境にいる事だけは理解できた。
#第4話 「許されざる業」 完結