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十七話:ドーランシ市市街地戦 ④

十七話:ドーランシ市市街地戦 ④





 エレキの背後から鬨の声と共に現れたのは黒い騎馬隊だ。

 その特徴ある独特な黒いフィルム持つ鎧を着た騎馬隊は身の丈をすら超える長槍を構えながら突進して来る。

 ガスダント騎馬隊。

 大陸中部にある帝国であるガスダントは四方を強国に囲まれている国家である。

 それ故、他の国とは違い絶えず国境紛争、対外戦争を行っている国家。

 彼らの強さは数多くの実戦経験と馬術にある、イスラス渓谷での戦いで急勾配の崖の上を何らく降りられたのも、今、草木が生い茂る森の中を疾走できたのも、馬術によるものだ。

 ガスダント騎士は、最初に習うのは剣でも槍でもない、馬術。

 馬を自分の体の一部に出来ない者は、騎士になる資格がないと言われるほど、ガスダント帝国では騎馬隊を重視している。

 そして、ガガバド・アッサーラが指揮する、元ガスダント騎兵隊はその中でも実戦経験豊富な騎士たちで構成された兵団であった。

 突然背後から現れた騎馬隊に本陣守備隊は極度の混乱を招いた。

 何よりも、身の丈より長い槍の穂先が混乱と恐怖を助力したのである。

 ラバール兵の悲鳴と共に騎馬隊は敵陣を切り崩す。

 その背後からロレンス率いる騎馬隊が続く。


「ア奴なかなかやるのう」


 ロレンスと並走しながらジルマはのんきな声で言う。


「殿下、ここは我らにお任せを!」


 ロレンスがそう叫ぶが、ジルマはニヤリと笑みをこぼしながら言う。


「まだまだ、若いモノには負けられんわい」


 ジルマは加速して敵陣に突っ込む、年を考えて欲しいと考え呆れるながらもロレンスはジルマを守る様に部下に命じる。

 ロレンスと共に敵陣へ切り込むジルマは素早い剣捌きで次々と敵兵を薙ぎ倒して行く。

 とても六十を過ぎた年寄りには見えない。

 その傍らでロレンスは短槍を振りまわす。


「敵総大将の首を取れェ! そうすればこの戦は我らのモノぞ!」


 ジルマ剣を振りながら叫ぶ、それに合わせるかのようにパティール兵は声を上げ、敵を押し込む。

 エレキは持たないと判断した。

 潮時だ、そろそろお暇するか。

 そう考えた時、アノルドが恐怖に歪んだ顔をしながら近づいて来る。

 傍らに馬を寄せ、荒れている呼吸を整え言う。


「どうするのだ、軍師殿、何か策は?」


 震えたような声で言うアノルドをエレキは冷たい目で見ていた。


「策ですが…… あるにはありますが」


 エレキはアノルドの顔を見ずに答える。

 彼の言葉に僅かな光が差し込んだかのように、アノルドの顔から恐怖が消えていく。


「あるのか、で、その策とは?」

「こういう策ですよ」


 その言葉と同時に、アノルドの腹部に冷たい感触が神経を通じて脳に届く、それと同時に耐えがたい激痛がアノルドを襲う。


「ア… な、なにを……」

「この戦は負けですね、まさか、敵がここまで用意周到に準備をしているとは思ってもいませんでしたけどね、ああ、あと、わたしの名前ですが、わたしの本名は――」


 エレキは、彼に本名を告げるが、でも、アノルドにとってその名は余り聞かない名だった。


「お前は……なに――」


 アノルドは事切れた糸人形の様に落馬してその場から動かなくなった。


「何者か…… それはわたしも知りたいですよ、わたしがどうしてこの世界に居るのかを」


 エレキは深呼吸すると張り裂けるような大声を挙げる。


「アノルド皇太子が討たれたぞ! この戦、パティール王国の勝利だ!」


 それだけを告げエレキは戦のどさくさに紛れてその場を離れる。

 皇太子が討たれると言うエレキの言葉にラバール兵に動揺が走る。

