表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病んだ世界で俺は死ぬ  作者: 湯気狐
~First Dead~
8/46

夕食=トラップ

 用件が済んだということで、俺は雫と共に帰路に付いた。咲夜には七時に用件が済むと言っておいたが、まぁ早めに事が片付いたとでも言っておこう。そうすりゃ万事解決なはず。


 雫と別れた後に俺は寄り道することなく、咲夜が夕食を作って待っているであろう自宅へと帰宅した。鍵を開けて中に入ると、奥から何やら良い匂いが漂って来た。咲夜も一人暮らしということで、料理の腕前は俺と同じくできる奴なのである。多分、俺よりは上の腕前を持っているだろう。


「あっ、お帰り白奈……じゃなくて、あ・な・た」


「……何してんの咲夜様?」


「何って見れば分かるでしょ? 惚けちゃって白奈ったらも~!」


 一体俺は何に驚いているのか。それは咲夜の格好である。恐らく、童貞男子の連中は全員が全員憧れているであろう姿だ。


 フリルのついた真っ白なエプロン一枚。つまり咲夜は、裸エプロンで待ち構えていたのである。これはヤバい。いくら俺でも刺激的過ぎる。こんなもの俺は求めていない……はず。


「なんつー格好してんだ! 服着ろ服!」


「や~だよ~、テヘペロ」


 前言撤回。これは無性に殴りたい。格好はアレでも仕草が混じると、色々と見た目の印象が変わってしまう。俺が咲夜を普段からそのように見ているからこそ、そのように見えてしまうのだろう。恐らく、俺じゃない男子だったら我慢できずに咲夜を襲っているだろう。俺が相手で良かったな咲夜。


 咲夜の丸出しなお尻を気にしながら、自分の部屋に荷物を置いて動きやすい私服に着替えを済ませて、夕食が置いてあるであろうリビングまでやって来る。そしてテーブルには案の定、ほっかほかの夕食が置いてあった。


 白飯、肉、野菜と彩り緑のメニューが並べられている。どんだけやる気出してんだこいつ? でも良く見ると、量的に俺一人分しか置いていない。


「ん? 咲夜、お前の分が無いようだけど……」


「アハハ、ごめん先に食べちゃった。突如正体不明の空腹に襲われ私はそのまま夕食と共に一人エッ――」


「いただきます」


「ぶぅ~、最後まで聞いてよもう~」


 最後まで聞くと食欲が失せてしまいそうなので、そそくさとテーブル前に座って黙々と食べようとした――のだが、その前にまず箸が置いてなかった。


「咲夜、箸は?」


「…………ここに二つの選択肢があります」


「はぃ?」


 そう言うと、咲夜はエプロンを少しはだけさせて、ただでさえ露出している胸の谷間が拡張された。そしてその谷間の奥深くには、割り箸が一本ご丁寧にも挟まれて置いてある。


「その1、私の胸の谷間に手を突っ込んで箸を入手し夕食を食べる。その2、私に夕食を食べさせてもらう」


「……その3、別の箸を使って自分で食べる」


 危うく罠に填められるところだった。よくよく考えてみれば、咲夜が黙って夕食を食べさせてくれるわけがなかった。俺もまだまだ浅はかのようだ。


 俺は立ち上がって、食器棚の中に入れてある何本かの箸の内の一つを取る。


「…………」


 しかし、その箸は真ん中辺りでポッキリと折られていた。諦めずに他の箸にも手を出したが、残念ながら生き残った連中は誰もいない。全部真ん中で綺麗に真っ二つにされてある。


「その3、私に口移しで食べさせてもらう」


「やりやがったなコンチクショウッ!!」


 時は既に遅し。俺はもう咲夜の策に呑み込まれてしまっていたようだ。この野郎、弁償する気あんのか? 結構高かったんだぞこの箸達……。


「その割り箸を大人しく寄越せ」


「その1、私の胸の谷間に手を突っ込んで箸を入手し夕食を食べる」


「……じょ、上等だこの野郎」


 俺をナメるなよ咲夜。この程度で俺が臆するとでも思ったか? 甘いな。実に甘い考えだ。俺は今の今まで貴様の誘惑に死に物狂いで打ち勝ってきた、屈強な精神力と自制心を持ち合わせている賢者だぞ? 胸の谷間に手を入れるなんて簡単だ簡単。さて、とっとと箸を入手して夕食を食べてしまおう。


 女の子座りして俺を見つめている咲夜――の谷間をそろ〜っと凝視する。駄目だ絶対に目を遇わせるな。いやでもこっちはこっちで刺激的過ぎて……って、何を言ってる俺。今さっき賢者どうこう偉そうに宣言したじゃねぇか。


 上目遣いで見られているからって動揺するな。胸の谷間が大きいからって戸惑うな。パッと取ってパッと離せば良い……と頭で分かっているのにも関わらず、俺の手のスピードは極めて遅い。


 そして、薬指の指先が咲夜の胸に微かに触れた。


「やんっ」


「うぐっ……」


「うぅん……くすぐったいよ白奈ぁ……」


 誘惑するように妖艶な眼差しで俺を見つめて、ペロリと唾液が見える舌を出す。ま、負けるな俺。咲夜如きに慌てる素振りなど見せ付けるなっ。


「…………」


「あんっ……うぅん……」


「ええぃ! 声を出すんじゃない!」


「だって……興奮するんだもん……」


 本当に興奮しているようで、顔を色っぽい雰囲気を醸し出して赤く染めながらハァハァと息を荒らくする。どうする? どうすればいいの俺?


