~独りでの学校~
「ほら?座って?疲れたでしょ?」
テーブルから音をたてて椅子を引き出し座ると手に持っていたカップを目の前に置き、キッチンに置いてあったもう1つのカップをゆっくりと持ち上げそのままましろの正面に座りました。
「……いただきます…。」
「どうぞ召し上がれ」
湯気越しの会話。
ましろにとって優里の作ったココアは落ち着くモノになっていました。
「……補講どうだった?」
「……ふつう。」
「一緒の人とは仲良くなれそう?」
「……必要ない。」
その言葉に苦く優里が笑うと
「……私は…殺して貰うの…仲良くなる意味がない…忘れないで…」
ましろは両手で包んだカップに浮いているマシュマロに目を落としていました。
「……それでも死ぬまではこの世界で生活する。それ以上は他の人に慣れないと。」
目を少し上げると優里はカップの湯気の向こうからましろを見つめていて。
少しばつが悪そうに目を又そらすと。
「ね?」
無言の圧力。
気にしなければ良いのに。
この人の言うことなんか。
なのに逆らえない感じがある。
「…………か…っ。」
だからせめてもの反抗として。
物凄く小さい声で言ってみてから。
すぐさまカップを口に運んだココアはましろに、甘さを与えてくれました。
「くっ…………!」
優里はすぐに顔を背けて何かに堪えきれなくなったように肩を震わせ
「声っ…小さっ……もしかして…反抗してる?」
「………別に…」
なんだか優里に笑われることが少し恥ずかしい様な気がして飲んでる風にして、マグカップで少し顔を隠しました。
「……じゃあなんて言ったの?」
ニコニコと楽しそうな優里が目の前にいました。
「~~~~わかった!」
だから今度はなるたけ大きな声で言ってみせると
あたたかな手が頭に伸びてきてポンポンと撫でました。
「えらい。えらい。」
なんだかそれが悔しくて口を尖らせながら、そっぽを向き
「別に……あなたの為じゃない…私を好きになって貰う為……そして死ぬ為………」
「…………うん。わかってる。それでも。言う通りにしてくれてありがとう」
哀しそうな顔。
笑顔が笑っていない。
この話しになるとどうしてあなたは苦しそうなの?
どうして?
…………私には関係ない…?
そうなのだろうか。
―――次の日
「けほっけほっ!」
いつもの時間にいつも来る筈の優里がその日は来ませんでした。
代わりに聞こえてくるのは辛そうな咳だけ。
不思議に思ったましろは優里の部屋に寝起きの、寝癖の付いたままの姿で特にノックをすることもなく入りました。
そこには顔を赤くして怠そうな表情の優里がぐったりと寝ていました。
恐る恐る優里の近くへと近づこうととするとそれに気が付いたのかうっすらと目を開けました。
「………ましろ…?あっごめん……そんな時間か…今起きるから…」
ぜぇぜぇと空気を苦しそうに空気を吸い込みながら、起きようするにもふらついてうまく起きる事が難しそうに見えました。
「…………いらない。」
「………えっ?」
「……起きなくていい。」
「………1人で補講行くの?」
「……行かない。」
それを聞いた。優里が短く息を吐いて
「……すぐ起きるね…。」
と又無理矢理体を起こそうとしました。
「~~~~……いく。」
何故かそれを見ている事が苦しくてつい心と反対の事を口から言っていました。
その言葉に大分ビックリしたのか赤い顔でましろを見つめました。
……あなたが言ったのに。
ましろは心で呟きました。
「……いやっ…やっぱ…心配だしオレも……」
そう言う優里の側でましろは立ち上がり机に置いてあった、お揃いのブレスレットをおもむろに自分の手首に着けると。
「これでいい……あなたは必要ない」
それだけ言ってましろは優里の部屋を後にし、いつもの様に身仕度を済ませました。
玄関に行き外に出ようと靴を履いていると、ゆっくりとした足音が後ろから近付いて来ました。
「……大丈夫?」
壁に手を付きながら優里は心配そうにましろを見ました。
「……見送りいらない。……早く寝て。」
突き放すような冷たい言葉。
そのまま振り向きもせずに玄関の扉を開けました。
「ましろ!……いってらっしゃい…!」
その声を聞きながらとすごい久しぶりに1人で外に出ました。
頬に当たる冷たい空気。
鳥のさえずり。
蒼く澄んだ空。
怖いと思いながらも片手に付けた2つのブレスレットをもう片方の手で握り締めて1歩を踏み出しました。
毎日優里と歩いた道。
その記憶は道標の様で。
迷うことはありませんでした。
1人の道は。
いつもより大きく感じ。
そして物足りなさを感じました。
歩みをゆっくりながらも進めていくと
――見馴れた建物。
運動している生徒たちの声。
何とか学校に着くことができました。
入る前に小さく深呼吸をして。
いつものように靴を履き替え。
補講の教室に向かいました。
運が良かったのか。
補講の教室の扉は開いていました。
入る前に少し覗き込むと。
昨日と同じ様に机に突っ伏して寝ている生徒が1人。
緊張しながらも恐る恐る教室に、ゆっくりとした歩調で入りました。
何となく。
気づかれないように。
音をたてないように。
自分の席までたどり着き座ることができました。
その瞬間。
それが全て無駄だったかの様に。
いつの間にかそこにいた先生が教科書を丸めて仁王立ちしていました。
バコン!!
