十四話:ドーランシ市市街地戦 ①
十四話:ドーランシ市市街地戦 ①
1
赤い夕陽が今沈もうとしていた。
この夕日が沈めばドグマ要塞の攻略が始まって五日目の夜を迎えることになる。
退却の角笛が吹き、怒号の様な兵士達の叫び声は徐々に静まり返っていった。
数多くの負傷兵、戦死者を生存者が抱え野営地まで下がり始める。
ラバール軍が部隊の再編成を終えてドクマ要塞攻略に乗り出したのは、イラスラ渓谷での戦いから二日後のことだった。
ドクマ要塞には守備隊一万と、イラスラ渓谷で敗走した部隊を吸収しても兵力は二万と少しだ。
しかし、城攻めを開始してから五日、この要塞はなかなか落ちないでいた。
「エレキ、いつになったら落とせるのだ?」
ラバール神国の神皇であるウペランシー・ロドリゴ・ラバールは軍師であるエレキにそう投げ掛けるが、反応はいたって冷静であった。
「意外と敵の粘りが強いですね、まあ、そのうち予備兵力が底をついて降伏するでしょう」
「だからそれはいつだと言っているのだ!」
怒りを彼にぶつけるウペランシーを、エレキは冷ややかな目で見ていた。
この男は策を練るのが好きだが、肝心なところは全て他人任せだ、これでは兵はついて来ない。
長く続く攻城戦にも負けずに不屈の精神で敵を撃退続けるパティール兵、打って変わってこちらは、イスラス渓谷での戦いで勝ったとはいえ痛手を被り、城攻めの主兵器である新型の床弩を失ってしまったことにより、兵の士気は下がり始めている。
そのうえ指揮官がこの無能な神皇では、エレキは葡萄酒を飲みながら頭の中でそんなことを考えていた。
しかも、肝心な仕掛けが上手くいかなかったのも、今回の城攻めを難航させている。
仕掛け、パティール王国国王であるカルマ王の暗殺だ。
暗殺は上手くいったであろう、事実、パティール軍の動きが緩くなった、しかし、その直後に現れた剣聖、ジルマ・パティール率いるハマール軍の来襲により、遺体の行方が分からなくなったのが痛かった。
遺体を掲げて部隊の士気を高揚させ、敵兵の士気を挫く予定だったのだ。
「何事も上手くいかないのか、世の中か……」
「何か言ってか?」
「いえ、陛下、それよりご子息はどうされたのですが?」
ウペランシーの息子である次期皇帝であるアノルド・ロドリゴ・ラバール皇太子も今回の戦いに参戦していた。
父親とは違い、アノルドよくできた人間である。
何でも自分でも決めなければ気が済まないウペランシー、その癖肝心なところは他人任せの彼とは違い、周りの意見を取り入れながら動く人物で、臣下や側近達を何よりも重要視する人物である。
その人柄の良さもあり、彼に付き従う騎士や諸侯も多い。
「いつものように、側近達と明日の城攻めの確認をしているのだろうよ、まったく自分で判断できないようでは、わたしの後を継いだ時、苦労するぞ」
貴方よりはマシであろうとは口が裂けても言えなかった。
そこへ伝令の兵が慌てた様子で入って来る、一礼してエレキに報告する。
「失礼します、先程の近隣の集落や町などの探索に出ていた斥候より報告があり、パティール軍の残存部隊らしき兵団を確認とのこと」
酒を煽ろうとしていたウペランシーの手が止まり、エレキの目は険しくなる。
「で、敵の現在位置、規模は?」
「ハッ 敵は一万弱、現在ドーランシ市に駐留しているとのことです」
エレキは眉を吊り上げる。
ドーランシと言う地名に聞き覚えが無かったからだ。
「ドーランシ市、訊かない街だな、どんな城塞都市だ」
「いえ、城塞都市ではありません、普通の街でございます」
「普通の街だと?」
「はあ、見たところ防御用の城壁もなく、周囲を山脈に囲まれた盆地にございます」
「ようわからんな、誰か、地図を!」
兵士が持ってきた地図を広げる。
長年に掛けてパティール王国内に忍ばせた間者に作らせた精巧な地図は侵攻の助けになるが、忍ばせた間者が作ったのは障害になるだろう支城や要塞、城塞都市などの地図であり、その他は申し分ない程度に作られている。
先程まで広げていたドグマ要塞の周辺時図とは違い、大雑把に書かれた地図は見にくかった。
「なるほどな、ドグマ要塞とブーケ領の中間地点にある都市か、人口は?」
「不明です、ですが、家の並びから推測するに約三千弱かと」
「三千、正規兵を合わせても一万三千、その兵力で何が出来る?」
エレキは顎に手をやり考える。
相手はあの剣聖、ジルマ・パティール公爵だ、何も考えなしにこの地に布陣するはずがない、何かがある、それは何か。
エレキが考えていると「あっ」と何かを思い出したかのような声を出すウペランシーに視線が集まる。
「何か、心当たりでもあるのですが陛下?」
「いや、そう言えばと言うかだ、確かジルマが最後に戦ったのがその、ドーランシの土一揆だったハズだ」
それを聞いてますますわからなくなった、かつて、鎮圧した地域に布陣する理由がまるで分らない。
だがしかし、こう胸の奥で囁く。
これは罠だ、取り返しのつかないことになるぞと。
ここでエレキは悩む。
