最後の平穏=最悪の始まり
六時限目の授業が終わって帰りのHRが終了した。今は中学の頃と違って部活には入っていないので、特に残る理由も無い。俺はリュックサックを片手で担いで教室を後にする。
一緒に帰る友達は基本的にいない。かといってボッチなのかと言われればそれも違う。ただ、友人全員が奇跡的にも帰る方向が逆というだけなのである。
別に一人は嫌いじゃないから良い。でも何も問題がないわけではない。その問題とは――
「白奈ー! 一緒に帰ろー!」
咲夜が毎度毎度こうしてやってくることだ。そのせいで俺はクラス連中からおしどり夫婦だとか、ベストカップルだとか言われて、おちょくられているのである。なんて不服な扱いだろうか。一体どうしてくれようかこの野郎。
不愉快な思念は好きな様に抱けはするが、実際には何もできないのが悲しき事実。世の中って理不尽なシステムで満ちていてホント嫌になる。
いつになったらこいつは俺から離れてくれるようになるのか。まさにこれは親の心境だ。『この子が子離れするのはいつになるのかしら……』みたいな? 何故俺が母性に目覚めなくてはならないんだ……。
「頼むから友達の一人くらい作ってくれ。毎度毎度構ってられんわ」
「無理。何で泥棒猫や害虫達と仲良くしなきゃいけないの? 理屈が分からないよ」
「逆にお前の理屈が分かんねーよ。いずれお前も社会に出て一人になるんだから、今のうちに慣れとかないと駄目だろうが」
「え?それはありえないでしょ。その年頃には白奈と二人暮らしになってるもん」
「何? お前犬小屋に住むつもりだってか?」
「ペット扱いじゃなくてお嫁さんだよ!? あっ、いやでもそれもまた良いかもしれない……。あぁ立つ立つうぅん……」
強制的に会話終了。萎えきった俺は悶える咲夜を置き去りにして、背からクラス連中からの視線を感じながら退場した。
下駄箱がある生徒玄関までやって来ると、俺の下駄箱前にぽつんと雫が立っていた。様子を見ると、おどおどしていて何処か落ち着いていない。
更によくよく見ると、彼女の手には手紙のような物が。深く考えずに話し掛けることにする。
「何やってんだ雫?」
「っ!? し、白奈さん!? ななな何でもないですよ!」
相当驚いたのか、結構な高さの垂直ジャンプをして地面に尻餅を付いてしまう。着地のさいに少しパンツが見えたことはなかったことにするとして、手に持っていた手紙をすぐに隠してしまったことの方が気になる。
「何だその手紙? 暑中見舞い?」
「いや……そのぉ……っ~~!!」
顔を真っ赤にしてモジモジしながら俯いてしまう。どうした? そんな可愛いことしても俺が密かに喜ぶだけで、何も進展しないんだが。
「こ……これ!」
「へ?」
「~~っ!!」
「雫? おーい……って、行っちゃったよ……」
大人しく手紙を受け取ると、物凄い速さで去って行ってしまった。凄いな、余裕で陸上の県大会に出場できるであろう速さだったぞ。
というかこの手紙……ピンク色の可愛いらしいデザインからして、これってあれだよな? 俗に言うラブ――いや止めよう。もしかしたら思い過ごしかもしれないし。もしかしたら呪いの手紙かもしれないし。
マジで呪いの手紙だったら凄い落ち込むところなのだが、まぁ雫がそんなものを送ることはないだろう。
「……帰るか」
ここで手紙を開くのはどうしてか躊躇われる。中身は帰ってから見てみることにして、俺は靴を履き替えて帰路に付く。
――と思ったのだが、下駄箱の中にはまた同じものが入っているのを見つけてしまった。
「何? 流行ってんの? もう悪戯としか思えないんだけど」
薄い黄緑色にハートマークの留め具が付いている手紙。なんて分かりやすい悪戯道具……じゃない。手紙の左下辺りに書いてある名前が、それを明確付けている。
「……月?」
『柱三日月』と名前が書かれている。これは目を背けても紛れもないアレだろう。
何故だ……? 何故このタイミングでラブレターなんて得てしまうのだ俺は? こんなものを見られたら咲夜が発狂しかねない。
最悪のフラグが立つ前に二枚の手紙をリュックサックにしまって、まだ校内にいる咲夜から逃げるようにして今度こそ帰路へと付いた。
~※~
学校から家に帰って来ると、何となく眠たかったので昼寝をすることにし、有言実行した。それからどれくらい寝てしまったのだろうか……?そろそろ起きて夕食の準備をしなければ。
「…………んん?」
目を開けると、視界に見えてきたのは見知った天井ではなく、何もない真っ暗闇な空間だった。
「は? え? 何ここ何ここ?」
寝起きに強い俺は、すぐに立ち上がって辺りを見回す。だが、天井と同じく見えるものは真っ暗闇だけ。何だここは、まるで無の世界じゃねーか。俺はデ○ノート使って死んだ覚えはないぞ。
