水着空間=男子禁制エリア
俺が住むアパートから歩いて数十分。周りがわいわいと賑やかな雰囲気となり、子連れの大人やら思春期カップルやらがわんさかいる。その中に妙な闘志を燃やして苛立っている男グループが紛れていたりするが、俺は目に止めずに前だけ見え歩いていく。彼らから視線を感じながらも誰よりも一足先にだ。
「熱い~・・・白吉~、うちわ扇いでくれにゃ~」
「ならベッタリくっついてくることを止めろ。手汗が気持ち悪いんだよ」
「白吉に触れてると何故か落ち着くのさ~」
「俺はお前にとっての煙草か何かか?」
右側からベタベタと右腕に触れてくる穂天が一人。はっきり言ってウザい。ただでさえ猛暑日な今日に限って触れ合いコミュニケーションをしてくるからマジでウザい。それ以上に暑苦しい。
「みっずぎ~! みっずぎ~! みっんな~で~おっ買い~物~♪」
「いつも元気盛り沢山だな若葉ちゃんは」
「うん! それに今回はお兄ちゃんがいるからもっと楽しいよ!」
右手と同じく、俺の左手は若葉ちゃんの小さな手に繋がれてブンブンと縦に振られていた。にしても、何て純粋無垢な事を言ってくれるのだろうかこの可愛い娘は。いっそのこともって帰ってやろうか。いや、絶対にしないけど。それでもつくづく妹が欲しいと思ってしまう。若葉ちゃん限定だが。
「「・・・・・」」
「・・・後ろ、随分静かだがどーしたんだよ?」
「・・・・・羨ましい」
「何て?」
「な、何でもないわよ! 気安く話し掛けるんじゃないわよ馬鹿!」
何故か怒られてしまう俺である。
後ろで並んで歩いている薺とナッちゃんは俺の家から出たところでずっと押し黙ったままだった。ただ、後ろから嫌という程視線を送ってくるのが気掛かりだったので話し掛けてみたのだが、ものの見事にナッちゃんに一蹴されてしまった。ならば薺にと俺は視線を巫女さんに向けた。
「薺?」
「へ!? な、何かな!?」
「何でそんな慌ててんだよ・・・どーした? 悩みとかあるなら相談とか受けるぞ俺?」
「い、いえいえ大丈夫だよ!? 仮にも巫女なんだし、私は邪念という心は何一つ持ち合わせてないから!」
「そ、それなら良いんだけど・・・何かあったら言えよ?」
「ア、アハハハッ・・・ありがとう白奈君」
様子はおかしいが心配は無さそうなので深く追求はしないでおく。何だか顔が赤いが深く考えないでおく。気にしたら負けだ。何に負けるのかは知らんが。
そうこうしている内に俺一人にとって試練が待ち受けている現場に到着した。いわゆる、デパート・・・という名の戦場だ。それと主婦達の戦場とも言える。
さて、ここから俺は積極的に行動しなければならない。主に、この女組から何とかして逃げるためにだ。
きっと、俺はこのままこいつらと一緒に行けば間違いなく女性物の水着エリアに連れていかれるだろう。俺にとってあんな気まずい場所は他に思い付かないだろう。何としても水着エリアだけは避けたい。いやマジで何としてもだ。
一先ず、俺達は自動ドアからデパートの中へと入っていく。そこで、ナッちゃんが突然しゃしゃり出て俺達の前に出ると、ビシッと俺に指を指した。
「シーナ! ここで一つ頼み事があるわ!」
「何だよ藪から棒に」
何だか嫌な予感がしたが、それは見事に的中した。
「私、こう見えてファッションの知識に疎い女の子なのよ。だからシーナ、男のアンタの視点で良いから、私の水着を代わりに選びなさい。き、拒否権はないわよ!」
ほら、早速これだよ。いやでも確かにこいつはガサツだからそういう部分もあるのだろう。素材は良いのに昔から残念な性格なのが凛菜という人間なのだ。まぁ、そのお陰で気が合う関係になれたのだが、今の状況になると話は大きく変わってくる。
取り合えず、ここで言うべき言葉はこうだ。
「まぁ、普通に断る」
「き、拒否権は――」
「嫌です」
「何でよ!? 良いでしょこのくらい別に!」
「そちらさんに取っては問題無くとも、こっちには大有りなんだよ!! 少しは恥じらいを覚えろ!! ナッちゃんは昔からそういうところが欠けてんだよ!!」