この敵を無視してドクマ要塞への攻撃を優先するか、それとも後顧の憂いを断つのか得策か。
そんなことを考えていると、追加の伝令が届く、その内容に今度はウペランシーだけではなく、エレキも目を丸くする。
「それは間違いないのか?」
「ハッ、間違いありません、ドーランシに駐留している兵団の旗の紋様は白鳩! 国王旗が翻っています」
国王出陣を意味する、白鳩の旗が上がっている。
それは国王軍の証である。
「カルマ王が生きているのか、どういうことだ、エレキ、カルマ王は死んだんだろう」
「遺体は確認していません、から一概に死んだと断言できません、しかし、妙ですね」
「何がだ?」
「この少ない、しかも、我が軍の本体と差ほど離れていない地域に居るのにわざわざ自分の存在を知らせる、必要性があるのでしょうか」
エレキは考える、ここで考えられるのは揺さぶり、もしくは誘い込みだ。
可能性があるのは後者であるが、どうも腑に落ちない、このドーランシ、地形的に策を練るのは難しい地域だ、四方を山脈に囲まれた盆地であり平地。
籠城する様子もない、なのに敵はまるで待ち構えているかのように、ここに布陣した。
謎が謎を呼ぶ感じだ。
では前者ではどうだろうが、揺さぶりならば敵である我々の眼前に姿を現さなければ意味がない、揺さぶりと同時にドクマ要塞の士気高揚にもならない。
まるで敵の意図が読めない。
深く考え込む、エレキに対してウペランシーは意気揚々に言う。
「まよい、そこに国王が居るのなら再び殺すまでだ、エレキ、直ちに出陣だ!」
ウペランシーの命令にエレキは即答を避けた。
「もう少し敵の動きを見るべきです、敵が策もなしに彼の地に布陣するハズはありません、こちらも何かしらの対策を――」
「エレキ、貴様は少しばかり深く考えすぎだ、それにこの好機を逃すのは勿体ないだろう、伝令! 息子を呼べ! 今回の残敵掃討の大将にアノルドに任命する、エレキ、貴様の策で我が息子に手柄を立てさせろ」
どうやらウペランシーは掃討作戦の指揮を息子であるアノルドに取らせて拍を付けさせようと考えているようだ。
腹黒い男でも根は父親という訳か、エレキは考えを改めて策を練る。
敵がどんな策を講じているかわからない以上、ここはあえて数で押す作戦に出る。
翌日、ドグマ要塞の包囲を継続するため、兵士を四万ほど残して、八万の兵を率いてドーランシ市に向かった。
2
七日前。
ジルマ達率いるハマール・ガンダルフ軍の混成部隊は、イスラス渓谷での残存兵を回収しつつ、ブーケ領に帰還した。
ブーケ領には領主の子であるカット・ブーケ侍従長が撤退してきた兵士の為に、治療と食事の準備をして待っていた。
「ジルマ様無事の帰還、何よりです」
「無事とは程遠いがな」
ジルマは撤退中に、弟であり国王であるカルマ・パティールの戦死の報を聞いたのだ。
彼にとっては最も恐れていたことであった。
ジルマはブーケ領に続々と到着する兵士達を見る。
皆の顔には生気がなく、まるで歩く屍だ。
惨敗に加えて国王の死は兵士達の士気を地の底へと誘うのに十分だったのである。
「ブーケ、カムイ達は?」
「まだです」
「そうか」
「死なせてくれ!」
急に騒ぎだした集団の方へ視線を向ける、一人の騎士が剣を首筋に当て死のうとしているのを他の騎士達が必死に止めに掛かっていた。
「バカな真似はよせッ!」
「死なせてくれ!」
「死んでどうする!」
「なんの騒ぎだ!」
温厚そうな性格のガンダルフには似つかわしく、ドスの利いた声が広場に響き渡る。
死のうとしていた騎士はその場に剣を落として、這いつくばった。
「なんお騒ぎだ」
「はあ、この者が自害しようとしていたので、皆で止めていた次第で」
「お願いです、目の前で陛下が殺されるのをただ眺めるだけだったわたしに責任を……」
「それはならん」
ガンダルフが這いつくばっている騎士の肩に手をやり、優しい口調で話しかける。
「もし、責任を感じているのなら陛下の無念を晴らすために生き、ラバールを追い払わんとならん、追い払いもせずに自害すること、その責任から逃げることだ、それこそ陛下に申し訳が立たん、良いな」
「……はい」
こういう時はガンダルフの様な男がいると心強いと思う。
ジルマはブーケを連れて、屋敷に入る。
屋敷の広間にはブーケ領領主でありカット・ブーケの兄であるディアン・ブーケ伯爵が地図を広げながら待っていた。
「殿下、無事な帰還、何よりです」
「挨拶はよい、して、状況は?」
「はい、我が領に徴集した兵士は衛兵と合わせて三千弱です、殿下の兵士と合わせて現在一万と言ったところです」
「敵の現在位置は?」
「ラバール軍内部に忍ばした間者からの報告では落としたスラン支城に入城し、イスラス渓谷で敗走した兵の追撃を行っています」
「敗走した兵は、皆、ドグマか、近くの支城にバラバラに逃げている状態か、我らも回収できたのは、千と少しだ」
「どのようになさいますか?」
「とにかく、部隊の再編制を急がせる、敵がドグマ要塞を落とす前に何かしらの策を練らねば」
