レポート④ サフラン
レポート④ サフラン
わたしは今、ドグマ州ドーランシ市に来ている。
この地で起きたラバール軍とパティール軍の衝突、いわゆる『ドーランシの戦い』は、世界最古の市街地戦と言われている。
建物などを利用したゲリラ戦術は、大陸大戦で市街地戦の参考にされたほどだ。
何よりも、この地でシルフィーナ・パティール女王初陣の地でもある。
市の中央部には剣を持ち、民衆を率いるシルフィーナ・パティール女王を象った銅像が建てられている。
「ジュラール、この店で合っているか?」
「ああ、間違いないハズだが……」
「どっからどう見てもただの酒場だぜ」
キッシュが呆れるように言う、わたしも同感だ、ここはただの酒場だ。
しかし、指定された住所を辿って行くと間違いなくここに着く。
一体どうなっているのだか?
ある人物との待ち合わせに指定されたのがこの建物、一軒平屋建ての酒場、奥からは既に飲んだくれている人達の歓喜の声が聞こえて来る。
「どうする、ジュラール?」
「どうするもこうするもない、ここで待つしかないだろう」
「……うん、まあそうだな、まあ、ここで軽くヒッカケなから待つとしますか」
そう言ってキッシュはそそくさと暖簾を括り店の中に入って行く。
全くと、わたしは溜息を付きながら一歩遅れて店の中に入る。
店の中は小さい割には人が多く、中には立ち飲みをしている者までいる。
わたしとキッシュは店の隅にある小さな立ち飲みのスペースにあるテーブルに陣を置き、ビールを頼む。
大ジョッキに運ばれて来たビールはキンキンに冷えていた。
キッシュと乾杯の音頭を取り、空き腹に流し込む。
胃が、喉が、舌が、待ち望んでいたと言わんばかりにキレのあるビールの味が体中に染み渡る。
「仕事の後はこの一杯だ!」
「激しく同意、この一杯が最高の時間だ」
「そう言ってもらえると、憂いしい限りですな」
わたし達の会話に割り込んで来たのは、爽やかな好青年と言う風体の男だ。
銀色の髪に青い瞳、映画スター顔負けの整った美形顔。
ヘルセント・クラブ、このドーランシ市の市長、いや、元市長だ、今は連邦議会の議員であり、現在改革派と言われる民事改革党党首、わたし達をこの店に呼んだ人物。
彼はドーランシの戦いが起きた当時の市長、グラブ・オーギュストの子孫だ。
わたしは彼から何かしらの情報を引き出せないかと思って、彼に取材を申し込んだ、その返答は「ドーランシ市のこの住所に来てください」と言う返答だった。
「この酒場で消費されているビールは、このドーランシ市で作られているビールです、地元で作り地元で消費する、長い間、このドーランシ市は中央に苦しめられて来た歴史がありますからね、はじめまして、ジュラール・カムイ・パテヤン、ヘルセント・クラブです」
そう言って彼はわたしに手を差し出す、わたしは出された手を握り「どうも」と言う。
「で、そちらは?」
「彼はキッシュ、キッシュ・ロヌール。かの有名な『大戦の始まり』の写真を撮った少年の」
「キッシュだ、あんたの民事改革党の支持者の一人だよ」
「どうも、始めまして、しかし、かの有名カムイ・パテヤンご子息に、高名な戦場カメラマン、凄い豪勢な顔ぶれだ、わたしの議会当選時の記者会見より緊張する」
「別に大層なモノではないですよ、そうだろうキッシュ」
「ああ、戦場カメラマンは昔の話だ、今はアニマルカメラマン、撮るのは愛犬のヒメだけ、だけどな」
あの犬はヒメと言うのかと、わたしは下らないことを考えてしまった。
わたしは、メモ帳を開きさっそく取材の準備に入るが、彼は出したメモ帳を引っ込めるようにわたしに言う。
「あの、メモをして何かマズイことでも?」
「そうではありません、かのカムイ・パテヤンのご子息、メモを取らなくても直接、感じた方がより良いモノが書けるのではないかと思いましてね」
彼は給仕に何かを告げる告げられた給仕はニコニコしながら、ビールを置いてその場を去る。
出されたビールを、わたし達と同様に勢いよく飲み、そして一言だけ言う。
「やはり美味いですね、郷土のビールは」
「クラブ氏は、代々この地の市長となって来られた、名士、オーギュスト一族の分家筋ですが、カムイ・パテヤンことについて何か知っていることがありますか?」
「知っていることと言いますと、やはり、この地の名産品であるサフランですかね」
サフランはこの市の特産品だ。
グローブ、バニラに次いで最も高い香辛料だ。
このドーランシ市は世界最大のサフラン生産量を誇る。
更にサフランを使った、染め物、工芸品、何よりもサフラン料理は有名だ。
しかし、それとカムイ・パテヤンとどういう関係があるのだろうか。
そんなことを考えている内に、先程の給仕が料理を持ってくる。
サフランライス、サフランパン、そしてブイヤベースだ。
「美味そうだな、ジュラール」
「ああ」
腹の虫を鳴らしながら、キッシュが言う。
相槌を打ちながらも、わたしが気になったのは、ブイヤベースだ。
本来なら沿岸の街で良く作られる料理だが、何故、内陸部であるこの地でブイヤベースがあるのだろうか。
わたしは、ブイヤベースに口を付ける。
美味い、使われているエビと魚は川で採れたものだが、川魚特有の臭みがなく、サフランの香りに負けないぐらいの味がしっかりした身だ。
これは、魚はアユだ。
成程な、香魚と呼ばれるほどの香りの高いアユならブイヤベースのサフランの香りを殺さず魚の香りを生かしながらブイヤベースの味を引き立てているのか。
「今やブイヤベースは沿岸地方で食べられる、漁師料理ですが、実はこの料理の発祥の地はこのドーランシなのですよ」
「内陸部であるこの地が、ですが?」
「ええ、実はこのブイヤベースは、カムイ・パテヤンが作った料理ですからね」
クラブ氏は静かに話し始めた、この地で我がご先祖、カムイ・パテヤンが残した功績を。