竜のちから
※やや残酷描写があります。ご注意ください。
ルーシュカを受けとめた感触があった。
衝撃で意識があっさりと遠のきかける。
もし叶うならアニーヴを助けたかった。けれど、私の身体は6歳のもので、二人とも助けるには小さすぎる。
―――――――――――
「クレーツィア! アニーヴ!」
ルーシュカが死にものぐるいの大声で叫んでいた。
本当に、この子は声が大きいのだ。おちおち、隣でなんて寝られない。
「クレーツィア!!お願い、起きて!」
「ルーシュカ……」
くらくらとして、さだまらない視界いっぱいに泣き崩れたルーシュカの顔があった。
「クレーツィアああっ」
ルーシュカが地面に倒れている私に抱きついた。
深紫の瞳が、光っている。
涙が湧いたお湯のように熱い。それはヤヒナルルーシュカが竜姫と呼ばれる力の一端だ。彼女ほど竜の血が濃い者が感情を乱すと、それだけで力が溢れてしまうのだろう。
「アニーヴがっ……クレーツィア」
その言葉で私は我に返り、いっきに体を起こした。
全身が痛くて、どうして動けるのか不思議なくらいだ。
ろっ骨を折ったことはないからわからないけれど、ひびくらい入ったらこんな感じだろうか。とにかく息がしずらい。
けれど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
私がルーシュカの体を受けとめ、アニーヴはルーシュカの頭を守った。
つまりアニーヴは受身もとれず、そのまま地面に落ちたことになる。
「アニーヴ!! アニヴァルメア!」
彼の身体を見たとき、私は最低なことに、とっさにルーシュカを助けたことを後悔した。
いくら丈夫な竜姫のルーシュカだって、こんな怪我を負ったら無事じゃすまないのは分かっている。
竜の力が万能じゃないと知っているから、迷わずルーシュカを助けた。それでも。
アニーヴの両足は不自然な方向に曲がり、また、アニーヴの肩と頭から、流れる赤い血だまりができている。身体は歪んでおり、おそらくこれは背骨の骨も折れている。
弟のこんな姿を見たくなかった。
「アニーヴ!」
「姉さま……いたいよ……」
「アニーヴ! おねがい、しゃべらないで」
「……いたい、姉さま。いたい……」
ぼんやりとさだまらない視線で、泣きながら痛みを訴えてくる。どこが痛いのか、など本人にもわかっていないんじゃないだろうか。
アニーヴ、私の弟。私のせいで、この子は――。
「姉さま、ぼく、ルーシュカを守れた?」
か細い声で、きいてくる。
「うん、守れたよ。えらいわ、アニーヴ」
私はふるえる声で答えた。
弟は、もう一つ小さく問うた。
「姉さま……ぼく、死ぬのかな?」
私は言葉に詰まって、なにも答えられなかった。
「姉さま、ぼく……死にたくない……っ」
アニーヴは必死な目をしていた。私の手を驚くほど強く握って、そう言った。
まるで、雷にうたれたような衝撃だった。
死にたくない?
そんなの当たり前だ。
誰だってそうだ。
誰だって、――私だって、死にたくなかった!
病院のベットにいたあの時も! 今だって!
死にたくない気持ちを、誰より理解していたのは、私じゃないのか!
それなのに、なにが惨劇なストーリーだ!
なにが死による感動だ! そんなもののために、簡単に人の命を散らしていいわけがない!
この世界の人たちは、こうして、ここで生きているんだから!
弟の言葉で、目が覚めた。
いつまでぼんやりしているんだ、私!
泣くな。泣くな泣くな!
それよりも、考えるの!
私は、この世界を知っているのだから!
私がこんな世界を、創ったのだから!
「アニーヴ、絶対にあなたを死なせたりしない」
泣くな、私。
アニーヴが不安になるじゃないか。毅然としていなければ。
安心して、アニーヴ。
クレーツィア――クレアツィツィン・エルマの生家……エルマ家は、なぜ宰相の家柄となるほどの権力を持っていると思う?
それは、王家に次ぐほど、竜の血が濃いからだ。
物語ではすぐに没落して、クレーツィア以外は死んでしまうからそんなの表に出てこない裏設定だ。
でも、クレーツィアは将来、その血の力を使う場面が一度だけ来る。
私はそれを知っている。
将来使える力なら、今なぜ使えない。
使えないはずがないではないか。
私は弟の上半身を抱えて起こし、腕の中に抱きしめた。
力の使い方は、クレーツィアが知っているはずだ。
意識を集中して、6歳のクレーツィアが培ってきた竜の血力を探る。
たぶん、できる。
竜の血が濃い私の、高い自己治癒力は今、私自身が大きな怪我をしているせいで、自分に働きかけようとしている。
それをすべてアニーヴに向けるのだ。
この方法でクレーツィアは、将来ルーシュカを助けようとするのだから、私にはできることなんだろう。
きっとできる。
きっと、できる。
アニーヴを抱きしめる腕に力をこめる。
なにも起こらない。
もっと強く抱きしめる。
お願いだから、なにか起こって!
そして少しずつ、私の中から温かいものが弟へ流れていくのがわかった。
ほっとした反面、さらに不安になった。
その力は、思ったより微小なものだったからだ。
こんなささやかな力で、弟は助かるのだろうか。もっとどうにかならないのか。もし助からなかったら、どうしよう。
もはや、何でもいいから誰かにすがりたかった。
誰か……
……そう思ったとき、隣にいた存在が、私の背にそっと手をあてていた。
私はそれに気づいて、とたんに涙腺が決壊しそうになった。
ほんの少しだけど、安心できた。
その手は、温かかったから。
そうだ、私は一人じゃない。
「お願い、ルーシュカ……助けて」
泣かないつもりだったのに、ひとすじの涙がこぼれてしまった。
ルーシュカは、私を見て一瞬驚いた様子を見せる。
そして同時に、目に強い意思を宿した。
「助けるよ。あたりまえだよ」