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二話:野菜料理と王族

周辺図


挿絵(By みてみん)

二話:野菜料理と王族



 この世界に来て一年が過ぎようとしている。


「ロレ、コレ、ナンテ、野草ダ?」

「うん、これはスギナビだ」

(おれ達の世界のせりに似ているな)


 一年でカムイはこの世界とこの国について大分知ることが出来た。

 カムイが居る国の名はパティール王国、ファフマ大陸南東部に位置する国で四方を大国に囲まれている。

 ドット大河を挟んで北にガスダント帝国、その北西にはハフマン帝国と接し、東にはキエフ大公国、南西部にはラバール神国とペシィ川に沿って国境を接している。

 どこの国も絶え間ない国境紛争を繰り返していると聞いているが、大国に囲まれながらもこの国が不思議と生き残っている。

 ロレの話ではこの国には農業以外これと言った産業は無く、あるとしたらこの国唯一の港であるラバール港だけだろうと。

 カムイは目が覚めた時の事を思い出す。

 そこら中に転がっていた骸は戦の痕だろう、国境沿いにはいつもあんな風に死体が転がっているのだろうか、カムイの居た時代では考えられない事である。

 それに比べてここは平和そのものだ、今だって現に領主とその妻が一人の護衛だけを連れて外に出歩ける程平和だ。


「ほれ、喋ってないで仕事せんか」


 立派な髭が特徴であるこの老人はカムイの現在の雇い主であるジルマ・パティール公爵。

 この国の元首であるカルマ・パティール国王の実の兄である。

 普段は自室でダラダラしているか街に下りて食べ歩きしているかのどっちかで、頼りない様に見えるが、かつては大陸中にその名を轟かせた大将軍だそうだ。

 普段の生活風景を見ている限りその様には見ない。


「そうよ、あなた様も酒ばかり飲んでないでしっかりと働きませ」


 ジルマの薄くなった白髪頭を叩くこの侍女風の中年女性はジルマの奥方である、ユリリ・パティール。

 ジルマより十五も年下であるが、年相応の色気が在る女性で元はジルマの従者の娘だったらしい、その性か飾ったドレスよりも庶民的な服の方を好む、無論、表舞台や他の貴族などが訪れた時はドレスで着飾るがその変身ぶりは戦隊ヒーロー顔負けだ。

 そして背中に背負った籠に一心不乱にせり取りに励んでいるのが、ジルマの従者であるロレだ。

 元はこの国の人間ではなくガスダント帝国よりさらに北の生まれで、戦災から逃れて来た難民、避難中に家族全員を亡くし着の身着のままこの国に辿り着いたらしい。

 剣の腕も中々のモノで、現在はカムイの言葉の先生でもある。

 今日はジルマ達と共に森へ野草摘みに来ている、公爵であり王族でもあるジルマだが懐に余裕が無く節約できる所は節約するのが、この家のやり方である。

 その為、王族であるのに関わらず鍬を持って農民と共に一緒に畑を耕したり、猟師と共に鹿狩りに出かけたりもする。

 その際の謝礼として野菜や鹿肉のなどを貰ってくる。

 領民の声を聴けて一石二鳥とよく言っているが、本命は謝礼だろうとロレが愚痴をこぼしていた。

 今回も朝、突然『森に野草を摘みに行こうと思う』と言い出し、ユリリに対して『その帰りに街に寄るから、欲しい物があるなら一緒に来ないか』と誘い出し、『ロレ、お前さんは護衛役兼摘み係りだ、頼むぞ』と半強制的に引っ張って来た。

 当のカムイに対しては『何か、美味い物を作れ』と言われ『はい、分かった』と返事をして付いて来たのである。


「しかし、お前さん大分言葉を覚えたな」

「ハイ、覚えた」

「それでも、自分の事とは何一つ思い出せんのか?」

「ハイ」


 カムイは自分の事に関して一切の記憶がない、あるのはこことは違うカムイが居た世界の事と料理の知識だけだ。

 自分が何者で何故ここに居るのか、どうやって来たのかそれすらわからない。

 言葉が喋れるようになった頃から色々聞かれたが、どうしても自分の事だけが思い出せないでいた。


『思い出せないのなら無理に思い出す必要性も無かろう』とジルマは言った。


 今はそれに甘んじているが、いずれは思い出せなくてはならない時は来るだろう、それまでは今を生きるしかない。


「まあ、そのうちに思い出すだろうさ、カムイや、小腹が空いたから何か作ってくれ」

「はい、分カッタ」と返事をして荷馬車に積んできた道具から鍋と具材を取り出す。


 今手元に在るのは、大麦、今摘んだ野草類、ウサギの骨付き肉、塩、バロック(この世界の甘味料)だ。


(これだけだと作れるのはあれぐらいか)


 数十分後、野草を摘み終わったジルマとロレは、腰に掛けるにはちょうどいい高さの岩の上に座って休んでいた。

 その岩の周りに食欲をそそるような、優しい匂いが広がる。


「おう、出来たか」


 ジルマは汗を拭いていたタオルをロレに投げ渡し、手元に置いていた皿を持ってカムイのところまで小走りで来る。


「まるで、飯に有り付く子供だぞ、あれ」とロレはタオルを畳んで石の上に置き、ジルマと違って歩いて来る。

「さあ、今日はどんな飯を作ってくれたかのう」


 ジルマは鍋の中を覗き込み、目を丸くする。


「何じゃこれは、ただの粥か」

「ハイ、ウサギ肉の粥」

「何だ、今回は飾り気無しのありふれた料理だな」

「何じゃ、期待して損じゃな」

「まあまあ、あなた様やカムイが作る粥ですからきっと美味しいはずですわ」


 三人のさらに粥を盛る。

 互いに顔を見合わせた後、ほぼ同時に三人共粥を口の中に放り込む。


「「「うまい」」」三人の声が揃う。

「うまいぞ、これ、粥ってマズくて仕方がないと思っていたが、この粥なら何杯でも行けそうだぜ」

「何よりも甘い、嫌みのある甘さではない、大麦の味を殺さない絶妙な甘さだ、この甘みはバロックでは出せんぞ」

「そうね、果実の甘みと言うよりは自然の甘みと言うか、それでいてしっかりとした味が在るわ」

「カムイ、この甘みはどうやって出した?」

「ウサギの骨」

「骨だと?」

「ウサギの骨、砕ク、ソレ、茹デル、灰汁出る、スクッテ捨テル、繰り返す、出来た汁に、麦入れる、バロック、少し入れる、塩で、味、調エル」

「ウサギの骨を砕いて茹でるだと、そんな調理法聞いたことないぞ」


 当たり前だとカムイは思った、茹でると表現したがこの世界では、骨は食べられないものとして捨てることが多い、彼らにとっては食べられない物は不要の物と考えるのだ。

 この世界では空腹を紛らわすのを第一にしている為、凝った料理をするよりは簡単で素早くできる物を作ると言う考えが先行する。

 それ故に料理の基礎である『焼く』『茹でる』『炒める』『蒸す』『煮る』『揚げる』を知る者は殆どいない。

 この世界では、料理は発展途中なのだ。

 実際、塩だけでは料理のレパートリーが増えずに困っている、どこかで新しい調味料を手に入れたい、今特に欲しいのはコショウと醤油だ。


(この二つのうちどちらかでも入れば幅は広がるが、たぶん無理だろう)


 この世界はコショウの代わりになるのは主に香草類だ、特にベットラと呼ばれるこの世界独自の香草はコショウとよく似た風味だが、葉物である為、使い勝手が悪いし、長期保存も出来ない、しかも、冬にしか育たない季節物だ。


(もっと調味料が欲しい)

「カムイ! お代わりだ!」


 ジルマが頬に麦粒を付けて言う、この人達には借りがあるこれで返せるのならもっと美味い物を作りたい、そう思うのは料理人としてのさがなのだろうか。



 夕方、城に帰ると城門の前に来訪者が来ていた。

 着飾った服装とそれに合わない赤いシルクハットの帽子を被った蛇みたいな顔をした男とその従者三人だ。


「お待ちしておりました、ジルマ殿下」


 帽子を取って男とその従者が頭を下げる。


「何用だ、ビルヘイム・グランド子爵」


 ビルヘイムと呼ばれた男は顔を上げ細い目でジルマを見る。


「わたくしめがここに来ると言うことは一つしかございませんよ、殿下」

「カルマの使いか」

「左様で」


 カルマは現国王でジルマの実の弟である。

 先代の国王が崩御された際、王位の即位を拒否してこのハマールの領主になったジルマ、その代わりとして弟であるカルマが、国王として即位した。


「ここではなんだ、客間で話そう、ロレ、案内してやれ、カムイ、客人に何か軽食を頼む」


 飾り気無い部屋、中央に円形のテーブルと椅子が置かれている質素な客間である。

 ロレは暖炉に火を入れる、暖炉からの零れ火は部屋内を赤く照らし客間の照明用の蝋燭に火を灯し暗かった部屋は明るくなる、ジルマはロレの引いた椅子に腰を掛けるとゆっくりとに口を開いた。


