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罪悪感と雨

パンにたっぷりバターを塗った、ほかほかの半熟エッグトースト。


「チーズはいっぱいのせてね」

「はいはい」

横から口をはさめば、笑みを浮かべたハルシアが固形のチーズを多めに削って、かけてくれている。


あ。今、私ちょっと子供っぽかったかな。


「結局やらせっぱなしで、ごめんなさい。私はコーヒーでも入れるわね」

「じゃあ、任せる」


いけないいけない。

こうして柔らかい雰囲気のハルシアと接していると、お兄さんみたいでついつい甘えが出てしまう。


実際、20歳だと判明したのハルシアは、私より4つ年上だった。

いつもルーシュカとアニーヴと一緒にいたおかげで、お姉さんぶる機会が多かった私は、ハルシアに対して自然と出てしまう自分の態度に我ながらちょっと驚く。


彼が、甘やかすのがうまいせいもあると思う。

いつも綺麗な顔に穏やかな笑みを浮かべて、しかたないなあって顔をする。もともと受け入れる器が大きいのだろう。


「ハルシアって、兄弟はいるの?」

「いるよ。弟が一人」

「やっぱりね。お兄ちゃんって感じだもの」

「クレーツィアは、長女でしょう?」

「どうしてわかるの?」

「甘え方が下手だから」

ハルシアはこっちを見ずに、手を動かしながらくすくす笑っている。


私が赤くなったの、見られてないよね。

やっぱり、ハルシアに甘えてるってバレてた。そのうえ下手だったらしい。

恥ずかしいな。


「ハルシアの弟さんはおいくつ? その人も研究棟にいるの?」

「弟は君と同い年だよ。今、王宮で働いてる」

ハルシアはさらりと答えて、ふと話題を新しくした。


「それにしても、クレーツィアが16歳だとは思わなかった。成人した女の子が、あまりこうして男の部屋に来るものじゃないよ」

「この国の成人は15歳なのよね。でも竜の国では18歳なの。つまり、私は成人前だから」

やっと入れた研究棟の部屋へ出入り禁止にされまいと、屁理屈をこねる。


するとハルシアは、からかうように片眉をあげた。

「だから平気だって? まあ、たしかにこの国の基準だと、君は見た目が若いから、全然大人には見えないけどね」

「ちょっと待って。私、いくつに見えてたの?」

「13、4歳とか。少なくとも、成人前だよ。竜人族はみんなそんなに若い見た目なの?」


14歳?

この年代の見た目で2、3歳の差は大きい。

前世で言えばいわゆる、高校生が、中学生に見えるというほど違うわけだ。

ちょっとひどい。

今まで自分の外見は気にしてなかったけど、気になってきてしまうじゃないか。


「竜の国では、べつに私が特別童顔というわけではないはずだわ。ひとつ年下の弟も友人も、やっぱり私よりは幼く見えるし……」


だんだん言い訳がましくなってしまう。

しかも胸の大きさは、ルーシュカに負けたんだった。ああ、古傷が。


それはさておき、あれだ。

つまり、ハルシアにとっては、日本人が海外の人から見ると年齢不詳の若さに見えるのと同じ感覚かもしれない。

そう思う。

そう思いたい。


私が気にしはじめたことがわかったのか、ハルシアはぷっと吹き出して、私の頭に手を置いた。


「まあ、君が妖艶な美女だろうが、ちんちくりんの子猫だろうが同じかな。心配しなくても、僕には婚約者がいるから。君相手に、変な気をおこすつもりもないから安心して」


「……婚約者、いるの?」

どうしてか、今息がつまった。


「うん」

ハルシアはいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。

頭に手を置かれていた状態から、つい、身をひいてしまった。

自分でもよくわからないけど、罪悪感みたいなものでいっぱいになった。


「それは、知らなかった。……ごめんなさい。あなたの言う通り、こんな変な女が婚約者のいる男性の部屋にあがりこんでちゃ、いけないよね。相手に失礼だわ」


よく考えれば、こんなに美形なのだ。恋人の一人や二人いてもおかしくない。

ハルシアの部屋の貴重な文献に目が眩んでいたとはいえ、浅はかだった。

優しいハルシアに、私は思っていたよりもずっと迷惑をかけていた。それがショックだった。


「私、帰る」

「もしかして、僕の婚約者を気にしてるの?」

「あたりまえでしょう。同じ女として、やってはいけないことくらいわかるもの」

無理やり来ておいて、なんだけど。

申し訳なさでいっぱいだ。


私は作っていたコーヒーをハルシアに押し付けて、自分の持ってきた辞書や本をまとめ始める。


「でもクレーツィア、ものすごい雨だけど」

「え、なに?」

「外、今、雨」


ハルシアにうながされて窓を見てみれば、さっきまで晴れていた外が、バケツをひっくり返したような惨状になっている。

滝のようなどしゃぶり。

この国に来て、初めてこんな雨にあった。


「スコール!? マ国ってそんな気候だった?」

「んー。めずらしいね。でもきっとすぐやむよ。とりあえず、ごはん食べようか?」


彼は、笑っていた。

なかなか自分のペースを崩さない人なんだろう。

彼の落ち着きぶりを見て、よくわからないほど焦っている自分に気づき、急に我に返る。


そうだ。――彼は。

見たこともない急な豪雨にも、いつも通り。

変な留学生が部屋に押しかけても、いつも通りだ。


ハルシアは穏やかな笑顔の下でなにを考えているのだろうか、と私は初めて気になった。

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