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4.中国古代王朝と現代共産王朝の近似性(一)

紀元前221年、秦の始皇帝によって中国最初の統一独裁帝国、秦王朝が成立した。それ以来、秦帝国を手本として多くの王朝が中国で成立し、崩壊している。

漢、唐、宋、元、明、清等である。漢、唐、宋までは曲がりなりにも中国人による中華王朝だったが、元はモンゴル人の王朝であり、清は女真人の征服王朝であった。


秦の始皇帝の古代帝国の特徴は幾つかあるが、顕著な特徴の一つに『皇帝一個人による徹底的な独裁制の確立』にあった。更に世界史的な視点を加えると『東アジア的な独特の独裁制システム』の歴史的創造とでも表現できるのではないだろうか、と個人的には思っている。

始皇帝が即位する以前から、秦は戦国時代に大流行した諸子百家の一つ、『法家』の思想を強く受け、法を国家運営の最大の手段として富国強兵を計り、秦以外の戦国の六雄を次々と併呑していったのである。もちろん、全ての法は、始皇帝の下に全人民が奉仕するためにのみ、存在を認められていた。

秦による天下統一後の中国の全人口は一説によると数百万人に過ぎなかった。その中の罪人の数が数十万人に達していた一事だけでも、秦が僅か三代の短期間に崩壊する因子を含んでいることを現代人ならば、納得できるであろう。


 しかし、秦帝国が中国の歴史上初めて造った、この中国独特の皇帝独裁システムは一度政権を確立した王家にとっても、政権を新たに奪取しようとする王家にとっても、極めて魅力的なシステムだった事は確信を持って言える。

秦を征服した漢王朝もそれに続く、唐、宋も行政システムや官僚システムなど、自分達が前の王朝で問題となったシステム的欠陥に手を加え、修正を施したが、中国風の独裁王朝の基本思想を何人も変えようとはしなかったのである。


王朝の根幹部分に関わる皇帝独裁の基本理念は一切いじること無く、前王朝の運用面での欠陥を秦王朝は反省して、歴代王朝は滅ぼした前王朝に無い秘策を次々に打ち出して、自身の王朝の寿命が一日でも長からん事を祈って、必死の努力をしている。

まず、秦を滅ぼした漢は、秦の冷酷な法治主義が全国民にいかに嫌われていたかを身に染みていたので、実態は冷酷な法の運用が国家運営の基本としながらも『礼を主張する儒家思想』の衣を纏、冷酷な皇帝独裁国家に口当たりの良い偽善の礼の仮面を用意した。その結果、前後漢を通じて、407年間の長期政権の維持に成功している。

漢の次の長期政権の唐は、更なる王朝寿命延命の秘策を前代の短命政権隋から借用して実施している。それは、『科挙』であった。これによって、全国の知識層、富裕層の政治参加への欲望と不満を一気に解消したのである。

何れの政権の転覆も多くの場合、力を持った豪族層や富裕層、知識階級主導の反乱に起因する場合が多い。

科挙は、異民族を含めて全国民の政治参加に対する欲望を無制限な自由な受験による採用の形で、不満を解消する妙手であった。

この妙手は、異民族による大規模支配の最初の国家、モンゴル人による元でさえ採用している。その結果、元の時代から、「一朝天子一朝臣」の言葉が造られ、異民族支配の清の時代もこの表現は生き続けた。これは、王朝が交代すれば部下も総替り、とでも表現すれが良いのだろうか。例え、異民族の天子であろうとも、政治官僚への道を開く科挙の伝統さえ遺してくれれば、中国の全国民は従う習慣が中国国民には出来て行ったのである。

その機微を良く理解していた元に続く明も女真人が建国した清も科挙の完全な実施に大きな努力を傾けている。


さて、世界中の近代化が急速に進んだ二十世紀、中国は科挙による政権参加の手法を人民による政治というスローガンの『共産主義』思想を採用することによって達成した。そして、湖南人として初めて共産中国王朝の創立者になったのが毛沢東である。毛沢東は権力掌握後、彼の生存期間中を通じて常に権力の維持に勤めた。例えば、大躍進政策や文化大革命によって数千万人の中国人民の生命と平和な生存権に脅威を与えつつ、その反面で、毛沢東思想を鼓吹して全国民、特に若年層の圧倒的な支持により己の権力を生涯維持し続けた。


ここで再度、考えなければならない大切な視点がある。それは、日本を始め現在世界の国々の大半が法治国家であることである。世界各国は国毎に異なるものの個々の法律に従って国家運営を行っている。国家元首といえども法律で行動が規定制限されている反面、全国民は法の下で均等に扱われている。

しかしながら、現代の中国において最高権力機関は中国共産党で有り、最高権力者は中国共産党総書記である。法律の上に常に最高権力者中国共産党総書記の影が存在する人治主義国家である。この点は、紀元前の秦の始皇帝に始まる中国王朝の基本理念と何ら異なる点は無い。強いて相違点を挙げれば、世襲制では無く党内の権力闘争によって、権力のバトンが渡されていく点である。

そして、その姿は古代以来の歴代中国王朝の皇帝(中国共産党総書記)独裁の人治国家の形態になんと似ている事であろうか!


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