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七話:皇帝と郷土料理 前編

七話:皇帝と郷土料理 前編





 森での出来事から一夜が明ける。

 簡易厨房の窓から差し込む日差しを浴びながらカムイは日課のラジオ体操をしていた、料理人もアスリート同様、肉体を駆使して仕事をするので体を柔らかくしておかないと仕事中にることもある。


「さて、仕事するか」


 厨房の釜に火を入れる。

 城主代行であるカット・ブーケは家で朝食を取るので、今回は自分の分だけだ。

 オリーブオイルに刻みニンニクを入れる、ニンニクの香りが出た所で鶏のレバーを入れて蓋をして蒸し焼きにする。

 そして最後に昨日の夜に作ったワサビの茎の塩漬けをトッピングに乗せて出来上がり。


「名付けて、鶏レバーのオイル蒸し焼き、ワサビ漬け和え」


 そう言っても返事は帰って来なかった、いつものならこの時間には朝飯を食いにロレが現れるのだか、主であるジルマと共に王都へ招聘されたためここには居ない。

 意外と一人飯って寂しいモノだなと嘆くカムイだった。


「ご飯欲しい」



 朝食を終えたカムイは片づけを終え、市場に買い出しに向かう。

 初夏の暑さが肌を刺すような日だが、日本に比べれば蒸すような暑さではなくカラッとした暑さなので過ごしやすい。

 毎週、五の日に朝市が外縁部の外側、城壁外で開かれる。

 城壁外は既に出店のテントが張り巡らせて、商人達が声を挙げて売り子をしている。

 カムイはその中の東門近く、街道脇にある小さなテントに顔を出す。

 テントを潜りながら中に入ると「やあ、久しぶり」と声を掛ける。


「ああ、カムイの旦那か」と同い年ぐらい細い顔をした男が返事をする。


 調香師のグサンだ、調香師と言うのは香辛料やハーブ、薬草などを調合して香水や虫除け、薬剤などを作る専門職の人を指す言葉だ。

 調香師は専売的に香辛料とハーブ、薬草などの自由販売を認可されている。

 その為、珍しい香辛料などを売っていたりしていることが多い。

 カムイが彼と知り合ったのは偶然にも食材の買い出しをしている時だった、どこからともなくイイ匂いがしたのだ。

 その匂いにつられて入ったテントがこの店だった。

 始めは、何の店だがわからなかったが、そこで普段目にしないシナモンを見た時に思わず買ってしまったのが付き合いの始まりである。


「今日は何か珍しい香辛料はあるかな?」

「あるにはあるがな、例えはこれだ『クヤック』甘い香りするだろう」


 形はスターアニス、八角に似ているが色が青色をしている。


「イイ匂いだが、流石にこの色は……」

「まな、まずこれを料理に使おうとは思わない、薬や香水に使われるのが多いからな、後は匂いだしに食卓の飾りに置くぐらいだな」

「香辛料と言うよりは香草だな、他には?」


 その他には色々なモノを見せてもらったがどれも欲しいと思えるようなモノが無かった。


「後はいつもの香辛料だけだが、どうする?」

「調合をお願いしようかな」

「この前と同じヤツでいいか?」

「ああ、頼むよ」


 グサンが取り出したのは乾燥した唐辛子、黒胡麻、白胡麻、ケシの実、麻の実、山椒、これも乾燥したシシトウ。

 それら全てを石臼に入れて混ぜ合わせる。


「出来たぞ」グサンから小瓶を投げ渡される。

「ありがとう」


 カムイが受け取ったのはブレンドした七味唐辛子だ。


「アンタは変わった調合をお願いされるから、こっちもいい勉強になるよ」


 カムイは一礼をしてテントを出る、その他に数件の店に寄り珍しい食材などを買い込み、館に戻った。



 昼間の作業は特にない、自分の昼食を作って後は夕餉の支度をするのだが、ブーケは家に帰って食事を取るか弁当を持ってくるかだ。

 今回も奥さんが作ったのであろう弁当を持って来ていたので、昼食は自分のだけを作って済ませた。 

 今日も夕餉の準備は必要ないと先ほど言われたので、カムイは館内散策していた。

 別段に変わったところは無い。だがカムイはいつも訪れる場所があった。

 前に使っていた厨房だ。

 敵の侵入を防ぐ為とはいえ、自分で自分の職場を爆破するとは思ってもいなかったからだ。

 気にするなとジルマは言っていたがやはり責任を感じてしまう。


「ジルマ様に無駄なお金使わせたな」と。


 ふと、中庭の方で人だかりが出来ていることにカムイは気付く、何だろうかと足を運ぶ、人だかりの中心に居たのはガガバド・アッサーラと衛兵長ロレンスだった。

 二人とも槍を構えている。


「新入りと、衛兵長が真剣勝負するらしいぞ」


 状況から察するにはガガバドとロレンスの試合が行われるらしい、そう言えば先の戦でガガバドはロレンスと一騎打ち(ジョスト)をしたと聞いている。

 今回はその続きと言う事だろうか、カムイも見物客に紛れる。

 先に動いたのはガガバドだ、鋭い突きで胸元に一撃を入れるが、ロレンスの体は一切のブレが無くガガバドの突きを全て受け流していく、ガガバドの上段からの攻撃を受け流して巻き上げるかのように払い除けるが、ガガバドも払い除けられた反動を利用して、地面に柄を差し込み、地面を巻き上げる。

 目晦ましのつもりだが、ロレンスは体を捻ってそれを躱して逆に捻った反動を利用して円運動の横撃を入れるが今度はガガバドがこれを受け流す。

 互いに突きに払いに薙ぎ払いが続く、互いに全身のバネを利用して最小の動きで攻防一帯の攻撃の応酬が続く、一進一退の攻防に見えるがカムイには若干だが、ガガバドが押されているように見えた。

