#プロローグ
ご覧いただきありがとうございます(*'▽')
シリーズものの3作目になりますが、
当作品からでも読める様に進めますので、
宜しければチェックしていただけると嬉しいです!!
#プロローグ
「ありがとうございました!
本当に助かりました!」
40歳半ばくらいであろう男性が、
俺にまるで子供のような満面の笑みを向けてくる。
・・・次作PCを作るだけなら、
ネットで調べれば無限に作成方法なんて出てくる。
それなのに、このおっさんは
材料を買い揃えた上で、
わざわざ俺にその仕事を依頼してきたのだ。
・・・馬鹿々々しいもんだが、
こういう人がいなければ俺の様な”何でも屋”は商売ができない。
「これは約束通り、少しばかりですがお礼です。」
おっさんは茶封筒を笑顔で差し出す。
俺はそれを軽く頭を下げて取り上げ、
その場で乱暴に開封する。
「10万・・・まぁ妥当です。」
この俺、萩間 拓が運営する”何でも屋”は
基本的に料金は客任せにしている。
全ての依頼を終えた後に、
依頼人からその報酬を貰い、
果たした仕事の割に合うかをその場で俺自身が判断する。
足りない場合は容赦なく追加分を請求するが。
「ありがとうございます。
いやぁ、まさか噂の萩間さんに
PCを組み立ててもらえるなんて思いもしなかったですよ。
また何かあればお願いして良いですかね?」
「そりゃ、どうも。
俺への依頼はこれが最初で最後なので、
あしからず。」
俺は再び軽く頭を下げ、
すぐに依頼人の家を後にした。
・・・俺の経営する何でも屋の従業員は
萩間 拓、一人だけ。
申し出は全て断って来たし、これから雇う予定はない。
本部は俺が暮らす東京都内のアパートの一室だ。
つまり、俺の何でも屋のブランド力は、
俺一人の価値の積み上げで成立したものだ。
・・・東大理科卒、25歳。
萩間 拓。
高校以降、俺の覚えている範囲では、
テストや実力が伴う正当な勝負で負けた事は一度もない。
教科書などは一度目を通せば内容を忘れず、
仕事のマニュアルも一度読めば、基本、何でもこなせる。
体力、身体能力全般にも自信がある。
・・・そんなチートスペックを持つはずの俺は、
大学の卒業と共に”何でも屋”になっていた。
世の中の底辺職に陥った理由は3つほど考えられる。
1つ目は、俺には能力の”穴”がないために、
逆に適性を見つける事ができなかったため。
2つ目は、何でもこなせる”何でも屋”として
活躍できるだけの才能を持っていたため。
そして最後は・・・俺が極度の”人間嫌い”になってしまったため。
・・・依頼人の家を出て腕時計を確認すると、
17時30分を指している。
俺には4年前から、
平日は欠かしていない日課がある。
それは俺が”人間嫌い”に陥った原因であり、
そもそも、何でも屋を営む過程に陥った
直接的な理由だと言っても過言ではないかもしれない。
通り掛かったタクシーを捕まえて俺が向かった先は、
とある病院の入院施設だった。
・・・6階の一室のドアを軽くノックし、
中からの返事を待たずに中に入る。
そこには、白いカーテンが閉められた窓際に、
1人の女性が寝ている。
口には呼吸器、ベッドサイドには点滴装置。
彼女の頭上には定期的に刻まれる心拍メーター。
紛れもない。
これは完璧だった俺が
初めて完璧だと認め、好意を抱いた女性であり、
同時に、俺が今現在、最も”恨みたらしい”人間でもある。
この同じ景色を俺は
何度も何度も、繰り返し見てきた。
・・・4年前のあの日から。
この女性、郡川 晴乃は、
同じ大学のテニスサークルで知り合った、
気の合う仲だった。
そして同時に、俺が認める数少ない”完璧”な人間だった。
考え方が大人で、気配りもできて、
見とれるような笑顔も素敵な女性に違いなかった。
それまで、俺は何十人という女子から告白を受けてきたが、
俺の価値に見合う女子は誰一人としていなかった。
本当に、郡川 晴乃は
俺が初めて恋愛対象として認めた女性だった。
1年生の秋頃から交際を始めた俺たちは、
3年生の春までは順調に仲を深めていった。
俺にとって大学生活自体には
あまり面白みを感じられない日々だったという点もあり、
非常に充実した期間だった。
・・・しかし、3年生に上がり少し経過した頃、
郡川 晴乃は
彼女のバイト先の他の男に興味を移し、
1か月足らずで俺に別れを提案してきた。
その時、完璧だったはずの郡川は、
俺の中で、もはや完璧とは程遠い存在となった。
だから、そこから2週間ほどで
もう一度交際する話を持ち出してきた郡川に対して、
俺は遠慮なく睨み付け、文句を並べ、彼女を貶した。
・・・彼女がその翌日に
飛び降り自殺を図るとは想像もできず。
彼女の両親は、
大切な一人娘を植物状態にされ、
特に彼女の父親は俺を恨んでいたらしい。
何せ、郡川の両親は、
彼女が浮気をした事を一切知らなかったのだから。
・・・俺とのトラブルの件だけ遺書に残したというのに。
しかし、俺は郡川の両親には
それを黙っていた。
もう死んだも同然の郡川に対する、
最後の、せめてもの情けだった。
もはや俺の恋愛対象でも、友人ですらない彼女でも、
過去には俺が認めた事のある人間には変わりない。
・・・その事実だけが、
俺はどうにも引っ掛かっていた。
郡川の母親は、
定期的に郡川の病室に通ってくれるよう懇願してきた。
俺はそれには気が引けて、
