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侵入者のたしなみ

うつ向きながら、私は歩く。

べつに、落ち込んでいるわけじゃない。

探し物だ。


「うん。これくらいかなあ」

ようやく程よい大きさの小石が見つかる。


私は大きく振りかぶって、その石を。

投げた!

二階の窓にみごと命中!

バコン、といい音がした。

よしよし、ピッチャーおみごとです。


そのまま待っていると、立てつけの悪そうな窓が、ちょっと苦戦しながら開く。

私の思惑どおりハルシアが顔をだした。


「やめてー。そのうち割れるから」


寝起きなのか、けだるそうだ。

彼は美人だから、寝むそうな顔で窓枠に肘をつく様子も色っぽく見える。


「おはよう! はやく中に入れて、ハルシア」

私は勉強道具を抱えていない方の手をふった。

ハルシアは窓にもたれてため息をつくが、仕方ないなあ、という動作で、私のために縄梯子を降ろしてくれる。



こうして、彼の手引きで研究棟に侵入するのは今日で4度目だ。

ハルシアは優しい。

私が研究棟にある文献を、見たくて見たくて我慢できないと伝えると、渋々ながら自分の研究室に招き入れてくれた。


もちろん、禁止事項だから、こっそりと。

以来、ハルシアの迷惑も重々承知のうえで私は彼の部屋へ押しかけている。



縄梯子を登りきって、窓枠に手をかける。


「お邪魔します」

「1回入れてあげたら、この猫、味を占めちゃったよ」


ハルシアがそう言いながら、窓から入るために手を貸してくれる。

本当は嫌だろうのに、紳士だよね。


申し訳なく思いつつも、巡ってきたチャンスを逃すわけにはいかない。


ハルシアは薬草や毒にも詳しいから、“緑斑病”の特効薬を調べるには、あまりにも適切すぎるのだ。

彼の研究室は、宝物庫も同然だった。

もちろん、ハルシア自身の頭にある知識も。


「私のことは気にしないで。ここにいる間は静かに、いないものとして振る舞うから」

「毎回、こうして窓を叩き割ろうとするうえ、わからないことが出来たら質問攻めにする子が、よく言うよ」


片眉をすがめ、呆れた顔をするハルシア。

たしかに反論できないので、私は肩をすくめて、ごまかすことにする。



「……あとは好きにしていて。僕は昼まで寝る」


あきらめたように、彼はそういって頭をかいた。

ずいぶん疲れた様子で、部屋の隅にある簡易ベッドで横になる。


きっと、また夜どおし実験でもしていたのだろう。

学者肌の人って、どうして夜型が多いのか。

まあ、好きな時間に寝て、好きな時間に起きることが許されるからなんだろうけど。


「ありがとう」

私は目を閉じたハルシアに小さく礼を言って、分厚い本を読みはじめた。

くたびれている古い本だった。


気になることがあれば、逐一自分のノートに書き写していく。

別の文献を読んで、わからないことを調べて、さらにノートに書きこむ。


この世界で勉強するようになって、私は発見したことがいくつかある。


一つは、今の私に文才が皆無なこと。

笑ってしまうくらい、そっちの方面が苦手だ。

前世では、ペンを持って白い紙を前にしただけで、次々と言葉があふれてきて洪水が起こったのに対し、今の私は、筆記用具を手にしてもなにも思い浮かばない。


そしてもう一つは、その代わりのように暗記力が良くなっていたこと。

これにはずいぶん助かっている。


もう一つ、私は前世でも現世でも、けして頭が良い天才ではないこと。


ちょっと物覚えがいいだけでは、頭のいい人たちと渡り合えない。

ただでさえ、女の身で、勉強に打ちこむ人など多くはいない世界だ。

すぐになめられるし、馬鹿にされる。

負けないためには、やはり努力するしかなかった。



「クレーツィア、なんか食べる?」


ハルシアに声をかけられて、我に返る。

かなり時間がたっていた。

昼まで寝ると言っていたハルシアが起きだしてるのだから、五時間くらいたっていると思う。


「ごめん、夢中になっちゃった。私がなにか作るわ」

「いいよ。どうせパンと卵くらいしかないから、トーストだけど」

そう言って彼は、奥の別室に姿を消した。


いちおう、ここは研究所であって、居住用の場所ではない。

けれど、泊まり込むことの多い学者はハルシアのように勝手に、ベッドなりコンロなりを研究棟に持ち込んで、ほぼ住みついている。



ハルシアは食卓と小さなキッチンのある奥の部屋だけは、いつも綺麗にしていた。

ここは日当たりもよく、他の窓にはないカーテンがある。食器がある戸棚のうえには、瓶詰のピクルスとか色々あって、ちょっとおしゃれだ。


さっきまで寝ていた研究用の部屋は、見かけによらず、けっこう荒れているけどね。


「やっぱり、私にやらせて。世話ばかりかけていては悪いわ。ハルシア。ねえ、きいてる?」

「こーら、支度中にまとわりつかないの。にゃんにゃんうるさい」


私は口にチーズのかけらを突っ込まれて、黙るしかなかった。


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