~逃げるコト~
―職員室―
「失礼しました。」
職員室を出るとその瞬間に合わせて廊下の向こうの方からこちらに勢いよく走って来る女の子がいました。
「ゆうりくーん!」
息を切らせながら優里の前にたどり着いた女の子はひなたでした。
「えっ?えっ?」
優里が少し困惑していると、乱れた髪も直さずにひなたは言葉を待たずに話しました。
「大変なの!!マシュマロちゃんが……―――!!」
―???―
ドン!
広く伸びる学校の壁に投げつけられその衝撃で土煙りがあがるとそこに大きな声が響きました。
「転校して間もないくせに調子乗んな!」
それからも5人の女の子はましろに罵声を浴びせ続けました。
「……………。」
ましろは特に相手を見ようとせずに地面に座ったまま下を向いていました。
「橘君は皆の憧れなんだよ!パッと出のお前に取られてたまるかよ!お前なんか要らないんだよ!」
意味がわかんない。
それって大事なこと?
でも私にはどうでも良いこと。
関係ない。
でも言う通り。
こんな私要らない。
そうだ要らないんだ。
それならば。。。。
「………………。なら………せばいい。」
「はっ?何言ってんの?声小さくて聞こえないし!」
ましろはそのまま下を向いたま瞬きもせずにもう1度言いました。
「私が……気に入らないなら…殺せば良い……」
ましろの目は、黒く濁っていました。
「えっ?何……?」
1人がその言葉に思わず半歩後退りすると、ましろは気にせずに続けました。
「私は……自分じゃ死ねない…あなた達なら私を殺せる……」
「なっ何言ってんの?怖くて頭おかしくなった?」
リーダー的な女の子は強がって少し嘲笑うような仕草をしました。
「……誰でも良いの………私は死にたいの…」
絶望から生まれた。
暗い世界しか知らない。
1人の世界しか知らない。
私は必要ない。
早く楽になりたい。
ましろの心から暗い闇がどんどん溢れてくるように出てきました。それから空虚な目からは涙がポタポタと床を濡らしていました。
「………ねぇ?この子なんかヤバイよ…」
グループの1人がリーダー的な女の子にすがりました。
その女の子も先程の強気とはうって変わって気が付くと後ろに足が進んでいました。
と、その時でした。
「………そこで何しているの?」
そこには息を切らした優里が苦しそうに壁に手を当てて立っていました。
そして目はましろ以外の女子を貫く様に睨み付けていました。
女の子達はヤバっと言って一斉にその場から逃げるように走り去りました。
「ましろ!」
優里は土で汚れたましろに駆け寄りキツく抱き締めました。
「………どうして?」
「…えっ?」
「私は…あの人達なら…殺してくれると思った。」
「……………。」
「死にたいの…私は死にたいの……こんな生活………こんな毎日……私には必要ないの……」
ましろの目からは次々と大粒の涙が零れ落ちました。
「……なんで?……どうして私を…殺してくれないの……?…死にたいのに…死にたい………」
「………ごめんね…1人にして…」
ちぐはぐな言葉。
ましろの悲痛な言葉に応える術もなく、ただ心にあった言葉を言うしかありませんでした。
「―――……ぐすっぐすっっ」
すると後ろから鼻をすすって沢山の涙を流しながらましろと優里の近くにゆっくりと歩いてきました。
「ごめんなさい……私教室に忘れ物取りに行った時マシュマロちゃんが連れていかれる所見たのにー……何も出来なかったーー…見てる事しか出来なかったの………」
ひなたは涙を何度も腕でこすっても次から次へと涙が頬を伝いました。
「怖かった…友達なのに……助けるのが怖くて何も言えなくて…高校生になっての…初めての友達なのに……… 」
「………私は…友達なんて要らない…」
「えっ?」
ましろはそのまま腕の中で小さく呟きました。
それはひなたにも届か無い程の小さな声。
あまりの唐突の言葉に優里は驚きました。
「私の……いる意味なんて…ないから…」
ひなたの悲しい言葉にましろの悲痛な言葉。
今はましろの言葉には何も返す事が出来ず、取りあえずひなたをなだめてその日は、そのまま家に帰りました。
―夜―
コンコン。
扉の向こうから音が2つ。
誰かは分かっている。
「…ましろ?入るよ?」
優里は片手に2つの湯気の立つマグカップを持って部屋を訪ねました。
ましろは暗い部屋の中でベットのすぐ上の窓から夜を眺めていました。
カタン。
マグカップを小さなテーブルに置くと優里はベットの下に座りました。
「………必ずオレが殺すから…」
それは唐突で今にも消え入りそうな声。
ましろは思わず、優里に目線を移しました。
「だから…違う人にましろを殺させないで……」
暗闇の部屋のせいか優里の背中はとても寂しそうに見えました。
「……………。」
「……………………。」
無言の時間が2人を包みました。
死にたいの。
でもあなたはまだ私を殺してくれない
あなたは私を殺したいの?
そうしたら何故すぐ殺してくれないの?
…どうして……どうして…あなたは寂しそうなの?
ましろは何も言えず、逃げるようにして窓から見える夜に目線を移しました。
ましろの淀んだ心とは反対に、空には雲1つなく星がまだらに光っていました。