#第3話 異質な依頼人
#第3話 「異質な依頼人」
「・・・そろそろいいだろ?
混乱の正体を教えろ。」
・・・この俺、萩間 拓は
道路に散乱していた中の比較的
傷がない綺麗なワゴン車へと乗せられ、
例の僧侶男の運転によりどこかに搬送されていた。
俺は助手席に座っている。
隣では僧侶男が慣れた手つきでハンドル操作しており、
時速150kmは軽く越えるであろうスピードで
一般道を走行中だ。
・・・新宿駅に限らず、
ゾンビ騒ぎはいつの間にか町中に広がっていた。
玉突き事故を起こした車が道を塞ぐケースもあったが、
僧侶男の運転技術は目を見張るものがあり、
スピードをほとんど落とさずに全て回避している。
あの新宿駅での事件から既に30分ほどが経過していた。
「ならば正体から話そうか。」
僧侶男は奇妙な恰好のまま運転しているが、
まっすぐに前を見たまま言葉を発した。
「とある反社会的組織が研究・開発した
”ラパシティ”という名のウイルスが
秘密裏にこの都心にばら撒かれた。」
ウイルスだと?
ならば、人々の異常行動はやはりそのウイルスが原因だったと?
「通称、”欲望ウイルス”。
脳の扁桃核、大脳新皮質などに影響を及ぼし、
感染した人間の本能的な欲を引き起こす。
善悪の判断能力も著しく低下させる。
それもおそらく、麻薬やそれと同類のものと同じレベルの
欲求作用を秘めているとの事だ。」
「このご時世にそんなテロが通用するとはな。
しかし、いたって当然だが、疑問が残る。
そんな事を知り得たアンタは何者だ?」
やや返答を躊躇うと読んだが、
その僧侶男はすぐに切り出した。
「名前は隠させてもらう。
だが、その組織を止める目的で動いている事だけは
ご理解願おうか。」
「・・・不十分だな。
名前以外にも知るべき情報がある。
お前のその異常な”身体能力”もその1つだが?」
僧侶男の返答は再び早い。
「私はフォーサーという、別人種の存在だ。」
「フォーサー・・・?
何だそれは?」
「かつて、レボリューショナイズ社によって開発が進められた
HRSは知っているな?」
一時期、世間を賑わせたその治療法は俺も知っている。
人間の生まれつきの差を埋めるために、
特殊な細胞を人体に打ち込んで
特定の部位を強化する、という治療だ。
・・・しかし、
それは開発段階で机上の空論となって沈んだ。
あまりにも無謀な技術であったという事だろう。
「あぁ、知っている。」
「・・・それが実は社会に隠されて
実際に人体に注入されていた事も、か?」
何だと・・・?
HRSが人間の治療に使われていたのか?
「・・・どういう事だ?」
「HRSによって打ち込まれた細胞は
人体の内部で突然変異を起こし、
人間に恐るべき力を与える事が判明したのだ。
・・・それによって、別形態、
”怪人態”への変身能力を持った人間が
裏社会では「フォーサー」と呼ばれている。」
何でも屋をやっていると、
余計な情報まで流れ込んでくるが、
この情報は初耳だった。
「フォーサーは固有の能力を持っている者もいる。
私は遠隔で、意識がない人間の意思を奪い、
行動を操る能力を所持している。」
「ならば・・・郡川 晴乃を動かしていたのは」
「私だったという事だ。」
・・・そうか。
あの忌々しい”人形”は結局人形のままで、
ただ動かされていただけだったという事か。
安堵感と共に、不快感といった感情も湧き出てくる。
今となっては無意味極まりないが。
「・・・フォーサーとやらは軍事利用目的で
大量生産されていたのか?」
「いや、それは許されなかった。
とある”テロ組織”が必要最小限のフォーサーを生み出し、
管理するシステムが構築されたのだ。
過剰分は全て、モノの様に始末されている。」
「その組織が、この混乱の黒幕という事か?」
「残念ながらそれも違う。
“黒幕”とその”テロ組織”は敵対関係にある。」
・・・状況がややこしくなってきた。
ただ、これだけは整理がついている。
「アンタはその”テロ組織”の人員だという事で
間違いないな?」
「察しが早い。その通りだ。」
テロ組織の依頼など受けるつもりは無かったが、
この状況で断れば間違いなく俺は即死。
話を合わせた方がいいだろう。
「テロ組織の依頼など受けるつもりはないだろうが、
残念ながら選択肢はそこまで広くない。
欲望ウイルスは既に、
間違いなくお前の体内に入り込んでいる。
発症は時間の問題だ。」
・・・認めたくはないが、
状況的には正論だ。
「安心しろ。
私はお前を助けるために、
お前に依頼を授けたのだ。」
「・・・話が見えないが?」
「お前には、『やり直し』てもらう。
・・・前方のアレが見えるか?」
俺は僧侶男が指差す方向に視線を移すと、
開けた場所にヘリコプターが停止していた。
「これからヘリで我々、”バーバレス”の日本支部へと移動する。」
・・・気になる事は山積みだが、
俺は僧侶男の言葉を聞き、
一種の”楽しみ”を得ていた。
何でも屋の都合上、
仕事にある程度はやりがいというものを感じざるを得ない。
それは何でもできてしまう自分の能力を
繰り返し評価する快感なのかもしれないが、
今は明確にそれとは違った感覚がある。
未知のものに触れる、
「ドキドキ」と形容するのに相応しい感覚だ。
#第3話 「異質な依頼人」 完結
前作、ブレイキング・ローズの内容と
関連性のある名称が出てきましたが、
時間軸が別物なので、
前作とは扱われ方が異なっています。
この時間軸でHRSは治療法として確立しておらず、
テロ組織バーバレスの管理下に置かれています。