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私の秘密基地

親愛なるアニヴァルメア



騎士団での生活はその後いかがですか?

あなたの手紙で、誇らしい弟の成長を知るのが楽しみでなりません。


アニーヴも、ルーシュカみたいにもっと頻繁にお手紙をくれていいのよ?

あの子からの手紙は2日を空けずに届くから、むしろ王家の公務が滞っていないか気になります。


あと、あまりルーシュカと喧嘩をしないであげて。

ルーシュカからの手紙にはあなたの愚痴ばかりです。


私は最近、友達ができました。

一緒にご飯を食べたり、買い物に行ったり、勉強を教えあったり。

たまにお互いどちらかの部屋で、夜通し実験や議論することもあります。

とても賢いお友達なの。

いつかアニーヴにも紹介したいわ。



追伸

耳の心配はいらないの。本当に。

あなたはまた、聞こえてない本人には、聞こえてないことがわからないって言うんでしょうけど。

私、なにか聞き逃して困った状況には、こちらで一度もなってないもの。



愛をこめて。クレアツィツィン

_______________________________



書き上げた手紙に封をしていると、ノックの音が聞こえた。


「何度も鳴らしたんだけど」

ハルシアがドアを開けて、すでに部屋のなかにいる。

ノックは内側からしていた。


最近、北の棟にある私の研究室によくこうしてハルシアが来るようになった。


私が竜の国から持ってきた大量の本に、興味を持ってくれたらしい。

いつも世話を掛けているから、私がいない時にも自由に入って借りて行って欲しいと、ハルシアには鍵を渡している。


「あら、気づかなかった。おはよう、ハルシア」

私が肩をすくめれば、ハルシアが片眉をしかめて、やれやれという顔をする。


手紙に夢中になっていて、彼のノックには気づかなかったけれど、無理やり渡した合鍵が役に立ったようでなによりだ。

ハルシアくらいなら、私としては勝手に入ってくれてかまわない。

見られて困るものは何もない。


「あのさ、最初気づかなかったんだけど、クレーツィアってこっちの耳……」

「あまり聞こえてないわ」


あっさり認めると、ハルシアは苦笑いする。

「そっか。隠してるのかと思って言わなかったんだけど」

「隠してないわ。むしろ知っておいてもらえると助かるくらいよ。とくに離れた音や、男の人の低い声とかまったく聞こえてないことがあるみたいなの」


「完全にきこえないわけじゃない?」

「ええ。調子がいいと左耳もたまに、聞こえているのよ? それに右耳は問題ないからべつに不便はないし」

「そう?」


ハルシアは近寄ってきて、私の左耳の近くてパチンと指を鳴らしている。


音を認識したのは右耳だけだった。

聞こえない、と意味をこめて首をふれば、ハルシアの眉尻はちょっと下がる。



私は笑い、椅子に座ったまま、自分のすぐ右側にハルシアの手をぐいぐいひっぱって寄せた。

ハルシアは首を傾げながら、されるがまま、そこにある窓辺に腰かけた。

「ん?」


「不便はないけど。でも、……ハルシアはなるべくこっちにいて。あなたの声は聞き逃したくないから」


ハルシアがいるポジションに満足した私は、手を離してにっこり笑ってみせる。

そこに彼を留まらせたまま、また手紙に宛名を書き始めた。


そうやってハルシアがそばにいるのは心地がよかった。

ハルシアの声は気持ちいいし。

ちょっといい匂いがするし。

ぜひそうやって風上に立っててくれ。


口もとをおさえ、顔だけをそむけたハルシアが不機嫌そうにぼやく。

「ちょっと、今のは反則」


ん?人間ポプリにしてることに気づかれたのかな?

でもハルシアはそれを気にするほど狭量な男でもない。

匂いを嗅がれても涼しい顔して笑ってるはず。

私なら、こっそり匂いを嗅ぐ変態なんて絶対無理だけど。


「ハルシアの心は海みたいに広いからね」

「うん?」

「それで、今日はなにをする? できれば、今日もあっちの研究棟に忍びこんで文献をあさりたいわ。あなたの薬草園にもまた行きたいし。薬の調合も教えて?」


「侵入の手引きをするのはかまわないよ。でも、僕はこの北の棟のクレーツィアの部屋が気に入ってるんだ。少し休憩にしてお茶を飲まない? 僕が入れるから」

ハルシアはくすくすと楽しそうにしてる。


「ここが気に入ったの? 狭くて、建物は古いし」

「でも風通しがいいし、木漏れ日の日当たりがちょうど心地いい。この狭さも、隠れ家みたいだ」


ベットとソファ。文机にチェア。扉付きの本棚。大切な薬草棚。

洋服の入ったクローゼット。


それだけでも部屋はいっぱいなのに、クローゼットの半分は開け放してあって、日陰で育てる薬草を陳列している。

部屋の片隅や窓際でもいろいろな薬草を育てている。


水生の植物は、たっぷりの水と一緒に透明のガラスボールに入れて、天井から2、3個吊るしてある。

床に置いていたら倒して大変だったから。


ごちゃごちゃしていて、たしかに子供の秘密基地みたいになってるかも。


私も住みやすくはしているけど、ハルシアも気に入ってくれたというのはなんだか嬉しい。


「狭さに関しては、考えものだけど。風通しはいいかもね。助かってる。あとはね、この日当たり加減には秘密があるの」

そろそろバラしてもいいかな。

「秘密?」


私は窓の外にある木を指さした。

「目の前に大きな木があるじゃない? 入居当初はもっと枝が生い茂ってて、この部屋は薄暗かったの。それだけは私、我慢できなくてね」

「まさか、折ったの?」

「夜中にこっそり登って、少々始末したわ」


こっそりと告白すると、案の定ハルシアは吹き出した。

くくくっと口に手の甲をあてて笑う、彼の笑い方は、最近おなじみになってきた。


「クレーツィアって見かけによらず、大胆だよね」


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