「それで、用件は何だ?」


 ビルヘイムも椅子に腰を掛ける、彼の従者とロレは互いの主の後ろに立って控える。


「殿下、今の外交情勢をどう判断しておいてですか」

「唐突だな」

「唐突なのが外交ですよ、殿下」

「フムン、で、わしから何を聴きたいのだ?」

「現在のガスダント帝国とハフマン帝国の動向です」


 ガスダント帝国とハフマン帝国は北の大国と北西の強国呼ばれている国であり、この二大国は常日頃から国境沿いで衝突を繰り返していた。

 去る一年前、この二つの国家が国境未確定の地域の帰属を巡って、十年ぶりの大戦が勃発し、結果はガスダント帝国の勝利で終わりハフマン帝国は万を超える兵士と、領土を削られる事となったのだ。


「現在、我が国はこの両国から同盟の打診がありまして」

「ほう、両方から?」

「はい、まあ、どれも脅しみたいな打診内容なのですが」

「と、言うと」

「ガスダント帝国側からは、同盟締結と共に全軍を持って敵国の帝都へ進軍して欲しいと、もし拒否するならハフマン帝国に向かわせる兵力をこちらに向けると、ハフマン帝国からもほぼ同じ内容が」

「どこも躍起やっきだな」

「我が国としては、この同盟に国益が適うか適わないかを見極める必要性があります、選択の過ちは、この国の滅亡に繋がりますからね」

「それで、両国の動向を知りたいと?」

「はい」

「フムン、まあ、探りを入れるのは容易いが、最終的な判断は誰が下す?」

「無論、国王陛下ですが」

「フムン」


 髭を弄りながら考え込む、この仕草をしている時はロクでもないことを考えている時だと、後ろで聞いていたロレは思わず溜息を付く、それてほぼ同時にドアを叩く音が響く、入って来たのはカムイだった。


「食事、モッテキタ」

「おお、待っておったぞ!さあ、こっちに持って来い」


 カムイが持ってきた皿をテーブルに出す、出て来たのは丸いライ麦パンに色々な具材挟んだシンプルな物だ。


「サンドイッチです」

「ほう、このライ麦パンは薄切りにしないのか」

「はい」

「しかし、これでは固くて噛み切れまい」


 ビルヘイムはサンドイッチを両手掴み齧り付く。


「!」


 ビルヘイムは噛みごたえに目を丸くする。


「これは、外側はカリッと香ばしく、中は羽毛の絨毯の様に柔らかくてモチッとしている」

「フムン、具材もシンプルだがこのパンの食感に見事にマッチしている」

「シェフ、これは本当にライ麦のパンか?」

「ハイ、デモ、少し違う、ライ麦と小麦粉を混ゼテ、茹で、焼くパン、『ライ麦入りベーグルパン』です」

「茹でてから焼くだと?」ビルヘイムが驚くような声を上げる。


 カムイは笑顔で答える。


「ハイ、ソレデ、外はカリ、中はモチの、パン出来る、固い、ライ麦パンより、柔ラカイ、パン、合う、具材を、選んだ、トマト、チーズ、レイス(この世界のレタス)」

「ほう、その様な方法であの硬いパンが……」


 感心したような眼でビルヘイムはパンをマジマジと見る。

 カムイは試作的に作ったパンが好評なので安堵した。

 この世界の住民でパンと言えばライ麦で作られた黒パンと呼ばれるライ麦パンが主流だ。

 確かにライ麦パンは食べづらいが、栄養価は高い食品、脚気の予防には良いはずだ。

 この世界の食事は偏食過ぎる、朝は簡単な野菜スープに夜は干し肉と来ている。

 ライ麦パンは食いづらいと言う理由で食べない人までいる。

 この世界では小麦粉は専売品となっている為。市民の口に入ることは無い、その所為か死因の一番が脚気と訊いて最初は驚いた程だ。


(脚気の予防の為にも、簡単で手間の掛からない安い料理は無いか)とカムイは考えていた。


 今回、ジルマに軽食を作れと言われ思い切ってこのベーグルライ麦パンを作ってみたが、食べやすいのなら、城下のパン職人に教えて見るのも悪くないとカムイは思った。

 ビルヘイムが最後の一口を食べ終え、ナプキンで口の周りを拭いて咳払いしてから話を再開する。


「この大任、是非とも受けてくだいただけますね、これは国王陛下の命であります」

「逆らうつもりは毛頭ない、しかし、そうだな」


 髭を弄りながら暫く考え、何か閃いた様な顔をして言う。


「そうだ、久しぶりに奴と酒を酌み交わしたい、カルマにここに来るように伝えろ」

「はあ?」


 ビルヘイムは何を言われたのか解らないと言わんばかりの顔をする。


「聞こえなかったのか、情報が欲しければここに来いと言っておる」

「いえ、陛下に足を運ぶ必要性はありません、連絡役であるわたしが――」

「情報を知りたいのなら、自ら来い、でなければ教えん」


 ビルヘイムは引き攣ったような顔をする。


「では、殿下が直接王宮に――」

「わしは忙しいのでのう、ここから離れたくないのじゃよ」


 嘘だと、聞いていたロレは思った。


(どうせ、王都までの行くのが面倒だからだろ)と声には出さなかったが心の中で言ってやった。


「まあ、取りあえずそうカルマに伝えろ、たぶん、あ奴は来るぞい」


 まるで意地悪爺さんだと、ロレはボソッと呟いた。


「たぶん奴ならこう言うと思うぞ、『意地悪爺さんだ』とな」


 ジルマはこちらを見て言う。

 聞こえていたか、ロレは目線を逸らして心の中で呟く(この地獄耳)と。

 この二人の眼のやり取りを見てカムイは静かに笑った。



「まったく、いくら実の兄だろうと、王様を呼びつけるなってどういう神経しているのだ、旦那様は!」


 ロレは三杯目のエール(炭酸が抜けてようなビール)を飲み干し、干し肉を噛み千切りながら言う。


「お前もそう思うだろう、カムイ!」

「ウン、オレ、ワカラナイ」

「そう言うと思ったよ」とうな垂れる。


 城下町の工房区の酒場でカムイはロレの愚痴に付き合っていた。

 ハマール領の城下町では一番人気の酒場らしいが、出る料理はどれも味が濃い。

 干し肉に至っては塩辛くとても食えたものではない。


(血圧が跳ね上がりそうだ)


