~動揺~
いつものより、少しぎこちない空気のまま、2人は手を繋いで学校に登校していると、後ろから走る音がこちらへ向かって来ているようでした。
ドタバタとしたその音は走りなれていないことが一目瞭然で分かりました。
「マシュマロちゃん!おはよう!」
そこには息を切らせたひなたが笑いながらいました。
「ちょっと…まって…」
そしてその後ろには今にも死にそうなまひるがヘロヘロと走って来ていました。
「おはよう?」
優里がましろの代わりに遠慮がちに挨拶をすると
「あのね!私!マシュマロちゃんを1人きりにしない事にしたから!」
「…………えっ?」
優里はどういう事か、分からないようにしていると
「昨日考えたのー。私が怖くて何も出来なくて、マシュマロちゃんを泣かせて。。だからねー?もう自分から逃げられないように……マシュマロちゃんをあんな目に合わせないように…まひるにも話して協力して1人にさせない様に守ろうって!」
ひなたは元気よくましろの隣に行きました。
………1人にしてほしい。
私は要らない子なのだから。
どうしてそこまで私に構うの?
本当はそう思いました。
それでも何も言えないましろがそこにいました。
「橘君が用要りで居なかったら、その時はオレがマシュマロちゃんの側に要るからね!」
「…………うん。わかった…。」
ひなたとまひるの言葉に少し迷いながらも優里は笑顔を作りました。
「そもそもー?何でマシュマロちゃんだったんだろうねー?私連れていかれる所しか見てなくてー………マシュマロちゃんがかわいいからー?」
「ひなたそれ本気?だいたい想像付くでしょ」
まひるとひなたが話し合っていると、優里はぎゅっとましろと繋ぐ手に少し力を入れました。
「なんで……なんでなんだろうね…」
1人ごとのように呟いたその言葉は昨日の夜に聞いた優里の寂しそうな声そのものでした。
ましろは何をしたらいいか分からず、そのまま優里の横で学校に向かうために歩いて行きました。
――昼休み――
優里は少し用事にと席を外しました。
教室から出ていく優里の背中を見ていると、まひるが先にましろの席に来ました。
「ひなた購買部でパン買ってくるって………??どうしたの?扉なんて見て。」
「……いつも…何処に…行っているん…だろ…う?」
不意に出た言葉にましろは自分でも少しびっくりしました。
と同時に自分の口を手で塞ぎました。
「えっ?誰……って橘君の事しかないかな?」
まひるは、目の前の優里の席に座りましろと向き合いました。
「…………聞く?」
笑っているようで笑っていないそんな顔をしたまひるがましろを見つめました。
「……………。」
何も答えれず迷った様に目を泳がせているとまひるがフゥっと息をはいて片手で頬杖をつきました。
「………これは、オレが直接聞いた訳では無いんだけど、橘君の親って有名らしいんだよね。しかもテストでもいつも学年トップ。そのブランドに先生が生徒会長になって欲しいって口説き落としてるみたい。」
「………そう…」
まひるの言葉に目を伏せました。
「………とは言っても、今までの橘君って実際の所、学校に居ても居なくてもいい存在だったんだよね。」
まひるが少し笑顔を作りつづけ、話しました。
「連絡事項以外は学校で話さないし、学校行事には、全て不参加。橘君のファンだってそんな奇異な存在に憧れてるみたいだけど、そんなの本物ではないでしょ?」
「……何で…皆……話さない…の?」
ましろは心の中の小さな疑問を聞きました。
まひるは重く溜め息をつきながら
「……怖いんだよ。学年トップや親の肩書きが。そして橘君自信も他の人に興味が全くないようだしね?現にオレとひなたは、一応中学校から一緒だったのに数日前迄は、オレ達の名前すら知らなかったみたいだし。」
ましろはその話しを前にして何も言えなくなりました。
「………だからマシュマロちゃんが転校してきた時、凄く驚いたんだ。橘君が普通に誰かと話してるって。クラスの皆 そう思ったんじゃないかな?」
そう話すと遠く空虚を悲しく見つめていたまひるは急にニコッと笑いながら組んだ腕を机に置き、ましろを見ました。
「以上だよ?オレの知っている事はこれで全部!マシュマロちゃんは表情が少ないのに分かりやすくて、それがかわいくて話し過ぎちゃった」
「………えっ?」
その言葉にましろは伏せていた目をあげました。
「聞きたいって顔してたから。オレも橘君には負けていられないね?」
ニコニコしているまひるをよそにましろの心の中には、黒いもやが広がっていくのが分かりました。
あなたも1人きりだったの?
あなたはだから寂しそうなの?
……あなたはあの森へ何しに来たの?
