大好き!
私とウォルフは小さなテーブルにて、向かい合って椅子に座り、食事をしている最中でした。
私は動揺を隠しつつ、「ええと……」と返事を考えながら口を開きます。
私の好みは、まさに目の前にいるウォルフ自身でした。
夕暮れ時で、薄暗くなっていた部屋の中。
天井から吊るされたランプの明かりが、仄かにウォルフを照らしています。私を真っ直ぐ見詰める彼。その瞳の真剣さに狼狽えて、思わず私は目を伏せました。
本命の彼に好みの異性を尋ねられて、動揺しない女子はいないと思うのです。それに、これは自分の気持ちを伝える良い機会ではないですか!
「そ、そうですね。優しくて、頼りがいがあって、強くて、そして……」
彼に対する称賛の言葉は、いつも妄想していることなので、緊張していても言葉が出てきました。
「そして?」
「すごく素敵な人……」
本人の前ということもあり、私はすごく照れ臭さを感じながら、最後の言葉を口にしました。ドキドキして心臓が口から出そうなくらいです。
けれども、ウォルフといえば、それを聞いて苦笑を浮かべるばかり。
「ふーん、そうなんだ……」
残念なことに彼の反応すら微妙なものです。
少しでも自分の気持ちが伝わればと願っていたのに、私の気持ちは素通りのようでした。
気落ちした私は思わずため息を漏らしそうに。でも、握っていたスプーンでスープを混ぜて、咄嗟に自分の気持ちを誤魔化しました。
今日の夕飯は野菜のスープ、それにチーズを載せて焼いたジャガイモ、あと馴染みのお店で買ったパン。
五年前にここで住み始めた頃には、かまどの火すら起こせなかった私でしたけど、ウォルフや近所の主婦たちに色々と教わって、今では一人で食事を用意できるようになっていました。
「あ、もしかして」
ウォルフは何かを思い出したらしく、言いかけます。ところが、そのまま固まってしまい、彼は口を開いたまま。私はその続きを待ったんですが、いつまで経っても彼は話してくれません。私が不審に思って首を傾げたところ、彼はハッとして我に返ります。
それから、やっと動き出したと思ったら、「ごめん、何でもない」と言いながら食事を再開しました。
その後の彼は普段通りで――。
先程の様子が気にはなりましたが、それよりも私には伝えたいことがあったので、ひとまずその件は置いておきました。
「あのね、ウォルフ」
「なんだい?」
「前に近所の人と結婚の話をしていたけど……、私がウォルフのお嫁さんになっちゃ駄目なの?」
「え、ええっ!? ゲホッ!」
ウォルフは私の言葉にびっくりして、飲みかけのスープを気管の変なところに入れてしまったようです。ウォルフが激しく咳込み始めたので、「だ、大丈夫?」と私は彼に声を掛けます。
それから私は慌てて席を立ってウォルフに駆け寄ると、その彼の背中を軽くトントン叩きました。
咳込んだウォルフの顔はとても苦しそうで真っ赤です。やっと落ち着いたところで、私の顔を見上げて礼を述べます。
「どうして、そんなことを言い出すの?」
「どうしてって、ウォルフの事は大好きだし、お世話になっているし――。それに、もう私は年頃なんでしょう?」
「……いや、だからって、手近で済まさなくても。マリーには、素敵な相手を見つけてくるから」
そう優しく話すウォルフの顔には、微笑みが浮かんでいました。
その表情の意味を知り、私の胸に見えないナイフがまた突き刺さります。
苦しくて、思わず縋るように彼に抱きつくと、彼から驚いたように息を呑む音が聞こえました。
ウォルフの柔らかい栗色の髪が私の頬に当たります。そこからお日様のように温かで良い匂いがします。
彼は知らずに私を傷つけるけれど、彼の存在はいつも私に幸せを与えてくれます。
「ウォルフ、大好きよ」
切ない気持ちが溢れて、いつものように自然と口から言葉が漏れます。でも、私の真剣な告白に対して、彼は私の背中をあやすようにポンポンと撫でるだけ。それから「僕もだよ」と安心させるように優しい声が、私の身体越しに伝わります。
私の愛の言葉は、いつも家族愛としか彼は受け取ってくれませんでした。
残酷なまでに優しいウォルフ。
けれども、私はそんな彼の優しさに今まで救われてきたんです。
それから、いつものように夕餉を終えました。
穏やかだった天気は、就寝する頃には一変。春の天候は変わりやすく、外では強い風が吹き荒れていました。唸り声のような声が外から聞こえてきます。さらに、強風に吹かれた建具はガタガタと激しく揺れ、まるで誰かに叩かれているように音を立てていました。
自分のベッドにいた私は、ふんわりした着心地の白い寝間着姿で横になっていました。けれども、落ち着かない雰囲気のせいで、私は寝付くことができません。
明かりが落ちた部屋の中は闇に包まれています。
不安で怖くなった私は、ベッドから降りると、仕切り布をめくって隣のベッドを見ます。そこには横になって休んでいるウォルフがいました。天井の硝子窓から漏れる月明かりのお陰で、かろうじて夜目で彼の姿が確認できます。
私たちの寝室は、梯子のような急な階段を上った二階にありました。
その部屋でベッドを二つ並べて、私たちは各々寝ていました。残念なことに最近ではカーテンで寝床を区切るようになってしまいましたが。
「……ねえ、ウォルフ」
私がウォルフに話しかけると、まだ眠っていなかった彼は目を開けてこちらに顔を向けてくれました。
「何?」
「あ、あのね……、一緒に寝ちゃだめ?」
私が恥じらいながら用件を伝えると、彼は可笑しそうに吹き出しました。
「年頃の女性は、もう一人で寝れると思うんだけど?」
ウォルフに遠まわしに断られて、しょんぼりです。私が泣く泣く引き下がろうとした矢先、ウォルフの動く気配が。目を凝らすと、彼はベッドの上を移動して隙間を空けていました。もしかして、私のために――?
「……今回が最後だからね?」
呆れた口調ですが、やっぱり私に優しいウォルフです。
「うん!」
嬉しそうに返事をした私は、いそいそと枕を持参して、その空いた場所にすっぽりと納まりました。
彼が寝ていたベッドは温かく、すぐに安らぎが訪れます。相変わらず外の天候は荒れていても、ちっとも怖くなくなりました。
「おやすみ、ウォルフ。大好きよ!」
私はすぐ横にあったウォルフの頬にキスをすると、可笑しそうに吹き出す彼の声が聞こえて、私まで愉快な気持ちになります。
それから彼はすぐに私に背中を向けて、私のことは気にせず寝るつもりのようです。手を出してくれたら嬉しいんですけどね。
私が下心で彼に後ろから抱きつくと、「マリー、寝られないよ」と彼から苦情が――。残念ですが、渋々引き下がるしかありませんでした。
諦めて彼から離れて目を閉じれば、あっという間に私に訪れる穏やかな眠り。
大好きなウォルフ。私は彼がいないと安心して夜も過ごせないのです。だから、他の男になんて嫁ぐ気はこれっぽっちもありませんし、他の女に彼を取られたくありませんでした。
でも、私が知らない内に、指輪を贈るような女性が彼にはいたようです。
この直面した難局をどのように対処すれば良いのでしょう? 恋愛経験に乏しい私には全く分かりませんでした。
こんな時、私が頼りにするのは近所に住む友達です!
私の秘密を全て知る二人の友達は、私の心強い親友であり、良き相談相手でもありました。
一夜明けて、私が相談すると、彼女たちは言いました。
「お色気作戦しかないんじゃない――?」と。