二十一話:ラーニャ・コカミと思い出の料理 ②
二十一話:ラーニャ・コカミと思い出の料理 ②
1
ガガバドは緊張した顔で王宮内の廊下を歩いていた。
緊張している理由は一つ、レミーを食事に誘うことである。
いつもの軍服と違い襟元を締めた礼装で身を包んで武装している。
『女性を誘う時は礼装で誘え』と上司であるハマール領衛兵隊衛兵長であるロレンスが言っていた。
(ヨシッ! 大丈夫だ、練習はした、後は自然に誘うだけだ)
ガガバドはガスダント帝国北部の大貴族であるアッサーラ家の長男、アッサーラ領の次期領主として厳格に育てられた彼は、生まれてこの方、女性と付き合ったたことがないのである。
彼の周りに居たのは年相応のベテラン女中ばかりで若い女性は妹と父親の妾ぐらい、その所為か自分より若い女性と話したことが殆どなかった。
そんな彼がハマール領で出会ったのは、天使だった。
脳天に雷が走り、心臓の鼓動は外に響くまでに高まる。
これ程までに心から愛おしく思う人とは、妹以外にはマズ居なかった。
これ程までに心を奪われる人は居なかった。
ガガバド・アッサーラは二十六にして初めての恋をしたのである。
しかし、彼の前には強大な敵が居た。
ロレだ。
ハマール領領主であるジルマ・パティール公爵の従者であり『愛しき人』の幼馴染。
そして『愛しき人』はロレに恋い焦がれているのは『誰の目から見ても明らかであり』それに気付いていないのはおそらくロレ本人ぐらいだろう。
何と罪作りな人だろう、あの天使に好かれるだけでも『奇跡』に近い、それに気付かずそれどころか悪態付き悪口を言う。
あれでは、レミー殿が可哀そうだと、内心呟く。
そしてガガバドは決めたのである、一刻も早くロレからレミー殿を引き離さなければならないと。
今日はその為に第一歩である。
彼女が居る部屋の前に立ち、深呼吸、そして発声練習。
声が裏返っていないかを確認して、いざ、参らんとドアをノックしようとした時だ。
「ねえ、厨房ってどこ?」
と、男の子の様な声が訪ねて来る。
声の方に目を向けると、一人の少女。
薄暗い廊下でも銀色の光を照らすかのように、くっきり輝いた瞳。
「えっと? 君は?」
ガガバドはこの少女をどこかで目にした覚えがある、はて、どこだろうか。
ガガバドが頭の中になる記憶の引き出しを引っ張り出そうとしていると、少女は続けざまに言う。
「厨房はどこ?」
「えっ? ああ、厨房ならこの先の奥の階段を昇って二階の中庭に出て真っすぐだけど」
「ありがとう」
彼女は踵を返して走り出す、と思いきや、いきなり立ち止まり振り向き微笑しながら言う。
「ボタン、掛け間違えているよ」
それだけ言って、彼女は走り去って行った。
何なんだった、あの子は、ガガバドはそんなことを思いながら、ふと、シャツのボタンを掛け違えていることに気付く。
危なかった、こんな恥ずかしい所を見られるところだった。
さと、そう言ってガガバドはレミーが居る部屋のドアを叩こうとするが、今度は体に緊張が走る。
騎士であるガガバドは甲冑が擦れる音を聞き条件反射で身構えた。
「確かこっちに行ったハズだ!」
「どうしたのですが?」
ガガバドが通り過ぎようとした兵士に尋ねると、息を切らしながら兵士は答える。
「侵入者ですよ、褐色肌で銀色の目をした少女! 城壁を飛び越えて侵入したんです!」
「城壁を? そんなまさか」
「とにかく、不審者を見つけたら、報告をお願いします、行くぞ!」
まったくとガガバドは溜息を付く。
ふと、容姿が先程の少女に似ていたような気がしたが、直ぐに考えを改める。
まさか、あんな小さな子が城壁を飛び越えられるものかと。
再度ドアを叩こうと、手を伸ばしたがその手が扉をたたく寸前で止まる。
どうしてこうも邪魔が入るのだと、内心呟く。
「何か用ですが? ロレ殿」
今度は宿敵だった。