 動揺が走ったのはラバール軍だけではない、ジルマ率いるパティール軍にも若干の混乱が生じる。

 まだ、先頭の部隊が敵本陣に達していないハズだ、ならば、誰が討ったのだ。

 頭に走った疑問を後回しにして死体の確認もせずに、ジルマは声高に叫ぶ。

「敵総大将を討ち取ったぞォ! 勝鬨を挙げろォオ!」

「オォオオ!」


 パティール軍全体が声高く勝利の声を上げる。

 その声は、市街地に増援に向かっていたカスン将軍指揮の部隊にも届いた。

 ここから遠い本陣での出来事に確認する余地がない、カスン将軍は押しつぶされつつある本隊を見る。

 先程の勝鬨、敵側の勝鬨、まさか、本陣が崩されたのか、ならば本陣を突いた部隊がこちらに来れば、そう考えただけで、背筋から氷よりも冷たい汗が流れるのを感じる。

 既に完全包囲され、退路もない。

 兵を預かる将軍としてやれることは限られている。

 カスン将軍は副官に降伏するように指示をする、それは勝ちが見えなくなったカスン将軍が兵の命を守るために下した決断だった。

 カスン将軍の指示で増援部隊は全軍降伏する。

 街道沿いから挙がった勝鬨に、未だに奮戦していた本陣守備隊の残存部隊もついに降伏したのである。

 ジルマは最後の兵士の降伏を確認したのちに、ロレンスに角笛を拭くように指示。

 敵本陣から響き渡ったパティール軍の角笛が、戦いの終わりを告げたのである。



 塔の上から角笛を聴いたシルフィーナは、安堵の表情と同時にその場に倒れるように座り込む。


「殿下!」


 カムイが慌てて手を差し伸べようとしたが、シルフィーナは、大丈夫と言ってカムイの手を借りずに自分の足で立ち上がる。


「終わったのですね、全てが……」

「全てとは言いませんが、殆ど終わったに近いでしょうね」


 グラブがそう言う。


「殿下、大丈夫でしょうか」


 カムイやアマンダが心配そうな顔をするが、シルフィーナは健気に笑顔を見せる。

 二人は不安が混じりながらも気丈振る舞うシルフィーナを見てもうそれ以上何も言わなかった。

 シルフィーナは腰壁に手をやり、眼前の広場に集まりつつあるドーランシ市の市民を見え、大きく息を吸い、そしてこの市、全体に隅々まで響き渡るかのような透き通る声で、しかし、どことなく重みがる孕んだ声で言う。


「この戦い、我らの勝利である! ドーランシ市の市民よ、戦った兵士達よ! 戦勝の勝鬨を挙げろォオ!」


 広場から、街道沿いから、敵陣から、パティール軍の勝鬨がこのドーランシ市に響き渡った。

 それは、戦いの終わりを告げると同時にシルフィーナ・パティールという一人の王女が歴史の表舞台に登場する狼煙でもあった。




 ドーランシ市での戦いの報は直ぐに、ドグマ要塞で攻城戦を行っている、ウペランシー・ロドリゴ・ラバール神皇の耳にも届いた。

 敗走と嫡子であるアノルドの戦死の報は、攻城戦で攻めあぐね、士気が下がり始めていたラバール軍にとどめの一撃であった。

 何よりも八万の兵が無残にも壊滅して、息子を失うと言う衝撃は、今まで自信に満ち溢れていたウペランシーの顔を絶望に追いやるのに十分だった。


「エ、エレキはどうした、ア奴は何をしていた!」

「エ、エレキ軍師殿は乱戦の中消息不明とのこと、既にドーランシ市の攻撃に向かった隊は、各自で敗走中とのこと、事実上の壊滅です」


 ウペランシー怒鳴り声を挙げ、怒りを周囲の椅子やテーブル、側近達に当たり散らす。

 その乱れ用は乱心したのかと思えるような形相だった。

 しばらく暴れた後、ウペランシーはその場に座り込む。

 黙り込んだ、ウペランシー、あまりの静けさにとうとう心が壊れたのかと思って側近の一人が彼の顔を見ようと覗き込む、だが、彼の心は壊れていなかった、一通り暴れたお陰か冷静さを取り戻しつつあったのだ。