「パンパカパーン! お〜め〜で〜と〜!」
「うわっ!?」
真っ暗闇で誰もいないはずの空間から、突如一人の人が姿を現した。真っ白なセーラー服。真っ白な腰まで伸びた長髮。見た感じ俺と同じか、一つ二つ年下であろう幼い顔立ちをした女の子だ。
しかも、パッと見で見過ごせない特徴が他に一つだけある。それは、明らかに透けていることだ。まるでそれは幽霊のように見える……というか、現に幽霊なのかもしれない。だって透けてるんだもの。
「だ、誰だお前? つーかここは何処だ?」
「いや~おめでとう、結城白奈君。なんと君は、このゲームの参加資格を得て参戦することになりました~」
話が全く見えない。しかも然りげ無く無視しやがったこの野郎。
「人の話を聞け。お前は誰でここ何処だっつってんだ」
「僕? 僕は苗木雨瑠。君が行うゲームの監視人だよ~。二つ目の質問は黙秘権を行使します。残念でした~」
ベロベロベ~と舌を出してヘラヘラした顔で笑う。これは咲夜以上にシバきたいと思わせる程の野郎だ。しかしこういう意味の分からない状態だからこそ、冷静になって落ち着かなければならない。
俺は高ぶっている感情を抑えるように深呼吸をして、静かに気分を冷まさせた。
「で、とっとと家に返してくれねーかな? 夕食作らないといけないんだが」
「そっかそっか、一人暮らしだし大変だもんね~。でも本当に大変になるのはこの先なんだけどね~」
さっきから思っているが、何でこいつは俺のことを知ってるんだ? 名前もそうだし、一人暮らしだってこともそうだ。一体何者だこいつ……?
「さてと、白奈君のためにも早く済ませないといけないね。では、簡単な説明だけして終わるね。高校二年生の学校生活期間の内に、君には恋人を作ってもらいます」
「…………は?」
「えーと、そこでルールの説明ね。まずクリア条件は、本命の恋人を一人決めてカップル成立させて、その日から一週間生き延びることができたらクリア。でも万が一にも誰かに殺されるか事故死しちゃった場合は失敗。恋人になった人と恋人になる前の時間に戻って、また何度でも再チャレンジになるから頑張ってね~」
「いやいやちょっと待てちょっと待て!」
いきなり何を言い出すのだろうかこの幽霊モドキ。恋人を作れ? 生き延びたらクリア? 殺されたら失敗? 一体何の話をしているのか。
「どうしたの? あっ、何か分からないことがあれば、これからも僕に聞いてくれれば良いから大丈夫だよ」
「だったら今聞くぞ。お前は何を言ってる? ゲームってどういうことだ?」
「んん? 最初に言ったでしょ? ゲームの参戦だって」
「そこだそこ。ゲームってどういうことだ? 何故俺がそんな意味の分からないゲームに参戦しなきゃいけないんだよ」
「そうだねぇ~……そのことに関しては自分の胸に手を置いてよ〜く考えなよ、優柔不断の結城白奈君。いや、ハーレム男の結城白奈君と言った方が良いかな?」
余計に訳が分からない。自分の胸に手を置いても、強く叩いても、衝撃を与えて少量の反吐が出ても、何も思い付くことはない。
「ゲホッ……。まどろっこしいんだよ。分かるように話せ」
「んも~、仕方ないな白奈君は~。それじゃぶっちゃけ聞くけどさ。君、なんで誰とも付き合おうとしないの?」
「は、はぁ?」
「赤月咲夜。潤戸雫。柱三日月。君の周りにはこんなにも君を慕っている女の子達がいるのに。さて、なんでなのかな?」
「そ、それは……」
何故か。答えは隠さずとも既に出ている。別に、俺が彼女達と割に合わない男だと思っているわけではない。かといって自惚れているわけでもない。自分の将来、つまり目先のことだけを考えている俺にとって、恋愛というものは特に必要ないものだと考えているからだ。妙なトラウマという複雑な思いは微塵もない。ただ深く考えていないだけなのである。
「まぁそれは個人の自由だから良いと思うけどね。でも、良いと思ってるのは僕だけみたいでね。あの人達は良く思ってないようで、こうして白奈君は巻き込まれたわけだよ」
「あの人達って……誰だよ?」
「あ~、それは君が知ったところでどうにかなる問題じゃないし、説明するのが面倒臭いから言わないけど……。とにかく、君はこれから約一年間の間にバッドエンドに埋め尽くされている日常から、見事トゥルーエンドを見つけ出してね。それじゃ、家に戻ろっか」
「お、おい待てって。まだ聞きたいことは山程――」
しかし俺の言葉を遮るように、真っ暗闇が突然真っ白に光輝き出して、俺は視界を奪われて意識が飛んでいく感覚に溺れていった。
これが全ての始まり。突拍子もなく、意味も理由も分からない理不尽なゲームの始まり。
そして、俺が初めて“アレ”を経験する前兆となる出来事だった。