「何よ何よ!! まるで私が品の無いセクハラ女みたいな言い分じゃない!! ガサツなだけで慎むところは慎んでるわよ!!」
「何処かだ!?」
「ここがよ!!」
何故か口喧嘩に発展してしまい、俺とツンツン少女様はメンチを切り合ってバチバチと視線の電流を走らせる。そこで気配りができる薺が慌てて止めに入った。
「お、落ち着いてください二人共。こんなところで喧嘩は駄目ですよ? ほら、周りの人にも迷惑が掛かっちゃいますから。ね?」
「「・・・・・スイマセン」」
周りの人達から注目の的となっていたことに俺達は今更気付き、恥ずかしくなって素直にペコリと頭を下げた。居たたまれないのでそそくさとこの場を去っていき、取り合えず前へ前へと進んで行った。
そして、考えなしに歩いていた俺は後悔することになる。デパートという場所は普通は二階か三階辺りに衣服屋があるというのに、どうやらこのデパートは一回にもそういうフロアがあったらしい。
つまり何が言いたいか・・・等と聞くのは愚問というやつであろう。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
「いやちょっと待って若葉ちゃ――」
「良いから黙って入りなさいよ。オドオドして情けない・・・男でしょ!」
「男だからこそなんだよ!!」
何処にも男性用の水着フロアが見当たらない。何故女物の水着しか置いてないんだこの場所は? アレか? 俺に対する嫌がらせか何か・・・なんて思う前に目を塞いでおこう。
「白吉~、白吉の好きな色を教えてにゃ~」
「・・・名前の通りだ」
「りょ~か~い。そんじゃ~こっちに行くのさ~」
穗天にグイッと右腕を強引に引っ張られていく俺。視界が見えないので何がどうなっているのか分からないが、下手に逆らわないでおく。
「こっちだよお兄ちゃん!」
若葉ちゃんの声が左側から聞こえると、穗天と同じように俺の左腕を掴んで引っ張った。そんなことになれば、俺の両の腕が左右対称に引っ張られるわけで、ギリギリと骨の音を軋ませるわけだ。
「若葉っぱ~、主はお姉さんに選んで貰うのさ~」
「私はお兄ちゃんに選んで貰うの~!」
痛い痛い痛い痛い、何でこいつらこんな力あるんだよ? 特に右が痛い右が。穗天の野郎、華奢な身体のくせに何処からそんな力が溢れ出て来るんだよ? つーか、いい加減にして欲しい。俺が今どんな状況の中にいて涙を流してしまいそうになってるのか、重々理解して欲しい。いやマジで。
「白奈君~! こういうのってどうかな~?」
タッタッタッタッタッ、とリズムよく前から駆けて来ている音が聞こえる。声からして薺だろう。でもそれはフラグだよYou? ドジ特性を持った上に履き物が草履なんだから、そんな急ぎ足でこっちに来たら・・・
「きゃっ!?」
「ごふっ!?」
転けてふにゅりと柔らかいものが身体に当たるオチが・・・と思ったけど少し違った。転けてきたのは間違いないが、衝突して来たのは柔いものではなく、頭という硬いものだった。思いきり腹部に激突したその衝撃は俺の口から体液を吹き出させ、虚しく仰向けに俺の身体を倒させた。
そこで俺は我慢できずに目を見開き、急所に当たった腹を両手で抑えて咳き込んだ。鳩尾は堪えるなやっぱ。
「もう・・・厄日だ今日は・・・」
「すすすすみませんすみません!! 大丈夫白奈君!?」
「・・・もう帰って良い俺?」
素直な本音が口から出てしまっていた。直に言われた薺は「そ、それはその・・・あの・・・」と困り果ててしまい、答えを導き出せそうもなかった。
俺は薺の身体を避けた後に立ち上がると、フラフラの足取りで水着エリアから出ていこうする。
「ちょっとシーナ、何処行くのよ?」
「悪ぃがやっぱ俺にここは無理だ。他で適当に休んでっから、お前らは自由にショッピングを楽――」
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「――見ーつけた――」