 未だに混乱が少し抜けない頭の中で彼はこれからのことを考えた。

 敵はどう動くか、これからの対策はどうするか。

 グルグル回る考えの中で、彼はようやく一つの考えに行き着く。

 すっと立ち上がり、振り向き側近に言う。


「直ちに陣を引き払え、後方のペシィ砦まで後退する!」

「後退でありますが」


 ドーランシ市で八万の兵を失ったとはいえ、こちらにはまだ四万の兵がいる、敵は一万と少しだ、八万の敵を撃退した後なら、悠々と撃滅が出来るだろうにそう思った。

 その考えをまるで読み取ったかのように、ウペランシーは言う。


「ここに居る四万では、三万の敵は止められん」

「三万?」

「忘れたのか、ドグマ要塞の兵だ!」


 そこでハッ気付く、連日攻め立てているが敵の勢いは消えることはない、その屈強な精神は城攻めをしているこちらの逆に疲弊させている。

 ここで、背後からドーランシ市の兵が来たら、正面のドグマ要塞の兵と挟み撃ちにされる可能性があるのだ。


「もうすぐ夜になる、この闇夜に乗じて退却する、篝火を盛大に焚け! それから伝令! 北部牽制に向かわせた二万の部隊を呼び戻せ!」


 ウペランシーの指示ですぐさま退却の準備に入る。

 退却を悟られないよう、篝火を盛大に焚き、あたかもそこにまだ居るかのように偽装する。

 ラバール軍は夜明けと同時に退却のするつもりであった。



 ドグマ要塞内:作戦会議室



 会議室内に居た、ビルヘルム・グランドは伝令の鳥が来た時、我が目を疑った。

 カルマの死も去ることながら、あの大人しそうなシルフィーナ王女が王位を継ぐことを宣言して、兵を率いてラバール軍と激突してそれを粉砕して勝利したと言うのである。

 昨日から敵の攻勢が、前日までとは違い勢いがなくなっていたことは気付いていたが、まさか、撃滅されていたとは気づかなかった。

 ビルヘイムは伝令の羊皮紙を握りしめ、会議室に居た将官を見て言う。


「これより、攻勢に出る、全ての兵士達に伝えろ! 今こそ、我らの力を見せつける時ぞ!」


 その日の夜、ドグマ要塞の堅牢な鉄門扉が開き多くの兵が敵陣へ夜襲を掛けるが既に敵軍は退却した後だった。

 すぐさま、ビルヘイムは追撃隊を派遣、撤退中のラバール軍をペシィ街道とドグマ街道の分岐点で捉える。

 徹底した追撃戦は、ラバール軍がペシィ砦まで退却するまで続いたのである。


「クソガァア! エレキのがしくじったばかりに!」


 撤退中のウペランシーは口癖のようにそう呟いたとされている。

 ラバール軍はパティール軍の追撃を逃れ、ペシィ砦まで後退する。

 そこで、防備を固め、牽制部隊の合流を待った。


「この二万と合流できれば、全軍で六万、最悪、ペシィ一帯を何とか支配下に収めることが出来る」


 そう考えていたウペランシーであったが、ここで思わない誤算が生じるのである。





北部:パティール王国キャラレル領、ラバール軍対ペルマ・パティール連合軍



 キャラレル領の領都であるピヤーブ城塞眼下まで進軍したラバール軍であったが、援軍として駆け付けた、ペルマ軍六千とさらに五千の援軍であるハマール領とガンダルフ将軍の部隊と衝突したのである。

 この戦いは歴史上『忘れられた戦い』と言われている。

 その理由として、後に第一級資料とされる『パティール王国厨房記』にこの戦いが記されていなかったとされている。

 この戦いはラバール軍二万の兵に対して、ペルマ・パティール連合軍の全戦力は一万二千だった。

 数の差ではラバール軍は圧倒的優位を誇っていた、しかし。


「将軍、左翼部隊壊滅、中央の部隊も押されつつあります、至急中央に援軍を」

「伝令、右翼部隊、敵攻勢激しくこのままで押し崩される可能性があります」

「ならん、右翼が壊滅すれば我らの退却路が塞がれる、中央に五百を回せ、右翼には二千だ! 急げ!」


 この部隊の指揮を任されている、スレン将軍は敵軍の強さに驚いていた。

 ペルマは小さな国だ、目立った産業はなくパティール王国と同じで農業が主な産業。

 戦になればどこかの国に庇護を求めるほど、力のない国だったハズである。

 なのに、ここ十年で、この国は見違えるように変わった、産業を農業から重工業に切り替え、新しく見つかった良質な鉱石で作られる工芸品は大陸中に知れ渡っている。

 その豊富な財源で兵の質を上げる方針を打ち立てたとは聞いていたが、ここまで、兵の質が変わるのか、今までのペルマ軍は農民などを戦の度に召集するいわゆる徴集兵で構成されていた、しかし、今、目の前にいる敵はどうだ、堅い鎧を着込み、体格のいい馬に跨り、我が方の兵を蹂躙している。


