怪しきテント=魔女
薺と若葉ちゃんという友達ができ、引っ越し早々知り合いが増えている状況に浮かれながら歩いている帰り道についていた時だった。
「んん・・・何だあれ・・・」
老人の集まりが朝のラジオ体操をしていた公園に差し掛かっていたのだが、その公園の隅っこに最初は見たときになかったものがあった。テレビとかゲームとかで見たことがあるようなファンタジーチックなテント。それは時間帯も時間帯なわけで、まるで魔女が中で何か怪しげな液体を混ぜていてもおかしくない雰囲気を醸し出していた。
好奇心・・・というわけではないが、何となく気になった。というか、調べない限りあの怪しげなテントの正体が分からないわけで、世の調査的なもののために俺はテントの前に立つと、入口から中に入ってみた。
広くはないので簡単に全体を見渡せた。中央に長テーブルがあり、その上には何かを儀式召喚でもするつもりなのか術式のような模様が施されている。東西南北の場所に見た目高価そうな壺が設置されていて、中央の上には明かりとして乏しく光るランタンが掛けられている。そして、俺から見て向かい側のテーブル前には一人の少女が座っていた。
見た目的に恐らくは俺と同い年か下だろう。色素に見放された首元まで伸ばされた癖っ毛が多い白髪ショートヘアーにスカーフを巻いている。今にも眠ってしまいそうなくらいに極端な垂れ目は見ているこちらも眠りの世界に誘われてしまいそうだ。薄いピンク色に黄色のスカーフのセーラー服を着ていて、その上から黒いカーディガンを羽織っている。いかにもその姿は“学生占い師”と言ったところだろうか。
彼女は俺の存在に気付くことなく、手に持っている絵柄が書かれたカードの束をペラペラと捲ってニヤニヤと笑っている。何だか気味が悪い。
見なかったことにしよう。状況分析を終えたところで俺はそのように判断すると、踵を返してそそくさと何事もなかったかのように去っていこうとしたのだが・・・・・
「今はもう出られないよ~」
彼女の見た目に合いすぎている間延びした声が背から掛けられ、俺は思わずピタリと固まってしまった。首だけ動かして振り向いてみると、彼女はカードの束から俺に視線を移してニヤニヤ笑ったままでいた。やっぱり何か気味が悪い。
「とりあえずそこに座りたまえよ~。物好きな少年さ~ん」
「いえ結構です」
彼女の向かい側にある椅子に座れと誘われ、俺は丁重に断ってから出ていこうとした・・・のだが、何故か本当に出ることができなかった。入口の黒い布に触れてもびくとも動いてくれないのである。まるで、時が止まってしまった物のようだ。
「何コレ!? 怖い怖い怖いよコレ!? 何したんだいつの間に!?」
「さぁ~? 何をしたんだろうね~? ま、とりあず座りなさいな~、若人く~ん」
何か得たの知れないものを感じるような気がした。つーか絶対に只者ではないことは確かだと思う。下手に逆らわない方が良いのかもしれない。俺は出ていく・・・逃げることを諦めて恐る恐る椅子に座った。んで、その瞬間に拘束された。椅子の手を掛ける場所から鉄の手錠が魔法や機械のように出てきたのだ。
「・・・・・えーと」
「む~ふ~ふ~♪」
「いやムフフじゃねぇだろ!? ムフフじゃないよこれぇ!?」
むしろ「ムホホォウ」くらいなもの・・・という問題じゃなくて・・・やっぱり疑問の一つや二つで確かめようとしなければよかった。ただでさえ俺は周りに警戒しないと下手すれば死んでしまう立場にあるのに、三回も死んでるというのに危機感を感じていないのだろうか? もしくは単純に馬鹿なだけなのか。多分後者だ。
「で~は~で~は~、ちょいと拝借~」
「怖い怖い怖い! 来んな!寄んな!近付くな!」
彼女は立ち上がるとチョコチョコ歩いて横から近付いてきた。何コレ、俺この後何されちゃうの? もしかして危ない儀式的なものの素材に使われちゃう的な? 何にせよ洒落になってない。
「あっ、こっち作動してないな~? そい~」
彼女が俺の真横まで来たと思いきや、俺が座ってる椅子の脚をコツンと拳で叩いた。すると椅子の脚からも鉄の手錠が出現して俺の足を拘束してしまった。いざとなれば椅子ごと持ち上げて逃げようとされないための布石か何かなのだろうが、もはや逃げる気にもなれない。
「初対面の人にこんなこと初めてされたんですけど?」
「それは良かったね~。貴重な体験はた~くさんすると良いよ~。そいじゃ~、今度こそ拝借するよ~」
そう言うと、彼女は俺に向かって手を伸ばしてくる。きっとこのまま何かの贄にされるのだろう・・・と思ったのは考えすぎな結果だった。彼女は俺の右手に触れると、手のひらを上にしてジーっと見始めた。
「おぉ~、生命線が長いね~。長生きできるんじゃないかにゃ~?」