立派な髭を弄りながら考え込むジルマにカット・ブーケが言う。
「殿下、ここはやはり、南部に助けを求めるべきではないでしょうか、いくら、南部の連中が出兵を断ろうと、国自体が無くなれば元もこうも……」
「カーベインが、何もなしに兵を出さなかったと思うか?」
視線を変えずに言うジルマにカット・ブーケはまさかと言う顔をする。
「既に、ラバールとは和睦が成立していると?」
「可能性はなくはない、むしろその方が自然だろうな、何せ奴にとっては国盗りをする最初で最後の好機なのだからな」
「もしそうなら、それは国家への裏切りです」
「野望と言う名の欲に飲まれれば、皆そうなるモノだ、カット」
冴えない中間管理職の様な男であるカット・ブーケとは違い、兄であるディアン・ブーケは爽やかな顔をした男だ、そんな彼が力んだ声で言う凄味が増す。
そんなディアンが何か意を決したかのように静かにそしてはっきりとした口調で言う。
「殿下、陛下が戦死したことにより既に兵の士気はありません、このまま再びラバール軍に戦いを挑めば、蹂躙されるのは我らです。殿下、彼らを再び兵士に戻すには新たな『柱』が必要です」
ディアンの言葉に訊き、ブーケは兄が何を言おうとしているのか自ずと分かった。
彼の方に向かず、ひたすら考え込むかのように髭を弄るジルマにディアンはハッキリと、力の籠った、そして重い言葉を投げかける。
「殿下、いえ、ジルマ・パティール王太子、今この日をもって我らの新たな王となるべきです」
ディアンはそう言った。
かつては王太子、つまり、王位継承一位、次期国王として称号を持っていたジルマ。
そのかつての称号で呼ぶと言うことは、王位を継いでほしいと言う意味が込められている。
しかし、ジルマの返事はディアンが思っていた返事とは違っていた。
「ディアン公、わしは少し寝る、兵も交代で休ませろ」
「陛下!」
「わたしは陛下ではない、ハマール領領主、ジルマ・パティール公爵だ、王太子の称号はとうの昔に捨てわい」
ジルマはそれだけを言い残して、部屋を出る。
ハマールのとは違い、絢爛豪華な廊下を眺めながらどうして自分の力を誇示したがるのだろうかと、そんなことを考えてしまった。
かつて剣聖と呼ばれていたあの時代、ジルマは確かに自分の力を誇示し守って来たことを、誇りに思っていた。
しかし、あの土一揆の討伐の際、自分の力が見せかけのモノだったか思い知らされた。
剣聖、ジルマ・パティールが軍を率いて攻めて来た、それを知ればドーランシ市の土一揆衆は直ぐに降伏するだろうと思っていたのである。
しかし、彼らは予想に反して、降伏しなかった。
それどころか周辺地域を巻き込んだ最大規模の土一揆となり、彼らは猛々しく戦った。
最後、ドーランシ市に追い詰めた土一揆衆を戦力差で押しつぶした。
剣が折れようと、槍が折れようと、矢が尽きようと、彼らは何度も立ち上がり向かって来たのだ。
戦いが終わった後、心の底から泉が湧き出るかのように虚しさが込み上げて来た。
その戦いは、積み上げて来た、そして必死に守って来た名声と力を真っ向から否定されたと思ったからだ。
彼らを突き動かしていたのは、名声や権力や力などではなく『生まれ育った郷土と家族を守る』と言う思いだけだった。
「守るために、再び権力の傘に戻るしかないのかのう」
ジルマは、同時に欠けている双子月を見上げながらそのようなことを呟いた。
3
カムイ達がブーケ領に到着したのは翌朝だった。
ブーケ領の城門を潜り抜け館に向かう。
館の前には既に多くの兵士達が治療と休息をとっていた、しかし、どの兵士達も覇気がなく、まるで死体が歩いているかのような顔だった。
怪我をしているロレを近くの看護士に預け、カムイは館内を歩き回る。
ジルマにことの報告をするためだ。
「カムイ、無事だったか」
部下と話していたガンダルフがこちらに気付き声を掛けて来る。
カムイは一礼して、周囲を見渡しガンダルフに訊く。
「ええ、何とか」
「将軍」
「フォルか、大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい、それより、姫様と姉上に何かお召し物を、流石に男の目がりますので」
ガンダルフはその後ろで控えていたシルフィーナとアマンダを見る、シルフィーナはスカートの裾が破れて、膝が見えていた。
その一歩後ろで控えているアマンダは、カーテンの布で胸元を巻いているだけで、雪の様に白い腹部が露出していた。
確かにこの格好はマズい、事実先程から数名の兵士の視線が二人に注がれていた。
「わかった、館の侍女達に用意させよう」
「お願いします」
「それより気になっていたのだが、王妃殿下の姿が見えないが」
カムイとフォルスは互いの顔を見る、そしてカムイがことの経緯を説明した。
一通り聞き終えたガンダルフは、カムイの肩に手をやり、にこやかな顔で言う。
「ご苦労だった、少し休め、報告はわたしがしておく」
「はい、ありがとうございます」
カムイは一息付く。