「これが新国王の力か」

「しょ、将軍、このままでは!」

「ええい、仕方ない、退却だ! 退却の笛を鳴らせ!」


 敵軍が退却するのを、ペルマ軍の最高司令官であり、ペルマ王国国王である、アルマ・パティール・ペルマ、パティール性を持つパティール王族の一人であり、現在は婿養子に入りペルマ王国国王に座についている。


「お見事な手腕、流石ですな、アルマ殿下、いや、今は陛下とお呼びするべきですかな」


 隣に並ぶピヤップ領の騎士でパティール援軍の指揮官でもあるジャバレントがアルマに言う。

 アルマは、パティール王国先代の国王、ジルマやカルマの父親であるゼルマ・パティール王の妾の子として生まれた。

 軍神的なカリスマ性を持つジルマや、政治力があり人望も厚いカルマ、二人の優秀な兄とは違い、至って平凡な人間だった、武術も知識も政治力もカリスマ性も全て平凡だった。

 そんな彼が唯一の抜きに出ていたのは、手先が器用なことだった。

 だが、その手先の器用さは、この国で生かされることになる、そう、鉱石の加工だ。

 この国の主要産業を農業から工業にシフトして、鉱石加工を手掛け、絹産業の復興や加工を進めたのである。

 ゆっくりと、しかし確実に彼はこの国を小国でありながらも大きな存在感がある国へと成長させたのである。

 その功績を称えられ、彼は先代のペルマ王から王位を譲位され現在に至るのである。

 敵が撤退を開始しているのが見える、アルマは直ぐに追撃隊を派遣する。


「これで、我が祖国の脅威はなくなっただろう」

「そうですな、これで」

「ジルマ兄に伝えてくれ、何かあった力になる、共に戦おうと」

「はい」


 しかし、この約束は果たされることはなく、パティールとペルマが共同で戦った最初で最後の戦いだった。



 ペシィ支城



 北部に向かったスレン将軍の軍が敗退を知ったのは、スレン将軍が敗走を開始して二日後のことだった。

 それを知るやいなや、ウペランシーはペシィ一帯の占領を諦め国境までの退却を指示した。

 北部での猛追を辛くも抜けたスレン将軍の隊であったが、既に退却した後のペシィ支城は物家の空だった。

 スレン将軍は直ぐにウペランシーを追うべくペシィ支城を出立するも、ドグマ要塞から追撃部隊と遭遇、激戦の末、ペシィ土塁まで後退に成功する、しかし、渡川するための船が全て破壊されていたのである。

 それは敵の追撃の手助けになるモノを残さないようにしたウペランシーの策であり、戦術的に見ても、理解できる行動であった。

 しかし、北部での敗退、敵の必要な追撃、そして船の破壊は、激戦を生き抜き故郷の帰路に付けると思っていたスレン将軍をはじめとしたラバール兵は絶望の淵に落とされたのである。



 ペシィ土塁までの追撃していたビルヘイムは先行していた隊から報告を聴き、ペシィ土塁まで急いで向かう。

 ペシィ土塁の川岸に到着すると、目の前に多くのラバール兵の亡骸が無残にも散乱していた、その数はざっと二千。

 多くの者が自らの首筋を切り自決していた。


「ラバール兵の意地と言うことか」


 ラバール軍は退却した、神皇ウペランシーの野望はここで終わるのである。

 この戦いは大陸に知れわたる事となり、後に『魔女の王』と呼ばれることとなるシルフィーナ・パティールが表舞台に出る事となるのである。



 パティール連邦共和国大統領府図書館所蔵、第一級歴史資料書『パティール王国厨房記』より抜粋。


『シルフィーナ王歴元年:秋の月の初めの週日の四の日 (東歴一一九二年九月四日) 

