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甘さと勇気

目の前に座るのは、この国の王子さま。

狭くてにぎやかな露店街の飲食店で、足を組んでふんぞり返っている。

風景に結構馴染んでいるのが、ちょっと残念だ。この人、ヒーローなのに。


でも、そういえばこの人はハルシアの弟だったんだなぁ。

たしかに、顔だけはなんとなく似ていなくもない……気もする。


焦げ茶色の髪は、固そうなくせ毛であちこちに向かってはねている。

ハルシアのクリーム色の髪は、肩の上まで長さがあるさらさらのストレート。

彼らは母親が違う二人の兄弟。


どうやらこの国の王様には、ほかにも娘や息子がいるらしい。

それは私の考えていなかった設定だった。

私が考えた小説なのに、知らなかったことが、まだまだたくさんあるのだろう。



ベルサタンが机に肘をつく。

「なんだ、しょぼくれた顔をするな。ブスがさらに不細工になっているぞ」

「ほっといて」

「まあな、お前がどれほどブスでも俺には関係がない。何があったか、なんてきいてやらないからな。ききたくもない。女の愚痴はとにかく長くて要領を得ないから面倒なだけだ。いいか、絶対に語るなよ?」

「……それはそれでムカつくわね」

「俺はハルシアとは違う」

たしかにハルシアなら黙ってきいてくれそうだ。

彼ってば、ちょっと女友達みたいなところがあるから。


間もなく、私の前にもベルサタンの前にあるものと同じ皿が運ばれてきた。

カップに入った飲み物まで同じだ。

「なんですか、これ」

「俺がここにいたことを黙らせる口止め料だ、食え。まずくないぞ。俺は、プツェロはここのものしか食わん」

そう言って、黙々とまた食べ始める。


憮然とした表情からは意味が分かりにくいけど、たぶん、そのくらい美味しいってことね。

これはピザじゃなくて、プツェロって言う食べ物らしい。


私が知っているピザのように、薄いパン生地の上に具をのせた食べ物だった。

のっているのはたっぷりのチーズと、これはナッツと蜂蜜だろうか。

見た目は美味しそうだけど、甘いピザ? あんまりそういうのは好きじゃないんだけど。


熱々の生地を、手でちぎって口に入れてみる。

もっちもちの、癖になりそうな生地。

「うわっ……」

「どうだ」

「おいし……。すごくおいしい!」


甘いんだけど、チーズのまろやかな塩気がある。

使っているチーズが、あっさりとした蜂蜜と相性ばつぐんなんだろう。味がぴったりなじんでいる。

思わず、もう一口。

ナッツの優しい風味が活かされていて、そのうえコリコリとした触感がなんともいえないインパクトになる。


「おいしいぃ!」

私が感激していると、ご満足そうなドヤ顔をしたベルサタンが腕を組んだ。

「そうだろう。そのスープも飲め」

カップの方を示す。


これはスープだったのか。

私は言われるがままに、カップの中身を飲んだ。

こっちは冷製だ。冷たくて、プツェロで熱々だった口の中を冷やしてくれる。

ミルクベースのジャガイモスープ?

こっちもすごく美味しい。

というか、ほんのり甘めのプツェロに合わせたように作られた、絶妙に優しい味だ。


「た、たまりません~っ」

カップを抱えたまま、私はまたプツェロを一口。

とまらないんだもん!

本当に美味しすぎて!


「ははっ、たまらないか。そうだろう」

ベルサタンは得意げな顔をして、嬉しそうに笑った。

その態度がちょっと面白くて、なんだか可愛く思えた。


つい私も笑ってしまう。

あ、久しぶりに私、笑ってる。

自分でも意外だった。


ベルサタンがちょっと驚いた顔をして、笑っている私を見た。


けれど、すぐに彼はまた鼻をならして満足そうに、口の端へ笑みを浮かべる。

いつものしかめ面がほんの少し優しそうな顔になった。

――あ。

そういうふうに微笑むと、ハルシアとベルサタンはそっくりなんだ。

仕方ないなぁっていうように、ちょっと眉をさげて笑う顔。


危険を感じて、私はとっさに手の甲で目もとを隠した。


「っ……おい! 泣くのか!? ここでか!? やめろ!」

ベルサタンが焦った声をだす。

「泣いてない。平気」

ベルサタンの悲鳴をあげそうな狼狽加減に、私は逆に吹き出してしまった。


あったかいプツェロが、心をほぐしてしまったのかな。

危なかった。

こんな道端で泣くなんて、恥ずかしい。

なにより人前でなんて絶対泣きたくないし。


また私が笑うと、ベルサタンはあからさまに、ほっとした。


「ブス」

「……それ、笑顔の女子に対して、笑顔で言う言葉じゃないわよね?」

「笑うといちだんと不細工だからだ。あ、おい。俺の皿に手をだすな!」

「今の暴言の謝罪として、あなたのももらうわ」

「返せ! なんて女だ!」


ぎゃーぎゃーと言いながらも、ベルサタンは奪い返さない。

私の皿に重なったままのプツェロ。

ああ、美味しい。しあわせ。


ベルサタンはふいに胸から出した懐中時計をみて、立ち上がった。

「時間だ」

「もう行くの?」

「俺は暇じゃない。お前と違って」

鼻で笑っている、やはり嫌味な奴。


そして店員を呼びとめて、紙袋を持ってこさせた。

ベルサタンはそれを私に押し付ける。

あれ、この匂いは……。


「持って行け」

「なに、これプツェロ? 私に?」

「バカ言え、それだけ食ってまだ食う気か。おまえの分じゃない、ハルシアだ。あいつに届けろ。いいか、勝手に食うなよ」

それだけ言うと、颯爽と踵を返してベルサタンは背を向けた。


「え、ちょっと……」

私が呼び止めようとしても、あっという間に人ごみのなかに見えなくなってしまった。

あとに残された私は座りなおすしかない。ため息をつき、しかたなくプツェロをまた食べ始める。


やっぱり、美味しいなあ、これ。

なんでだろう。

あんなに悩んでいたのに、美味しいものを食べているといつのまにか元気になっている。

一口。

一口。

また元気が湧いてくる。

いつのまにか、心の中のもやもやとした黒いものが晴れていた。

ベルサタンが笑わせてくれたおかげもあるかも。


「……届けたら、喜ぶかなぁ」


うん、きっと喜ぶ。

この美味しいものを食べて、どうか彼にも笑って欲しい。

それはいつもの仮面のような笑顔じゃなくて、ほんの少しでも温かさを感じられるような。

そんなハルシアの顔がいつか見たい。


そう思うのは、少なくとも私がまだ、彼を好ましく思っているからだ。

彼を許したい。


彼と話しをしなければならない。

プツェロを、もう一口。

よし、私は頑張れる。

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