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世界vs私②

「また来たのか。あいつ、うちに来すぎ」

げ、とアニーヴは端正な顔を渋めている。

この国で、ルーシュカをこうも邪険にできる男はアニーヴだけだろう。


この10年でルーシュカも美しく成長した。

妖精がいるならこんな容姿なのでは、とたびたび思う。

いかにもヒロインらしいブロンドの巻き毛は、輝きを増した。顔つきは王家の気品と、ルーシュカ特有の可愛らしさを合わせ持って育った。

そこそこ胸もある。悔しいことに、私よりある。身長は同じくらいなのに。くそ。


「ルーシュカ、毎週うちに来るのはかまわないけど、姫としての公務はちゃんとやっての? まさかさぼって来てるんじゃないでしょうね」

「うん、さぼって来てるわ。さぼっても平気なやつだから」

あっけらかんとしてルーシュカは答えてくる。

「さぼって支障のない公務なんて、あるはずないでしょう」

「うん、ない。つまり、多少支障があっても平気ってやつよ」


うん、て……。

逆にあっさり認められても、困るわ。

聞かなきゃよかった。

もう慣れたけど、ヤヒナルルーシュカはなぜこうも自由人に育ったんだろうか。

これも小説とは違う点だ。

喜ばしいこと、なのかな?



ルーシュカは最近、王族として公的な場に顔を並べるようになった。

そうなれば彼女を遠く感じることもあるにはあるが、ひと皮剥けば、幼い頃と何も変わらない、無邪気な女の子だった。


相変わらずその深紫色の瞳は、面白いものを見つけるときらきらと光る。

ほら、今も。



「手ぶらなら帰れ、暇人」


アニーヴの憎まれ口を鼻にもかけず、ルーシュカはなぜか得意満面な笑みを浮かべている。


「あいにく、今日は手ぶらじゃないわ。はい、これ。お母さまの隠し戸棚からくすねてきた秘蔵の麦葡萄酒よ。お祝いにあげる」


ルーシュカが押しつけるように、かなり雑な態度で手渡した一本の酒瓶。

受けとったアニーヴは、それを見て思わずといった様子で取り落としそうになっていた。

「おい、このラベルをよく見ろよ、バカ姫! シュトリア100年代の印字があるだろう! 国宝級の酒なんか見習い騎士の寄宿舎に持って行けるか!!」


「シュトリア黄金代の中でも貴重な年代物ね……。初めて見た。これに値段なんてつけられないわ」

私は驚きを通りこして、ちょっと引いてる。

ルーシュカのとんでもない行動は、たいてい予想の斜め上を行くのだ。


というかなにより、王妃さまに知られたときが恐ろしい。



アニーヴはボトルを見るのも嫌そうに、つき返そうとする。

「こんなの飲めるか! 今すぐ王妃様に謝って返してこい」

「勘違いしないでよ、あなたが飲むためじゃないから。いい? 騎士団でなにかヘマをやらかしたら、上官の前でそれをチラつかせなさい。たいていのことは何とかなるわ」

ルーシュカは、にやりとして親指をぐっと立てた。



いやいやいや、ぐっ、じゃねぇ。

それ汚職だから。

賄賂だから。



「僕が失態なんかするわけないだろ。こんなの必要ない。というか、王妃さまの麦葡萄酒を僕が持っているのがバレたら、それこそしゃれにならない。おまえが返さないなら、証拠を消すためにここで叩き割る」


「あっそ、どうぞお好きに! 一度あげたものを返してもらうなんて嫌よ。あたしに恥をかかせる気?」

ルーシュカがつん、とそっぽを向く。


「え! きゃあああ! ちょっとアニーヴやめなさい! 本当に割らないで! もったいないから! 伝説のシュトリア100年!!」

私は冷や汗をかきながら、アニーヴから由緒ある酒瓶を奪った。


今、弟の目が本気だった。本気で伝説と言っても過言じゃない代物を割ろうとしたよ、この子!



結局、しかたなく私がもらうことにした。

もう、しかたなくね! しぶしぶね!

こうなれば早いとこ飲んで、証拠を隠滅してしまおうではないか。るん。



「まあ、姉上の出立も決まったし、そのお祝いにはちょうどいい酒ですね」

アニーヴはぽろりとそう言ってから、苦々しく顔をしかめた。


「そうね、旅先に持っていって故郷を思い出しながら飲もうかしら」

私はシュトリア100年代のボトルを大事に抱えながらうなづいた。


「僕はまだ反対してますから。出立のぎりぎりまで引き止め続けますからね。姉上が留学なんて……それを認めた父上が許せない」

アニーヴは、先日怒鳴りあった父との喧騒を思い出したように、苛立ちを浮かばせた。


「そんなことを言わないで。10年お願いし続けた私に根負けしてくれたのよ、お父さまは」

「僕は、留学なんて思いついた姉上にも怒っているんですからね」

すねたように、アニーヴが付け加えてくる。

はいはい、ごめんね。



「ついに……決まってしまったのね」

ルーシュカは私たち姉弟の会話を聞いて、衝撃を受けたように表情をこわばらせていた。


「うん、そうなの。ルーシュカ、私、来月からマ皇国に留学するわ」


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