 そして、ガガバドの突きがロレンスの脇を掠めるが逆に脇に丸め込まれて捻じ伏せられる。


「おれの勝ちだ」


 ガガバドは地面に倒れ込んだ状態で両手を広げて降参のポーズを取る。

 囲んでいた人だかりから二人を称える様に一斉に拍手と歓声が上がる。

 カムイも皆に合わせて拍手を送る、向こうもこちらに気付いたのか、声を掛けて来た。


「見ていたのか?」


 ロレンスが持っていた演習用の槍を部下に預けながら言う。


「ええ、目で追うのがやっとでしたよ」

「目で追えただけでもすごいいがな」と汗を拭きながらガガバドが言う。


 二人は清々しい顔をしている。


「ところで、カムイさんはここで何を?」

「散策、夜の仕事が無くなったので」

「そうか、ならカムイ、今晩いつもの所で飲まないか?」


 ロレンスからの誘いは珍しい、いつもロレとゲイリーとで飲みに行く時が多いので変わった人と飲むのもまた一興かもしれない。


「イイですね、行きますよ」


 快諾するとムスッとしたイケメン顔が普通のイケメンの顔に変わる。


「ガガバドお前も来い」


 唐突の誘いだったのだが、驚いたような顔をしている。


「いえ、自分は遠慮――」

「上官命令だ、来い」

「はい……」


 命令と言われれば従うしかないと言う顔をしてガガバドは承諾した。


「では、汗だくのままで行くわけにはいかないので、着替えて来ます」

「ああ、おれも着替えて来るか、カムイ、一刻後ここで待ち合わせだ」


 ガガバドは一礼し、踵を返して館の方へ向かって行った、その背中を見ていたロレンスがふと「筋はイイ」と小言のように言った。


「ガガバドさんのことですが?」

「ああ、技量も度胸も申し分もない、奴の不運は上官に恵まれなかったことだろう」


 確かに戦いの素人であるカムイの目から見ても、ガガバドの腕は中々のモノだ。

 今まで副長止まりだったのか、不思議に思うぐらい。


「あれだけの腕を持った男が副長止まりはとは、ガスダント帝国は人を見る眼が無いのかもしれないな、それとも、貴族主義の性か」

「貴族主義?」


 聴きられない言葉が耳に入ったので思わず声に出してしまった。


「貴族を中心とした、政治運営のことさ、この国も人のことも言えんがな」

「カルマ国王陛下がそう言う人には見えませんでしたが」


 ジルマの弟で現パティール王国国王であるカルマ・パティールがこのハマール城を訪れたのは約二年前だ。

 その時にカムイは顔を合わせたが、白髪頭で髭を生やしや優しい老人と言う印象のジルマとは違い、屈強な肉体と精神を持った戦士と言う印象が強かった。


「カルマ王自身が国の全てを動かしているわけではない、ところところで貴族たちが手ぐすねを引くことをしているのさ」


 どこの国でも私腹を肥やす奴は居ると言う事か、そう言えば、外交分野を司ってある貴族が更迭されたと聞いている。

 確かカルマがここに訪れた後だったような気がする。


「どこの国でも居るんですね、悪い奴と言うのは」

「まあな…… じゃあ、また後ほど」


 カムイは一礼してその場を離れようとするが、ふと、嫌な空気を感じた瞬間、体が真っ二つにされた、いや、されたとい錯覚を見た。

 背中から冷や汗が滝の様に流れ出して、その場に倒れそうになるが何とか踏ん張り留まる。

 振り向くとロレンスがこちらに視線を向けながら後退って至った。





 ロレンスはカムイに対してあまりいい印象を持っていなかった。

 最大の理由は先の戦で多くのガスダント兵が劫火に身を焼かれ、阿鼻叫喚を発しその光景を見た殆どの兵士が目の前の光景にたじろいでしまっていたのに対して、彼は笑っていたのだ。

 まともな人間ではない、ロレンスはそう感じていた。

 彼が作り出す料理はどれも華やかで洗礼されたモノばかり、その料理と一緒に見れば彼は大らかな大男と言う印象でしかないだろう。


(もしくは、そう装っているか)


 先ほどの一瞬、普通の人間にはわからないぐらいの殺気を発してみた、無論、ただの料理人ならまず気付くはずがない、でも彼は気付いたのだ、自分の殺気に。


(武道の心得がる、しかも、かなりの手練れだ、でも、何故だ)とロレンスは疑問が次から次へと浮かんでくる。


 ゲイリーの話では彼には戦えるような人間ではないと言っていた、事実、裏口から侵入しようとしたガスダント兵に対抗できていなかったらしい。

 その様にワザと装っていると言えるかもしれないが、でも、あの性格だ、もし装っているならかなりのモノだ。

 ロレンスは顎に手を当てながら考えていると、目の前から見知った顔が血相を変えては走って来るのが見えた。

 城主代行のカット・ブーケだ。


「探したぞ、ロレンス殿!」

「どうなされた、代行」

「どうしたも、こうしたもない、来訪者だ!」


 引きつる様な眼で語り掛けて来るブーケを見て、余ほどの大領主が来たのだろうか、さて、この時期に来訪予定など会っただろうかと、考えていると、ロレンスの胸元を掴みヒステリー気味な声を荒げる。