「いや、レイミーの奴、帰って来たのかなと思ってさ」
「レミーさんが、どこか出かけていたのですが?」
「いや、門番の奴がカムイと出かけたって聞いたからさ」
「カムイさんと?」
胸の奥がざわつく様な感じがガガバドを襲う。
まさか、カムイさんもと思ったらロレがのほほんと、間の抜けたような声で言う。
「いや、何か食い物のでも買って来たかなって思ってさって、あり? どうした?」
ガガバドは頭を抱えるようにしてその場にうずくまる。
この人、本当に気付いてないのだろうか、レミーの気持ちに、もしそうなら、本当にレミーが可哀そうだ。
「どったの?」
「いえ、なんでも」
今のこの人に言っても、たぶん、無駄だとガガバドは思う。
「てか、何だ、お前さんその恰好?」
「あ、あなたに関係のないだろう、わたしがどんな恰好しようと!」
「ハハ~~ン」
ロレは不敵な笑みを浮かべる。
「な、何ですが!」
「お前さん、もしかして、レミーに惚れているのか?」
「なァ! 何ですが行き成り!」
「いや、その恰好でレミーの部屋の前、おおかた食事に誘うつもりだったのか?」
「だ、だとしたら何だって言うのですが! あ、あなたには関係のない話だ!」
「食事に誘う時は、高そうな店は止せよ、アイツ、高そうな店は好きじゃないんだよ、どっちかと言うとな、飲み屋が良い」
「……どうして、そんなことをわたしに言うのですが」
何故、恋敵に指図を受けなければならないのか、若干の怒りを覚えながらガガバドは強い目つきでロレに訊き返すが、ロレは少しだけ沈んだ表情をして言う。
「アイツには、幸せになって欲しいんだよ」
沈んだ表情だがどことなく真面目な声で言うロレ、その言葉は短いようだが何だが重みがあった。
「それはどう言う――」
その先の言葉は、ガガバドは言えなかった。
本当に真剣な目でロレはガガバドの肩に手をやり、言ったからだ。
「お前なら、アイツを幸せに出来そうだからな、頼んだぞ、アイツとの仲を取り持つなら、協力を惜しまないが、それ以外はではお前に協力するつもりはない、じゃあな、ガスダント兵」
それだけを言い残してロレはその場を去る。
ガガバドは余計にモヤモヤと霧が掛かる様な気持ちになった。
恋敵は何を考えているのだろうか、彼女の気持ちに気付いているのだろうか、もし気付いているのなら、ロレは酷い人間だ、やはり、レミーから離さなければ。
レミーの部屋の前で座り込みながらそんなことを考えてしまうガガバドであった。
これ程の大きな建物に入るのは故郷以来だ。
彼女は王宮内の廊下を走りながらそんなことを考えていた。
階段を登り切り、中庭を抜ける。
「居たぞ!」
その叫び声に合わせるかのように、中庭に兵士が続々と中庭に溢れかえる。
数が多いな、剣や槍に装備した兵士が五十人。
あの男に会うまでは、掴まる訳には行かない。
少女は構える、その構えはパティール兵の誰一人、見たことが無い構えだった。
左腕を伸ばし、腰に据え置くように右手を置く。
「取り押さえろ!」
兵士の掛け声とともに、一人の少女相手に一斉に襲い掛かる。
左から振り下ろした兵士の剣を受け流し、その流した勢いを利用して投げ飛ばす。
投げ飛ばされた兵士は他の兵士にブツカリその場に倒れ込む、その間にも右側から槍の突き、その穂先を左足で地面に押さえつけ、同時に正面と後ろから襲い掛かる槍をその場でバク転し躱し、三つの穂先を同時に押さえつける。
三人とも何が起きているのかわからないという様な顔をする。
少女はニコッと可愛らしい笑みを浮かべると、その場で飛び前後の兵士の顔面に蹴りを入れる。
前後の兵士勢いの余り一回転してその場で気を失う。
更に左右から兵士が襲い掛かろうとするが、倒した兵士の槍を蹴り上げ拾い上げると、左右から来た剣を槍の柄で絡め取り、宙に舞い上がる。
そのまま左右の兵士を柄で殴り付け気絶させる。
