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黒猫〜ハルシア視点

黒猫がいる。


棟の前で、衛兵にじゃれついている小柄な少女を見て、僕はそう思った。



黒紅色の長い髪が、さわり心地の良い毛並に見えたから。


その子は、衛兵に何かを必死な様子で訴えているようだった。


少女の小さな後ろ姿からして、まだ年端もいかない子供だろう。

そんな子供相手に、だ。

この棟の衛兵は相変わらず、融通の利かない対応をしているにちがいない。

おとなげないなぁ。



「何事?」

扉の前で騒いでいることもあり、そう声をかけざるをえなかった。


面倒ごとに関わるのは正直億劫だったけど、小さな子が困っているのを見て見ぬふりをするのも、なんだか阻まれたから。


そうして僕を振り返ったのは、吸いこまれそうな黒曜石の瞳。

アーモンド型の大きな目は、ややつり目ぎみで、ますます猫に見えてくる。


おそらくこの子は、この研究棟に父親でもいて、その忘れ物を届けに来たとか、そんな月並みなおつかいで来たんじゃんじゃないかと思っていた。

けれど、そうじゃなかった。


「私はクレアツィツィン・エルマ。竜の国の留学生よ。昨日取り上げられた、私の研究品を返してもらいたいの」


留学生か。

ということは、15歳以下ということはないだろう。せいぜい13、4歳かと思っていた。

おや、と意外に思ったけれど、たしかに、正面から少女を眺めればそれなりに大人びて見えてくる。


竜の国に住むという竜人族は、歳の割に若く見られるというが、それを目の当たりにしたのは初めてだった。


竜人族はあまり外交的ではない方だし、僕たちからしてみれば未だ多くの謎に包まれた種族だ。



「おい、留学生。今は学者の御身であれど、王族のハルシアさまに対して、その口の利き方はなんだ。無礼者」

衛兵は余計な口出しをしてくる。


本当に余計で、無粋なことだ。

それこそ不快に思った僕が、眉をしかめて視線を投げれば、衛兵はすぐに黙る。


けれど、クレアツィツィンと名乗る留学生の少女は、聞いていなかった。

いや、まるで衛兵の声が聞こえていない様子だった。


彼女は目をきらめかせ、身を乗りだして自分の研究品の説明してくる。

「薬物を皮下へ直接投与するための細い針がついてるの。まだ作成途中で……」


「ああ、昨日4階の研究室に持ち込まれてたやつか。僕も見たよ。君が作ったものだったんだね。あれは、うん、確かによかった」


あれを考えたのは、この子なのか。

見たときは、久しぶりに感心がわいた研究品だったから、よく覚えている。

この子は若く見えても、侮れないみたいだ。


けれど、あれは彼女の手元に返らない。

「あれは取り戻せないよ」


すると、少女はぱくっと口をあけ、なにやら唖然としているではないか。

ちょっと可愛いなぁ。


僕は口元をおさえて、笑いをこらえる。

「こっちにおいで」


無下にできない気持ちになって、ちゃんと説明してあげようと、僕は自分の庭へ彼女を招待した。


ついてきた少し警戒ぎみの少女は、ますます猫のように思えてくる。


魔の巣窟みたいなところに迷い込んだ、一匹の子猫だ。

ここで生きていくためには、暗黙のルールとか駆け引きなんかを覚えていかないとね。


「この棟の扉をくぐった時点で、君の研究は盗まれてるってわけ。大切な研究品は正式に発表するまで、他人に触れさせてはいけないものなんだって、よく教訓にしておくんだよ」


そうして丁寧に諭せば、賢そうな黒曜石の瞳はすぐに理解を示してくれる。


「ええ、よく覚えておくわ」


その返事は潔い。

またしても意外に思って見ていたら、少女が首をかしげた。

「なに?」


「いや、実は泣くかなって思ってた」

「泣いて、なにか解決するの?」

「しないね」

「そう、しないのよ」


凛としてそう言った少女は、とても好ましかった。

女々しい反応が返ってこないのは都合も良いし、ありがたい。


わざわざ、人目のないところに連れてきた必要はなかったんだ。

棟の入り口で、泣かれたら困るからわざわざ移動したのに。


「それに私が泣くとしたら、あなたの前ではないの」


少女の儚い笑顔を、そのとき僕はただ、綺麗だと思った。


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