 カムイはいつも干し肉を水に浸けて塩気を落してから食べている。


「カムイ、なに、みみっちい食い方しているんだよ、齧り付け」と背中に叩かれながら言う。

「味、濃い、おれ、馴レテナイ」

「そうか、お前さんもか、おれも来た当初は辛くて食えなかったさ」

「ロレ……」

「特に肉と女! どうしてこの国の女は騒がしいし大雑把だしその癖、見栄っ張りだしよ、なあ、カムイそう思うだろう」


 この人、酔うと絡み酒に成るから困るとエールを啜りながら思った。


「何だい、大の男が雁首がんくび揃えてて領主様の悪口かい、知られた首飛びよ!」


 エールの大ジョッキを持ってやって来たのはこの酒場の給仕、レミーだ。


「何だよ、レイミー! 男の秘密会議に首を突っ込むなよ!」


 ロレはレミーの事をレイミーと呼ぶ、間違えて呼んで以降、そうしているそうだが、呼ばれている方は気にしていないようだし、呼んでいる方も気にして無いようだ。


「何が男よ、コソコソ話しか出来ない連中が秘密会議とか言ってカッコ付けているんじゃないよ!」

「何よ! お前こそいい加減、女を磨いたらどうだ、嫁の貰い手が居なくなるぞ!」

「フン、うちの看板娘に盛大に告って盛大に振られた男がよく言うよ!」


 そう言えばロレの告白した酒場の娘ってここの子だっけとカムイはエールを静かに啜った、その間にも口喧嘩は続いていた。


 どうやら酒場内は二人の口喧嘩が最高の賄いになっているようだ。


「あ、あれはその、何だ、お、おれよりも相手の方があの子に合っていたから、お、大人の対応として身を引いたんだよ」


 ロレが胸を張って答えると、酒場中からブーイングが起きる。


「どうだい、客はこっちの味方だよ!」


 そう言うと今度はレミーにブーイングが起きる。


「何が、味方だよ、誰も味方いないじゃねか!」


 どこからともなく「お前も同じだろうよ!」と言うヤジが飛んでくる。

 酒場内は笑い声に包まれる。


「おれにはカムイが居るさ、なあ、カムイ!」

「ふぇ?」


 カムイは急に振られて気の無い返事をする。


「何を食っているんだ」


 カムイはビルヘイムに出された奴と同じ奴をつまんでいた。


「それ、あのヘビ子爵が食ってた奴だよな」

「ウン、ココノ、店長、レシピ、教エタ、作ッテモラッタ」

「あれれ、カムイさんはアンタはアタイの見方じゃないのかい?」

「うっせぇ! カムイ、おれにも食わせろ!」


 ロレは皿に残っていたベーグルを掴み口に入れる。


「うん? 子爵が食っていた奴は柔らかそうに思えたか……」

「コレ、ライ麦、百パー、サッキの、小麦粉、混ゼタカラ、コレハヤッパ、マダ硬イ」

「そうさね、小麦粉やバターは専売品。わたし達下々の物の口に入るわけないさね」


 レミーは厭味ったらしく言う。


「アンタら屋敷で働いていたら白パンは食べられるだろうけど、わたし達は黒パンでも高級品だよ」

「おれらだって白パンなんて一ヵ月何回しか食えねぇよ!」

「何回も食えれば贅沢だよ!」

「何!」

「もっと、食いやすいライ麦料理」と日本語でぼそりと呟く。


 カムイはスウッと立ち上がり、喧嘩している二人の間に割って通り、厨房に向かう。


「店長、厨房、カセ……カシテ」


 店長は気前よく貸してくれた、先ほど作ったベーグルの生地の残りを丸く伸ばす、伸ばした生地に、トマトの塩炒めと香草、チーズを乗せて窯で焼き上げる。

 トマトと香草の香りが厨房中に広がりチーズの焦げる匂いがエールを啜っていた客達の鼻腔と胃袋を擽る。

 窯から出すとチーズが良い具合に焼き色が付いている。

 二人は未だに喧嘩している、その間のテーブルに喧嘩を遮る様に先ほど焼き上げた料理が乗った皿を置く。


「ライ麦生地のピッツァです」

「ピ?」

「ピッツァ。生地、薄く伸ばす、トマト、香草、チーズ。乗セテ焼イタ」


 皿からはトマトとチーズの香りに香草の爽やかな香りが酒場全体に広がり渡る。

 周りに居る工房区の職人達がその皿に釘付けになる。


「ドウゾ、フタリ、タベル」


 ロレとレミーは一切れ取り、口に運ぶ。


「「!?」」


 二人は目を見開き驚いたような顔をする。


「何だこれ、パリッとした生地にトマトの酸味とチーズの甘みがマッチしてる、何だこれ、うめぇー!」

「本当、あの硬い黒パンがカリッとなると逆に香ばしくなるのね」


 どうやら好評らしい、二人は最早喧嘩をする事すら辞めてピザに齧り付いていた。

 ふと、周りを見ると酒場に来ていた客、全員がこちらを見ていた。


「店長、おれ、代わり、作る、いいか?」


 店長は何も言わずに親指を立てる。


「みんな、今から、作る、待ってろ!」


 店中に歓喜の声が響いた。



 四ヶ月後、正式に国王陛下がこのハマール領に来訪することが決定した。

 表向きは領内巡礼と言う名目で来るらしいと、ロレは言っていた。

 来訪が決まって以降、城下町は歓迎の為の準備で騒々しかったし、この機に一気に儲けようと色々な旅商人達が訪れ、街の商人達と揉め事も日常茶飯事となっていた。

 カムイはそんな中、歓迎の為の宴席の準備を黙々と進めていた。

 ジルマから言われたのは「今まで通りの仕事をすればいい、メニューは任せる」と言われたが、相手は一国の元首だ、手の込んだ料理を出すべきだとメニューを考えていた。


「この世界の料理は未発達、だとしたら日本料理でも中華料理でも作れば斬新に見えるが」


 ふと、相手の事を考えるとそれでいいのかと思うことがある。

 それに、王都からここまでの道中に他の領地にも寄るらしい、なら、そこでも豪華絢爛の料理が出ているハズだ。


「よし、シンプルで食べやすい奴にしよう」


 カムイはそう言うとその日の夕食の仕込みに入った。


 夏も終わり、紅葉が色鮮やかに森一面に広がり始めた季節に来賓は、数百のお供を連れてやって来た。

 国王、カルマ・パティール。

 ハマール領領主、ジルマ・パティール公爵の実の弟である。

 ジルマと違い、口髭は生やさず威厳に満ちた様な顔つき、大柄な体格で国王と言うよりは百戦錬磨の将軍と言った方が似合いそうだ。

 ジルマが膝を付き挨拶をする、ロレと共に並んでいたカムイも同じように頭を下げる。

 ジルマがいつもの軽はずみな口調ではなく凛々しい声で言う。


「我が領地に御出で頂き感謝の極みでございます、カルマ国王陛下!」


 凛々しい声で言うジルマを見てロレとカムイは人ってここまで変われるのかと思った。


「兄上、頭を御上げください、あなたらしくない、いつもの様に振舞ってくれなければこちらも調子が狂ってしまう」

「そうか、じゃあ、いつもの様にさせてもらうぞ! よく来たな! カルマ!」


 まるで友人に軽く挨拶するかのように言う、今度は呆気に取られる二人だった。


「殿下! いくら兄君とは言え、それは口が過ぎるのではないか!」と横に控えていたビルヘイムが怒りを露わにして言う。

「よいのだ、ビルヘイム、こうではなくては兄上ではない」

「し、しかし……」

「そうじゃ、こ奴がイイと言うんだ、イイに決まっているだろう」

「殿下!」

「控えろ、ビルヘイム」

「も、申し訳ございません、陛下」

「兄上、今日は兄上に会わせたい者がいる」

「うん?」

「シルフィ、おいで」


 カルマの後ろから現れたのは小さな女の子だった。

 父親と同じく銀色の髪は腰まで伸び碧眼の瞳は辺りをキョロキョロと忙しなく動いている。


「シルフィーナ・パティールです」


 ぼそりと言って再びカルマの背中に隠れてしまった。


「ほう、この子があの時の赤子が、いや、大きくなったものだ」


 ジルマが頭を撫でようとして手を伸ばすが躱されてしまう。


「これ、シルフィ、兄上に失礼だろうか!」


 カルマに怒られ更に縮こまる、顔を真っ赤にして今にでも泣き出しそうだ。


「申し訳ない、兄上、過保護に育て過ぎた性で人前に出るのが恥ずかしいのだろう、良い機会だと思って外に連れ出してみたが、余計に縮みこまってしまった」

「フムン、まあ、人見知りが激し過ぎるのは王族として少し問題だな」

「そうとも限りませんよ、ジルマ様」


 そう言って奥から現れた大柄な中年の騎士だった。


「おう、お前さんも来ていたのかガンダルフ、元気でやっておるか」


 ガンダルフと呼ばれた騎士は頭を下げる。


「はい、将軍の元で戦場を駆けまわっていたのが懐かしゅうございます、未だに《剣聖》と呼ばれた将軍には遠く呼びませんがそれなりの武功を立てております」

「何が遠く及ばずだ、諸外国から《神速の槍使い》と呼ばれておるそうじゃないか」

「恥ずかしい通り名を付けられたものでございますな、それより、シルフィ殿下はそれ程人見知りをする方ではございません、見たことのない土地を色々回って疲れているのでしょう」