「と、とにかくどうしたらよい!」

「落ち着いてください、来訪者の対応はいつも通りにすればよいのですよ、そんなに混乱しなくても」

「するに決まっているだろうォ! わたしとてそこら辺の領主なら対処は出来るさ、だが、今回は領主云々の問題ではない!」

「他の領主ではない、一体どなたですか?」


 ロレンスの質問に額から大粒の汗を流しながら、ブーケは答える。


「ハ、ハフマン帝国の皇帝が直々に来られたのだ!」


 ブーケの必死の訴えにロレンスは数秒間の沈黙のうち。


「はあ?」


 出た言葉はそれだけだった。


「何を間の抜けた様な声を出す奴があるか!」

「いやいや、待ってください、皇帝が直に来られた、今、そう言いましたか?」


 ロレンスの質問に力づ良く首を縦に振るブーケ。


「とにかく、どうしたらよい!」

「そもそも、ご本人なのですか? そう言っている詐欺師とかではなくて?」


 以前、他国の王族を名乗ってこの城に忍び込もうとした盗賊が居たことがあり、その際は簡単な質問に答えられなくて遭えなく御用となった。

 今回もその類と思って言って見たが、ブーケは激しく首を横に振る。


「ジルマ様が、ハフマン帝国皇帝に当てに贈られた親書を持っていた、ご丁寧に皇帝が閲覧したと言う印もある、国印書付でな」


 国印は国の統治者が政策を行う上で承諾したと言う意味でつかわれる印だ、国印の複製は国家反逆罪であり、どの国でも無断使用や複製を行った者は死罪と決まっている。

 そんな危険を冒してまで、ここに忍び込もうとする盗賊は居ない。


「では、本当に?」

「だから、先程からそう申しておるだろう、どうしたらよいのだ!」


 今にでも泣き出しそうな顔をしたブーケを余所に、ロレンスは考え込む。

 目的は、一つしかない、リャラン流域の管轄権だろう。


「代行、皇帝はどちらに?」

「いま、会議室で待たせてある、どうしたらよいのだ!」

「取りあえずは会談の準備を、それと早馬の準備、会談内容次第では早急にジルマ様に意見を聞かなくてはならない」

「合い解った、直ぐに準備を――」

「それから宴席の準備を! カムイにわたしから直接話す」

「か、かたじけない、ロレンス殿……」


 よりによって領主不在の時に来るとはと思ったが直ぐに考えを改める、むしろ知っていて来た可能性がある。

 とにかく、何事もなく帰ってもらうのが最良だ。

 ロレンスの足は厨房へと向かった。



 厨房に戻ったカムイは流れ出た冷や汗を手拭いで、体を拭いていた。

 あれは一体何だったのだろうか、一瞬切られたような感覚は幻覚だったのだろうか、とにかく頭の中でグルグル回る考えを振るい払う。

 落ち着け、胴から真っ二つに成るって言うのは幻覚だ、本当にあるわけがない。