「ねぇ白奈……私の頼みを一つ聞いてくれたらこの箸を渡しても良いよ?」


「……聞こうか」


「今晩、ここに泊めてくれる?」


「却下」


「なら仕方無いね……。頑張ってもらうしかないかな」


 微かな希望が見えたと思ったのに無理難題の頼みだったのでリアルに落ち込む。


 そりゃ却下に決まっている。咲夜を泊めたら夜にどんな目に合うか判ったもんじゃない。恐らく、俺の貞操を奪うためにあの手この手を使って襲いかかってくるのは必定だ。俺はそれを防衛するために一夜を寝ずに過ごさなければならなくなるだろう。寝不足で授業中に寝るハメになるのは正直避けたいのだ。


 泊めるのは無理。かと言って、咲夜の胸の谷間から箸を救出するのも恐らく無理。俺は賢者じゃない、本当はただの一人の日本男子なのだから……。


 つまり、残された選択肢は後二つ――いや、一つだ。


「…………その2で」


「やった! 口移し!」


「嘘付けこの野郎!! ノーマルに食べさせてもらうだっ!」


「むぅ~、正直もっと胸に触って欲しかったのに〜。残念」


 残念と言いつつも、その表情はかなりご機嫌だ。俺が溜め息を付くと同時に、咲夜は自分の胸の谷間に手を突っ込むと割り箸を取り出し――


「馬鹿め! これを待っていたぞ!」


 俺は両手を伸ばして、透かさず咲夜の兵器から解き放たれた割り箸に食らい付く。


 しかし、咲夜は全てお見通しのようだったようで、ニッコリと微笑むと箸を後ろ手に隠してしまい、


「きゃっ」


「ぬわっ!?」


 俺は勢いを止められずに、咲夜を押し倒す形で倒れてしまった。こんなシチュエーションが起これば俺が一体何を仕出かしてしまうのか、誰にでも想像が付くだろう。


 そう、俺の両手はキッチリ咲夜の胸を鷲掴み状態だ。


「あぁん……もう駄目……気持ち良すぎてもう我慢できない……」


「咲――うぶっ!?」


 すぐに離れようとしたのだが、その前に咲夜が俺の首元の後ろに両手を回してきて逃げられなかった。咲夜はそのまま俺の顔を引き寄せて――



「んんっ……」


「っ~!!」


 思いっきりキスされた。俺の口を自分の口で覆うように。咲夜の舌が伸ばされてきて、俺の口の中に侵入してくる。


「んんっ……あんむっ……んぁ……白……奈ぁ……ぁん……」


 何処にそんな力を隠し持っているのか、咲夜の拘束から中々逃れられずに咲夜の舌から唾液が口内に侵入してくるのを感じる。クチュクチュクチャクチャと生々しい音が実に卑猥に聞こえてきて、俺の顔も紅葉色に染まってしまう。


「白……奈ぁ……好きぃ……んむっ……大……ぁん……好きぃ……白奈ぁ……ぅん……」


「い……いい加減にしろ咲夜!」


「きゃっ!?」


 どうにか俺は咲夜の拘束を振り解いて、咲夜の身体を突き飛ばした。一応怪我をしないようにソファーの方に身体を突き飛ばしたので大事ない。こんな時に配慮をする俺も自分で言うのもあれだが、相当お人好しだと思う。


 咲夜を突き飛ばした後、額に右手の甲を当ててゼェゼェと息を荒上げる。初めてのキスを奪われたわけだが、流石にこれは俺が求めているようなシチュエーションでのキスではなかった。とうとうここまで仕出かして来るとは、末恐ろしい奴になってしまったものだ。


 でも昨夜本人は反省はしているようで、泣きそうな顔になりながら口を開けたり閉めたりしている。


「そ、その……白奈……ごめん……アタシ……ご、ごめんなさい!」


 素直に頭を下げる咲夜。普段もこんな風に素直だったらどんなに可愛く見えるのだろうか……。期待するだけ無駄か。


「ごめん……なさい……クズッ……謝るから……謝るからさぁ……うぅ……アタシのこと嫌いに……ならないでぇ……エグッ……」


 どうやら予想外に暴走を起こしてしまったことに真面目に反省しているらしい。ポロポロ涙を流しながら近寄って来る。まだまだこいつも子供ってことか。


「阿呆か。やかましいとは常日頃から思ってるが、嫌いになることはねぇよ」


「グスッ……ホントぉ? 一緒にいてくれる? ズズッ……」


「いつか咲夜が一人立ちするまでならだけどな」


 呆れて溜め息を吐きながらあやすように頭を撫でてやる。それで落ち着いてくれたのだろう。咲夜は気持ち良さそうに目を細めて俺の胸に引っ付いて来る。


「うん……ありがと……。だったらさ……」


「なんだ?」


「ずっとずっと一緒にいてね……平日の日も……“次の休日の日”も……」


 咲夜は俺に引っ付いたままエプロンのポケットから小さな電子機器を取り出した。すると、再生ボタンらしきマークであるボタンを押した。


 そして、そこから流れ出したのは――


『――雫――』


『――ひゃいっ!? え!? え!? 白奈さん!?――』


 今日の放課後に行われていた、俺と雫の会話だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