「そうだと良いがな」

「ガンダルフ子爵殿、長話をその辺にして置きましょう、我等はジルマ殿下の話を聞きに来たのですから」

「そうだったな、兄上、今後の事もある、ゆっくり話そう」

「まあ、ぼちぼち」

「それに今日は兄上の為に宮廷から料理人を連れて来たのだ、久しぶりに宮廷料理と行こうではないか!」


 カルマの後ろに控えていた料理人衆がジルマに向かって敬礼する。

 ジルマの眉が微かに動く、その後視線だけがカムイの方に向く、ジルマは目でこう言っているように見えた『すまん』と、カムイは無言で頷く。


「カムイ、済まんが厨房まで案内してあげなさい」

「はい、わかった」

「では、夕食まで殿下の話を伺いましょう」

「では、わたしがご案内致します」


 ロレは貴族達を引き連れて行く、残されたのは料理人衆とカムイだけだった。


「おい、そこの大男!」


 先頭に腹回りが肥えた小太りな男が機嫌悪そうな声で言う。


「厨房はどこだ!わたしは宮廷料理長のバルンザだ、さっさと案内せんか!」

「ハイ、アンナイ、スル」


 カムイは料理人衆を引き連れて厨房に向かう、と、廊下で外を眺めているシルフィが目に留まる、どこか寂しげな顔はとても印象に残った。


 厨房に案内すると「フン、片田舎の領主の厨房にしては綺麗に使っているな」とバルンザが言った。

 カムイは「ありがとうございます」と素直に返事をする。


 バルンザは一通り見た後自らの調理道具と食材を並べる、食材は全て肉だ、牛、豚、鶏肉、にウサギ肉まで、様々な肉が並ぶ。


(野菜が無いな)と見ていて思った。


 ジルマの話ではこの世界の宮廷料理とはコース料理ではなく大皿に大量の料理を盛り付けそこから摘んで食うのが主流だと言っていた。味付けも質素だと聞いている、しかし、まさか、野菜を殆ど使わないとは思わなかった。


「野菜、ツカワナイノカ?」

「野菜は使わん、陛下は野菜が嫌いだからな」


 だからと言って使わないのは度が過ぎているのではないかと思った。

 十人の料理人達は一斉に料理を始める、一糸乱れる動きは洗礼された料理人の動きだ。


「おい、お前、手伝う気が無いのなら出て行ってくれないか、邪魔なんだよ!」


 肉を煮ていた男に言われ、どこうとすると盛り付けている、男に「そこ邪魔だ」と言われる。

 自分の厨房がいつの間にか違う家の厨房に取って代わっていた。

 仕方なく、カムイは厨房から出ることにした。


「どうした、追い出されたのか?」


 ドアの前で壁に寄りかかりながらロレが言う。


「ロレ、ドウシテ、ココ?」

「ああ、旦那様からお前に言付けだ、今日はお暇やるからゆっくりしろ、だってさ、まったく、旦那様解ってないよな、お前がこの一週間、宴席の為に努力して来たことか」

「お暇、ナラ、酒場行コウ、ソコデ、ヤキ酒する」

「自棄酒なあ、付き合ってやりたいが今回はパスだ、宴席にはおれも同席することになっている、まあ、久しぶりに自室で休んでいればいい」


 ロレはカムイの肩を叩きそれだけを言って去って行った。

 急に暇になると返って何をすればいいのか解らなくなるものだ、カムイは考えた末「そうだ、あれを作るか」と言い残し自室に戻っていった。



 シルフィーナ・パティールの侍女であるアマンダは、外ばかりを眺めているシルフィーナに「外にでもお出かけに成りますか」と訊くも、首を横に振るばかりでウンザリしていた。

(それもこれも、陛下がイケないのよ)とても口に出せないような言葉を心の内に叫んでいた。

 ここまでの道中、四つの領地に寄った、そこで話されたのは縁談の話である。

 大貴族との縁談は決して悪い話ではないが、王女シルフィーナはまだ、十一歳だ。

 結婚と言われてもピンとは来ないだろう、それに今まで会った貴族の子弟は如何にも貴族と言わんばかりの傲慢な人ばかりだった、さらに拍車に掛けたのは食事だ、料理はシルフィーナが嫌いな肉料理ばかりだ、今朝も庶民ではまず食べる事の出来ない白パンに肉などを挟んだサンドイッチすら「いらない」と言って食べなかった程だ。

 ふと、そこでアマンダは思い出す、サンドイッチと言うのは以前にあのヘビ男、ビルヘイムがこの城を訪れた時に食べたのを気に入り、自分の家の料理人に作らせていると、しかもビルヘイムはこうも言っていた「殿下の話では彼の者の作る料理は、芸術品なり」と。

 もしかしたらその料理人なら何かしらの野菜料理を作れるかもしれない、そう考えた時に腹の虫が鳴った、無論、自分ではない、鳴ったのはシルフィーナの腹の虫だ。

 シルフィーナの顔が真っ赤に染まった。


「王女様?」


 真っ赤な顔を背ける。

(恥じらう、王女様カワイイ!)思わずヨダレが出そうになるが何とか食い止める。

 アマンダは深呼吸する(危なかった、危なく理性吹き飛んで王女様を襲うところだった)再び深呼吸して言う。


「王女様、何かお腹の足しになる様な物をバルンザ料理長に頼んできます」

「アマンダさん、バルンザは夕食の仕込みで忙しいはずですよ、それに出されるのはお肉料理です、野菜など出て来ることは有りません」

「なら、ここの料理人に頼んで見ましょう」

「伯父様の料理人?」

「はい、聞いたところによりますとこの城の料理人は料理達者の様で、まるで芸術の様な料理をお出しすると」

「芸術のような料理ですか?」

「はい、ですのでもしかしたら王女様の望まれる野菜料理を作れるやもしれません」

「芸術…… アマンダさん」

「はい、王女様」

「その料理人に頼んでもらえますか」

「御心のままに」


 アマンダは部屋を出て城内を散策する。

 出向かの時に居たあの大男が確か料理人だったハズだ、アマンダは先に厨房を覗いたか居なくなった後だった、バルンザに訊いても「知らん、邪魔だ」と言われて追い出される。

 仕方なく、城内を歩きまわって探すが中々見つからない。

 どうしたモノかと歩きながら考えていると目の前に大きな壁が現れる、いや、壁ではなかった人だった、自分の頭三つ分は優に超す人間だ。

六イン〈百九十センチ〉位あるだろうか、とにかく大柄だ。

 黒い髪に黒い瞳の大男。


「アノ、ナニカ、ヨウ、カ?」


 我に返って冷静に見てみると、あの例の料理人だと気づく。


「え、ああ」


 アマンダは一回咳払いしてから「失礼しました、わたし、シルフィーナ・パティール王女殿下の侍女をしております、アマンダと言います」

「オレ、カムイ、ココノ、料理人」

「その、カムイ殿、お願いの事がありまして」

「オネガイ?」


 アマンダは人通りの経緯を説明した、時折首を傾げたりや、腕を組み顎に手を当てながら考える仕草をしながらも一通りの話を聞き終えて最初に出た言葉は「わかった、作る」と言う自信に満ちている言葉だった。


「では、作って貰えますね」

「ハイ、丁度、作った、調理器具、使う」


 何やら楽しげに言う、このボサボサ頭の男大丈夫だろうか、この自信ありげな顔が逆に心配になる。

「支度する」と言ってカムイは厨房の方に歩いて行った。

 アマンダは部屋に戻りカムイが料理を作ってくれると言う事を伝えると、しばらく振りにシルフィーナは笑顔を見せる。


「楽しみです」

「そうですね、王女様」


 しばらくの刻が過ぎた後、ノックの音入って来たのはカムイだ。


「オマタセシタ、料理、モッテキタ」

「料理人、片言の言葉でなれど少しは敬語を使ったらどうですか」とアマンダが厳し口調で言う。

「アマンダさん、その辺にして置きましょう、料理人、料理を」

「はい」


 出された料理を見て二人の顔は驚きの顔に変わる。


「大根とトマトのミルフィーユ仕立て、トマトカップの麦サラダ風、キャベツのポタージュ風です」

「どれも、見たことありません、それに綺麗に盛り付けられている」


 まるで宝石箱を見るかのような目で皿を見つめるシルフィーナ。


「ミルフィーユとは聞いたことがありませんが、大根とトマトを何層にも重ねてまるで積み上げられた塔の様ですわ、それに、トマトの中をくり抜いて器にする発想などする料理人は果たしていますでしょうか」とアマンダが言う。

