~ただいま~
ガチャリ。
家の扉をゆっくりと開けると意外にも
昨日とはうってかわって、部屋中の明かりが消えていて真っ暗でした。
暗い夜道に目が慣れていたせいか暗くても家の中はぼんやりと見えました。
そしてそのまま階段を上り自分の部屋に向かおうと優里の部屋の前を通りすぎようとすると足が自然にその部屋の前で止まりました。
咳の声もせず。
真っ暗な家。
「…………。」
息をのみ。
ゆっくりとその扉を開けると
そこにはベットの上で布団にくるまり、丸くなっている姿がありました。
「………た…だい…ま。」
起きているか分からないけど。
たぶん寝ているだろうけど。
小さな声で。
優里に声をかけました。
案の定と言うべきか。
何も返答は無く。
それに少しホッとして。
何となく手に持っている大きな熊を優里のベットの横に置こうと近付きました。
「……ま…し…ろ?」
足音に気付いたのか、小さな声が布団の中から返ってきました。
「遅かった…ね?」
「………あっと…。」
何か言わないとと、思って口をもごもごさせていると。
「……でも…帰ってきてくれた…」
優里は被っていた布団から体をゆっくりと半分だけ起こし、ましろを見つめました。
月明かりのせいか。
目が潤んで。
淋しそうで。
そんな姿が。
見ていられない気持ちになりました。
「……おか…えり…」
いつもの笑顔。
それは、笑っていて笑っていない。
だから、思わず。
ましろは優里を抱き締めました。
何故自分がこうしているのか分からずに。
「……ま…し…ろ?」
驚きを隠せないまま優里が硬直していると。
「……分からない」
「…え?」
「…でもこうしないと…あなたが苦しそうだから……」
優里は沈黙のまま目を瞑り、ましろに体を預けました。
「……明日…補講が休みだから…家にいる…」
「……ケホッ…一緒にいてくれる?」
甘えるような声。
そうか。
風邪を引くと人はこうなるのかもしれない。
だから朝も……。
そして、未だに熱が引かない優里の体はしっとりとしていて、少し気持ち悪そうに見えました。
プチン。
「………!?」
驚く優里を他所にましろはそのまま優里のパジャマのボタンを外していこうとしました。
その行動に頭が少し覚醒したのか慌てて体を離しました。
「……自分でやるから…!?」
これは好きになってもらうチャンスなのかもしれない。
前にテレビでやっていた……気がする。
「……手伝う。」
尚も手を伸ばそうと、するましろの手から、逃げるように壁に背中を付け、何とか熱でぼやける頭を奮い起こしながら
「あっと……ましろ昨日からお風呂入って…無いよね?…入って…ケホッ…おいで?」
すると確かに運動したせいか、髪が少し汗でベタつき自分の体も心なしか汗くさいような気がしました。
「……わかった。」
そして、そのままその場を離れて背中を向けて部屋から出ていくましろを見て一息付き、自分も着替える事にしました。
お風呂に入りサッパリとしたましろは、何かすることは無いかと優里の部屋をもう1度訪ねていました。
何もしなくて大丈夫と笑う優里にせめてもとベットの下に今日貰ってきた熊と一緒に座っていました。
「………その熊どうしたの?」
「…貰った。」
不意に投げ掛けられた質問に少しドキドキしながら短く答えると
「…えっと…誰に?」
「…バッティングセンター?の人に」
それを聞いた優里は信じられないという風に寝ていた体をガバッと起こしました。
「……双子に会ったの?」
違うと言う風に首を振ると
「誰と行ったの?」
あまりにも真剣に聞いてくるので何故かいけないことをしてしまった気分になりつつも
「……補講の子。」
「………仲良くなったの?」
大輝の笑顔を少し思い出しながら答えていきました。
「……別に…仲良いとかじゃない」
「………でも行ったんだよね?」
優里が尚もましろを真剣に見つめると
「~~~~無理矢理だから仲良くない!!」
何か悔しくて、その言葉を突っぱねる様にしてそっぽを向きました。
それが面白かったのか少し吹き出して頭を撫でました。
「偉い偉い。どんな形であれ友達を作ることは良いことだよ?」
そして、安心するかのようにベットに横になりました。
「~~~だから友達じゃない!!」
気付くと大きな声を出しているましろに又1つ笑って、手を握りました。
「……分かったよ…ましろがそういうんだからそうなんだろうね」
そこには優しく。
全てを包むような顔。
そして、心なしか手を少し強く握られた様な気がしました。
「寝るまで…こうしてて…いい?」
「………別に…」
「……明日はずっと一緒だ」
布団を深く被りながら、嬉しそうな優里にましろは少しドキリとしました。
いつもの優里でありそうで。
そうじゃなく。
風邪を引いた優里は。
不意討ちの様に甘えてくる。
