あの人は、悲しみに捕らわれた人だ。
* 4 *
「…はぁ……っ…はぁ…」
花子は駅前のバスロータリーでうずくまっていた。
フラッシュバックだった。
息は荒いし、頭も混乱している。いろんな考えが浮かんでは消えた。
気付かれただろうか。どう誤魔化すべきか。深夜が追いかけてきたら。深夜は。深夜の。
深夜のあの顔は…。
(自分のことみたいにつらい顔しやがって…何も分からねぇくせに…!)
「後藤さん!」
反射的に振り向いた。一番聞きたくなかった、でも聞きたかった声だった。
深夜の姿を見るや花子は立ち上がりさらに走っていこうとした。しかしヒールのせいか体力が失せていたせいか激しくよろめいた。転ぶかと思ったが、しっかりとした腕が花子を抱き止めた。
「大丈夫か?」
深夜が目の前で心配そうな顔をしていた。
「…っ、大丈夫だ、放せ」
「嫌だ」
「何でだ」
「だって、全然大丈夫じゃなさそうじゃねぇか」
「てめぇに何が分かる!!」
深夜を突き放し走り出そうとするが、今度は腕を捕まれた。
放せ、と怒鳴ろうと振り返って、花子は言葉を失った。
深夜は静かに泣いていた。
「…何でお前が泣いてるんだよ」
「俺じゃダメなのか?」
「え…?」
「俺じゃお前の傍にいることはできねぇのか?」
「お前に何があったかは知らない。でもごくたまに見せる悲しい目は嘘じゃないだろ?俺が今まで何人お前の拾ってきた生徒を見てきたと思う?その手の感情には嫌でも敏感になる」
「分かったような口利いてんじゃねぇ!」
「だから何があったかは知らないって言っただろ?それでも俺はお前を支えたい。守りたいんだ。なのに俺までお前を傷付けて…すごく悔しいんだよ…!」
「全部…お前が好きだからだ…!」
深夜は花子を抱き寄せた。優しく、しかししっかりと抱き締める。
花子は振りほどけなかった。深夜の突然の告白に驚いたからかもしれない。
しかし、それ以上に彼女は気付いた。
深夜の――『男』という生き物の、大きさや武骨さ、直に伝わる体温が、こんなにも優しいものだったのか、と。
* * *
あの人は、悲しみに捕らわれた人だ。
俺が解放することはできないだろうか。
ずっと、笑顔でいてほしいから。