アマンダと交代で夜通し街道を駆け抜けた所為で酷い寝不足に襲われる。
カムイは重たくなった瞼がゆっくりと落ち始めるが、このまま目を閉じてしばらく休もうそう思った時だ、兵士の会話を聞いて一気に眠気が覚める。
「どうやら、ジルマ様が即位なさるらしいぞ」
カムイは飛び起き会話元を探す。
「ユランさん!」
会話元はハマールの衛兵であるユラン達だった。
「カムイさん、戻っていたんですが?」
「ええ、先程…… それよりさっきの話は?」
「ああ、そうか、カムイさん知らないのか、陛下が戦死されたことを」
「戦死された?」
「ああ、それで、ちょっとした問題があってな」
ユランは周囲を見渡した後、カムイを手招きしてヒソヒソ話をする。
「いやな、昨日、ロレンス衛兵長とガンダルフは将軍が話しているのを偶然聞いたんだよ、どうやら、士気高揚にジルマ様を担ぎ上げようとしているらしんだ」
「旦那様は、何って言っているんだ?」
「どうやら、本人はその気がないらしい、それでどうやって説得しようかと話していたよ」
カムイは頭を掻き毟りながらその場に腰を下ろし、地べたに座り込む。
慕っている人がいきなり雲上人なると言うのがどうにも想像が出来ない、何よりも、ジルマが国王と言うのが想像できなかった。
ため息を付くカムイ。
「その事ですが、他言無用でお願いしますよ、皆さん」
いつの間にかカムイの背後に笑顔で立っていたブーケが言う。
余りの唐突に出て来るので、カムイだけではなくユランも驚いていた。
「ユラン、あまり不確実な話題をしないように、それから、カムイくん、ジルマ様が、お呼びです、至急、応接間に来てください」
カムイは了承して、応接間に向かう。
ブーケの案内で、館内に入るが、ハマールの屋敷と違い、豪華な作りで廊下を歩くのはどうも落ち着かない。
それを悟ったのか、ブーケはクスクスと笑っていた。
何が可笑しいのかと聞くと意外な答えが返って来た。
「いや、ジルマ様と同じような顔をして周りを見ているから、ついね」
「はあ、しかし、豪勢な作りですね」
「ブーケ領は、北部、西部と王都を結ぶ交易路に有る領です、それだけで、お金が落ちます、それにこの領には鉱床がありますのでそちらの利益もあるのですよ、小さな領地なのにね」
「故に館も豪華になる?」
「まあ、ハマールでの生活に慣れたわたしには、少しばかり居心地は悪いのですがね」
カット・ブーケはこの地の領主の六男である、一番下の子であるがために自分の生まれた家でも居心地が悪いのだろう。
ブーケに案内された応接間のドアの前に立つ、これまた豪華な扉であり金の装飾がされた扉だった。
カムイはドアノブに手を掛けるが、扉の向こうから聞き知った怒鳴り声が耳に入り、回しかけたドアノブから一瞬手を放してしまった。
カムイは恐る恐る扉を開けると、中に居たのはテーブルに肘を掛けているジルマとその目の前でロレンスの襟元を両手で掴んでいるゲイリーが居た。
「もう一度言ってみろ、ぁああ! 衛兵長!」
「さっきも言ったとおりだ、それが今の現状、最良の選択だと言っている」
この二人が本格的に言い争いをしているのをカムイは初めて見る、普段は上官と部下と言う間柄であるが、揉めるほど仲が悪いという訳ではないが、信頼し合っているほど仲が良いと言う訳ではない。
しいて言うならば、飲みに誘われれば行くし話はするが、それ以上は深いらないという関係と言う感じだ。
ハマール領を出る前の晩に些か険悪な状態になったていたが、これ程まで悪化しているとは思っても見なかった。
「陛下が死んで、まだ日が経ってもいないの中で、次期国王の話だと、ナメているのかッ!」
「ナメてはいない、現実的な話をしている、序列的にはジルマ殿下が王位を継ぐのは妥当だ」
「だけどな、だけどな!」
「ゲイリー落ち着け、お前は恩義あるカルマ陛下の死で、気が動転しているんだ、冷静になって物事を考えろ」
「至って冷静だけどな、おれは」
「冷静なら、上官の襟元を掴むか」
緊迫した空気の中を壊すかのようにジルマは大きな欠伸をした。
一瞬の静寂の後、ジルマは静かに口を開く。
「ゲイリー、まだ、決まったわけではない」
「ですが――」
「それにわしは継ぐとは言ってもいない、ロレンス、その話はよせと言っただろう」
「しかし、殿下、わたしは――」
「貴様は二十年前の時もそうだったが、そんなにわしに国王になって欲しいのか?」
「願わくばですが」
「貴――」
「わしはその気はない」
ジルマは平然とした顔で言う。
平然ぶりに皆が声を失う。
「ロレンス、ゲイリー。二人とも下がれ、カムイと二人だけで話したいことが有る、ブーケもだ」
そう言われて、ブーケは一礼して応接間から、ゲイリーもジルマに何か言いたげそうな顔をして、部屋を出る。
ジルマの視線がロレンスに向くが、動こうとしない、それどころか睨めつけるかのように険しい顔をしてジルマの方に向く。
「行かんか、ロレンス」