 そう思うと少しずつだか、落ち着きを取り戻して行く。

 深呼吸してカムイは明日の朝食の準備を始める。

 まあ、明日も自分の分を作って終わりだろうけど、そう思って窯に火を入れようとした時だ、ドアをノックする音が厨房内に響く。


「はい」と返事をすると、入って来た人間を見て、一瞬ドキッとした。


 ロレンスだ、先程のことを思い出して、無意識にうちに一歩下がっていた。


「ん? 入ってマズかったか?」


 ロレンスが言うと、いえ、大丈夫です、とカムイは恐る恐る返事をした。


「そうか、ならいいのだが、そう言えば君の仕事場に入るのはこれが初めてだな」と辺り見渡しながらロレンスは言った。


 ふと、先程のことを聞こうかどうか迷った、でも、何と言えばいいのだ、おれを殺しましたかと言うのか、いや、と頭を振って考えを否定する。

 仲間を疑うのは良くない、先程のことは忘れよう、きっと錯覚に過ぎない、カムイはそう決め込み飲み下した。


「カムイ」


 唐突にロレンスから声を掛けられ考え事から現実に引き戻される。


「はい、何でしょうか?」


 そもそも、ロレンスは何しにここに来たのだろうか、そう思っていると、カムイがが訊く前にロレンスが応えてくれた。


「カムイ、突然で済まないが、宴席の料理を頼めないか?」


 余りにも唐突過ぎるので一瞬、答えに詰まるが、カムイは静かに首を縦に振った。


「構いませんが、えらく急ですね」

「空から槍が降ってきた感じだ、こちらとて驚いている」

「何かあったんですか?」


 そこで、カムイはハフマン帝国の皇帝が来訪したことを知った。


「とにかく何事もなく帰ってもらうのが最善だが、どんな話が飛び出してくるかわからんし代行は、内政面では優秀だがこと、外交面ではド素人に近い、カムイ、お前の料理が代行の援護射撃になるハズだ、頼んだぞ」

「おれの料理は、そんなに凄い物では……」

「和睦会談で見せたじゃあないか、あの時みたいに料理に意味を込めろとは言わん、相手に満足してもらい、代行が話しやすいように場を盛り上げればいい」


 カムイは逡巡してから「はい」と答えた。


「良い返事だ、頼んだぞ」

「頼まれついでに、一つお願いがあります、相手の素性を知りたいのです」

「素性? さっき言っただろう」

「はい、聞きましたハフマン帝国の皇帝、しかし、皇帝の肩書を持っているとはいえ、相手は同じ人間です、男か女、若いのか歳をとっているのか、北か南かの出身地で味の濃さも変わってきます、それにお迎いするに当たっては、相手の好き嫌いもあります、本来なら宴席の前準備としてそれらの情報を集めるのですが、今回は何の準備もありませんし、食材もありません、今から市に行っている暇もありません。ですから限られた食材で相手に満足してもらうしかありません」

