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変な子

あそこに変な子がいる。


波うつブロンドの長い横髪を両手で掴み、顔の前で交差させて、毛で顔を隠している。

体が小さいのに髪の量が多いせいか、金色のもじゃもじゃした固まりがそこにいるみたいだった。


しかも、髪の隙間から目だけはこっちを見ている。

なんか怖い!!


なのに母は動じず、女の子へ優しい声音で声をかけた。

「あら、クレーツィアが大きな声を出して驚かせてしまったのね。ごめんなさいね、竜姫さま」

「ご、ごめんなさい」

一緒に謝りながら、私はかなり戸惑っていた。


あのもじゃもじゃがヤヒナルルーシュカだ。でもヤヒナルルーシュカにあんな変なクセ?はなかったはずだ。

あの金の毛玉は、本当に、私が書いた悲劇のお姫さまだろうか?


設定でヤヒナルルーシュカはクレーツィアの1つ年下であり、もう5歳になっている。

つまり彼女もそろそろ淑女としての教育を受けはじめているはずだなのだ。



ヤヒナルルーシュカはバッテンになってる金髪の隙間から、まだじっとこちらの様子をうかがっている。

……やっぱり怖い! 黒いオーラが見える気がしてくる!


「あの、竜姫さま。気分を害してしまったのなら、許してください」

とにかく謝るから、ドアの隙間の向こうから睨んでくるのは、怖いのでやめて欲しい。



「怒ってないよ!」

その子はわめくような声量でそう答えた。


とにかく声がでかい。

その声はほとんど怒鳴っているほどで、むしろ、その声は怒っているんじゃないかと疑いたくなる。



あ、もしかして本当にちょっと怒っているから、あの子は私へ対して怒鳴っているのだろうか。

表情が毛に隠れていてわからない。


私はドアの隙間にいる姫のご機嫌を伺うべく、ソファを降りて近づいていった。

「本当に怒ってませんか?」

するとヤヒナルルーシュカはさらに言った。

「本当だよ! あたしちっとも怒ってない! だから、怖くないよ!」


私が目の前にいるというのに、彼女は喚くのをやめない。

そんなに声を張らなくても聞こえている。

この子は一言しゃべるごとに叫ばないと気がすまないのだろうか。


「あたし怖くない! ほんとだよ! 怖くないよ!」


「う、うん。わかった」

とりあえず、黙ろうかお姫さま。

黙れ姫さま。


耳が痛くて、思わず顔が引きつってしまう。

キンキンと耳鳴りさえしてくる。

ああ、彼女の声の大きさも意味がわからないが、言っていることの意味もわからない。


はたしてこの子は、必死に何が怖くないと訴えているのだろう?

ついさっき、絶叫と昏倒という予想だにしなかった暴挙に出た私のことが怖いのに、強がって怖くないと言っているのかもしれない。

だって、急に目の前で倒れられたら、たしかにちょっと怖いだろう。


わたし、あなたのことなんて怖くないんだからね!ってツンデレっぽい意味なんだろう。

私は能天気にそう解釈したが、それはすぐに打ち砕かれた。


「……オトモダチが欲しいの。あたし、ちゃんと優しくできるし、なんでも貸してあげられる。……だから、あたしのこと怖がらないで」

懇願するように彼女からつむがれた言葉。


少し小さくなった声は震えていた。

ヤヒナルルーシュカの顔は相変わらず髪の毛に隠れているけど、濃い紫の瞳が不安そうに揺れている。


私にはヤヒナルルーシュカの「怖くない」の意味が遅ればせながらわかった。

彼女は、自分はなにも害をなさない、怖くない存在だと伝えたかったのだ。


きっと私が絶叫したせいで、彼女は私から恐れられているのだと勘違いしている。


だから彼女は、顔を見て急に卒倒してしまった私を気づかい、自分の顔を隠してくれている。

怒っていると思われないように全力で否定してくれている。

ふるえる声で勇気を出して、誤解をとこうとしている。

――自分を恐れないで欲しいと、心から願うからだ。


ヤヒナルルーシュカは、竜姫である自分は”他人と少し違うところがある”ことを幼いながらに理解している。

そういうふうに彼女を創ったのは、他でもない私ではないか。


とたんに罪悪感が襲ってきた。



「大丈夫。わたしはあなたのこと怖くないよ」

私は髪をつかんでいるヤヒナルルーシュカの両手をとって、握った。

少女の手は冷たかった。

ごめんね、不安にさせて。


私がそっと、ぼさぼさになった金髪を顔からよけてあげれば、ヤヒナルルーシュカの可愛らしい素顔が現れた。

つんとした小さな口。整った鼻。

濃い紫の大きな瞳が、人を惹きつける。

改めて見れば、想像していたよりずっと可愛い。


いつか、この子は誰よりも、物語の主人公として似つかわしい美しい女性に成長するだろう。

そして王子さまと恋に落ちる。

私はそれを間近で見ることができるはずだ。

それがなんだか嬉しかった。


「約束する。私はあなたを、何があっても絶対に恐れたりしない。だからそばにいるよ」

むしろ側にいさせてください。

じっくりと自分が書いた山場を堪能したいじゃないか。


私がそう言えば、彼女は少しだけ目を見開いた。そして、照れたように笑った。


そう、笑ったではないか!!!!


その表情は危険だわ。可愛すぎて鼻血がでそうになった。

ああ、この子は天使かもしれない。

天使に間違いない。

まごうことなく、私の天使だ。

生み出した我ながら、可愛すぎると思う。


幸せなことに、私が「そばにいる」と言ったのは嘘ではない。

これからクレーツィアとヤヒナルルーシュカは、死ぬまで共にある深い仲になる。

私たちはお互いに一番信頼しあえる友となるのだ。


前世の自分、グッジョブ!


ヤヒナルルーシュカは、私と打ち解けられたと思ったらしい。

うれしそうに自分の愛称を教えてくれた。

「あたしね、ルーシュカって呼ばれるの」

私も教え返す。まあ、お互いにもう知っていることだろうけど。

「わたしはクレーツィア」



「ううん。だから、クレーツィアはもうやめよう。今日からあなたのことはクレーシュカだよ」


「は?」

幻聴でも聞いたのだろうか?

今、私が名乗った名前をくつがえすような言葉がきこえた気がする。


あれ、ここは、和解からの友情を深める場面じゃないの?

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