ラバール神国は十五万の軍を率いてパティール王国の西部ペシィ土塁を攻撃した。

 カルマ王はこの攻撃に対して十一万の軍を率いてイスラス渓谷にて衝突するも敗退、カルマ王は戦死する。

 亡き王の意思を継ぎ、第一王女であるシルフィーナ王女が王位を宣言、一万の軍を率いてラバール軍とドーランシ市で戦端を開き、八万の軍を打ち破り、敵を敗走させた』





 街の外では戦勝の宴が開かれている、カムイは庁舎の窓からそれを眺めていた。


「カムイ、早くしないと、旦那様が怒るぜ」

「わかっているさ、それより、傷口は大丈夫なのか、ロレ?」


 顔に平手の跡がくっきりとついている頬でロレは笑っている。


「で、アマンダさんに何をしたんだ?」


 屋根の上で自ら弓を弾いて戦った所為でロレの傷口が開いてしまって、アマンダに治療してもらっていたらしいのだが、この顔からすると、何かしでかしたのは明白だ、先程アマンダとすれ違った時は、目で人が殺せるのではないかと思えるような、恐ろしい目をしていた。


「フ…… なに、少し大人の階段を登ろうとしただけだ」

「そのセリフ、ロレ…… 童貞か?」

「おれは童貞じゃなねェ! 素人童貞だ!」

「お前……」


 そんな馬鹿話をしながら、カムイは会議室に入る。

 会議室には、グラブをはじめ、ドーランシ市の重鎮、ジルマをはじめとしたパティールの重鎮が、座っていた。


「遅いぞ、カムイ」


 ジルマが髭を弄りながら言う。


「すみません」

「謝罪はよい、早くしてくれ、腹が減ってしにそうだ」

「おや、天下の剣聖が空腹で死亡とは滑稽ですね」

「そうじゃろう、だから早くしろ!」


 まるで、子供だな、そう思いながらカムイは大皿をテーブルに乗せトレイの蓋を取る。

 湯気と共に香草類とざく切りにされた野菜類、一羽の鶏肉の香ばしい匂いが、空腹であろうジルマ達の胃袋を鷲掴みにする。


「お待たせしました、シルフィーナ殿下がわたしに依頼した本来の料理です『ロワイヤル風ローストチキン』です」

「ロワイヤル風、聞きなれない言葉ですね」とグラブが言う。

「『ロワイヤル』とはわたしの故郷では、豪勢な食材を使った料理のことを言います、それに『ロワイヤル』の語源は『王家、王族』から来ています」


 その言葉にグラブ達ドーランシ市の重鎮達の視線が一斉にこちらに向く。

 カムイはその視線に臆することなく続ける。


「これは殿下から『我ら王族と主従ではなく、共に敵に立ち向かう同志として居て欲しい』という殿下のお気持ちを愚見化しモノです、ですが、わたしが勝手に変えてしまったのでお作りすることはなかったのですが」


 それだけを言うとカムイはシルフィーナの方に向き、深く頭を下げる。


「殿下の意向を無視して勝手な行動を取ったこと、深く反省しています、処分はどのようにも」


 直立不動のままカムイは頭を下げ続ける。

 しばらくの沈黙の後、シルフィーナが静かに言う。


「カムイさん、お肉を取り分けて頂けますか」


 一瞬呆け様な顔をするが、カムイは直ぐに鶏肉を切り分け、シルフィーナの皿に鶏肉を乗せる。

 出された鶏肉を静かに一口ぐらいの大きさに切り、シルフィーナの小口に運ばれて行く。

 

「美味しい、脂っこくなく、しつこさもなく、さっぱりしています、野菜の甘みと肉の甘みしつこさを消す、この酸味、これは白葡萄酒のビネガーですね」

「はい、白葡萄酒と白葡萄酢(白ワインビネガー)を割り、それを表面に塗って焼いております」

「うん、程よい酸味が肉と野菜の美味さを引き立てています、それに、香草類の香りなんとも言えません、これはローズ(ローズマリーのこと)バジル、オン(オレガノのこと)シナモンなどの香草類の香りが食欲をそそりますね」



 カムイはシルフィーナの鋭敏な味覚と嗅覚に驚いた、一口でなんの材料が使われているのか見抜くとはましてや香草類を入れたモノを見抜くとは思わなかった。


「さ、流石です、殿下」

「カムイ、わたしは王族としての責務と協力を仰ぐように言っただけです、その手段は全てあなたに一任しています、それについてわたしは何も言うとつもりはありませんし、罰を与えるつもりはありません、カムイ、これからも、美味し料理を作り続けてください」