「その為の情報が欲しいか、わかった、集めよう、何せハフマン帝国は四カ月前に世代交代したばかりで現皇帝は女性としか聞いていない、会談の席で上手く集め、お前に伝える」

「よろしくお願いします」


 厨房を出るロレンスに一礼する、彼の姿が見えなくなると、直ぐに窯に火を入れる。

 さて、料理を始めようか。





 さて、敵の目的を探るとしようか、ロレンスは会議室のドアを開ける。

 女皇帝、一体どんな女傑か入って直ぐにロレンスの動きが停まった。

 そこに居たのは可憐な女性が二人だ、いや、一人は少女だろうか、腰まで伸びた銀色の髪に、宝玉の様な紅い瞳はとても美しい。

 着飾ったドレスではなく、旅用のモノだろうか、様相とよく合っている服だ。


「ロレンス殿、準備の方は?」


 席に付いたロレンスに小言で言う。


「進めています」


 同じく小言で返事をする。


「ようこそ御出でくださいました、領主ジルマ・パティール公爵は不在の為、わたし、城主代行であるカット・ブーケが対応させて頂きます、どうかご了承を」


 カット・ブーケが一礼に合わせて、ロレンスも一礼する。

 金髪の女性騎士が口を開く。


「こちらはハフマン帝国第二十二代皇帝、エファン・シラー・ハフマン皇帝陛下に在らせられる」


 この子が、ロレンスは少女を見る、やはり子供だ、歳は十四、五ぐらいだろうか、息子と同い年に見える。


「お目に掛かれたことを深く感謝します、エファン皇帝陛下」

「エファンではない」


「はあ?」ブーケが間抜けの声を出したのでロレンスが代わりに応える。


「ハフマン帝国にとって頭に来る名は、幼名、次に名、そして領名です、我が国では幼名と言う概念がありませんが、ハフマン帝国では、幼名ようめいは親しい者同士で呼び合います、この場合は名であるシラーが正しいのです」

「その通りだ、今後呼ぶときはシラーと呼んでほしい」


 豊満な胸を強調するかのように胸を張って言う。


「申し訳ございません、シラー皇帝陛下、勉強不足でした」

「いや、良い、誰にでも間違いはある、そう、間違いは、な」


 エファンは椅子に深く座り込み、態度を大きくする。

 これがハフマン流の外交術なのだろうか、少し癇に障る。


「わたしは、陛下に使える騎士、アクア・ライン・ダスダン、ラインとお呼びください」

「彼女は我が国の筆頭将軍、そして法王庁から現『剣聖』の名を与えられた騎士だ」


 ブーケとロレンスが驚きの余りに声を無くす、ここに新しい『剣聖』が居る、驚かない方が無理だ、何せ、彼らの主であるジルマ・パティール公爵は元『剣聖』と呼ばれていたからだ。

 ロレンスはとても信じられないと言う目で金髪の女性騎士を見る。

 まだ若い、彼女と同い年ぐらいか。

 主であるジルマでさえ、『剣聖』の称号を授与されたのは、三十代半ばだった。

 彼女はそれだけの腕を持っていると言うのか。

 ロレンスは警戒感を隠せないままでいた。


「そうですか、こちらは我がハマール城衛兵守備隊総隊長のロレンス・ホーキンズ衛兵長です」

「ロレンスです」と一礼する。

「ロレンス、『短槍使いのロレンス』、かつてジルマ・パティールと共に戦場を掛けた四剣士の一人、上将軍ロレンス・ホーキンズ殿か」


 アクアがまるで憧れのような目線を向ける。

 互いの自己紹介が終わり、会談が始まる。

 最初に切り出したのはハフマン側からだった。


「まず、先の戦に置いて貴国がガスダント帝国を撃退したことに、敬意と祝福を送りたい」

「身に余る言葉、この言葉は我が主、そして国王陛下に必ずやお伝え押し上げます」

「その主であるジルマ卿に、話があって来たのだ」


 来たかとロレンスは身構える。


「三ヵ月前に届いた書簡、ハフマン帝国とパティール王国との交易路再開案、海を持たない我が国にとってこの交易路の再開案は渡り船だ、南の交易路が再開されれば、そこから入る利益は国益に直結する」