「殿下、この際ハッキリ申し上げます、王位を付いてこの国をお導き下さい、殿下の手腕なら、この国を纏め、強国に伸し上げることが出来ると、わたしは確信しております、ですから殿下!」
「聞こえなかったのか、下がれ、わしに三度目を言わせるつもりか?」
ジルマのキリッとした鋭い視線がロレンスを次の言葉を封じた。
苦いモノを飲み込むかのような表情をしながらも、敬礼してその場を去った。
残されたカムイは、改めてジルマを見る、考え込むような顔をしてカムイの方を見ていた。
「カルマが死んだことは知っているな」
まるで言わんでも分かるだろうと言うような口調でジルマは言った。
カムイは静かに頷き、ジルマは疲れたような声で言う。
「お前さんは、どう思う?」
「どうと言われましても……」
「正直なところ、わしはやりたくはない、わしには人を導くことは出来ない」
深いため息を付きながらも話を続ける。
「カムイ、お前さんから見て、わしは王の器か?」
難しい質問を投げかけられ、カムイは戸惑う。
どう答えればいいのだろうか、確かにジルマはハマール領の領主としてその手腕は申し分ない、でも、なんでだろう、ジルマが王位を継ぐと言うのがイメージできない自分が居る。
戸惑っているカムイにジルマは再度問いかける。
「構わんよ、正直な気持ちを言ってくれ」
そう言われ、カムイは静かにハッキリとした声で言う。
「正直言いますと、想像できませんね、旦那様が王冠被って玉座に座っているのが、どちらかと言うと、鍬をもって畑を耕している方が似合っていますよ」
カムイの言葉に、目を丸くしたジルマは少しずつ、そして次第に、盛大に笑いだす。
「正直すぎるぞ、カムイ」
「正直に言えといっては、旦那様です」
「まあ、そうじゃったな、そうか、似合わないか、ウム、確かに似合わないな」
ジルマは、重い腰を上げ静かに窓の外を眺める。
振り向きもせずにジルマはカムイに話しかける。
「カムイ、今、カルマの死をシルフィーナに告げるようにガンダルフに命じた、お守り役であった、ガンダルフから告げるのが良いと思ってな」
「そうですが……」
母親の行方が分からない中で今度は父親の死を告げられる。
今の彼女にそれが受け入れられるだろうか、正直不安だ。
そんなことを考えていると、まるでそれを見透かしたかのように、ジルマはカムイの肩に手をやりそして言った。
「わしはあの子と話がある、カルマの死で今後、政局は不安定になる、あの子の存在が大きな役割を持つのと同時にこの国の足枷になるやもしれん」
「はあ」
「何かあったら、あの子の力になれ、カムイ」
「はい」
それだけを言い残して、ジルマも応接間から出た。
4
カムイはしばらく与えられたテントで横になりながら、ランプの明かりを眺めていた。
隣には治療を終えたばかりのロレが、鼾をかいてい寝ている、この男の肝のデカさは見習いたいモノだとつくづく思う。
カムイの頭の中にあったのは、あの屋敷で見たこと感じたこと、そしてジルマに言われたことが頭の中でグルグルと渦を巻きながら頭の奥で回っている。
この国の建国の祖は、おれの居た世界の人間だ、では彼はどうやってここに来たのか、それに、あのトラップ(罠)を仕掛けやつは間違いなくプロの仕業だ。
手榴弾、この世界ではまだ作られてはいない、おれと同じようにこの世界に来た時に一緒に持ち込まれたものだ。
そこまで考えて、ふと、あることが疑問に浮かんだ。
思わず体を起こして呟く。
「おれはどうやってこの世界に来たんだ?」
カムイは今の今までそのことに何一つ疑問を抱かなかった自分に、驚きの余り思わず声に出してしまった。
記憶がない以上わからないが、普通に考えても転んだ弾みや、ファンタジー小説の様に神様に転移されたとは考えにくい、いや、忘れているだけでその可能性はある。
でもだ、カムイは胸の奥底で何かが詰まったような感じがしてならない。
自分は普通の方法でここに来たのではない、そう、心の奥で囁いているようだ。
「おれはどうして……」
「カムイさん、起きていますか?」
テントの入り口の近くから女性の声がして、考え事から現実に引き戻される。
外を覗くと、アマンダがそこに居た。
いつもの、給仕服とは違い、私服姿は肩まで伸びた黒髪と相まって何だが新鮮だ。
「どうされたんですが」
そう聞くと、アマンダは周囲を確認してから耳元で囁く。
「陛下の死は知っていますね」
カムイは静かに頷く。
「その事で、王女様はひどく落ち込んでいらっしゃるのです」
「そうでしょうね」
父親の死と母親が行方不明では仕方がない事である。
「そこで、父から伝言なのですが、至急厨房に来て欲しいとのことです」
「へえ? 厨房ですが?」
「ええ、何でも王女様に元気になってもらう、モノを作るので手伝って欲しとのことです」
「作る? 何を?」
「料理だそうです」
厨房に到着するとガンダルフが包丁を片手に野菜などを切っていた、その手さばきは料理人であるカムイですら、見事な腕前である。
「いや、来たか、カムイ」
「ガンダルフさん、一体何を作っているのですが?」
「肉パンだ」