「それに、このスープ、鮮やかな黄金色、食べるのが惜しいぐらいです」

「スープの、色、玉葱の、色」

「玉葱……」

「キャベツ、玉葱、微塵切り、ソレ、イタメル、その後、ダシジルヲイレル、ニル、冷まして、ミキサーに、掛ける」

「ミキサー?」


 シルフィーナはアマンダに知っていますかと言うような顔で訊いて来るが、無論、アマンダも知らない。


「これです」


 取り出したのは、陶器の器に蓋の様な物にハンドルが付いている、カムイはその蓋を外しひっくり返すと、蓋の底には三枚の刃が付いていた。


「食材、イレル、ハンドル、回す、中の刃、回転スル、食材、粉々」


 実演する、トマトと香草、水、レモンを搾り汁にハチミツを入れる。

二人とも興味津々で中身を見る。

 ハンドルを回すと刃が回転して食材が攪拌される。

 最後に蓋を外しガラスのコップにトロッとした中身を移す。


「最後、トマトと香草のスムージー…… ジュースです」


 赤い色のジュースを見てアマンダは野菜だけでここまで作れるとは正直思って無かった為、呆気に取られていた。

 ふと、シルフィーナがこちらを見ていることに気付く。


「僭越ながら、毒見をさせて頂きます」


 まずは、ミルフィーユ。

 ナイフは入れるが思ったほど固くは無くスラリと入り込んで行く、綺麗に何層に重なったミルフィーユは食べるのが惜しいと思うが、これも仕事、口に運ぶ。

 入れたと瞬間に、味が染み出て来る。


「美味しい、大根は奥深い味、それにトマトはレモン汁の酸味とハチミツの味が合わさって今まで食べた事の無いまったく新しい味だわ」

「大根、ダシ、ニコンダ、ダカラ、ダシノアジガスル」


 大根は鶏ガラスープで煮込んで作ってある、煮込む事により出汁の旨味を大根に染みこませるだけではなく、大根を軟らかくする。トマトその物をレモンの搾り汁とハチミツに漬け塩で味を調えれば出来上がりだ。


「トマトその物を器にすると言う発想は斬新だけど味はしっかりしているわ、あと、このスープ、キャベツの甘みがしっかりと味わえて、まるで、お菓子を食べているかのよう、このジュースもトマトの酸味とレモンも酸味、それにハチミツの味が何とも言えません」

「美味しいですが、アマンダさん」

「ハイ、王女様」

「でも、全て食べないでくださいね、わたくしも食べたいので」


 気付くと半分まで食べてしまっていた。


「す、済みません、王女様!」

「いえ、大丈夫ですよ、では、わたくしも」


 ミルフィーユにナイフを入れ上品に切り、静かに小さな口にミルフィーユが運ばれて行く。

 口に含んだ途端に満面な笑み、それはまるで、殺風景な庭に色鮮やかな花が咲き乱れん程の美しい笑顔だ。


「美味しい……」

(王女様の笑顔頂きました!)


 アマンダは心の内で叫びガッツポーズを取る。


「とても素晴らしい料理です、カムイさん、この料理は誰から教わったのですか?」


 シルフィーナの質問にカムイの顔が難しい顔になる。


「ワカラナイ……」

「解らない?」

「オレ、記憶、無い、オボエテイル、料理だけ、ソレダケ」

「本当に何も覚えていないのですか?」とアマンダが訊くが首を横に振るだけだ。

「アマンダさん、彼には何かしらの事情があるのでしょう、片言のであるのも、おそらく記憶がないからでしょう、ごめんなさい、嫌な思いをさせてしまって」

「嫌な思い、してない、むしろ、感謝」

「え、感謝?」

「セッカク、ジュンビシタ、料理、無駄に、ナラナカッタ、ダカラ、感謝」


 シルフィーナとアマンダは呆れたような顔をする。


(この男、根っ子からの料理バカだ)


 アマンダは溜息を付き、シルフィーナはクスクスと笑い出す。


「ソレニ、ソノリョウリニハ、スベテ、旅ツカレヲトル、料理、ダカラジュンビシタ」

「ありがとう、カムイさん、父の為に気遣ってくれて……」

「イエ、どうか、御ゆるりと、過ゴシテクダサイ」


 カムイは部屋を後にした。


「変わった方でしたね」とシルフィーナは言う。

「はい、しかし、あの風体…… この大陸では余り見かけないですね、南の大陸の出かしら」

「南の大陸ですか、だとしたらこの料理は南の大陸の料理かも知れませんね、それにしてもおいしいです」


 とにかく、アマンダは沈みかけていたシルフィーナの笑顔が戻って来て興奮、ではなく嬉しく感じていた。



 ロレは目の前に出された料理の山を見ているだけで胸焼けを起こしそうだった。

 運ばれてくる料理はどれも、脂ぎった料理ばかりだ。

 宮廷料理長、バルンザは運ばれて来た料理を切り分けている。


「手前から、鴨肉のオリーブオイル煮、厚切り肉の香草炒め、雉肉の香草詰めの丸焼きでございます」

「相変わらず豪勢な料理ですね、陛下」ご機嫌取のビルヘイムが言う。

「脂ぎっているな、これは」とジルマが言う。

「確かにここ最近肉料理ばかり続いているな」とガンダルフ。

「まあ、兄上、久々の宮廷の味だ、どんと味わってくれ」


 バルンザが盛り付けた皿は殺風景な盛り付け方だった。


(ここ最近旦那様の料理はカムイが作る健康食だったからな、泣いて喜ぶかと思うけど)


 ジルマの顔色は優れない、と言うよりは呆れたような顔をしている。

 それはふと、カルマの横に居る、王女シルフィーナの顔も同じだ。

 ましてや彼女は先ほどから一口も付けていない。


「ところで、お前さん、いつもこんなモノを食っているのか?」

「ええ、まあ」

「バランスが悪いぞ、家の料理人に言わせれば肉ばかり食べるのは体に良くないそうだ」

「何か言いたいのですが、兄上」

「お前さんの偏食は子供の頃からだったな、未だに野菜は食べないのか?」

「野菜など食べなくても、人は生きて活けますよ、むしろ、肉の方が、腹持ちはいいですよ」


 ビルヘイムが言うとカルマは賛同するかのように頷く。


「野菜などの肉の旨味の前では飾りでしかない、野菜は肉を引き立てる脇役ですよ」


 カルマは肉を一口頬張る。


「今宵は兄上の為の宴で、主賓が嫌な顔をされると、主催者であるわたしの顔が立ちません、さあ、召し上がって下さい」


 ジルマは厚く切った肉を頬張ると、しばらく咀嚼してから飲み込んだ。


「キツイな……」


 ジルマは率直な感想を言う。


「ハハ、兄上も歳を取りましたな、これぐらいでキツイとは」

「どんな人間だろうと歳には勝てんよ」

「そう、どんな人間も時間には勝てない、国もしかり」

「……同盟の話だな」


 急に食卓の場が重くなる、国王カルマの笑顔は消え鋭い顔になる。


「両国の同盟の話は我が国に有益に成るか否か、兄上、《剣聖》と呼ばれたあなたならどう判断するか、お聞かせ願いたい」

「……探りは入れている、でもな、カルマよ、兄として言おう、お前さんの答えは間違っているぞ」


 この食卓を囲む誰もが何を言っているのか解らなかった。

 その中で理解しているのは唯二人のみ、ジルマとカルマ、兄と弟だけだ。


「何を言って……」

「ガスダントから密書が来ているだろう」


 カルマの顔が引き攣る。


「密書の内容は大体予想は付く、ハフマン帝国再侵攻への助成、その見返りにハフマン帝国南部一帯の割譲だな」

 ビルヘイム、それに同席していたロレにガンダルフが驚きの顔を隠せないで居た。


「ガスダントからは、助成として兵糧、矢銭(軍資金の事)を差し出せとのこと、援軍は不要とのことだそうで、これは一滴の血を流さずにハフマン南部一帯を手に入れられる好機だ」

「その代わりに人質としてガスダント帝国第三皇子の元にシルフィーナを嫁がせると?」


 皆がシルフィーナを見る、彼女は無言でドレスの裾を掴んでいた。


「嫁いでも、生まれた私生児は全て我が国引き渡され王位血統は保たれる、それだけではない、ガスダント帝国との間に血縁関係が生まれればこの国にとって心強い、我が国は大国と強国に挟まれ切り取られようとされているパイだ、いつ、我が領土が切り取られ国が亡くなるかもしれない恐怖に怯えるよりは、大国の傘の下で生き残る道を選ぶべきではないのか」