―――――補講が全て終わる頃にはましろの頭はパンク寸前でした。
クラクラとする頭をどうにか支えて。
早く家に帰ろうと手早く教材を鞄の中に突っ込みました。
すると焦ったせいか
ガチャガチャ!
またもや筆箱をひっくり返すように床に落としました。
急いで拾おうとすると。
「…………ふっ…。」
「……………?」
隣にいた男の子が顔を背けるように何かを堪えていました。
あまり気にしないように、1つ1つペンを拾い上げていると
男の子はましろの隣にしゃがみ一緒になってペンを拾い始めました。
「………本当あんたってどんくさいんだな。」
「…………そんなこ…と。」
少し笑って拾い集めたペンをおもむろにましろの筆箱へと突っ込みました。
「2回も筆箱ぶちまけて、どんくさく無いって言えるのか?ってか話し方もトロいのな」
酷い言葉。
でもましろに向けられているのは優里と同じ様な優しい笑顔でした。
こういうことをされた時。
何を言えば良いのか知っている。
ぎゅっと優里のブレスレットを握る手に自然と力が入りました。
「……ご…ごめ…」
目を強く瞑り必死でその言葉を紡ぎだそうとすると。
ポンポンと大きな手がましろの頭を撫でました。
「塚口 大輝」
「………えっ。」
「オレの名前。」
「……………??」
ましろが分からない風に首を傾げていると。
「大した事してないし。つーかこういう時はごめんじゃなくて、ありがとうだろ?」
「………あり…が…とう?」
「ん。良くできました。」
ぐしゃぐしゃとましろの頭を思いっきり撫でると
そしてその場に立ち
「じゃあな………ってえーっと…お前名前は?」
「……ま……しろ。」
それを聞いた大輝はくしゃっとした無邪気な笑顔を向けて。
「又明日な!ましろ!」
そう言って教室を後にしました。
ぐしゃぐしゃになった頭のまま、少しの時間大輝の出ていった扉を見つめていました。
「………ありがとう…?」
無意識にその言葉が漏れる。
すると。
大きな鐘の音が学校の中響き渡り。
その音で我に返り、急いで筆箱を鞄に入れ教室を後にしました。
帰り道。
空が赤く染まる前。
朝と同じ様に歩いて家を目指す。
考えてしまうのは。
今日のこと。
仲良くなってしまったのかな?
あの人の言う通り……。
必要ないと思う気持ちはあるのに。
人は私に関わってくる。
笑顔を向けてくる。
………どうして?
だって昔はあんなに………。
刹那。
ドロッとしたモノがましろの心を覆う様でした。
自分の過去を思い出そうとすると、黒く暗く全てを染め上げてしまいそうな。
そんな感覚に支配されそうでした。
………そう。
忘れちゃいけない。
私は要らない子。
必要になんて……勘違いしちゃダメだ。
溢れ出てくる自分の過去に厳重に蓋をすると。
そのまま少し重い足取りで、前をも満足に見ることが出来ずに、家へ向かいました。