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「っ!!?」
ナッちゃんに事を伝えてから出ていこうとした瞬間だった。遠くも近くもない距離から声が聞こえた。何てことはない、普通の女の子の声だった。ただ、その声を聞いた瞬間、一瞬で背筋が凍り付いたかのように悪寒を感じた。
声の主はここにいる四人のものじゃない。それだけは確かに分かる。なら今のは誰か? そもそも、俺に向けられた言葉だったのか? ただの気のせい・・・いや、そうとは思えない。
何故なら、その声に聞き覚えがあったから。そして、良く良く思い返して今の声の主が誰だったのか、察しがついた。
声が聞こえた方向を見たがその姿は何処にも見当たらない。でもきっと近くにいる。それは間違いない。
とすると、俺がここに入るのは危険だ。でもだからといってここで皆を放置すれば、“あいつ”が皆に何か害を成す可能性は無きにしもあらずだ。
「なぁ、皆。上に移動しないか?」
「何よ突然。まだまだ興味深い物がここにはあ――」
「上の階なら水着選んでやっからよ」
「さっさと行くわよ!! 何チンタラしてんのよアンタ達!!」
「ひゃ~、引っ張らんといて~」
強引横暴な奴がいて助かった。ナッちゃんは他の女三人の後ろ襟首を掴んでズカズカとその場を去って行った。
向かう先はエレベーターだ。恐らく、あいつは後を追ってきて階数を確認して来るだろう。
だから俺は裏の裏をかいて逃げる。
運良くエレベーターは一階で止まっていて、スイッチを押すとすぐに扉が開いた。全員で中に入ると、俺は三階のスイッチを押した。
「エレベーターって中に入ると階数の表示見ちゃうんだけど、これって何なのかしらね?」
「ん~、特に意味は無いと思いますけど・・・」
「無意識にお決まり事と思ってるんじゃないかにゃ~?」
些細なエレベーター談義が終えられると同時に三階に着くと扉が開いた。そうして皆は外に出ていこうとしたが・・・
「待った皆」
俺は皆を止めた。
「何よ今度は? さっきからどうしたのよ?」
「悪い、やっぱ一階に戻らないか? 今思うと目ぼしい水着があったような気がするんだよな」
「そういうことは早く言いなさいよ!! 面倒臭いわね!!」
「あっ、それとトイレしたいから先に行っててくれ。終わったら後を追うから」
「・・・ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
すると、薺と手を繋いで大人しくなっていた若葉ちゃんが心配するように俺を見つめて来た。
「お兄ちゃん、さっきから何か不安になっているように見えるけど、大丈夫?」
「っ・・・」
子供ってのは凄いもんだ。顔に出さないように気遣いしていたのに、それでも表情から俺の心境を読み取って来るんだからな。いや、きっと若葉ちゃんだからこそそういうことが見抜けるのかもしれないな。何せ、“清い巫女”なんだからな。
俺は若葉ちゃんに笑い掛けると優しく頭を撫でてやった。キョトンとする若葉ちゃんは首を傾げて丸い目で俺を見つめた。
「何で俺が不安にならないといけないんだよ。妙な心配はするなっての」
「う、うん。分かった」
「ん。んじゃ、すぐに合流するから後でな」
「とっとと済ませて来なさいよ、ウンコ」
「小さい方だ!!」
そもそも女の子がウンコとストレートに言うんじゃない馬鹿者。
そして、俺は一人だけで三階に降りると、エレベーターが閉まるところを見届ける。
「・・・・・」
「?」
ただ、何だろうか。穗天が何時にない神妙な顔付きで俺を見つめていた。時折見えるあいつのあの顔は気になるものの、今はそれよりも考えなければならないことがある。
「さてと・・・正直不安しかないけど、行くしかないよな・・・」
エレベーターが下に行くのを一瞥すると、俺はエスカレーターではない、階段がある場所へと駆け足で向かった。