「それはこの国が、ガスダント帝国の属国になり果てると言う事だぞ」とジルマが言う。

「王として、この国の未来を考えれば――」

「貴様は売国奴に成りたいのか?」


 カルマとビルヘイムの眼に怒りが灯る。


「殿下、いくら国王陛下の兄上とは言え口が過ぎますぞ!」

「売国奴に売国奴と言って何が悪い」


 ロレは剣の柄に手を添える、いつでも動けるように、ロレにとってジルマは主であり護るべき主君である、その時は国王だって切る事は厭わない。


(おれには旦那様に拾われた恩が在る、あなたが斬られる事が在るならおれは迷わず斬りますよ、旦那様)


 食卓は既に料理を楽しむ場から、険悪な修羅場の一歩手前まで来ている。

 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはガンダルフだった。


「国王陛下、一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「何だ、ガンダルフ子爵」

「ハッ、これまでの道中に寄った領主と会談で度々姫君の縁談の話をしておりました、ですが、今の話を聞く限り既に御心は決心してなさった様な口ぶり、今までの縁談の話は一体何だったのですか」

「……」カルマは黙り込んだ。


 それを見透かしたかのようにジルマは言う。


「本当はわしに決めてもらいたいのではないのか、カルマ」

「!」

「昔からそうだ、お前さんはここ一番の時にいつもわしに決めさせようとする、それで本当に王が務まるのか」

「殿下!」


 ビルヘイムが怒りを露わにして立ち上がるが、カルマが手で制止する。


「まて、兄上、兄上はこれ程の好条件を飲まない理由を聞かせてくれまいか?」

「まず一つ、周辺諸国への影響」


 ジルマは威圧的な笑みを浮かべる。


「ガスダント帝国との同盟で周辺諸国はどう動くと思う、カルマよ」

「現在戦中のハフマン帝国は動けなくなる、東にガスダント、南に我が国、そして西のラバール神国、この三国を敵に回してハフマン帝国は戦をできる戦力を持っていない、もし、ハフマン帝国がこの三国を敵に回して戦をするとなると、東端のキエフ大公国との同盟を模索するはずだ、だが、キエフ大公国はガスダント帝国と事を構える気はないハズ、昨年大公が崩御され、公宮内は混迷を極めている、内政不安を抱えたまま戦争に突っ切らない、故にハフマン帝国にガスダント帝国が侵攻しても我々は傍観者として生きて活ける、しかも、もし上手く行けば、南部まで手に入る可能性が――」

「五十点」とジルマは静かに言う。

「それは…… どういう意味ですか、兄上」

「お前さん、諸外国の情報収集を外務卿であるビクトリアスに任せっきりだろう」


 外務卿、ビクトリアス・ハンズ男爵。

 先代の外務卿、ローレリアス・ハンズの息子である、父親であるローレリアスに引けを取らない外交官、中央から外れているこのハマール領で暮らしているロレですらその名を耳にするほどだ。


「先代の外務卿であるローレリアスは優秀だった、父上の意向に沿った外交政策を出来るよき方だったよ、彼の者お蔭で我が国が五十年間中立を維持できた」

「この世に居ない者を嘆いても仕方ありません」

「だが、親が優秀なら子も優秀とは限らん、むしろ大きすぎる存在はその眼を曇らせ、私欲に走らせるものだ」

「何を言っているのですが?」

「ビクトリアスが外交情報を全て上げていると思っているのか」


 そこで、カルマはハッとした顔をする、そして徐に口を開く。


「ビクトリアスがどこかの国に内通していると?」

「……キエフだ」


 外交に疎いシルフィーナを除く全員が意外な国の名前が出た事に驚く。


「ジルマ様、何故ビクトリアス卿がキエフと内通を、こう言っては何ですがキエフには今、内情安定と言う目先の問題があります、ビクトリアス卿もそれは百も承知です、ラバールとならまだしも……」とガンダルフが言う。

「……内情不安、それが果たして本当か」

「どういう意味ですかな」とカルマ。

「わしが潜らしている間者から報告が先日届いてな、こいつはキエフの内部まで潜っている奴で信頼できる情報筋だ、そいつの報告だとキエフはラバール神国との同盟を密かに締結したとな」

「ラバール神国?」とカルマとビルヘイムは頭を捻るが、ガンダルフがその意味を理解した。

「ラバール港への侵攻…… ですね」

「そうじゃあ、ラバール港は、元はラバール神国の旧王都。百八十年前の戦で我が国がラバールから奪い取った地だ」


 ロレはジルマから聞いた事を思い出した。

 百八十年前、パティール王国は未曽有の危機に在った。

 この当時、大陸最大の版図を誇っていたラバール神国は聖戦を唱え近隣諸国や自治領に対して次々と侵攻していた。

 当時同盟国であったパティール王国に対しても矢銭と兵糧の援助と言う名の強制徴収を行っていた。

 当時のパティール王国は今ほどの領土もなく、風が吹けば消し飛ぶほどの小さな小国だった。

 国内はラバール神国の度重なる横暴や狼藉に国民は苦しんでいた。

 それを見かねた当時の国王は臣下を集めてこう訊いたそうだ。


『親愛なる臣下達よ、そなた等の領地の民はどうだ、王宮の外は飢えに苦しむ民で溢れている、そなた等の領地も同じ現状か』と。


 殆どの臣下は『その様なことはございません、陛下、大陸はラバールの獅子の旗で埋め尽くされるでしょう、争いの無い世界に成り、民は飢えから解放されます、その時の栄華は同盟国の我が国にも降り注ぐでしょう』と口節に言った。


 だが、一人の臣下はこう言ったのである。


『陛下、今の我が国は毛を刈り取られる羊と変わりないでしょう、このまま金や食料を刈り取られ続け、そして取れなくなれば獅子の餌と化す、我が国にはその様な先の世しかありません、陛下、御決断なさるのならまだ力の有る今しかないのです!』


 他の者は己の保身の為にラバールとの同盟継続を訴える中で彼だけはそう言ったのである。

 国王はその彼の臣下に再度、問う。


『決起して勝てる見込みがあるのかと』と。


 彼の臣下はこう答えた。


『わたしに千の兵と四千の牛をお貸しください』と。


 千の兵と牛を率いてラバール神国の王都であるラバールに向かった。

 王都ラバールには守備隊千と、パティール王国に睨みを利かせる為に、二千の駐屯兵が駐留していた。

 約三倍の兵力を前にしても彼の臣下は落ち着いて兵にこう言ったのだ『恐れることは無い、我に策アリだ』と。

 彼の臣下は同盟の破棄と宣戦布告の使いを送り、そのまま王都見渡せる小高い山の上に陣を張った。

 その夜、寝静まった頃合いを見計らって彼の臣下は王都に攻撃を仕掛けた。

 まず、兵士達の掛け声と同時に一斉に火矢を城門に向かって放った、と同時に丘一面を覆うように松明が盛大に焚かれたのである。

 それを見たラバールの将軍は直ぐに兵を送り込んだ、小高い丘を包囲するためだ。

 丘を包囲すれば敵は逃げることが出来ないからである、敵将は直ちに丘に向かうが、そこに待ち構えていたのは両角に火を付けられた牛だ。

 四千近い牛が一斉に襲い掛かって来たのだ、駐屯兵は突然の火牛の計より部隊は混乱した、倍近い牛に襲われ逃げ惑うしかなかったのだ。

 それは何故か、宗教国家であるラバール、そのラバールが信仰するロ教にとって牛は神の御使いであり、牛を殺すことは死罪に当たる

 例え戦であろうと、彼の臣下はその弱点を戦術に利用したのだ。

 駐屯兵が混乱している隙に彼の臣下は精鋭の五百を率いて城内に侵入、城門を内側から閉め駐屯兵を締め出し、その後は残った守備隊を殲滅して王宮内を制圧して王都を奪ったのだ。

 王とその一族は逃したモノの、強大な敵を僅かな兵で打ち破った武勇は、ラバールと戦う諸国に大きな影響を与え、逆に王都を奪われたラバールは国内の領主達の離反もあり、大きく勢力を落す事となったのである。

 それ以降、パティール王国とラバール神国とは険悪な仲である。


「ラバールは必ず動く、キエフと手を結び、ハフマン帝国とも手を結んだらどうなる? 我が国は三国を同時に敵に回して勝てる戦力を持っているか? ビクトリアスはラバールから何らかの利益を得る算段をしているはずだ、奴が何を企んでいるかは今、内偵を進めているそれが解るまで今は、中立を貫くしかない、無駄な戦を起こす必要性は無い」