一瞬で七人の大柄の兵士が小柄な少女に打倒された。
その衝撃は大きく、今までの勢いが消えうせ、緊張した空気が流れる。
「気を付け! かなりの手練れだ!」
兵士が距離を取る。
少女は一別してから、一歩踏み込むフリをする。
それに反応した一人の兵士が先んじて飛び出してしまう、しまったと兵士は思ったが後の祭りだ、そのまま兵士の眉間に槍の石突が減り込む、激痛で直ぐに気を失い、その場に倒れ込むと、その空いた穴から電光石火の如く少女は槍を捨て走り抜ける。
「逃がすな! 追うんだ!」
再び追撃劇が始まった。
2
レミーはカムイに買ってもらった剣を持って、王宮内を歩き回っていた。
ハマール領領主であるジルマ・パティール公爵から王宮内を自由に歩けるようにしてもらったとは、ハマールの屋敷とは違い、道に迷うほど広かった。
アイツどこに居るのさねと心の中で呟きながら、周囲を見渡しながら廊下を歩く。
ロレに用事がある時に限ってなかなか見つからないし、特段用事がない時に限って向こうから暇つぶしと言わんばかりに、話しかけて来る。
なんともめんどくさい、男である。
でも、その男を好いたのはレミー自身だ。
はじめはこの思いが『恋』というモノなのかわからなかった。
でも、カムイにその事を指摘された時に、心の底から湧き上がる熱い気持ちに気付き、これが恋と言うのかと知ることが出来た。
それからだろう、どうも、アイツのことを考えることが多くなった。
王都へ向かった時も、ロレにお土産を頼むと言ったが内心では、行かないで欲しいと思っていた。
もしかしたらアイツはそのまま帰って来ないのではないか、そう思ったのだ。
その考えに近いことが起きた、ロレが戦で怪我をしたと言うのだ。
心の底から、恐怖が湧き上がった。
居なくなる、アイツが居なくなる。
もう、いつもの様にバカみたいな口喧嘩が出来ない、もうあの笑った顔を見ることが出来ない。
そう思うと、恐怖で身が竦んでしまった。
どうしようと。
怪我の報告が来てしばらくして、領主から王都への招待とロレの無事を聞いた時は、心の底から安堵した。
よかったと、アイツはまだ居る、生きている。
レミーは王都へ向かった、早くロレの無事な顔を見たかった、安心したかった。
しかし、王都へ付いた時のロレの何でもないような、お気楽そうな顔を見た途端に、安堵から苛立ちが募り始めた。
人の心配を他所に、と。
そして、今日に至る。
その間は二人で話したことは無い、殆どカムイと同席しているか、他の誰かが居るかだ。
二人で話したい。
レミーはロレの顔を見てからそう思うことが多くなった。
でも、面と向かい会うとどうしても本音が言えず、悪態を衝くようなことを言ってしまう。
なんで素直になれないのだろうか、どうして本音が言えないのだろうか。
そんなことを考えてため息が出る。
「どうして、アイツのことを好きになったのかしらん」
「誰が誰を好きになったんだよ」
背後からロレの声を聴き、心臓が弾け飛ぶかのように大きく鼓動を打つ。
「な、なななん、行き成り声かけないでくれる、ビックリするから!」
今まさに考えていた人から声を掛けられ、顔が真っ赤に成るのが自覚するぐらい驚きを隠せないで居るレミーにロレはニヤケ顔で言う。
「どうした、誰か好きな奴がいるのか?」
ニヤニヤとした笑顔で訊いて来るロレに、レミーは心臓の鼓動が跳ね上がる。
詰まりそうな声で言い返せた言葉は。
「わ、わたしみたいな、が、ガサツ女を好きになる奴なって、い、居る訳ないじゃない」
何と言い返したレミーだったが、ロレのニヤケ顔は変わらなかった。
「な、何さね」
「いや、それがな、お前を好きと言う奴がいるんだよ」
「えっ……」
それは、もしかしてと思いレミーは一歩、踏み出して詰め寄る様にロレに顔を近づける。
「おおい、何だよ、顔近いって!」
