表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

水も滴るイイ……

ハルシアは差し出した私の手をにぎったけど、助け起こしたのは形だけで、彼は自分の力で立ち上がる。

私の力で立とうとしない。


そういえばこの人、男の子だった。なんて、その仕草でふと感じたりする。


ハルシアは白衣の裾をしぼりながら話した。

「ちなみに婚約は、ほぼ解消できたんだ。マリアの家に行ったり、王宮に呼び出されたり。なんだかんだで丸々一週間もかかった。あとは事務的な処理をしてもらうだけ」

「ずいぶん大変だったのね」

「だって、いちおう王族の結婚だからね」


彼は茶化すように答えた。

ハルシアが王族だって私はもう知ってるから、ひらきなおってるみたい。


「いずれ僕たちの婚約なんて、自然と解消されるって考えてたのが間違いだった。マリアのことを考えたら、僕がはっきりさせるべきだったんだ」


びしょ濡れの髪をかきあげながら、ぽたぽたと水を滴らせて、どこか遠い記憶をめぐるような目を一瞬だけしていた。

なにか、彼の頭に思い浮かぶ過去の情景があるのだろう。


「……あの子さ、僕なんかが好きなんだって」

首を傾げて悲しそうに笑った。


「ハルシアは? マリアさんのこと好きじゃなかったの?」

「嫌いじゃないよ。でも、彼女に特別な何かを感じることはできなかった。嫌い、じゃないだけだったんだね。たとえ結婚したとしても、マリアと同じ感情はその先もきっと返せないってわかってた。だからこそ、せめて誰より一番大切にしようと思ってた」


あの日、真っ先にマリアさんを抱きしめに行ったハルシア。

好きだから、ああしたんじゃなかったのか。

私が叩かれたあの時、彼女の前で私を守るようなことをしなかったのは、婚約者という立場の彼女を優先したからなんだろう。

婚約解消だと言いつつ、最後まで婚約者であろうとした。


ハルシアは誠実でいたかったんだ。

好きじゃないからと突っぱねることができない、彼の優しさ。いつだって自分の気持ちは後回し。


バカだなあ。

この人はわりと損をするにちがいない。自分ではそうと気づかないうちに。

一見、世渡りが上手そうにも見えるけど、人から見えないところで思い悩む性格なんじゃないかな。


しんみりしそうになった私は、腰に手をあててわざと高飛車に言った。

「それで、いつまで池の中に立ってるつもり? タオルとお茶くらい出してあげるから、寄っていきなさいよ」

すぐそこにある私の研究室を目線でしめす。


「ありがとう。この服で、どうしようか考えてたんだ。乾かさせてくれる?」



……ごめん。もちろんです。

そういえば私が突き落としたんだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


研究室をあけ、ハルシアにタオルを渡して、今度はお湯を取りに行く。

そうして部屋に戻ると、ハルシアはびしょ濡れのシャツを脱ぎ、窓辺で絞っていた。白衣はすでに干してある。

さすがに下の黒いズボンは履いたままでいてくれた。

というわけで、上半身は裸。


うわあ。

ほどよく引き締まったイイカラダしていらっしゃいますね……。


思わず唾を飲みこみそうになって、慌てて目をそらした。


だって、学者のくせにひょろひょろじゃないとか予想外でしょ!

でもムキムキってほどでもないのがハルシアっぽいけど。

目をそむけたくせに、そうそう見る機会のないだろう肉体美を拝んでおきたくなって、こっそりと横目で二度見する。


おお、腰のラインが色っぽいです。

腹筋はほんのりとだけど割れていらっしゃる。

背中とか、わりと広くて綺麗なんですね。



「あの、クレーツィア……。見るなとは言わないから、せめて普通をよそおって。おねがい」


見ていたの、バレバレでした!


ハルシアは口もとに片手の甲をあてて隠し、眉をしかめている。困惑と照れが入り混じった様子だった。

見てもいい、なんて言わせるほど、私は見たそうにしていたみたい。

痴女だと思われてるかも!


恥ずかしいうえ、申し訳なくなって、ベットのタオルケットを押し付けるようにハルシアへ渡した。

もう十分に見たので隠してください。これ以上は目に毒です。


私は話題をあからさまに変えようと、机に置いた紙袋を指さした。

「私ね、街でベルサタンに会ったの。一緒にプツェロを食べたわ。ハルシアの分もあるの。ベルサタンが持っていけって」



「……プツェロ?」


するとハルシアは一瞬だけど、子供みたいな顔になった。泣き出しそうな子供の顔。

でも、すぐに眉をさげて笑う。

「……あいつ、まだあの店に行ってるの?」

嬉しそうで、どこかさみしそうなハルシア。

ベルサタンとハルシアの間でしかわからない、懐かしい出来事があるのかもしれない。


ハルシアもきっとあのお店のプツェロが好きなんだろう。それだけは私にもわかった。


「あ、冷製スープもある。クレーツィアの分も入ってるよ。プツェロは冷めちゃってるから温め直して食べよう?」

「私の分も入ってるの?」


ベルサタンは私の分じゃないって言ったくせに、蓋付きのカップに入ったスープはたしかに2つ出てきた。プツェロも2枚。

あの王子、憎まれ口たたくくせに結構いいヤツなんだ。


「でも、私ほぼ2枚食べてきたから」

正直、今はいらない気分だ。

そう言って断ろうとすると、ハルシアはにやりとする。


「そう? でもまだこのパウダーは試してないでしょ」


紙袋のそこから、さらに小さな包みが出てきた。

なんですか、その秘密の特製パウダーは!

3枚目も食べれちゃいそうな予感がする。

やりおったな、ベルサタン。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