 カムイは安堵する、そのまま一礼してカムイは会議室を後にした。



 外は大宴会の真っ最中で、ドーランシ市の市民と兵士達が互いの肩を組み、酒を酌み交わしていた。

 そこら中から巻き上がる、歓喜の声は戦の終わりを告げるものだとカムイは改めて思った。

 ふと、カムイは人気の少ない通りを歩くゲイリーを見つける。

 カムイが声を掛けようとしたが、ゲイリーの顔を見てやめてしまった。

 ゲイリーの顔は思いつめたような顔をしていたからだ。

 カムイはゲイリーを追いかけようとした時だ、袖を引っ張られる。

 犯人はフォルスだ、よく見ると顔は真っ赤であり目が座っていた。


「フォルスさん、酔ってます?」

「よってないでちゅよ!」

「でちゅよ? いや、酔ってますよね、顔真っ赤ですよ」

「よってまちぇんん!」

「いや、絶対に酔ってるでしょう!」

「それより、酒のつまみが足りないぞ! もっと腹に溜まるもの持って来い! この腹に溜まるモノだ!」


 そう言ってフォルスは上着を捲り陶器の様な白い肌が露わになり、引き締まった腹を見せつけようよう叩く。

 その行動に周辺の男性陣が盛り上がる。


「ちょっと! やめろって、はしたない」

「わたしの腹は、汚いと言うのかぁ! こういうとなんだが、わたしの肌は人前に魅せられない程汚くはないぞ!」

「どこかで聞いたようなセリフだが、とにかく、やめなさい」

「やめるものか、よく見ろ! わたしの腹のどこが汚い、ホラホラホラァア!」


 そう言ってフォルスは腹太鼓よろしくポンポンと叩く。

 カムイにもっと見ろと迫る。

 迫るフォルスからカムイは視線を逸らす、上着を少し上げ過ぎだ、微かながらも胸が見えそうになっている。

 どうしたモノかと思った時だ、フォルスの後ろに人影。

 その人影は鋭い拳をフォルスの脳天に一撃を入れる。


「ぎゃふん!」


 かわいらしい声を上げ、フォルスは腹を出したままその場に倒れ込む。


「まったく、酒は飲んでも呑まれるなと言っておろうに」

「ガンダルフさん」


 人影の正体はガンダルフだった、そのままノビてしまったフォルスを抱え上げると、周囲に視線を配り、一言だけ言う。


「皆のモノも、無礼講だと言って飲み過ぎるな、良いな」


 それもまた余興のつまみになったのか、陽気な返事が返って来る。

 その返事にガンダルフの笑みを浮かべる。


「すまんな、迷惑をかけた」

「いえ、大丈夫なのですが、フォルスさんは」

「心配いらんよ、いつものことだ、酒が弱いと言う自覚がないのが困る、その癖酔っている時の記憶が残るたちでな、翌日は決まって『恥ずかしっくて死にたい』と言っておる」

「そらまた、大変ですね」

「大変なのは、わしだけではない、カムイ、何か食べ物を見繕って、ゲイリー殿ところに行け」

「ゲイリーさんのところですが、そう言えば、さっき思い詰めていたような顔をしていたな」

「理由は行けばわかるさ」



 ゲイリーが居たのは、ドクマ街道とヨルン街道の中間地点の戦場後だった、そこには昼間のうちに、並べられた両軍の戦死者が並べられていた。

 カムイはろうそくの光を頼りに、ゲイリーを探す。

 ふと、二人の人影目に入る。

 ゲイリーとユランだ。

 二人が並べられた死体の前で座り込んでいた。


「ゲイリーさん、ユランさん」


 カムイが声を掛けると振り向いたのはゲイリーだけだった。

 いつものなら、食べ物の匂いで気付くユランが無反応だった。


「ユランさん」


 カムイが声を掛けるが反応がなかった、ユランの肩に手を伸ばそうとした時、ゲイリーが腕を掴む、振り向くとゲイリーは無言のまま首を横に振る。

 そっとしておいてやれ、と言いたげそうな顔だった。


「食べ物を持って来たのですが、タックさんにドシン、バッハさんはいずこに?」

「目の前にいるよ」


 ようやくユランが口を開くが、その意味がよく分からなかった、辺りを見渡したがどこにもいない。

 再度訊こうとしたが、ユランがある一点に指す。

 カムイはろうそくの光を近づけると、カムイは声を失った。

 三人がそこに居た、冷たい地面に横たわりまるで眠るかのように目を閉じていた。


「ちょっとの差だった、おれが転んでそれを起こそうとしたタックが斬られて、その斬ったやつを切ったドシンが槍に突かれて、それをおれの隣で見ていたバッハに矢が」


 泣きながらユランは大きな声で叫ぶ。


「おれとこいつの違いは、なんだ、どうしてこいつらが死ならけれならない、どうしておれだけ生き残ったんだ、この違いは一体何なんだ、一体…… 何なんだって言うんだ」


 嗚咽交じり声はこの草原に響き渡った。

 ユランの苦しみをカムイは知ることは出来ない、知っている人が戦で行く事を初めて実感したと言うのに、心の底から悲しみが湧いてこないのは、どうしてだろうか、カムイは泣き続けるユランを尻目にそのようなことを考えていた。