「左様でございます、ですので、我が主ジルマ様は、貴国との関係を重視し――」

「だが、我が国はこの交易路で幾分かの損益がある」

「はあ?」


 ブーケの間の抜けたような声を余所に、ロレンスはやはりと思った。


「リャラン流域における、関税だ」エファンは相手方を挑発するかのような目線で言う。


 それに拍車を掛ける用意にアクアが言う。


「貴国から送られて来た書簡から、流域通行権に関して人の行き来に対して関税を掛けないとなっておりますが、商人に掛けるいわゆる貿易税に関して、一律の税率が掛けられています、しかし、この税率では行き返りだけで収益分の半分が取られると、商業組合から上奏がありました、我が国も審査の結果、これは明らかな不当な搾取であると判断し、再度の税率見直しを求めます」

「ま、待ってください、関税に関しては管轄権を持つ国には自由采配権が認められているハズです!」


 人の行き来を規制する関所に掛かる税率は、基本的には慣例的に管轄権を持つ国に采配権が認められている。

 故に各関所ではその国の国内産業を護るために大きな関税を掛ける国もあれば、国内産業の活性化の為に税率を低くしている国もある。

 この場合、流域管轄権はガスダント帝国からパティール王国へと移譲されている、故に、流域における税を掛けることにたいして、何の問題もないハズだ。

 しかし。


「それが元来からの土地ならそうだろうが、あの地は二年前まで我が国の地だ」


 この自由采配権には大きな落とし穴がある、それは自由に関税を掛けるのは元来の自国の領土に限ると言うことである。

 慣習的に自国の領土として完全に認められるには施政権を行使して約十年の行使しづける事が認められるのが条件である。

 その為か、戦の後で関税や税率で問題が良く起きる。

 今回もこの手を使って来たのだ。


「我が国としては、我らが統治していた時よりも、遥かに税率が上がっている、これでは、我が国が被る被害が大きい」

「お待ちください」と声を出したのはロレンスだった。

「そもそも、今回の税率は貴国と交わした税率協定を元に算出しております、我が国では貴国が我が国に掛けている農作物に対する税率方が今回の我らが掛けている流域税より遥かに高い、この点はどうお考えだ」


 現在、ハフマン帝国が掛けているパティール王国の農作物に対する関税率は五百キュール(約五百トン)毎に五パーセント、年間、ハフマン帝国へ輸出される農作物は約一万五千キュールである、つまり、輸出に掛けられる税率は百五十パーセントもの税が掛けられている。


「それは貴国が我が国掛けている税率も同じだろう、我が国の主要輸出品である、鉱物資源、特に鉄鉱石に関しては我が国より貴国が掛ける税率の方が高い」


 それを言われてぐうの音も出ない、現在、パティール王国が鉱物資源に掛けている税率は種類によって違うが、一律にして百八十パーセントだ。

 最も高い物は金剛石ダイヤモンドである。


「それは我が国唯一の鉱物資源である金剛石の採掘技術と精製技術を護る為であり――」ブーケが言おうとしたが「それは我々も同じである、我が国の農業を護る為の税率だ」


 エファンは鋭い眼と声でブーケに言う、その勢いに押されたのかブーケは委縮してしまった。

 完全に会話の流れは彼女達が握っている。これはマズいと思った。


「では、どうすれば良いと言うのですが」

「まあ、我等は見直しの要求をしに来ただけだ、そちらが税率の引き下げに応じてくれればそれでよい」

「それは、わたしの一存では決まられません、一度、領主であるジルマ様を通じて中央の認可を頂かないと……」

「否だ、わたしも多忙な身であるし、一刻も早く交易を再開したい、ここで返事を貰いたい」


 横暴だとロレンスは喉から出かかった言葉を何とか飲み込み、咳払いをしてから口を開く。


「陛下、カット・ブーケ氏は、現在城主代行の身であります、彼は采配権がありますが、それは領地運営に関してのモノ、ことの問題は領地運営の範疇を超えている為、我らではどうしようもないのです、どうかご理解の程お願い申し上げます」