「誰?」
「そ、そっそれは」
ふと、廊下の奥から甲冑や武器などが擦れるような音と共に兵士の叫び声が廊下に響き渡る。
「そっちに、行ったぞ!」
その声に反応してロレが振り向くと、目の前に銀色の瞳をした少女が視界に入る、その後ろには多数の兵士が連なっていた。
一体何事だと思った時だ、一人の兵士が「捕まえろ」と叫ぶ。
ロレは咄嗟に身構えるが、少女はそんなロレの頭を飛び越えレミーの前に着地する。
そのままレミーの後ろに身を隠すように回り込む。
駆け付けた衛兵達は、一斉にレミーを取り囲む。
「ちょっと、ちょっと! 何だいあんた達は! 子供相手に物騒なモノ、チラつかせるんじゃないよ!」
レミーの張りのある声が廊下に響く、しかし、衛兵達は気後れすることなく、こちらも負けまいと声を張り上げるように言う。
「その者は、侵入した賊だ! 直ちにこちらに渡せ!」
「賊? この子が? どう見てもただの女の子だろう」
衛兵の言葉にロレが、かがみながら言う。
「ロレ殿、その娘は危険です、既に七人の衛兵を無力化しているのですよ」
「おいおい、こんな小さな…… うん? お前どこかで――」
そう言いかけた時だ、少女はレミーのスカートの裾を掴み。
「ごめんなさいお姉さん」
そう言ってスカートを捲り上げる。
風で巻き上げられるかのように靡くスカートは、スラリと引き締まった腹部から下半身が露わに、そして巻き上がったスカートはそのままロレの頭を包み込むかのように覆いかぶさる。
今一瞬、起きたことは、そして目の前で見た光景は、衛兵達の網膜に、脳裏に焼き付いた。
そのあられもない彼女の生まれたばかりの姿を(下半身のみ)
そして一人だけその姿をなんの制限もなしにそれを見ているロレは一言だけ言った。
「おう、ちゃんと大人になってるじゃないか、小さい時に比べてちゃんと生え――」
その言葉の先を言うことをロレは出来なかった。
脳天にレミーの肘が直撃、ロレの頭蓋骨にヒビが入ったかと思えるような鈍い音が響き渡ると、そのまま膝蹴り。
眉間に減り込むかのように鋭い膝蹴りはロレの意識を奪うのに十分だった。
鼻から大量の血を流して倒れるロレに跨る様に覆いかぶさり、それは説明しにくいような鈍い音を響かせながら、彼女はロレを殴り続ける。
余りの酷さに一人の衛兵が止めようとするが、振り向いたレミーの顔がこの世のモノとは思えない、そう、鬼である。
鬼の形相よりも鬼その者と言わんばかりの顔で呪詛の様に「忘れろ!」と言いながら殴り続ける。
その間に少女はその場を立ち去ったのである。
3
広いな、本当に広い。
少女は走りながらそんなことを考えていた。
故郷の、あの家はここまで大きくなかった。
こじんまりした広さでありながら歴史を感じる建物、その大広間でいつも瞑想している、養父。
彼女の母親はホロウ・アハ〈放浪の民〉だった。
国を持たず、定住をせず、交流せずの民族。
彼らは『ミュン』と呼ばれる独自の集落を形成して放浪すると言われている。
彼女の集落はこの大陸に流れ着いた者達であったが、戦に巻き込まれて全滅したと養父から聞かされている
『集落の焼け跡から、唯一生き残っていたのはお前だけだ、だから、わたしはお前を養子にした、お前の、その強運をわたしのモノにするために』
そう、小さい時の彼女に、養父はそう言って聞かせた。
彼女にとってあの人は何を考えているのか、よくわからない人でもあった。
常に一人で考え、常に一人で判断して、一人で政をしている人だ。
そんな人に何故あれ程の人が付いて行くのかわからなかった。
あの人とって彼女は家の為になる様に生きて欲しいと思っていた、それはつまり、良い家に嫁ぐこと。
養父にとって彼女は政の中での駒でしかない。
人に決められる人生は真っ平ごめんだ。
再び階段を昇り、左折して薄暗い廊下を駆け抜ける。