「手相見るだけかよ!! 拘束の意味は何!?」
「初めての来訪客に逃げられないようにするための些細な仕掛けさ~。ちなみに、費用13万円さ~」
「金額がリアルすぎるわ!!」
「んん~、もう少し声のトーンを下げてくれないかな~? 煩いのは苦手なんよ~。頭に響くからね~」
「あぁすいません・・・じゃなくて! 逃げないからせめて外せコレ!」
「終わったらね~」
俺の頼みはさりげなく流されてしまい、彼女は俺の右手を触って確認すると、今度は左に回り込んで触って手のひらを上に向けて手相を見つめる。そのやり取りでやたら長く感じられる五分が経過すると、彼女は間延びした「む~ふ~ふ~♪」という笑い声と共に元の位置に座った。両手で頬杖をついてニヤニヤしながら俺の表情を伺ってくる。今度は妙に照れ臭い。自然と視線を横に逸らしてしまう。
「何なんだ一体・・・」
「何なんだろうね~?」
「いやホントなんなのお前? 何? 何がしたいの? つーかここで何やってんの? もう何も分かんないんですけども?」
「む~ふ~ふ~♪」
何だろう、段々とこの笑い方にイライラしてきた。一発殴りたいとさえ思い始めているくらいだ。いや、流石に手は出さない・・・と思うけど。
「さ~てさ~て~、そいじゃ~今度は私の質問に答えてね~」
「嫌だと言ったら?」
「まず一問目~」
「はい話聞いてないよこの娘」
この自由気ままな感じがなんかデジャ・ヴィだが、俺が何を考えてどんな拒みの姿勢を見せても彼女の質問・・・尋問が始まった。
「君は~・・・童貞――」
「なぁ、ぶちギレて良いか?」
「なるほど~、まだ未経験者というわけだね~。そいじゃ~二問目~」
人生で始めて女を徹底的にシバき倒したいと思った。この拘束解けたら俺は理性を保つことができるのか心配だ。
「君は~・・・う~ん・・・ん~・・・」
「もはやネタギレかよ!! 適当過ぎんだろ!!」
「私は気分屋なのさ~。それじゃ世間話でもするかい~?」
「帰せ!!」
「それはまだ駄目なのさ~♪」
「だったら意地でも出てってやらぁ!!」
手足は拘束されて動かないが、幸い足は床に付いている。ならば、かなりしんどいが足首だけの力を使えば何とか動けるはずだ。俺はありったけの力を足首に込めて椅子ごと立ち上がって見せた。
「は、はははっ!! どうだ!! これぞ火事場のクソ力!!」
「む~ふ~ふ~♪」
「ちょ、おまっ、何しようとして――」
彼女はお得意の笑みを浮かべてニヤニヤしながら席を立ち上がって俺の横にやってくると、スカートのポケットから妙なものを取り出していた。あれは・・・猫じゃらし・・・?
いやそれって既にオチが見えて・・・・・
「そいそい~♪」
首筋に瞬間的なこちょばしさが伝わり、俺の身体は一瞬上に跳ね上がった。そのせいで踏ん張っていた足首から力が抜けてしまい・・・・・
「がふっ・・・・・」
思いきり頭から床に激突し、視界がグルグル回っていくと意識が何処かに飛んでいった。
そして、最後に視界に入っていたのは「ありゃりゃ~?」と、若干焦る姿を見せていた彼女の顔だった。
~※~
「全く・・・何してんのよアンタは」
「いやさ~、少年がからかってオーラを出すものだからつい~?」
「アンタは常に他人のからかってオーラを見ているような人間でしょーが」
「ニャハハ~、否定できないのさ~」
何だか聞き覚えのある声が聞こえてくる。というか、ここは一体何処なのだろうか? 身体の感触的に恐らく布団かベッドに眠っている状態だということは何となく分かるのだが・・・・・
とりあえず目を開いて辺りを確認してみる。
「・・・・・あれ? 自宅かここ?」
「あっ、起きたわねシーナ」
「ナッちゃん?」
見知った白い天井に良く見覚えのある彼女の顔。どうやら俺は自分の家にいつの間にか帰って来ていたようだ。ナッちゃんがいるということは、俺はナッちゃんに運ばれて来たのだろうか? 悪いことをし――
「・・・って」
「どもども~♪ お目覚めかい少年~?」
「てめぇぇぇ・・・・・さっきはよくも弄んでくれやがったな、あんコラァ・・・・・」
「ストップよシーナ。とりあえず今は落ち着いてその矛を納めなさい。この娘はいつもこんな感じだからね・・・」
「・・・・・知り合いかよ」
この後、俺は彼女の詳細をナッちゃんに説明してもらった。彼女の名前は『須藤穂天』。俺やナッちゃんと同じ同年代の学生で、『公園の魔女』という異名を持つ変人だということが判明していた。
しかも、まさかのこのアパートの同居人であり、俺のアパート部屋の左がナッちゃんの家なのだが、俺の右隣が須藤の家だったという。
ここにきて、こんな変人の塊みたいな奴が知り合いとなってしまうとは、一気に幸先が悪くなったような気がしていた。気のせいだと良いのだが。




