作戦会議
今日もウォルフは仕事で不在なので、私は自宅に友達二人を招いていました。
一階の小さなテーブルを皆で囲んで、大いに咲く会話の花。
お茶と沢山焼いたパンケーキ、そして付け合わせに旬のイチゴで作ったジャムを用意して、彼女たちをおもてなし中です。
「あ、あの……お色気作戦って、具体的にどんな風に?」
私が突っ込んだ質問をすると、目の前にいた友達二人は互いに見合わせて、やれやれと首をすくめました。
すいませんね、他に恋愛経験がないもので。それに、ベッドで彼に抱きついても全く相手にされないものですから。
そばかすのある赤髪のお下げは、レイチェル。ふっくらとした体格の彼女は私と同い年で、私の近所に親兄弟と暮らしながら食堂で働いています。彼女は襟元にフリルのある薄ピンクのブラウスと赤いチェック柄のスカートを身に着けています。
黒髪を後ろでまとめ上げていて、真面目そうな顔つきをしているのは、タリア。胴回りがゆったりとした私の服とは違い、ウィエストをきつめに締めた青色のワンピースを着ています。私より一つ年上の彼女は、普段お城で奉公しています。今日はお休みの日だったので、たまたま実家へ帰って来ていました。
「男の人は視覚で性的興奮を覚えると言うわ。だから、マリーも刺激的な格好をして、肉体関係に持ち込めば良いと思うの」
お城勤めのタリアは賢いので、難しい言葉をスラスラと使いこなします。
姿勢の良い彼女は話し終わると、とても優雅な仕草でティーカップを持ち、口を付けていました。
「で、でも、そんなこと私にできるかしら?」
タリアの提案は経験値の低い私には難しすぎます。私が躊躇していると、タリアはカップをテーブルに置いて再び口を開きます。
「正攻法の告白は失敗に終わり、結婚を申し込んでも駄目。それに、ウォルフさんには他に好きな女がいるんでしょう? 彼を自分のものにしたいなら、もう最後の手段しかないと思うの」
ため息をつきながら説明をするタリア。私は彼女の言葉に「なるほど」と納得するしかありませんでした。
「あ、そういえば! 私そんな色っぽい服なんて、持ってないわ!」
タリアのようにウェストを締めて胸元を強調した服は苦手だったので、私はゆったりとしたワンピース型のドレスしか持っていませんでした。
「あら、それなら大丈夫よ~。ちょうどいいものをお母さんから貰ったの。良かったらマリーにあげるわ~」
レイチェルは、皿の上にあったパンケーキを頬張りながら話しました。食べている時の彼女は、いつも幸せそうに微笑んでいます。
「マリーが気付いてないくらいだから、ウォルフさんはその女とそれほど親しい関係にあると思えないの。だから、先にマリーが既成事実を作ってしまって、子供が出来たかもしれないから責任を取って欲しいと迫ればいいと思うわ」
「このイチゴのジャム美味しいわね~。パンケーキと合うわ~」
タリアの篭絡作戦を聞きながら、レイチェルはまた一枚パンケーキをお代わりして食べています。
「そっかー。でも、ウォルフって手ごわいから、大丈夫かな……」
失敗したベッドで抱きつき作戦を思い出しながら私が相談すると、タリアは物知り顔を浮かべます。
「あら、それなら良い方法があるわ。たまにはお酒を彼も嗜むでしょう? その時を狙えばいいと思うわ。お酒って理性の働きを鈍くするから、得てして過ちを犯しやすいのよ」
「そ、そうなんだ……! 私、頑張ってみるね!」
私の気合に満ちた顔つきを見て、タリアも真剣な面持ちで頷きます。
「男は一皮剥けば、みな狼らしいわよ。健闘を祈っているわ」
それから話題は変わって、タリアの職場の話になりました。
彼女はお城勤め。職場でいち早く仕入れた王族や貴族たちの醜聞や噂話などを、いつも私たちに面白おかしく聞かせてくれるのです。
「今のところ動向が注目されているのは、王女様の恋の行方かしら? 王女様はとある騎士様に夢中なのよ。でも、国王様は良い顔をされてないらしくて。なにせ相手には、前妻との間に子供がいらっしゃって、王女様と年が近いんですって」
「まあ! 王女様も障害のある恋をなさっているのね!」
貴族の恋愛なんて、私にとっては雲の上の話なので、聞く話は全て恋物語のよう。つい面白くて興味津々で聞き入ってしまいます。
国王様の一番末の王女様は、私たちと偶然にも年が近いのです。そのため、恋に悩む同士として、思わず共感してしまいます。
「マリー、とても美味しくって、パンケーキ無くなっちゃった~。追加よろしくね~」
レイチェルはタリアが話している間、ひたすら食べるのに夢中でした。
テーブルの上にあった皿は見事に空になっていて、私とタリアは「食べ過ぎよ!」と苦笑します。
でも、いつも美味しそうに食べる彼女が、私たちは大好きでした。
その後、私がレイチェルから貰ったのは、勝負用の寝間着でした。
胸元が大きく開いていて、胸の谷間が見えてしまう大胆なデザイン。さらに生地のほとんどは細い糸で編んだレースで出来ていて、スケスケ。かろうじて大事なところを隠れているくらいです。肌と身体の線がくっきりと透けて見えてしまっていました。
レイチェルは母親に譲ってもらったのに、彼女自身は「色気より食い気だし~」と興味がなかったらしく、そのため私に「どうせ入らないから、あげるわ~」と譲ってくれたようでした。
ほとんど裸なので身につけている意味があるのかと思ったのですが、見えそうで見えないところが男心をくすぐるのだと、タリアに真面目な顔で説明されました。
良い知恵と品物を手に入れて、いざ実行しようと意気込んだ私!
ところが、せっかく良い作戦を教えてもらったのに、残念ながら実行する機会になかなか恵まれませんでした。
歯痒い状況が続き、待つこと一週間。ついにチャンスが到来したのです。
「ごめん、今日はハント様と呑むから遅くなるね」
「うん、分かったわ」
朝の出勤間際、ウォルフは私に帰宅時間について触れたのです。
ウォルフの言うハント様とは彼の職場での上司です。なので、以前からお名前とお顔は存じ上げていました。
ウォルフから聞いた情報によると、その方は家柄が貴族なのにも関わらず、平民にも気さくで親しみやすい方とか。さらに彼と年が同じくらいなので、気が合うらしく、飲みに誘われることが今まで何度かありました。
そして、貴婦人にとって有名な点は、なんといってもハント様の美男子ぶりでしょう。数年前に病気で奥様を亡くされたハント様は現在独身。お城の中では未婚女子の注目の的となっているようですが、残念ながら彼の心の傷を癒す存在はまだ現れていないようです。
まあ、ウォルフ一筋の私には、関係ない話ですけど。
平静を装って彼を見送った後、私は家の中で一人不気味にほくそ笑みます。
お酒に強いウォルフは、いつも飲み会の後、自分の足でしっかり歩いて、ほろ酔い機嫌で帰ってきていました。
友達から教えてもらった作戦を実行する良い機会に違いありません。
一人で夕飯を済ませ、就寝時間が近づく頃、私は仕舞っていた寝間着を取り出します。
身支度をして、ウォルフの帰りを待つだけです。
自分の格好を見下ろせば、裸同然の恥ずかしい状態。ランプの弱い明かりの中でも、それは目視できました。
思わず作戦を中断したくなるほど、激しい羞恥心に苛まれますが、私はこの作戦に己の命運を賭けることにしたのです。
やがて、夜が更けた頃、扉の前に人の気配が近づいてきました――。