「………後さひなたの事なんだけど…」
まひるは笑いつつも苦々しく口を開きました。
「なんでって思わなかった?こんなに短期間でマシュマロちゃんに拘ってるの。」
「…………。」
「………分かってると思うけどあいつは今迄友達がいなくてさ。一方的には話すけど誰もそれに答えてくれない。何処の輪にも入れない。1人だったんだよね。」
「……ひとり……。」
ちらりとまひるの顔を見ました。
「……そう。マシュマロちゃんに話し掛けたのもその延長線上。皆と話し掛けたのと同じく一方的に話すつもりだったんじゃないかな。」
そしてそのままましろを見つめました。
「……でもマシュマロちゃんは答えてくれた。ひなたの挨拶に。言葉に。そして掃除も手伝った。あいつにとってそれはすごく大きな事だったみたいで。君との仲を壊したくなくて。守りたくて。そのままの意味で守るって言ったんだと思う。」
「………。」
「大袈裟だけど。短期間だけど。ひなたなりにマシュマロちゃんの事が大好きみたいだからそれだけは分かってあげて?」
哀しそうに笑うその顔には双子の片割れとしての答えがあるようなそんな気がしました。
「ごめんねお待たせ。」
唐突に聞こえたその声にましろは現実に引き戻されました。
それは聞きなれた声。
「あれ?ましろ?まだお弁当食べてないの?いらない?」
私を殺すと言った声。
「ましろ?」
優里は不安そうにましろの顔を覗きました。
その刹那2人の目が合うとましろは一瞬寂しそうな顔して、すぐに顔をそらしました。
「………少しは食べよう?」
お弁当を包んでいた布をほどいてお弁当の蓋をあけました。
コクりと頷いた時後ろの扉が騒がしく開きました。
「ごめんねー?購買部凄く混んでたのー………ってあれぇ?どうしたのー??」
ひなたはすぐにその場の空気を読み取りました。
「そう?特になんにもないけど?ひなたの勘違いでしょ?それより早く食べようか!時間ももう無いしね!」
まひるはにっこりとその言葉を切り返すように自分のお弁当箱を広げて食べ始めました。
「そうだったー食べそびれるー!」
ひなたもそれに続いていつもの定位置に座るとパンの袋をあけて元気に口に入れました。
それに対して優里は何も言わず自分のお弁当を開いて黙々と食事をしていました。
いつものお昼ごはんの時間。の筈なのにましろの心はさっきの話しから、時間が動いてない様でした。
私は要らない筈なのに……。
なのに……。
2人には私が必要なの?
分からない。
…………どうして?
そう思いながらお弁当のおかずを一口、口に運ぶのでした。
――放課後――
掃除を終わらせたひなたは、今日は見たい再放送があると先に走って帰って行きました。
優里と歩く帰り道。
手を繋ぐのは一緒なのに、いつもと違う沈黙の様に感じました。
それに耐えきれなかったように優里が控えめにましろに聞きました。
「………あのさ…もしかしてなんだけど……気まずかったりする?」
ふと優里の言葉に顔をあげると。
「お弁当の時、寂しそうな顔してた。」
ましろは何も言えずに目をそらしました。
「……実はさ……それ。ちょっと嬉しかったりするんだ。」
頬を少しかきながらましろを見ました。
「最初のましろならそんな表情絶対しなかった。感情が少しづつましろの心で芽を出しているのかもね。………それがオレといる事で育ってくれてると思うと嬉しいって感じるんだ。」
「……感情……いらない…何も知らなくていい…必要ない…」
ずっと死にたいと思っていた。
ずっと要らない子だと思っていた。
絶望しか知らない。
それ以外知りたくなかった筈なのに。
知らないままで良かった筈なのに。
それでも何でと思ってしまう自分がいる。
それが、自分の中で死にたいという希望が薄まるようで怖くて、ましろはの言葉を否定するように言いました。
「……怖くないよ」
「……えっ…?」
優里の繋ぐ手に優しく力が込められました。
「感情や知る事は怖くないよ。」
「……………。」
「…………約束を守る為に必ず最期迄、1人にしないから…」
優里は最後の言葉の時、目を伏せて少し寂しそうに笑いました。
「………寂しい…?」
その姿を、見たましろはつい心にあった言葉を口にしまてしまいました。
一瞬。優里は驚いた表情をして直ぐに笑顔を取り繕いました。
「……今はましろがいるから。大丈夫。うん。さみしくない…」
その言葉は自分に言い聞かせるようでした。
「それより!早く帰ろうか?繋いだ手が冷たくなってきてる」
そして何かを誤魔化すようにそのまま、後ろ手でましろの手を引き家へと歩き出したのでした。