あの男はどうして私に優しいのだろう。
* 3 *
校門にタバコを吸いに行くと、唯一の先客がいた。ここで他愛もない話をするのももうすっかり恒例だ。
「ああ校長、どうも」
「いたのか深夜。今授業中だぞ」
「授業中だからこそですよ。今は体育もないし」
「確かに休み時間だと小うるさいやつらがいるからな。アルとかレストとか」
人通りもない、午前中の校門前。まさにふたりだけの世界。
「あ、そうだ、今日メシ行きませんか?」
「は?何で」
「今日から居候が塾の合宿でメシがないんです。でもひとりメシは何か嫌なんですよね」
「何で私なんだよ」
「いやぁ、恥ずかしいけど、食事に誘えそうな人って校長しかいないんですよね、俺」
「…かわいそうな男だな」
「そのかわいそうな男に付き合ってやってくださいよー」
「まぁ別にいいけど。今日暇だし」
「ありがとうございます。嬉しいなぁ」
「で、どこにするんだ?」
「そうだなぁ…駅前に美味いイタリアンがありますけど」
「お、いいな」
その夜。
ふたりはそのイタリアンの店にいた。テーブルにはつい先程まで彩り豊かなパスタが並んでいた。喫煙席であるため中央には灰皿があり、二種類のタバコがたまっている。
「確かに美味かったな。何でこんな店知ってたんだ?」
「居候の家族がときどき来る度に外食してて」
「あーなるほどな」
「…ん?後藤さん、口元…ソースか?」
「え?どこだ?」
「ここですよ、ほら」
深夜は向かいにあった花子のおしぼりを取ると身を乗り出し、花子の口元をそっと拭おうとした。
景色が急に黒く塗り潰された気がした。暗闇から伸びる手。自身を捕らえ、傷付ける手――。
「っ!!」
気が付くと花子は勢いよく立ち上がり、深夜の手を激しく払い除けていた。息が上がっているのが分かる。店内の視線が突き刺さる。
しかし、それ以上に深夜の表情は花子の胸を深く抉った。
驚いた顔から、だんだんと悲しそうな顔に変わっていた。とてもつらそうな、今にも涙をこぼしそうな。
耐えられなかった。花子は店を飛び出した。
* * *
あの男はどうして私に優しいのだろう。
どうしてあんなつらい顔をするのだろう。
それを見た私は、どうしてこんなに苦しいのだろう。




