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レポート② ハマール

レポート② ハマール



 とんだ骨折り損のくたびれ儲けだとはよく言ったものだ。

 ハマール資料館にはわたしが欲していたカムイ・パテヤンに関する資料は殆どと言っていい程無かった。

 わたしは、ハマール城内縁部の街の街灯が照らす道を歩いていた。

 そこら中に、祝日を祝って飲んだくれの酔っぱらい共がうようよしていた。

 その中に背広を着たサラリーマン風の男達が歩いている、オフィス街ならよくある光景だ。

 元々は職人地区であった内縁部だが、時代の移り変わりと共に、職人地区から商業地区、商業地区からオフィス街へと街の風貌を変えて行った。

 景観条例で、城壁を超える高さのビルが建てられないが、ここには多くの大企業が進出している。

 一番目に付くのは、軍需産業であるバンハード重工のビルだろう、誇らしげに戦車のレプリカが飾られている。

 わたしは、そのビルを抜け奥の細道を抜け、ある店の前で足を止めた。

 古くから職人地区の職人達の腹を支えて来た酒場『グラメンテ』ここは、カムイ・パテヤンがよく顔を出して料理を振る舞っていた店として、詩にも登場する名の知れた店である。

 わたしは、暖簾を括ると活気のある給仕の声と共に仕事帰りのサラリーマンや職人達がビールの入った大ジョッキを片手に宴がそこらかしこに始まっていた。

 わたしは、カウンターに座ると、ふと、声を掛けられる。

 よく見ると、昼間、路線バスで相席になった男が居た。


「奇遇だな、ここで会うとは」

「ええ、奇遇ですね、ここにはよく来るのですが」

「よく来るってもんじゃない、おれはここの飯を食って大きくなったんだ、おれだけじゃないよ、おい! ビスケット! お前もここの飯で育ったよな!」


 ビスケットと言われた男は大きな声で「そうだ!」と答える。

 一斉に笑い声が起きる。

 何と陽気な人たちだ、わたしも思わず笑ってしまう。


「そう言えば自己紹介がまだだったな、おれはキッシュだ、キッシュ・ロヌールだ」

「キッシュ? あのパイ生地料理の」

「そうだよ、可哀そうな名前だろう、昔のあだ名はなって言うと思う?」

「卵くんだろう、なあ、キッシュ!」

「うるせぇ! 黙ってろ、ビスケット!」

「それはご愁傷さまで……」

「で、あんちゃの名前は?」

「ああ、ジュラールだ」

「ジュラールか、いい名前だ、で、お前さん、パティール人にとって大切なこの祝日にどんな仕事を?」

「わたしは、小説家だ、歴史小説家。今、カムイ・パテヤンのことを調べている」

「カムイ・パテヤン? どうして?」

「ああ、ええっとだな、そう、例えばの話だ、君のご先祖様が偉大な英雄だとしよう、その英雄の話を創る時、その人物に焦点が当てられるだが、実際にはその英雄の周りには彼を支えた名の無き英雄たちが居る、そんな彼らが後世に語り継がれることがないと言うのは、英雄の子孫である君ならどう思う?」


 彼は少しだけ考えるような顔をして静かに言う。


「それは、嫌だな、同じ仲間なのに」

「そう、わたしは、出版社からパティール王国国王で最も名の知れた人物であるシルフィーナ・パティール女王、その半生の小説を書かないかと言われた時に、真っ先に考えたのは、カムイ・パテヤンのことだった、何せ、シルフィーナ女王とカムイ・パテヤンは切っても切り離せないからね」

「確かにな、それもそうだ」

「だから、わたしはここに来た、彼の名が最初に出たのは、このハマール地を巡って起きたガスダント帝国と戦、わたしはそこで何か情報を掴めないかと思ってね」

「それならいいのがあるぜ」


 そう言ってキッシュは給仕の何かを告げると、ビール一気に飲み干してもう一本追加する。

 

「何を頼んだ?」

「とっておきのさ」


 笑顔で言う彼はどうも憎めない。

 しばらくしてわたしのビールと共に運ばれて来たのは、数種類の肉料理だ。

 

「鶏肉か」

「ああ、こっちの微塵切りの玉ねぎのソースが掛かっているのは『鶏肉ソテー、ワサビソース添え』でもって、こっちがとっておきの料理さ」


 鼻腔突くワサビのソースは食欲をそそる、その隣にあるのは懐かしい香り、これはトマトだ。


「これはマレンゴですね」

「なんだ、知っているのか?」

「小さい頃、嫌になる程、祖父に食べさせられましたよ」


 そう、懐かしい。

 祖父はわたしが二十歳の時に食道癌で死んでしまった。

 入院中の祖父に会いに行った時に、祖父はわたしに「マレンゴが食べたい」と言った、無論、入院患者、ましてや食道癌の患者にそんなモノは食べさせられないと医者から言われた、祖父は食べたいと言った四日後に、息を引き取った。

 今思えば、食べさせてやってもよかったのではないのか思う時がある、おそらく祖父は自分の死期が迫っているのが分かっていたのかもしれない。

 わたしは、そんなことを思いながらまずワサビソースの掛かった鶏肉のソテーから口に入れる。

 口に入れると、鶏肉の甘みに赤ワインの渋み、醤油の奥深い味にワサビのキレが加わり、爽やかな味わいが口の中に広がる、うん、美味い。

 そして、次にマレンゴを口に運ぶ、一口噛んで、わたしは驚く、これは今まで食べたどのマレンゴより美味しい、素朴な味わい、各食材がお互いの味を助け合い融和している。


「ハハ、どうだ、ここのマレンゴは、美味いだろう」

「ええ、どのマレンゴより、美味しいです」

「それはそうさ、これはあのカムイ・パテヤンが作ったレシピを八百年間一切変えずに守り続けているのだからね」

「えッ! それはどういう……」

「実は、このマレンゴはガスダントが攻め手来た時に降伏しようとした市民を説得する為に、作ったんだからな、それだけじゃない、和睦会談の席でも彼の料理が決め手となった」

「それは……」


 彼はビールを喉を鳴らしながら飲み、歓喜の声を上げるように飲み干し、そして静かに話し始めた。


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