「肉パン?」
「まあ、海賊料理だよ、小さい頃から悲しい事や落ち込んでいるによく食べさせたものだ」
ガンダルフは話しながらでも手を消して止めない、素早い動きで次々と食材を切っていく、この腕前は一流シェフにも負けない。
カムイも、横に並び食材を切り始める、牛肉を切り、余分な脂や血筋や血管などを取り除き、二つの包丁で牛肉をミンチ状態にする。
その隣では、ガンダルフが目にも止まらない速さで玉ねぎをみじん切りにする。
「驚きました、まさか、一将軍が料理人とは」
「ジルマ様に出会うまでは、ラバール港を縄張りにしていた海賊だったのだ、わたしは」
懐かしむような表情でガンダルフ話す。
「わたしの出身はラビ・ハン国の北でな、昔からガリヤ王国連合との戦が絶えない地域だった、ある日、住んでいた村にガリヤ軍が攻めてきてな、両親は殺され、運良く生き残ったわたしは、海賊に売られそこで、戦士兼料理人として生活を余儀なくされた」
「そうだったのですが」
意外な過去にカムイは驚く、生まれも育ちもこのパティール王国だと思っていたからだ。この人もまた、自分と同じ流れ者だ。
「まあ、売り飛ばされた海賊達も討伐に来たジルマ様に敗れて殆どが殺された、わたしは、ジルマ様に命乞いをした『わたしは料理人です、海賊ではありません』とな、その時ジルマ様が言ったのだ『ならば、上手い料理を作って見せよ』わたしは作った、生き残るために、この料理を」
ガンダルフが小麦粉を練り始めてようやく何を作ろうとしているのか、カムイは理解できたのだ。
これは自分たちの世界で言うところの肉まんだ。
「カムイ、ジルマ様は王位を継ぐつもりだと思うか?」
ガンダルフの唐突な質問にカムイは黙り込んでしまった。
暫く調理の音が厨房内を包む、とうとうその沈黙に耐えられなくなりカムイは静かに口を開く。
「たぶん、仕方なく次ぐのではないのでしょうか、旦那様はやりたがらないと思いますが、国のためと考えると、どうしても王位を継がなくてはならない」
「フムン、やはりそうなるか、だが、そうなると姫様のことが気になる」
「と言うと?」
「おそらくだが、ジルマ様はあくまでも臨時の王になるつもりだ、次期国王は姫様の婿に継がせ引退する、そう考えている、でも、それでは、姫様が政治利用されているようで、どうも……」
「親心として気になると?」
カムイが嫌らしく聞くと、ガンダルフは頷いた。
「本気ですが?」
「小さいときから子守り役として仕事をして来たのだ、あの方の幸せを願って何が悪い」
少し怒り気味な口調でガンダルフは言う。
「申し訳ございません」
「姫様には幸せになってもらいたいモノだ、出来るのなら、だが」
二人の子を持つ親であるガンダルフとってシルフィーナもまた自分のこのように思っているのか、カムイは、なんだが羨ましかった。
自分には何もない、自分が分からない、そんなおれにあの子の力になれるのだろうか、カムイは餡を包みながら考えていた。
ふと、そこで、あることに気付く。
「王女殿下はどう考えているのでしょうか」
今まで、誰一人彼女自身の気持ちを考えてはいなかった。
国の為、親として、親類として、皆が意見を述べているが、誰一人たりとも彼女の意見を聞いていないことにカムイは気付いたのだ。
当事者不在で話を進めていいのだろうか、カムイは手を止めて、ガンダルフに自分の考えを伝えると、意外な答えが返って来た。
「姫様は、まだ、十三だ、自分で物事を判断できる歳ではない、それに王位を継ぐとしてもパティール国民の全ての命を背負う、その重みに耐えられる程『姫様は強くはない』」
ガンダルフの言葉にカムイは疑問があったのだ。
ガンダルフは知らないのだ、シルフィーナの強さを。
彼女が本当はとても強い人間であることに。
ふと、そこでカムイは包んでいる肉まんを見てあることをもい出す。
「ガンダルフさん、もしです、もし、王女殿下が自らの意思で王位を継いだら、あなたならどうしますか?」
その質問にガンダルフは間を置くこともなく笑みを浮かべながら言い切った。
「無論、全身全霊を掛けてお仕えするまでだ」
その曇りのない言葉は、有り触れたセリフであるのにも関わらず強い説得力があった。
カムイはガンダルフの気持ちに嘘偽りないと確信する。
「ガンダルフさん、なら手伝ってもらえませか」
「手伝う? 何をだ?」
「王女殿下の本心を聞き出すのをです」
ジルマは向かいあうシルフィーナを見てつくづく、不幸な子だと思った。
王妃であるベルニカとの仲はあまりよくなかったと聞いている、それもそのハズだろう、本来ならベルニカは、相思相愛だった許嫁と婚姻する予定であったが政治的意向でジルマの弟であるカルマと半ば強制的に結婚させられた。
しかもその時、ベルニカにはその許嫁との間に子を身籠っていた、それを知った時のペルマ王は、強制的に堕胎させたと聞いている。
そして無理に身籠らせ生まれたのか彼女だ。
生まれた当初から彼女のことを、ベルニカは見ようとはしなかった、そして、彼女の許嫁が戦で戦死したと言う方が届いて以降、彼女は誰にも会わなくなった。
