【第一章】今のわたし
……というのは、できれば思い出したくなかった、病んでいた時代のはなし。
あの頃はそんなつもりはなかったのに、身体だけでなく心も病になっていた気がする。
たぶん中二病とか、高二病とかそういう類のやっかいなやつも弊害していた。
思い返せば、恥ずかしいくらいだ。
私はそれっぽい理由をつけて、悲惨なストーリーを書きなぐっていたようなものだ。
もっと早く、なぜ気づけなかったのだろう。
ストーリーの序盤から、流行病によっておびただしい死者をだして、中盤では戦争でバッタバッタと人が死ぬ。友人役は策略によってホイホイ犠牲になる。
最後にはもちろん、ヒロインとヒーローも心中で死ぬ。
“みんな死んでみんな丸く収めよう”みたいな終始暗い小説を、読みたい人なんて絶対いない!
たしかに私は人を感動させる話が書きたかったけれど、これは、もはや違うものだ。
「みんなみんな死んでしまえ」とかぶつぶつ言っている根暗系の、危ない思想の匂いがちょっぴりするではないか。
今さらながらに自分が怖い!
人が死ぬ話は、たしかに心を揺さぶると今でも思う。
けれど、そもそもだ!
そもそも登場人物たちの立場からしてみれば、誰かの感動のために殺されるなんて、はた迷惑な話だろう。作者の横暴だ。
本当にごめんなさい。
これはそのせいで与えられた罰なのかもしれない。
今の私は、そんな彼らの一員として死を待つことになっていた。
そう、――私は生まれ変わったようだ。
自分の死に際に書いていた、病んでるストーリーの脇役として。
「……これって自業自得?」
自分の寝言で目が覚めた。
もごもごと、半覚醒の私はまだ何か言っている。
「良かった、クレーツィア! 目が覚めたのね。急に倒れて、いったいどうしたというの?」
目を開けたら、ずいぶん綺麗な女の人が心配した表情で私をのぞき込んでいた。
そこで、ああ、と思いあたる。
この赤黒い髪をした女性は、見知らぬ綺麗な人じゃない。今の自分の母親だ。
つまり、クレアツィツィン・エルマ――愛称をクレーツィアという、6歳の少女の母親だ。
きょろきょろと周りを見回せば、洋風の歴史映画にでもでてきそうな、いかにもお伽噺の城という広い部屋だった。
私が寝かされていたソファは高そうな革張りで、レースと薄い布で飾り立てられている。
うーん、これは座るためのソファだとは思えない。たぶん、飾るためのソファだ。寝心地が悪すぎる。
冷静にソファの評価をしながら、頭の片隅でだんだん現実逃避しはじめていることもわかっていた。
なんせ私はたった今、前世の記憶というものを取り戻してしまったようなのだ。
気を失っている間に溢れてきた記憶が、まだ私の中で渦巻いている。
気持ちが悪いことに、今の私には6歳までのクレーツィアの記憶と、18歳だった過去の自分の記憶が両方あった。
情報が多すぎて、整理するにはまだ時間がかかりそうだ。
「王妃さま、ご心配をおかけして申し訳ありません。お騒がせしましたが、うちの娘はなんともないようですわ」
私がぼんやりしている間に、母が傍らにいる人に頭をさげた。
「え!」
なんだって! 王妃!? いたの!?
すぐさま私はぎょっとした。
「気分はどう? あなた、絶叫して気絶したのよ。私の子を見たとたんに」
母親の隣にいた、凛としたたたずまいの美女が声をかけくれた。
そこで状況を把握した私も、あわてて起きあがった。
「王妃さま! すみません」
「まだ寝ていていいのよ、クレーツィア。とても具合が悪そうなんだから。顔色なんて真っ白ね」
王妃さまの御前で寝っ転がっていた失礼な私に、王妃さまは気にしないと手をふってくれた。
しかし、そう言われたからといって、また寝っ転がるわけにもいかない。
私は居住まいを正して、ソファに座ったままもう一度周囲を見回した。
ようやく気を失う前のことを思い出す。
母と王妃、二人のほかに、この場にはもう一人いたはずだ。
そう、ものすごく重要な人物――。
「ヤヒナルルーシュカさまなら、あなたの絶叫でお部屋を出て行ってしまったわ。気分を害してしまったのかしら」
私がなにかを探していることに気づいた母は、説明してくれた。母はおっとりと手を頬に当て、困ったように首をかしげている。
そう、ヤヒナルルーシュカだ。
この長たらしい妙な名前を聞いたとき、なぜ思い出せなかったんだろう。
病院のベットで私が生み出した悲劇の終焉をたどるヒロイン、竜姫の名前だと。
クレーツィアとして生きていた私は、彼女の深紫色の瞳を見て、先ほどようやく、前世の記憶というものを取りもどしたのだ。
「いえ、私の子ならそこにいるようよ」
王妃が視線を向ける。するとその先には、部屋のドアの隙間から、ドレスを着た小さな女の子が覗いていた。