 カーベイン領:領都スフラン



 ルスー・カーベインは昼間だと言うのに酒を煽っていた。

 明日には、救国英雄としてシルフィーナ・パティールは王都に帰還する。

 そうなると、行われるのは大規模な粛清だろう。

 まず、来るのは南部諸侯への招集と厳罰が行われる、何せ国難時に国王助けず金だけを置いて至った連中を許すはずがない。

 その陣頭指揮を執るのはあのジルマだろう、何と胸糞割るおことか、カーベインの切ったグラスを壁に投げつける。

 装飾された高価なグラスが跡形もなく粉砕される。

 粛清については何とかできるだろう、だが、問題は今後王宮内では反カーベイン派が勢いを増すだろう、そうなれば王宮内の勢力図が変わる可能性がる。

 致し方ない、半ば強引の手だが誰もが納得するよう手を使うしかない。

 そう考えが行き着き、カーベインは棚の中から先程と同じガラス細工のグラスを出して、酒をグラスに注ぐ。

 南の大陸で作られる酒、度がキツイのだが癖になる味でカーベインはこの味がお気に入りだった。

 ふと、ドアを叩く音、返事をして入るように促す、入って来たのはカーベインの息子、次男のラスー・カーベインだ。


「どうした、ラスー」

「それが、兄上がいらしております」

「またアイツが」


 そうこうしている内に、大声を挙げながら整った顔だが鬼の様な形相で台無しになっている長兄である、キル・カーベインが入って来る。


「なんだ、キル、静かにせんか」

「父上! 何故、陛下からの要請を断ったのですが!」


 次男であるラスーが自分似であるのに対して、長兄は一体誰に似たのだろうか、曲がったことが嫌いな性格で騎士道をこよなく愛する男。

 なんともまあ、気持ち悪い事か、この世で一番使えないモノは騎士道だ、金にもならない、それどころか大きな金食い虫だ。

 鎧や馬の整備で金が川の様に上流から下流へと金が流れていく。

 まだ、ラスーの方が可愛げがあるし、金の重要性を理解している。

 ラスーが長兄だった、堂々とこの地を譲ることが出来ると言うのに、キルがこの地を継いだらどうなるか、目に見えている。


「キル、その事については、陛下、いや、もはや先代だったかな」

「父上!」

「まあ、許可は貰っている、お咎めはないだろう」

「そういうことを言っているのではありません、騎士として一領主として責務の話をしているのです!」

「ちゃんと果たしている、このカーベイン領が豊かなのも領主としての役目を果たしているからだ」

「戦わない、領主が何を言いましょうか!」

「兄上、いくら兄上とはいえそれ以上の暴言は――」

「黙れ、守銭奴! 金の計算しか脳のない男が」

「な、なんですと!」

「いい加減にしろ二人とも」


 カーベインは怒鳴りつける。

 二人は睨み合いながらも、カーベインの指示に従った。


「キル、わたしが何時、戦わないと言った」

「それはどういう意味ですが」


 真剣な声で言うカーベインに思わずキルは訊き返す。

 カーベインは不敵な笑みを浮かべながら、声高く言う。


「正義は我ら居ありだ」



 パティール王国とラバール神国の国境、少し先に行けば国を隔てるペシィ川が見えるはずだ。

 エレキは森の中を馬でゆっくりと進む。

 合流地点はここのハズだ、周囲を警戒しながら進むと人の気配。

 エレキが咄嗟にホルスター拳銃を抜こうとしたが、心臓と額に赤い点が集まり動けなくなる。


「動くな、動くと撃つぞ」


 森の中から現れた黒ずくめの男は沿おう言う。

 エレキは臆する素振りも見せずに、彼は馬を降りた。


「久しぶりだな、大杉曹長」

「似合わないかっこをしていますね、エレキ軍師殿、いや、榎本礫えのもと れき准尉」

「そういうな、おれはこれで気に入っている、それより的場さんは?」

「ここに居る」


 木の陰から姿を現したのはフードを被った初老の男。

 的場星龍である。


「長い間の潜入ご苦労だった、どうだったこの軍事力はどの程度だ?」