 ロレンスが頭を下げるが、エファンは無慈悲なまで拒否した。


「先程も言ったとおりだ、答えはこの場で貰いたい」


 あくまでの強気に出るつもりだ。


「わたしの一存では応えかねます」


 ブーケがやっとの思いで出た声だがそれを挫か様に彼女は追い打ちを掛ける一言が出る。


「この場で答えが出ないと言うのなら、我らも覚悟がある」

「覚悟?」

「ハマール城周辺への侵攻だ」


 まさかと言う声が喉から出そうになる、それを何とか飲み下してロレンスは二人を見る、そこで合点行った。

 この二人が求めたのは関税ではない、開戦の動機を手に入れるためだ。

 ガスダント帝国を理由ないまま、そして、至って自国的な理由で二度も軍事侵攻を行い、そして敗戦した。

 その後のガスダント帝国への非難の風は激しく、彼の国を支援する国は少なくなった。

 理由なき戦争は、勝利しなければただの悪となってしまう、彼女らはそれらを避ける為に開戦理由を求めて無理難題な外交問題をぶつけて来たのだ。


「貴国は皇帝陛下自らの交渉を拒んだ、我が国の対面を傷つけた、まあ、開戦理由はそれだけあれば十分だろうな」

「無茶苦茶だ、そんな理由は諸国から強い反発を受けますぞ!」


 ロレンスが声を荒げながら言うが、聞く耳持たずと言った様なドヤ顔でエファンは深めに椅子に座り込んだ。


「こちらの札は出した、今度はそちらが札を出す番だ」


 この外交交渉、どう見てもこちらが不利でしかない、関税権に関して言えば国の採択が必要だ、一城主代行の独断で出来るわけがない、それを断れば戦に成る、だが、先の戦からまだ四カ月も経っていない、損傷した東門の修復も済んでいないし、何より復興の最中でまた戦に成れば今度こそ住民の暴動に成りかねない。

 こちらにはどちらも選択も取れないが、向こうは、どっちに転んでも利益しかない。

 一方的すぎる、ロレンスは深呼吸して、ゆっくり慎重に声を出した。


「では、陛下、こちらの札を出しましょう」


 ロレンスの言葉にブーケが目を丸くする、ロレンスは目で「ここはわたしに任せてください」と言い、ブーケは頷いた。


「我がハマール領の公宮料理人はこの世のモノとは思えない、最高の料理を生み出します、どうでしょうか、ここは一旦、互いを知ると言う観点から我が公宮料理を堪能されては」


 話の主導権を取り戻すには、この二人に、あっと言わせるような衝撃を与える必要性がある、ここはカムイの料理に掛けるしかない。


「貴様、陛下を下らん料理で釣るつもりか、我等は関税の――」


 アクアの覇気の孕んだ声をエファンは手で制止する。


「待て、アクア、ロレンス卿、この世のモノとは思えない料理ですか、面白い、では、作って頂こう」


ありがとうございますと頭を下げるブーケにエファンは一言付け加える。


「ただし、だ、料理の種類はこちらで決めさせてもらう」


「と、言いますと?」とロレンスが聞き返す、エファンは自信に満ちた口調で言う。


「我が国の料理だ、我が国の料理を作って貰おう、そうだな、あれがイイ『グリット』だ、『グリット』を作って貰おう」

「グリット?」聞き慣れない料理名が出て二人はお互いの顔を見合わせた。

「何だ、作れないのか? 先ほど最高の料理を生み出せると言ったではないか」

「ええ、もちろんでございます」とブーケが言う。


 待ってと、ロレンスが言うよりも先にブーケが言ってしまった。


「必ず作って見せます、お任せください! 絶対に陛下の舌を満足させてご覧に入れましょう」


 ロレンスは手で顔を覆う、外交で『必ず』と『絶対』は言ってはいけない言葉だ、ブーケはこともあろうに、二つとも使ってしまった。


(このアホたれ代行が!)