当初は断ったのだが、
月5万円をお礼として支給するから
どうか平日は毎日、郡川の隣に来てほしい、
との事で、仕方なく引き受けた。
多少の金になるし、
向こうの両親とそれで和解ができるのなら、
両者に納得のいく策であった。
・・・しかし、郡川の自殺未遂が
俺に残した爪痕は
思ったよりも大きかった。
気付けば、俺は人間が信用できなくなり、
元々ほどほどに話すような立場であった人間とも
上手く話せなくなっていた・・・。
そして、顔を隠さずには落ち着かず、
マスクを常に着用するようになった習慣は
今も変わらない。
・・・こうして、俺の初めての”何でも屋”の仕事は
郡川の愛人になりきる、
というものとなった。
その後、1年半ほどで大学を卒業すると、
“何でも屋”の取り扱い範囲を広げ、
才能を活かして様々な仕事を引き受けるようになっていった。
・・・しかし、同じ依頼人からの依頼は一度のみしか引き受けない。
それが極度の人間嫌いという特性を持った俺のルールだ。
今の時代、何をやるにも、
ネットで調べれば大抵の手法は載っている。
俺はそれに目を通して、実行するだけ。
特に広告などは出していないが、
俺への依頼は、少なくとも月10件は入って来る。
見返りは高額設定だという事は陰の噂になっているようで、
依頼してくるのは見た目で裕福そうな家庭の人間が多い。
・・・”何でも屋”の月収は
全て込みで少なくとも月60万以上。
都内のアパートを借りて、普通に生計を立てるのには十分。
しかも、比較的暇な時間が多いため、
依頼がない日はアニメやゲームなどで時間を潰して終わる。
もはや生活はニート同然だが、
収入はサラリーマンと同等かそれ以上。
結局、俺が歩んできた道は
正解なのだろうと、
最近そう思うようになった。
だから、最初は苦痛だった
この目の前に寝ている、
いや、無理やり生かされ続けている
人形同然の女を見るのは、
不思議と楽しさをも感じるようになってきている。
ここに辿り着くまでの何かが欠ければ台無しになる。
・・・この女の自殺未遂さえ。
本当に優しい人間であれば、
今すぐ生命維持装置を外して
楽にしてやろうと思うのだろうが、
俺にはそんな考えは到底浮かばない。
・・・この女が生きている事で、
俺に仕事の1つが分け与えられるのだから。
俺はマスクで隠れた口元に微かな笑みを浮かべ、
病室を後にした。
・・・今日の仕事も終わり。
このまま家に帰って休もう。
それが今の俺の頭の中の全てだった。
・・・ところが、その直後、
俺の脳内には新たな情報が飛び込んでくる。
病室から出て見渡した廊下には、
別々の場所に看護師が3人ほど倒れていた。
しかも、苦しそうに喉元を押さえ、
何か呻き声をあげているではないか。
「・・・うっ」
思わず声に出していた。
まるでゾンビ映画でも見ているかのような展開。
頭の中を不意に打たれたような感覚に陥る。
・・・落ち着け。
現状把握が最優先だ。
俺は恐る恐る、一番近い箇所でもがいている
若そうな看護師に近付き、
様子を観察してみる。
彼女はこちらに気付き、
何かを伝えたいのか、必死に右手を伸ばすが、
もはやその呻き声は聞き取れない。
・・・俺が他の看護師の状況を確認しようと
背後を振り返ったその時だった。
「うぎゃああああああ!!」
凄まじい叫び声と共に、
俺の10mほど前方で真っ赤な血飛沫が立ち上がった。
俺はすぐに後退し、冷静に状況を観察する。
見ると、看護師とは別の、
青い入院服を着た男性患者がいつの間にか廊下に出てきていて、
床でもがいていた看護師に鋭利なものを突き刺した。
そのくらいは把握できた。
しかし、この状況の解決策はそう簡単には思い付かない。
返り血を被って赤くそまった患者は、
謎の笑みを浮かべながら俺の方を向く。
・・・やっぱりそうなるのか。
近くを見回すが、
武器らしいものは見当たらない。
・・・運動能力には自信があるが、
素手であの”ゾンビ”を倒すには抵抗がある。
しかも、よく見ると、
ゾンビの手には医療用の鋭利なハサミが握られている。
言うまでもなく、危険極まりないだろう。
逃げるにしても、
俺の背後はエレベーターの扉になっているが、
その箱が到着するまでにゾンビが接近してこないとは考えにくい。
・・・一か八か、迎え撃つしかない。
ゾンビは普通の人間が歩くくらいのスピードで
俺の方へとまっすぐに進んでくる。
もう、選択は決まった。
両手の拳を握り、
ファイティングポーズを取る。
・・・しかし、その時、
廊下を何者かが走るような衝撃を
足の裏に感じた。
ゾンビの歩みとはズレがある。
つまり、他に廊下を走っている人物がいるという事だ。
すると、ゾンビも違和感に気付いたらしく、
彼自身の背後を振り返った。
と、次の瞬間、
ゾンビの頭から鮮血が飛び散り、
その身体ごと床に叩き付けられた。
「・・・!?」
俺はそのゾンビを倒してくれた英雄を見て、
思わず視線が釘付けとなった。
・・・それは、有り得ない光景。
目の前にあってはならない光景。
もう二度と、見なくても済んでいたはずの光景。
俺の目に飛び込んできたものは、
俺のトラウマが具現化した存在に違いなかった。
「郡川・・・!?」
先ほどまでベッドで植物状態になっていたはずの
郡川 晴乃が、
病衣を着たまま、
息を激しく切らしてそこに立っていたのだ。
#プロローグ 完結