「中世レベルの軍事力と言ったところでしょうかね、まあ、我々の敵ではありません」

「『例の情報』は? どうだ、検討は付いたか?」

「いえ、何にもありません」

「そうか……」

「これからどうするのですが?」

「まずは、法王庁の領域に向かう、あそこはどこの国も手が出せない治外法権だからな、隠れ蓑にするのは丁度良い、そこで次の段階の準備に入る」

「了解、あ、そうだ、そう言えばですが、パティール側に面白い人物を見つけましたよ」

「面白い人物?」

「カズですよ」


 榎本の言葉を聞くや二人の顔色が分かる、大杉は怒りを露わにした顔にそして的場は笑っていた。


「そうか、やはり奴もこの世界に来ていたが、そうではなくては、面白くない」

「あの裏切り者が」

「大杉、怒りを持つのは良いが、任務を優先にしろ、良いな」

「はい、一佐」

「それから、榎本」

「はい、なんでしょう」

「今度からちゃんと尾行が付いていないか確認しろ」


 そう言うと目の前から数人の一団が現れる。

 数は二十人ばかり。

 兵装からラバール兵だとわかる。


「見つけたぞ、裏切り者、よくもアノルド殿下を 覚悟は出来ているだろうな」


 榎本は彼らを見て大きなため息を付く、それが感に触ったのだろうか、ラバール兵が「何が可笑しい」という。


「可笑しいさ、だってアンタ、自ら死地に飛び込んで来たんだぜ」

「ほざくな!」


 的場はまるでその会話に興味がないかのように踵を返して森の奥へと歩き始める。

 そのまま振り向かずに的場は言う。


「橋爪三尉がヘリの準備をしている、早めに終わらせろよ」

「了解」

「何を先程からごちゃごちゃと! 皆の者! あの裏切り者の首を撥ねろ!」


 兵団が一斉に榎本の方に向かって来る、榎本は落ち着いた様子で腰から九ミリ機関銃を取り出し、フルートで連射する。

 マズルフラッシュの輝きとと硝煙の臭い、そして爆音が森の中に響き渡った。





 カムイは初めて王都へと来た。

 王都は戦勝祝賀の様なお祭り騒ぎとなっていた。

 誰もが街道沿いに人が集まり、歓喜の声で出迎えてくれた。

 それは救国の英雄として次代の王を称えようとする王都市民の出迎えの声であった。

 王宮に着くと、ジルマをはじめとして各中隊長クラスや将軍達と共に玉座の間に向かう、何故だがカムイも呼ばれる。

 向かうは玉座の間。

 道中いろいろな視線を感じた、喜んでいる者や蔑んだ視線を向ける者、あるモノは無視するものなど様々だ。

 そうこうしている内に玉座の間に到着する。

天井にまで届くかのように大きな扉がゆっくりと開き、玉座の間が目の前に広がる。

 その部屋の中でただ一人、一礼している人物が居た。

 ビルヘイム・グランド子爵、王宮の政務を司る政務長官である。


「ビルヘイムさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです姫様、いえ、シルフィーナ女王陛下とお呼びすべきでしょうか」

「今はまだ、王女よ、ビルヘイムさん」

「そうでしたか、失礼しました、しかし、いつか即位なされた日にはそうお呼びするでしょうな」

「それは近い日かもしれないわね」


 ビルヘイムはシルフィーナから一歩下がる。

 シルフィーナは玉座までの階段を上り始める、一歩、一歩。

 ゆっくりと、登っていく。

 そして玉座を前にして、シルフィーナは振り向き、目の前に居る新しき臣下を見下ろして声高に宣言する。


「今日この日をもって、わたしは正式に王位を継ぐことを宣言する、それに否とするモノは前に出よ、そうでないのなら、我の前に平伏せ!」


 誰もが彼女に異を唱える者はいなかった、皆が彼女に平伏した。

 この日をもって正式に彼女は王位を継ぐことを大陸中に宣言したのである。


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