ふと、ふんわりと水の匂いがする、どこかに浴室がある。
ふと、そんなことが頭の中に過った時、あの時のことを思い出す。
他愛もない、小さなことで養父に叱責を受け不貞腐れて森の中に入った時だ。
ふと、目の前に光の塊があった。
球形をしていたその光の塊に触れた時、引きずり込まれたのだ。
その力は荒れ狂う濁流の様に抗うことが出来なかった。
そして気付けば見知らぬ世界に居た。
見たことのない壁の様な建物、馬無して走る馬車や荷車、行きかう人は見たことのない服装。
空には爆音を立てて飛ぶ、怪鳥、それに加え、煙を立てながら遠吠えの様に唸りを上げて素早く走る大蛇、アレは、もしかして邪神ドットなのか。
目に入る者が全て彼女の生きて来た知識に無いモノばかりだった。
ここはどこだろうか、しばらくふら付いていると見知らぬ青黒服を着た数人の男に取り囲まれた。
何か箱のような物に話しかけると、こちらに話しかけられる。
小さかった所為か話しかけられながら手を取ろうとした彼らが恐ろしかった。
わたしは走った見知らぬ道を只々走った。
しかし、走るのにも限界があった。
人の集落と思われる場所でとうとう息を切らしてその場で座り込んでしまったのだ。
このまま、わたしは帰れないのだろうか、そんなことを考えて疲労でついうとうとしてしまい、人目に付かないような路地裏の物陰に隠れるように座り込み、彼女は寝込んでしまった。
しばらくして、日が落ち、自分の居た世界と同じような夕日が辺りを赤茶色に染め始めた頃に、彼女は出会ったのだ。
自分の運命を切り開く人に。
「居たぞ! こっちだ!」
廊下の叫び声で我に返る、目の前から兵士が三人、剣を抜いて待ち構えている。
遠回りは好かない、彼女はそのまま加速、横殴りで切り付けられるが身を捻って紙一重で逃れる、そのまま回り込み、首に一撃、そのまま兵士は気を失う。
残り二人、その二人は一斉に襲い掛かるが振り下ろされた剣をそのまま受け流し、側面から平手で顎に一撃を入れる。
重い一撃を入れられた兵士も気を失い糸切れた人形の様に力なく倒れる兵士をもう一人の兵士に向かって突き飛ばす、力尽きた兵士を抱きかかえるように受け止めた兵士に、そのまま体ごと体当たりして彼女は、兵士の態勢を完全に崩す。
気を失った兵士が覆いかぶさる形になり、起き上がれることが出来ない。
その間に彼女は再び廊下を走り抜ける。
後方から足音、追って来ている。
彼女はそのまま走り抜ける、すれ違う兵士を倒しながら進みながら厨房を目指す、ここかと入り込むと、そこは厨房ではなく浴室だった。
中に居たのは二人の女性、アマンダとフォルスの二人だ。
風呂上りなのか、ほんのりと火照った顔がこちらを見ていた。
突然入り込んだ彼女を見て、二人は呆然とする。
「厨房はどこ?」
彼女はそう聞くと、フォルスが静かに答える。
「この先だけど、あなたは誰?」
「わたしは……」
「居たぞ!」
声の方向に顔を向けると二人の兵士が駆け寄って来るのが見える、彼女は咄嗟に、フォルスの着替えの脇に置いてあった、訓練用の木剣を手に取る。
「ちょっと、待ってそれは!」
「お借りします」
そう言って彼女は浴室から出ると兵士に向かって走り出す。
逃げるのではなく逆に向かって来るのに驚き一人の兵士が怯むのを彼女は見逃さなかった。
横腹に木剣で一撃、呻き声を上げその場に膝を着くと同時に彼女の膝蹴りが決まる。
そのまま向き直ると、もう一人の兵士が薙ぎ払うように剣先が向かって来るのが見える、その剣先を目先一寸で躱し、そのまま懐に潜り込み下から上に木剣を振り上げる、木剣は兵士の剣を巻き上げる。
舞い上がった剣は天井に鈍い音を立てながら突き刺さる。
兵士は我が身に起きたことが理解できなかったのか、開いた口が塞がらないで居た。
その空いた口を、彼女の拳が強制的に閉じさせた。