「そうしない為の同盟だ」とカルマがテーブルに拳を打ち付け吠える。

「同盟は必ずしも有利には運ばない、外交とは如何にして国益を得るかの戦い、必要ならば同盟をも反故にするのも、また、国益を得るための外交だ」

「それでは、我が国は永遠に大国の矛に怯えて生きなければならなないのですが、兄上」

「今のところはな、だが、この国も単独で生きの残れる程強くはない、必ずどこかと同盟を結ぶだろうな、だが、今ではない、目先の利益だけを見てこの国を危険に晒すな、カルマよ」


 何かを言いたげな表情をするが、それを飲み下し椅子に深く座り直したカルマは頭を抱える。


「やはり王は兄上が成るべきだったな、わたしには王は向かん」


 小さな声で呟く。


「兄上が羨ましい、好きなように生きて、好きなように過ごせる、わたしにはそれが無い」


 カルマは皿に乗った肉を見ながら言う。


「兄上、兄上は何故、わたしに王位を…… わたしには無理だ、好き嫌いが激しいこのわたしには……」

「まあ、わしは人を動かすことは出来ても人を引き付ける力が無いからな、その分、お前さんは人心掌握に長けている」

「御冗談を、わたしにはその力もない、ましてや、臣下の心の内すら見えていないのだから」


 疲れ切った顔をするカルマにジルマは葡萄酒を見ているだけだった。

 何だが物凄く暗いな、とロレが思った時に意外な人物が静かに話し始めた。


「お父様、少しは休まれてはいかがですか」


 今まで黙っていたシルフィーナが優しい口調で言った。


「休む?」


 唐突に言われて呆けるような顔をする、カルマ。

 そんな父カルマを見てシルフィーナは微笑、言う。


「お父様は誰よりも、この国の為に働いておりますし、それはお父様を見て来たわたしが良く知っております、ただ、少し頑張り過ぎたのかもしれません、ここは少し休んで、頭の中を切り替えた方が、物事が上手く進むと思いますわ」


 たった十一歳の少女とは思えない言葉を言うとロレは思った。

 変わり者の王女とは言われていたが、意外と心がしっかりしている。

 ロレとジルマはそう感じた。


「そうだわ、お父様、わたくし、ここの料理人から昼食を頂いたのですが、その料理はわたし達の旅の疲れを取る料理を準備しておりましたの、その料理人にお父様の疲れを取る、料理を作らせてみたらいかかしらん」

「疲れを取る料理か…… まあ、シルフィが言うのだから食べてみるか、因みにだが、それはどんな料理だった?」


 訊かれたシルフィーナは嬉しそうな、まるで自分の玩具を自慢する子供の様に言う。


「野菜料理ですわ、とても美味でしたわ」

「や、野菜か、うむむ」

「お父様、好き嫌いは体に悪いですよ、野菜には野菜の良い所が有るのですから」

「そうだな、シルフィーナの言う通りだ、わしの料理人の腕は確かだ、お前さんの好き嫌いを直す料理を出してやろう、ロレ、カムイを呼んで来い!」

「えッ、今からですか」

「そうだか」と平然と答える。

「いや、旦那様、カムイにお暇やったのをお忘れですか、今頃酒場ですよ」

「イイから呼んで来い、それともお前さんが作るか? 料理」といつもの意地悪爺さんの顔をして言う。

 ロレは深い溜息を吐いて「行ってきます」と言って部屋を出た。



「蒸し芋のサラダ、雉肉のキャベツロールのトマトソース添え、鶏ガラスープの卵とじ」


 カムイは奥方であるユリリの夕食を作り届けていた。

 一通りの仕事を終え酒場に繰り出そうとした矢先だった、行き成り呼び止められ「夕食を作ってね」と言われたのだ、厨房は未だに宮廷から来た料理人が占領しているので、仕方なく側使えや侍女立ちが使う、簡易的な小さな厨房で夕食を拵えた。


「オクガタサマ、宴席、デナイノデスガ?」

「わたくしは政治の話は苦手なのよ、息苦しい、むさ苦しいし、料理も美味しく食べられないわ、あの子が可哀想ね」


 あの子と言うのはおそらく昼間会った王女様であろう。

 若くても一国の王女、政にはそれなりに関わっているのか。

 食べ終わった食器を下げながらカムイはそんなことを考えていた。


「ところで、カムイ、あなたはこのままこの家で働き続けるつもり?」


 唐突に言われ、カムイは首を傾げる。


「ソレハ、イッタイ?」

「あなた程の腕前なら独り立ちも出来るんじゃなくて、それに、こんな辺境の貴族の専属よりは、もっと、大きなところに使えるとか、そうね、例えば隣の大貴族の料理人とか、後は宮廷の料理人とか?」


 カムイは少し考えた後、笑って答えた。


「オレ、旦那様、感謝、シテイル、ダカラ、オレ、ココニ居る」

「……ウフフ、あの人はどうしていやはや、こんな変な人ばかり拾って来るのかしら」

「?」

「もういいわ、お休み、カムイ」


 カムイは一礼して部屋を後にする。

 ユリリに言われたことを思う、そんな事を考えたことが無かった。

 この世界で独り立ち、いや、そもそもこの世界で自分は独り立ちが出来るのだろか、記憶がないがここは自分が居た世界ではない、もし、何らかの理由で元の世界に戻らなくてはならなかったらどうするか、いや、自分はどうしてここに居るのか、それすら解らない。

 生きる事に必死でそんな当たり前の事すら考えていなかった。


(この世界に来て、一年。おれはどこから来たんだ)


 カムイはそんな事を考えながら空を見上げていた、この世界で始めて見た二つ月を見ながら。


「居た、良かったぜ、まだ酒場に行ってなくって!」


 振り向くと息を切らしたロレが居た。


「酒場、イッショニ、イクカ?」

「行かない、仕事だ、カムイ」

「仕事?」

「ああ、とにかく旦那様がお呼びだ、来い」

「まったく、お暇をやったり、仕事させたり、大変ねカムイ」

「奥方様!」


 いつの間にか後ろに立っていたユリリが呆れた顔で言う。


「カムイ、御免なさいね、人使いが荒い人で」


 カムイはユリリに頭を下げロレと共に宴席場に向かう。


「お前、奥方様と仲いいのか?」


 唐突な質問にカムイは呆けた様な顔をする。

 宴席場に着くと「遅い!」とジルマの怒鳴り声が部屋中に響く。


「申し訳ゴザイマセン」と頭を下げる。

「旦那様、これでも急いだ方ですよ!」

「フン、まあ良い、カムイ、お前さんに仕事だ、ロレから聞いているな」

「ハイ」

「ならば、国王、カルマ・パティール陛下に最高の野菜料理を出せ」

「えッ! 野菜料理?」

「どうした、不服か?」

「イエ、作らせてイタダキマス」

「カムイさん」


 少女の声の方に目を向ける、シルフィーナが優しげな顔で言う。


「お父様に最高の料理をお願いします」


 部屋を出て厨房に向かう、ロレにはもう一つの厨房の方に行って火を入れる様に指示をする。

既に厨房内では宮廷料理衆が後片付けをしていた。


「あの……」


 カムイはバルンザに声を掛ける、ムスッとした顔がこちらに向く。


「何だ、ちゃんと片付けているぞ」

「イエ、付け合ワセ、野菜、ノコリ、欲しい」

「飾り付け用に使った奴か、あそこに腐る程有るから持って行け!」


 無造作に切り捨てられた野菜たちが居た。

 もったいないと思った、まだ使えるモノばかりだ。

 カムイはそれを集めて下の階の厨房に向かう。

 厨房に入ると、薪の匂いが立ち込めていた。


「おい、火入れたぞ」

「ありがとう」

「で、何を作るんだ、食材は?」

「今アルノハ、コレダケ」

 ニンジンの切れ端、キャベツの芯だけだ、そしてここに置かれているライ麦粉、

卵。


「って、これだけで何が作れるんだよ! 今から食材なんって買いに行けないし」

「大丈夫、コレダケ、アレバ、美味い物、作レル」

「だけど、一応国王陛下だぞ! 粗末な物を――」

「粗末ナ、ヨウニ、ミエナケレバ、イイ」


 包丁を手に取りカムイは調理を開始した。

 キャベツの芯と人参を微塵切りにする、それにライ麦粉を入れ、水、卵、それからさっき使って残った鶏ガラスープを入れる。

 一国の王様に出す料理としては失格かも知れないが、今ある食材で作れるのはこれが限界だ。

だが、どんな料理でも、どんな食材でも手間を掛ければ最高の一品に成る。

 おれは最高の一皿を作る。



 宴席場の料理は冷めてしまい、誰も手を出そうとはしなかった。

 短いようで長い様な沈黙が流れるがドアを叩く音でその沈黙は崩れた。


「入れ」


 返事と共にカムイが静かに入る、と同時に香ばしい匂いが部屋中に広がる。


「お待たせしました、お好み焼きです」

「オコノミヤキ?」

「ハイ、オレノ、コキョウ、料理、ライ麦粉、水、ウスメ、生地、卵混ぜる、ヤク」

「フムン、郷土料理か……」とジルマ。


 お好み焼きの起源は千利休が好んだと言われる粉末料理が起源だと言われている、幸い、この世界には粉末製品が多い。

 専売品となっている小麦などに比べてライ麦や大豆、トウモロコシは良く取れる、それを粉末にして食することが多いこの世界では食べ馴れていないフレンチやイタリアンにするよりは、この方が食べやすいハズだ。