精神的に病んでしまい、時折独り言や暴れまわったりしてとうとう別邸に移されたしまった。
それでもシルフィーナは自分を嫌っている母親を好きになろうとしていたのだろう、そしてその気持ちは父親であるカルマに伝わっていた。
カルマはジルマに相談したことがあった。
娘を母親に会わせるべきかどうかを、その相談にジルマは言った。
『娘のことを思うのなら会わせないことが最善であろう、だが、子の成長には母親の愛が必要であろ、無理せずに会わせれば良い』
なんとも不甲斐ない言葉だ。
あの言葉でカルマは一か月に一度、シルフィーナをベルニカの居る別邸に連れて行っていたらしい。
でも、会うことは叶わず、永遠に会話することなく彼女の前から消えてしまった。
そして、父親も。
母親の愛を知らない彼女が心配だった。
もし、この子が大人となり婿を取り、子を産み育てる時に、親として役目を果たせるのだろうか、子育ては親の背中を見て学ぶものである。
それはこの国で生きるものでは当たり前の言葉である、だがそれがかえって心配だった。
「伯父様、伯父様はこれからどうなされるのですが」
物思いにふけっていたジルマはシルフィーナの声で現実に戻される。
そうだった、これからのことを話しているのだった。
ジルマは椅子に深く座り直し、咳払いし話し始める。
「シルフィーナ、わしは、臨時の王となるだろう」
「……そうですか」
「だが、あくまでわしは臨時だ、次期国王は、お前の婿が継ぐことになる、シルフィーナ。お前が望む男を選べ、その間はわしが守ろう」
子供をあやすかのように言うジルマにシルフィーナは深く悲しそうな顔をする。
そして、シルフィーナは掠れるような声で、静かに、ジルマに言う。
「わたしは、この国の飾りなのでしょうか……」
「シルフィーナ……」
「わたしは――」
シルフィーナが言おうとした時にドアをノックする音が部屋に響く。
ドアが開き入って来たのは、ガンダルフとそしてカムイだった。
シルフィーナはカムイの顔をも見ると自分の顔が赤くなるのを感じた。
言いかけた言葉を飲み込む、黙り込む。
ふと、肉の甘い香りが鼻腔を擽った、あまり肉が好きではないシルフィーナであったが、この懐かしい匂いだけは、嗅ぐ度に口の中に唾液が広がり、無性に食べたくなる。
「懐かしいモノを作ったではないか、ガンダルフ」
「はっ」
「しかし、なんだその数は? そんなに食いきれんぞ」
ジルマの言う通り、ガンダルフが持って来た皿には山の様に積まれた肉パンが積まれていたのだ。
「はあ、この肉パンについてカムイから姫様に、お話ししたいことが有るそうです」
「わたしにで、ですか?」
カムイは一礼してからシルフィーナの前に立つ。
「殿下、わたしは一度、殿下に訊いてみたいと思ったことが有ります」
カムイは真剣な眼差しをシルフィーナに向ける、その黒い瞳に見つめられシルフィーナは鼓動が少しだけ早くなるのを感じ、顔が真っ赤になり始めているのに気付き、顔を隠そうと視線を逸らす。
しかし、そらした視線をカムイの言葉で再び向き直された。
「ハマール領の中庭でお会いした時、あなたはわたしに向かってこう言ったのを覚えていますか?」
「えっ?」
ハマール領で言ったこと、シルフィーナは戸惑いながら何を言ったのか必死に思い出そうとする。
「『自由に生きてみたい』と、わたしに向かいそう申しました」
シルフィーナは思い出す、そう確かにそう言った。
自由に生きてみたい、狭い世界に閉じ困りたくない、広い世界に行きたいと、二年前、そう思っていた。
だが現実、それは出来ない、何故ならわたしは。
「殿下、ハッキリ申し上げます、それは出来ません、何故ならあなたは王族だからです」
シルフィーナはスカートの裾を握りしめる。
それはシルフィーナもわかっていたことだ。
王族には自由がない、王宮と言う箱庭の中で生きなければならない、でも、それでも、一度は夢みたい。
外の世界を自由に行けることを。
「殿下、もう一度申し上げます、あなたは王族です、そしてこの国に住まう民の命に責任を持たなければなりません」
「……責任?」
「はい」
「待て、カムイ」
そこで、ジルマが彼の言葉を遮った。
「お前は何が言いたいのだ」
「わたしは、旦那様、彼女の気持ちを抜きに王位の話を進めるべきではないとそう思っております」
「どういう意味だ?」
「肉パン、わたしの故郷では饅頭と呼ばれるものです、これにはある逸話があります、とある将軍が遠征から帰還途中に濾水と言う荒れ狂う川と出くわします、将軍はこの川の地域の族長にこの川が何故荒れているのかと聞いたところ、『この川には戦で死んだ兵士や民の怨念が住まい、川の神を怒らせてしまった、神の怒りを鎮めたければ四十九個の生首と黒い牛と白い羊を生贄として捧げよと』それを聞いた将軍は料理人に小麦粉を練って人間の頭、四十九個を作らせ、その中に牛と羊の肉を詰めて川の神の捧げました『神の神よ、わたし多くの兵士と民を殺し、そして死を見て来ました、どうか、これ以上わたしに無益な殺戮をさせないでください』そして川の神の怒りが静まり、彼は無事に故郷の途に就いたのです」