 心の中でロレンスはブーケのことを罵った。





「『グリット』って何ですが?」


 部屋を出て厨房に向かい、カムイにことの子細を話す、流石のカムイも聞いたことが無いらしい。


「そもそも、おれ…… この国の料理はすら余り知らないのに、他国のことなど……」


 カムイはこの国に来る前の記憶を無くしている、覚えているのはこことは別の料理だけだ。


 それは重々承知だ、だが「あの代行、よりによって必ず作ります、絶対に舌を満足させますとか言いやがった!」


 普段、温厚な口調で喋るロレンスが今日に限って汚い口調で話している、先程からバカ、クソォッとか平気で言っている。


「とにかく、名前だけでは料理の検討もつきません、何かないのですが?」

「そう言われても、まさか聞く訳にはいかないし……」


 二人とも顎に手を当て考えるは妙案が浮かんで来ない。


「誰か、ハフマン帝国に詳しい人は居ないのですが?」

「居るが今は居ない」

「居るけど居ない?」


 カムイの頭の中で疑問符が浮かぶが次の言葉を聞いて納得する。


「ロレだ、アイツは色々な国を流れているからな、ハフマンにも一時期だが、住んでいたことがあると言っていた」


 ロレは、ジルマ達共に王都に居る、まさか、わざわざ訊きに行くわけにもいかないし、そんな時間もない。

 さてどうしたモノか、二人が悩んでいると、ドアをノックする音、そちらの方に視線を向けると、困った様子のガガバドが立っていた。


「あの、門の所に行っても誰もいなかったのでもしやと思って顔を出したのですが、何かあったのですが」


 そこで二人は三人で飲みに行くと言う約束をしていたことに気付く。


「済まないガガバド、今、取り急ぎの仕事が入ったのだ」

「そうですか、いや、わたしはてっきり忘れられたのかと思いましたよ、でも、急な仕事とは、一体なんですが?」


 そこで、ガガバドは事の経緯を軽くだが説明する、頷いて聞いていたガガバドは意外な一言を言った。


「ロレンス殿『グリット』は羊肉を使った煮込み料理のことです」

「知っているのか?」

「ええ、わたしはつい最近までハフマン帝国に居ましたので」


 渡りに船とはよく言ったモノだ、こんな所に強力な見方が居るとは、カムイはガガバドの詰め寄る様に近づき「では、他の具材もご存知ですね!」と迫る。


「ええ、まあ、確か具材は芋と人参、玉葱、何かで取った出汁、それから甘い香りがしていたな」

「甘い香り?」

「ええ、何って言ったかな、青色の八角形した香辛料……」


 カムイはそれに覚えがあった。


「クヤック!」

「そう、それですよ、確かクヤック」

「でかしたぞ! ガガバド、カムイ、これで作れるな! 頼んだぞ!」

「……無理です」


 希望が見えたと思っていたロレンスにとって、カムイの一言は予想外だった。


「どうしてだ! 材料がわかっただろう!」

「まず、クヤックがありません、売っている人は知っているのですが……」

「ならそいつから買えば――」

「ロレンス殿、そう言う事ではないのですよ、そうですね、カムイさん」

「はい」


 二人の会話の糸がロレンスにはわからなかった。

 それを見越してかガガバドが応える。


「煮込み時間です、この料理には煮込み時間が三刻で程かかります」


 一刻は約二時間であるから、約六時間の煮込み時間がいることに成る。


「そんなに待てないぞ!」

「この料理は羊肉の固い部分を使いますから、それぐらい煮なくては、とても硬くて……」

「どうしろと言うのだ!」

「おれに考えがあります、ガガバドさん、まず、外縁部の東門に行って、調香師のグザンと言う男を探してください、おれの名前を言えば売ってくれるハズです」


 わかったと言って、ガガバドは厨房から出る。


 カムイはロレンスに向き直り「ロレンスさん、メインを出す前に繋ぎ料理を二品出します、何とか時間を伸ばしてください!」

「わかった、どれぐらいだ」

「三十分ぐらいあれば」

「さ、さんじゅっぷんとはどれぐらいの時間だ!」

「半刻の半刻です」


 わかったとロレンスは答える。

 カムイは急いで食材と調理道具一式を持って厨房を出る、驚いたロレンスが彼の後を追う。


「ど、どこに行く!」


 ロレンスの声が耳に入り、立ち止まり、振り向き、カムイは答える。


「外です! 外で作ります!」

「そ、外だと?」


 カムイは驚きの声を挙げるロレンスを無視して中庭には出る、調理道具と食材を広げ、深呼吸する。

 さて、料理開始だ。

 カムイは掴んだのは包丁―― ではなく何故かスコップを手に中庭の地面を掘り始めた。


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