最近、いぢめられてます。
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愛しの友人、クレーシュカ(クレーツィア)
2日ぶりのお手紙よ。お元気?
そっちは、相変わらず変わりはないの?
あたしは今日、マナーの先生を泣かせたわ。
だって、こっそり庭の木に登ったからという理由で麦葡萄酒を禁じられたのよ。
まったく信じられないでしょう?
麦葡萄を心から愛する、うちの国民にあるまじき発想よ。いくら罰でも許せないわ。
最近覚えた古代語のフレーズに、
「よく理解できません。もう一度どうぞ」って言う言葉があるの。
3日間、先生がなにか口を開くたびにそう答えていたら、ついに泣き出したわ。
びっくりしちゃった。
でも、麦葡萄酒はまだ断固として飲ませてくれないの。
追伸
竜の国の王宮宛に、あなたに関する問い合わせが来たわよ。
入国した留学生が、宰相の娘に違いないかですって。
クレーツィアったら、商人か小貴族なんかの身分と間違えられていたの? お母さまと一緒に大笑いしてしまったわ。
それに、その問い合わせの内容に追記されていたのだけど。
もしものときのために、要請があればマ国側では手厚く保護、護衛する用意があるとかなんとか?
今さらあなたを貴族の待遇で受け入れようとしているみたい。
本当、今さらよね。間違えたのはそっちのくせに。
宰相のおじさまがそちらに返した返事は、直訳すると「うちの娘に手を出すな」よ。
なんでも、問い合わせが若い王子からのものだったらしくて、保護なんて名目でうちの可愛い娘が囲われて愛妾なんかにされたらシャレにならないって嘆いていたわ。
とりあえず丁重にお断りしたみたい。いいわよね?
この件に関しては、皆、これっぽっちも心配していないの。
だってクレーツィアは少しくらいの不都合だったら、自分でなんとかしてしまうでしょう?
手紙の様子もずいぶん元気そうだし。
やりたいようにやっていいわ。
でも本当に困ったら、ちゃんと言ってよね!
また手紙を書くから。
愛をこめて。ヤヒナルルーシュカ
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ちょうどその手紙を読み終わったときだった。
私の頭上から大量の水が降ってきた。
「うわっ」
やられた。
冷たい水を頭から浴びて、ずぶぬれになった私はとっさに上を見る。
空は高く青く、がらんとした快晴。
でも降ってきたのはそこじゃない。
背後にある建物の4階あたりの窓辺に、ちらりと人影が見えた。
おまけにくすくすという笑いも微かにきこえる。
じつはこれが初めてではないから、それだけで確信できた。
水を降らせたのは、下に私がいるのを確認して狙ったもの。彼らは確信犯だ。
ここ最近、北の棟ではこうした嫌がらせが始まった。
心あたりは、なんとなくある。
水をかけられるのは2回目なので、北の棟の下にいるときは気をつけていたのに迂闊だった。
今回はたまたまここでハルシアと待ち合わせしていたのが悪かった。
届いたばかりのルーシュカからの手紙を読みながら、注意が散漫になっていたのも運が悪かった。
くらりとめまいを感じて、手もとの手紙に視線を戻す。
ルーシュカの手紙は茶色く汚れて、文字が消えかけていた。
ああ、今回はただの冷水じゃなかったんだ。
今まで嫌がらせを相手にしていなかったせいで、だんだん手が込んできたみたい。
自分の迂闊さにため息がでる。
かけられた水は、洗濯でもしたあとの汚水だったのだろう。
薄汚れていて石鹸なんかも混じっている。かなり嫌な匂いもする。
「初歩的ないたずらね……。でも私にはこれが一番効果があるって、気づかれたら最後だわ」
ふらつきそうになる身体を気力でささ、どうにか堂々と歩いてこの場を去りたかった。
もうすぐ待ち合わせしているハルシアがここに来るけれど、待っていられない。
ここで、――まだ犯人にこっちの様子を見られているだろう、この現場でうずくまるわけにはいかないのだ。
みすみす弱点をさらすことになる。
またこの手の嫌がらせをされるくらいなら、研究室のドアに落書きされたり、すれ違いざまにぶつかられたりする方がましだ。
それならまったく気にならない。
とにかく、今は寮に戻らなければ。
シャワーを浴びさえすれば、スッキリする。この臭くて汚れた水を洗い流したかった。
「クレーツィア! ずぶぬれじゃないか」
ハルシアが現れた。
きっちり待ち合わせどおりの時間だけれど、それが恨めしい。
もうちょっと早く来てくれればこんなことには……なんて理不尽なことを思ってしまう。
だって、どうせこの嫌がらせの原因はハルシアにあるんだし。
「ハルシア、ちょっと待ってて。シャワー浴びてくるから」
私の声に力がないことに気づいたのだろう。
ハルシアは自分が濡れるのも構わずに、私の肩を抱きこんで支えてくれた。
私の白衣から彼の白衣へ、じわりと茶色いシミが移る。
「僕の研究室に。シャワーも着替えも貸すから」
「私の寮の方が近いわ」
「だめ、僕の研究室に来て。じゃないと勝手がわからないから、僕じゃ君の世話ができなくなる」
ハルシアは、すばやく私の膝の裏に手を入れて抱きあげた。
……ん?
うわああああっ!
これが世にいう、お姫様抱っこ!!!!
私はぐったりしながら、内心で慌てふためいた。
身体が元気だったら暴れていただろう。
「ハ、ハルシア、ダメ、コウイウノダメ」
具合は悪いわ、恥ずかしいわで、元気のない片言をしゃべる私。
けれどハルシアはおかまいなしだ。
「すぐに着くから我慢して」
颯爽と私を運ぶハルシアは少しも重そうなそぶりを見せない。
うん。いいね。かっこいいよ。
かっこいいけど、今は称賛してあげる気にもなれない。
だって……。
だんだん恥ずかしいとかそういう感情をとおりこして、まずい事態におちいってるんだから。
「ダメ、ダメ……おろして。私、吐きそうなの……今にも」
まさにゲロ吐く5秒前ってところです。
「ん。じゃあ吐いちゃおっか」
彼はあっさりとうなづいた。
そのうえ私の上半身を、前のめりに傾けて吐きやすいようにしてしまう。
ヤメテェ。
ああ……。でちゃう。
うぷっ。