カムイはシルフィーナに何かを問いかけるような眼差しを向けながら話を続ける。
「それと彼女の意思と何の関係がる」
「旦那様はやガンダルフさんは、殿下がか弱き者だと思っておいでですが、わたしにそうは思えません、旦那様は荒れ狂う川に捧げる生贄の代わりに饅頭を捧げようとしておりますが、果たしてそれでその川の神は怒りは、鎮められるでしょうか、所詮それは代わりにでしかないのです」
シルフィーナはカムイが何を言おうとしているのかわからなかった、しかし、ジルマとガンダルフの二人は彼が言おうとしていることを理解している様子だった。
「つまり、カムイ、お前さんはこう言いたいのだな、荒れ狂う川、つまり『パティール王国の行く末』を代わりのモノに努めさせてよいのか、その者に果たして川の怒りを鎮めることが出来るのかと」
シルフィーナは、そこで三人の会話がようやく理解したのだ、彼らが話しているのはパティール王国の行く末、その時期王の話だ。
「差し詰め、饅頭とやらはシルフィ―ナのことか」
「旦那様はそれが本当に帰路に就く道だと思っておいでなら、それは間違っております、旦那様、彼女は飾りの姫ではない、戦死なされたカルマ・パティール国王陛下の第一子、シルフィーナ・パティール王女殿下。正当なる王位継承者です!」
詰め寄る様な激しい口調でカムイは言う、ジルマは少し考えるような顔をする。
そして振り向き、今まで見たことのない真剣な顔を向けて来る。
「シルフィーナ、お前さんに一つ聞きたいことが有る」
急に不安になったシルフィーナであった、カムイの顔を見て少しずつであったが落ち着いて来る。
完全に落ち着いたのを見計らって口を開く。
「はい、なんでしょうか、伯父様」
「お前さんは、正直なところどうだ、この先、お前は必要以上に婚姻を迫られるだろうな、もしかしたら政治的判断で無理やりとなる可能性もある」
そう言われるとどう答えていいのかわからなくなる、でも、そのうち、自分自身誰かと婚姻を結び夫婦となり、子を産み、育て行かなければならない。
でもだ、それがどうしても想像が出来ない、誰かと婚姻を結ぶとか子を産み育てるとかではなく、その流れに行きつくまでが想像できないのだ。
この先、誰かを好きになるのだろうか、もしかしたら誰も好きにならないのかもしれない、では、自分の価値とは何か、そう考えた時に自分がどれだけの価値があるのかそれもわからなかった。
王族と言う身分が無かったら、たぶん生きてはいけないだろう、何せ自分はいろいろな人に守られて十三年間を生きて来たのだ。
今はその守ってくれる最大の人である父が居なくなった、伯父は自分を守ってくれる可能性はあるが、いつまでも守ってはくれないんだろう。
では、自分はどうしたらよいの、簡単だ、自分の身は自分で守るしかない、まだ、『守られる側』かもしれないが、いずれは『守る側』に立たなければならない、ならば、ここでの答えは一つだ。
シルフィーナは考えを纏め終え、腹の座った視線をこの場に居る全員に送る。
「伯父様、わたしは今まで守られる側でした、父に守られ、アマンダさんに守られ、ガンダルフに守られ、今この場に居ます、そしてこれからも皆さんに守られながら生きていく、そうなる……」
シルフィーナはゆっくりと腰を上げる。
「でも、伯父様はわたしも王族です、『守られる側』ではなく、わたしが『守る側』に成りたいのです」
シルフィーナはカムイを見る、彼の顔を見て少しだけ笑みを浮かべて後、真剣な眼差しは皆に向けられる。
「伯父様、いえ、ジルマ・パティール公爵。わたしは、不甲斐ない王女であるが、もし、わたしが立つと言ったら、あなたの剣をわたしに預けてはくれないか」
そこまで言うと彼女は一旦目を閉じた後、透き通る声でジルマに向かって言い放つ。
「いや、預けよ、ジルマ公爵、わたしはお飾りの姫ではない、先王カルマ・パティールの子、シルフィーナ・パティール第一王女、正当なる王位継承者である、この国の民の命を背負いし者だ! もし、それを異と唱えるのならば、そなたを謀反の疑いありとして処罰する! さあ、答えよ!」
シルフィーナの声に圧倒されしばらく部屋の中は静まり返る、しかし、その静まり返った沈黙を破ったのは、ジルマの笑い声だった。
ジルマは腹を抱えながら大声で笑っていた。
しばらくジルマの笑い声が続いたが、次第に小さくなり、そしてジルマは今まで見たことのない程、真剣な目をしてシルフィーナの前に膝をつく。
「我が剣に掛けてシルフィーナ・パティールを主と定め、この剣を捧げます」
帯剣していた剣をシルフィーナに捧げる。
これは剣聖と言われたジルマ・パティールが一介の王女に忠誠を誓ったことを示していた。
それに倣いガンダルフもカムイもともに膝をつく。
「これより、シルフィーナ・パティール王女を我らの王とする」