「………ずるい…。」
今はそんなに一緒なのが、嬉しかったのか少し笑っていながら、既に寝ている優里に話し掛けました。
「…あなたは私と一緒が良いと言う」
もう力の入ってない手を握ったまま、
「…あなたは私を殺してくれるのに…どうして?私は要らない存在なのに。」
自分の言葉のせいか。
心から濃い膿がドロリと流れる。
黒いものは。
いくら流れても。
心からなくならない。
誰かの罵倒が耳の奥で響く。
聞きなれた言葉。
聞きなれた声。
耳を塞ぐ事さえもう諦めた。
だからその言葉通りにしようと思った。
なのに………………。
ふと、目の前にある優里の寝顔を見つめる。
まだまだ見慣れない。
未だに人の目を見ることが怖いから。
顔が見れないから。
でも何故か。
今は、この人の寝顔は心を落ち着かせてくれるような気がする。
うとうとと。
ましろに眠気が襲ってくる。
眠れない日々なんて、未だに沢山あるのに。
なんで………。
ましろは、そのまま眠気に身を任せてそこで眠りについてしまったのでした。
案の定。
手を繋いだまま寝てしまったましろは、優里より先に目を覚まし昨日の二の舞にならないようにと、こっそり部屋から出ました。
「……あさごはん……。」
ポツリ。と呟き。
いつも優里にが作ってくれていた事を思い出しました。
何を作れば良いのか分からず取り合えずキッチンに行ってみるも、普段ご飯に全く興味を持てないましろにはやっぱり何も思い付く事が出来ませんでした。
仕様がなく、レンジの横にある食パンの袋を掴むとそのまま、階段を登り優里の部屋に向かいました。
扉を開け閉めした音で起きたのか布団がモゾリと動くき、顔の部分だけ捲られまだ眠そうに目を細めながら
「……ん…ましろ?おはよう。」
ニッコリ笑い掛けると
ポスッ。
おもむろに、手に持っていた食パンを優里の顔の横へと置きました。
「……?食パン?」
何故ましろが唐突に食パンを持ってきたのか、分からず重い頭を必死に覚醒させようと頭を整理していると
「…朝…ごはん。あなたはいつも食べてるから……」
「……あぁそういう事か!…じゃあ下に行くよ」
そう言って体を起こそうとする優里にましろは突然、両肩を掴みベットの上に押し倒しました。
「……!?なにっ!?」
「……寝てて…今日は私が家の事する……」
その言葉に少し困った様に笑い
「えっと…もう熱も大部下がったし大丈夫だよ?」
そう言っても真剣な目は優里に注がれたままでした。
沈黙の戦いが暫しあった後。
遂に優里が折れ大きく息を吐きました。
「はぁー…分かったよ…じゃあお願いしようかな?」
少し嬉しそうに見えたましろはそのまま一旦優里から離れると先程の食パンの袋を開けて、パンを取り出し優里の唇に押し当てました。
「………えっと……?」
「………食べて……」
「…………。」
「……………!?」
その行為が恥ずかしいものと、気付き優里は頬を少し赤く染めて、慌ててましろからパンを奪い取りました。
「これはさすがに良いから!ましろは洗濯とかお掃除お願いしようかな!」
「………?」
何故其処まで慌ててるのか分からず首をかしげていると優里は布団から出て机で何かを、書き出しました。
「……はい!出来た!これ!洗濯と掃除のやり方!これの通りにお願いしても良いかな?」
何やら細かく書かれているメモを受け取り頷くと、早速と言った風にましろは取りかかることしました。
―――時は過ぎ夕方頃。
「…………んっん~…」
朝から、ゆっくりと寝ていた優里は目を覚まし大きく伸びをしました。
ずっと寝ていたお陰か、熱が引いたみたい体と頭は軽くスッキリしていていました。
取り敢えずシャワーに入ろうと、部屋から出ると廊下がいつもより綺麗に見えました。
「…………。あっ!そうか。ましろに掃除と洗濯頼んだんだっけ。」
自然にましろの姿を探しながら階段を降りると、やっぱり他の部屋も綺麗に片付けられていていました。
「……ましろ?」
そして、キッチンを覗くと何かと格闘したのか凄い荒れた状態でテーブルの上に突っ伏したましろが寝ていました。
そしてその前には、湯気の無いココアが1つ。
優里が近付いて寝顔を覗くと、そこにはいつも通り何かにもがいているような、眉間に皺を寄せたましろがいました。
「……ましろの寝顔はいつも苦しそうな表情をしているね……」
自然と手が伸びてましろの白い頬に手を当てました。
そこは冷たく。
温もりを全く感じられない程で。
今こうして生きている事が不思議な位に思えました。
「……君は生きているんだよね?」
心にある不安を振り払うように、答えが返ってこないましろに問いかけました。
「…………。」
それから、自分の羽織っていたカーディガンをましろの肩に掛けて、優里は汗を流しに当初の目的のシャワーへと向かったのでした。