手紙=呼び出し
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「うっ……」
朦朧としている意識が戻ってきて、俺は目を覚ました。視界に写るのは見知った白い天井。どうやら現実に戻ってきたようだ。
一体あれは何だったのだろうか? ……いや、深く考える必要はないか。あんな意味の分からない出来事なんて夢に決まっている。いちいちトラベラー体験を鵜呑みにしてたら、いつか本当に夢の世界の住民になってしまいそうだ。そんな痛い奴には断じてなりたくない。
「あー止め止め、くっだらねぇよ。何がゲームだっつの。俺は毎日周りに振り回されるゲームを絶賛プレイ中だっての」
一時の夢を一回一回気にするほど、俺は神経質ではない。気持ちを切り替えて、早速夕食の準備をするために台所へと向かった。
それから数十分、ある程度バランスの取れたメニューが完成すると、リビングにあるテーブルに置いて黙々と食べる。沈黙は少し寂しいので、テレビを付けて場の空気に活気を入れた。
「……あっ、そういえば」
そろそろ食べ終わるというところで、あることを思い出した。今日の帰り際に、立て続けに手に入れたあの手紙のことだ。帰ったら見てみようと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。どれもこれもあの変な夢のせいだ全く……。
まだ食事の途中だが、俺はテーブルに橋を置いて自分の部屋に向かうと、机の上に置いてあるリュックサックの中から二枚の手紙を取り出した。そしてまたリビングに戻って来て、テーブル前で腰を降ろす。さて、まず最初にどちらから開けようか?
……うん。やっぱりここは最初に貰った雫からの方にしよう。時間的に月の方が速いのだろうが、どっちかというと俺は直接渡された雫の手紙の方が気になる。
一応大事な手紙ということで、乱暴には開けずに留め具をキチンと取ってから中身をゆっくりと取り出す。手紙の中には案の定、一枚のメッセージカードが入っていた。それにはこう書かれてあった。
『明日の十七時、学校の屋上で待っています』
「…………うん」
思わず俺は頷いていた。何処からどう見てもこれはアレだろう。
いやいや待て待て落ち着け俺、よく考えてみろ。これはもしかしたら、何か相談があって俺を呼びつけたのかもしれないだろう? 深追いはするな。あるがままを受け止めるんだ。そういうシチュエーションなんて漫画の中だけでの話だろう。
こっちは取り敢えず保留にするとして、今度は月から間接的に貰った手紙を開けてみることにした。月の方こそ見た目はラブレターのそれだが、もしかしたら悪戯で入れてきたドッキリかもしれない。
「……うわぁ」
雫の手紙と同じく、月の手紙の中にも一枚のメッセージカードが。書かれてある内容はこうだ。
『明日の十七時、体育館倉庫に来てね。絶対だよ♡』
「おぉう……何なんこの状況?」
まさかの同じ呼び出し目的の手紙だった。しかも呼び出し先が何となく……いや、言葉には出さない。ただ怪しいとだけ言っておこう。
さて、ここで一つ問題が起きてしまった。呼び出しの時刻が被ってしまっていることだ。携帯か何かしらで時間変更……を求めようと思ったが、それは気が進まない。何となく失礼だと思ったからだ。つまり、どちらか片方の方に行くのが強制的に絞られるのだが……。
「ふぅ……しゃーない。取り敢えずは行ってみてどうなるかだな」
行く方を決めたところで、俺は食べ終えた食器を片付けて全部洗い終えると、テーブルに置いておいた手紙を自分の部屋にある机の引き出しにそっとしまい込んだ。
さて、明日は一体どうなることやら。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた幸運を引き寄せるのか。それは当日になってのお楽しみだ。
~※~
「…………」
「あっ……じろぐんおはよう……」
「まだいたのこいつ……キモッ」
朝方、いつものように身支度をして家を出た瞬間、ドアの隣に三日月が体育座りをして待機していた。しかしその表情は乏しい。三日間くらいは何も食べていないイキ過ぎたダイエット系女子のようだ。咲夜は口振りからして知っていたのだろうが、それでもドン引きしている。
「何してんのお前?」
「い、言ったでしょ? 白君の家に泊まりに行くって……。でも白君一向に開けてくれなくて、それで昨日の夜九時からずっと待ってて……」
「……ちなみにインターホンは押したのかな?」
「…………あぁ!?」
これはもうドジとかそういうレベルじゃないのでは? かといってただの馬鹿というわけでもない。言うなれば、混沌的な大馬鹿野郎と言ったところか。咲夜も咲夜で残念系美少女だが、月は月で残念系美少女らしい。
色々残念過ぎて非常に頭が痛くなる。この分だと食事も取っていないのだろう。幸い、今日も時間に余裕があっての登校だ。飯の一つ食わせる時間は充分にある。
「ハァ……咲夜、お前先に学校行っ――」
「無理」
「まぁそうですよねぇ……。なら何も言わずにただ黙ってろ。おい月、飯の一つは食わせてやるから中入れ」
「…………」
「……なんだその反応」
突如、月が石化したかのように固まってしまった。形的には優しさを見せてしまったから、感激か何かしているんだろうか。
案の定その通りだったようで、月の乏しい表情が名前通り、月のように光輝き出した。
「白君……あぁ駄目……白君が超格好良く見えて私どうにかなっちゃいそう! んあぁ~!! 白君~!!」
「気安く白奈に触んな」
ロケット花火の如く飛んできた月を避けようとしたが、咲夜が前に出て頭を鷲掴みしてくれたので手間が省けた。そして月の身体は家の中ではなく、欄干の外に――って!?
「待て待て咲夜! 何するつもりだ!?」
「何って? 白奈から邪魔物を排除しないといけないからさ」
咲夜は澄まし顔だ。こいつ放っておいたら人一人殺しかねないんじゃねぇか? 危なっかしいよこの娘。
俺は即座に咲夜の手から月を引き離すと、月を脇に挟む形で担いで家の中に放り込んだ。そしてまた見向きを咲夜に変える。
「あのなぁ咲夜。俺を大切に思ってくれてることに関しては嬉しいけどな? でもお前はそのせいで時折イき過ぎた行動に出る時があるんだよ。少しは自重してくれ」
「……あの女、家に入れるの?」
聞いちゃいねぇ。嫉妬深い女はこれだから面倒臭い。
「飯食わせるだけだっての。登校途中で倒れられたりしたらそれこそ面倒だろ?」
「放っておけばいいじゃん。白奈が気を使う必要なんて微塵もないよ」
「そうもいかないだろ……。とにかく、お前は大人しくしててくれ。分かったな?」
「……白奈が言うなら」
そうは言ってくれるが、全く納得してくれていないようだ。女の子座りをして目をハートマークにしながら俺を見つめている月を、食い殺す勢いで睨んでいるのが良い証拠だ。咲夜のこの『周りの人は全員敵』という思考はどうにかならないものか……。
「白君! ご飯ご飯!」
「はいはい。すぐ作ってやっから月も大人しくしてなさい」
「ハァ……何でどいつもこいつもアタシと白奈の邪魔をするのかな……。もういっそのこと――」
この時、いつものことなので俺は軽く聞き流していた。冗談半分だと思うも、本人は若干本気の言葉を。
「皆……死ねばいいのに……」
そう言う咲夜の黒い瞳がいつもより暗く見えたのは気のせいだと、俺は勝手に解釈して思い込んでいた。さっきのようにもしものことがあれば、俺がまた止めてどうにでもすれば大丈夫だろうと。咲夜にも心のブレーキというものは存在しているんだろうと。何もかも都合良く受け止めて考えていた。