一瞬で二人の兵士を昏倒させた早業、騎士であるフォルスでも驚きを隠せないでいた。
彼女はアマンダとフォルスに視線を向けると、何こともなかったかのようにその場を去る。
余りにも突然過ぎたこの出来事に、しばらく呆然としていた二人であったが、ハッと何かに気付くようにフォルスが浴室からタオルを巻いた状態で駆け出す。
「ちょっと! フォルス!」
「わたしの木剣を返しなさい!」
飛び出したフォルスを追ってアマンダもまた浴室から飛び出すのであった。
4
どこか懐かし感じがする、これは何だ。
カムイは静かに周囲を見渡していた、ここは厨房、でも、王宮の厨房ではないここは。
「シェフ! 味の確認を」
カムイは声の方に振り向く、シェフと言われた男が味の確認をしている。
金髪の大男で筋肉質、料理にと言うよりはスポーツマンと言った方が似合いそうだ。
「塩を入れろ、味が薄いぞ! そこ、盛り付け遅いぞ、時間の掛け過ぎだ!」
精密機械の様に的確に何人ものシェフに指示をする。
時には優しく、時には厳しく、料理に一切の妥協がない。
ふと、シェフと言われた男がこちらを向く、薄いエメラルドグリーンの瞳から気迫が籠っていた。
「よそ見をするな! カ——」
そこで、夢の世界から目が覚める。
自分の部屋、殺風景な天井はここが異世界であると言うことを再認識させるには十分だった。
まだ寝ぼけた感覚が残る頭と体を起こす、窓の外を眺めると既に夕日は完全に落ち、辺りは暗闇に包まれていた。
「もう夜か、いつの間にか寝てしまったな」
既に季節は冬に向かいつつあるのに、カムイは額に大粒の汗を滲ませていた。
あの人は誰だろうか、カムイは夢の中に出て来たあの金髪の男の事を反芻するが思い出せない、でも、カムイの中でこの人は自分にとってとても大切な何かだと思いがあった。
「おれの師かな……」
そんなことを呟きながら、ふと、あの金髪の男がカムイに向かって何か言って居たような気がした。
確か、名前を呼ばれていたような、ふと、外の方で騒ぎ声が聞こえる。
窓から眺めると、数人の衛兵が宮殿内を駆けずり回っていた。
何がったのだろうか、そう考えた時だ。
ドアの方で大きな音、ノックと言うモノではなく何か叩き付けられたような音だ。
カムイは恐る恐るドアに近づく、ドアに耳を当てると、人の声が聞こえて来る。
『ようやく捕まえたわよ、わたしを辱めた罪は償ってもらうわよ』
これはレミーの声だ、何故が怒っている。
『その木剣を返しなさい! それは大切なモノなの!』
今度はフォルスの声だ。
その他数人の声、一体このドアの奥で何が起きているのだ。
カムイがドアを開けようとした時だ、再び、ドンと、叩き付ける音の後に、男達の叫び声。
『怯むな! 一斉に掛かれ!』
『早く、増援を呼べ、ここで捉えるぞ!』
ドス、ドン、バン!とまるで、お祭りでもやっているのかと思えるような音がドアの向こうから忙しなく聞こえて来る。
ふと、それが静かになる。
カムイは開けるかどうか迷っていた。
状況がつかめない以上、開けない方が無難だろう、しかしだ、アレだけ騒がれたら気にならない方がおかしい、カムイは深呼吸してドアノブに手を掛けようとするが、再び、ドンとブツかる音で思わずドアノブから手を放す。
また、ニ、三回騒がしく暴れる音がしたのち、再び静かになる。
今度は大丈夫かだろうか、とカムイはドアに耳を当て外の様子を探る。
『取り押さえたぞ、賊めェ!』
『そっちの足をしっかり押さえろ!』
『おい、誰か医者呼んで来い! 早く!』
既に何がなんだがわからない、カムイは深呼吸し、今度こそ意を決っしてドアノブを回し、部屋の外に出る、そこには既に数人の衛兵と負傷者と、レミーとロレ、それにアマンダとフォルス、そして、衛兵に組み伏せられた少女。
何なんだこれは、とカムイは心の中でそう呟いた。