 しかし、カルマの顔は浮かない、それどころか怒りを露わにしている。


「料理人、わたしはこの世で一番嫌いなモノが有る、それは犬とキャベツだ、特にキャベツの芯など硬くて食えたものではない、それに何だこの白いソースは?」


「マヨネーズ」とカルマの怒鳴り声に動じずに冷静にカムイは答えた。

「まよねーず?」

「酢、卵、オリーブ、混ゼル、完成」

「フン、変わり種のモノを用意したからと言ってそう簡単に好き嫌いが治るとは思えん」


 顔を背けるカルマに対してジルマは興味津々と言った感じだった。


「では、頂こうかな、カルマ、わしが毒見をしてやろう!」


 好きにしろと言わんばかりの顔をするカルマから一口切り取ると、口の中に放り込む。

 しばらく噛みしめる様に食べる、次第に頬がズレ落ちるかのよう笑顔に成る。


「美味い、マヨネーズとこの黒いソース味が何とも言えぬ、この黒いソースはバロックか」


 カムイは頷く。

 バロックはこの世界の甘味料だ。数種類の果実を発酵させた果糖系の甘味料。

 これとワイン、酢を混ぜて作ったソース、とんかつソースに近づけるのには大変だったがどうやら好評のようだ。


「カルマよ、とても美味いぞ、お前さんの嫌いなキャベツもコレなら食えそうだな」


 ジルマは忙しなくフォークを運びながら楽しそうに言う。

 嫌味を込めた台詞を言う。

 次に声を上げたのはシルフィーナだった。


「本当に香ばしくって美味しいですわ、とても野菜多く使った料理とは思えません」

それに続くかのようにビルヘイムも「確かに美味い、マヨネーズと黒いソースの甘みと酸味がこの野菜の味とライ麦の味を引き立たせている」


 ここまで庶民料理が王族と貴族に認められるのは思ってもいなかったので少し驚く。


「カムイさん、本当においしいです」とシルフィーナに言われ少し照れくさくなる。


 自分を除き褒め生やす状況を見て、遂にカルマもフォークを取る。

 一口分をゆっくりと、静かに、口に運ぶ。

 皆が固唾を飲んで見守る。

 そして、お好み焼きは国王の口へ。

 しばらく、咀嚼した後、ゆっくりと飲み込み、そして静かに言う。


「美味だ」と。


 カムイは安堵の息をする、正直一国の元首を迎える料理がこんな庶民料理になるとは思っても居なかったからだ。


「いつもなら、硬く、食べずらい繊維が有るキャベツの芯がこうも食べやすくなるとは、それにキャベツがこれ程の甘かったのも驚きだ」

「キャベツは見かけによらんだろう、前にカムイが言っておったが、皆、キャベツの芯は食べ辛いから捨てるが、キャベツの芯こそ最も栄養価か高いのでもったいないと、キャベツには隠された味がある、人もまたしかりだ」


 カルマはジルマを見る。


「カルマよ、お前は人を見る眼が在るがそのままを見過ぎだ、もう少し人の腹と言うモノを見ろ、まあ、わしの場合は腹を見過ぎる、人を裏でしか見れない人間に王は務まらないよ」

「兄上、わたしの考えは変わりません、我が国には強力な同盟者が必要だと言う事は」

「頑固だな、お前さんは」

「柔軟過ぎても、王は務まりません」

「で、どうするのだ? ガスダント帝国と手を結ぶのか?」

「いえ、もう少し情勢を見てから判断します、今のままではラバール神国とキエフ相手に戦をして勝てる自信が有りませんからな、それに身内の洗い出しを急がなくてはなりません、国内が不安定では対等の同盟は叶いませんから」

「フムン、ロレ、あれを」


 ロレは脇に抱えていた書簡をカルマに渡した。


「今のところ、王宮内に入り込んでいるネズミのリストだ、好きに使え」

「有り難い、手間が省けます」

「ビルヘイムよ、王の臣下をうたうのなら、情報に疎いのを直せ」

「は、はい、以降、気よ付けます」

「料理人」とカルマがカムイを見て言う「なかなかの良い腕をしている、そのまま精進せよ」


 カムイは深々と頭を下げ部屋を後にした。



 夜は冷える、夏場が終わり秋、そして冬場に向かってこの地域の一体の景色も変わって来るだろう。

 庭園の樹によりかがりながら月を見る。

 ドット大河一帯の山林はそろそろ赤く色着く、そうなればジルマは紅葉狩りに行こうとか言うだろう、そうなったらどういう料理を作ればいいのかと、ふと、そんな事を考えてしまう。

 二つの月は今でも輝いている、赤と青の月。


「綺麗ですね」と声がして振り向くとシルフィーナが寝間着姿でこちらに歩いて来る。


 控えようとするのを手で止められる。


「礼を言います、父は物事を固く考える癖があるので、今日の事で少しは柔軟になってくれればいいのですが」


 月を見ながら言う彼女はどことなく不思議感が在った、最初に在った時は親の背中に隠れる弱々しい王女と思っていたが、今はなんだか違う、まるで、大人の様な振舞をしている。


「カムイさん、記憶がないと言うのは本当ですか?」


 カムイは頷く。


「寂しくはないのですか」


 カムイは答えなかった。

 答えることが出来なかった、孤独とは感じたことは無かった記憶が無くても誰かが恋しいとは思わなかったのだ。

 たぶん、それは自分の性分だ、記憶を無くす前からの。

 カムイが応えないでいるとシルフィーナ「ごめんさない」と謝った。


「ベツニ、ワルクナイ、オレガ、ワルイ」

「いえ、無理に訊こうとしたわたしが悪いのです、あなたは昔の知り合いと良く似ていたので」

「シリアイ?」

「はい、不思議な方でした、異国風の人で、見た事の無い武器や聞いた事の無い知識などを持っていました、でも、ある日突然居なくなって」


 恋い焦がれるような眼だ、おそらく彼女はその人の事が好きだったのだろう、でも、居なくなってしまった。理由もなく居なくなるのは残された者は相当な不安だったに違いない。

 齢十一歳の少女にしては。


「カムイさん、あなたは自由に生きて見たいと思ったことは有りませんか?」


 唐突な質問に答えが詰まる、考えたことが無いからだ、自分自身不住と思ったことが無いからである。

 でも彼女は違うだろう、彼女は王族だ。どう生きるか既に人生は決められている。


「わたしは、後、二、三年したらおそらく婿を取ることになるでしょう、その者がこの国の新たな王に成る、国を安定する為なら致し方ない事です、でも、あの人が言った『人生、五十年、夢幻の如く』と言うのなら一度でも自由に生きて見たいものです」


 悲しい目はしていない、焦燥感もない、有るのは何かを思う目だ、自分の人生だろうか、それともこの国を思う事だろうか、それは彼女しかわからない事だ。


「カムイさん」


 シルフィーナは笑顔で言う。


「もし、わたしの婚姻が決まったら披露宴の料理はカムイさんが作って下さいね」と。

「ハイ」


 カムイは膝を付いて返答する。

 その時は全力を出そう、この世界で初めての大宴会の早期予約だ、どこの披露宴にも負けない料理を出そう。

 カムイは月明かりの下でそう誓った。



 カムイ、年齢不詳。

 シルフィーナ・パティール、十一歳、第一王女。


 この二人が再開するのは二年後である。


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